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奇跡か祝福か
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その日の夜、俺は友人を夕食に誘った。ただ他愛のない会話がしたかったに過ぎない。 しかし、きっとその考えが間違っていたのだろうと、今の俺なら分かる。
あれは、まだ冬の寒さが残る、二月頃に起こった出来事だ。
俺はまだ冷える夜道を、一人で歩いていた。行く宛てがある訳でもなく、なんの意味の無く歩き続けていたのだ。
近くの河川敷まで来ると、明かりが視界に入った。それは一つの屋台だった。だが時間ももうかなり遅い。流石にやっているわけが無いと、そう思いつつも、俺はそれに近付いた。赤い暖簾に光が当たり、黒い文字が浮き上がる。そこには『たこ焼き』の文字が書かれている。
それは誰もが知っていて、家庭で作った事のある人が多いのではないだろうか。液状の生地を型に入れ、そこに小さく切られた蛸を入れ、くるくると回しながら焼く。ひょうめんに焦げ目が出てくると回しやすいものだ。
屋台の近くまで行くと、良い匂いが漂ってきて、俺の腹の虫が鳴く。どうやら腹が減っていたようだ。
丁度良いと思い、俺はそこへ行き椅子に腰掛けた。すると店をやっていたのは、中年の男性かと思いきや、あろうことか美しい女性だった。見た目は二十代半ば前半辺りに見える、とても美しい女性だ。
「いらっしゃいませ。御注文は?」
「えっと……」
注文に困っていると彼女は“くすり”と笑みを浮かべ、横に置かれていた冊子のようなものをこちらへ出てきた。
「メニュー表です。よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
メニューを開き俺は驚いた。たかがたこ焼き屋だから、そんなにないと思っていたのだが、メニュー表には数多くの品が書かれていた。普通のたこ焼きもあれば、変り種もあり、飽きることがなさそうだ。
俺はその中から、生姜の入ったものを選んだ。少し冷えるこの時期だからこそ、体が温まるものを食べたいと思った。
彼女は注文をすると直ぐに作り始めた。
やはり慣れているのだろうな。動きに無駄が少なく、その手の動きはとても早かった。
「どうぞ」
そう言って彼女は俺の目の前にたこ焼きを出した。見た目はいたって普通のそれだ。表面に醤油ベースのタレが塗られており、少しのネギと鰹節がかけられている。
「お好みでそちらの一味やすりおろし姜の追加もどうぞ。」
台の横には色々な薬味が揃っていた。彼女の言った一味や生姜以外にも、ネギや七味、大根おろしにポン酢などが揃えられていた。
俺はそのまま一つ口の中に入れる。ほんのりと生姜の風味があり、蛸も柔らかかった。タレともよく合う。
そこに次は一味をつけてみた。さっきとは違い、これもまた良いものだった。追加の生姜を入れると、増した生姜の風味はタレとネギで調和されたかのような感覚になった。
「お口にあいましたか?」
「はい、とても美味しいです。貴女は何故ここでたこ焼き屋を?」
「作るのが好きなんですよ。それに、こういう屋台って最近じゃほとんど見ないでしょう?」
彼女は、とても話しやすい人だと、俺はそう思った。話し上手であり、聞き上手でもあるのかもしれない。まだついさっき会ったばかりの人にそんなことを思うのはおかしな事なのかもしれないが、それ以外にどう表現すればいいのか、それが俺には分からなかった。
それからというもの、彼女と話が弾み、連絡先を交換した。名は雅というらしい。字は男性かとも思えるが、読みはとても彼女に似合っていると思う。
「名前の由来って何なんです?」
「ダリアの花だそうです」
「ダリア?」
「はい。ダリアの花言葉は、優雅、華麗、感謝、優美、なんて色々あるんですよ。母は名付ける時に、私にはそんな子に育って欲しいと思ったようで」
「貴女にとてもに合う。良い名だと、俺は思いましたよ」
「そうですか…?ありがとうございます」
その後、俺達は親密になり、休日に二人で出掛けたりすることも増えてきた。互いに距離も縮まり、ある日夕食に誘う事にした。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「いいんだ。ただ俺が一緒に食事がしたいと思っただけだから」
最近のニュースや身近で起こったことなどを俺達は話した。それはいつでも話せるような、そんな他愛のない会話にすぎなかった。
食事を終え店を出たところで、俺達は解散する流れになった。それもそのはずだ。話はいつでも出来る。それにもう目的であった食事は終えたのだ。
俺は去る彼女の背中を見て、どうも帰したくないと思ってしまった。そう、俺は自分の気付かぬうちに、彼女に惚れ込んでしまっていたらしい。だがきっと彼女はそうではないだろう。彼女にとって俺はただの知り合いにすぎない。それ以上でも以下でもないのだ。
俺は彼女を呼び止め、まだ貴女を帰したくないと、そう言いたい気持ちを抑えた。そしてそれが口から出る前に、俺は帰路を歩み始めた。するとどうだ。離れた場所に居る彼女が俺を呼ぶではないか。何事かと思い後ろを振り返る。彼女は、走っていた。俺の方へと向かって、走ってきていたのだ。
「どうかした?」
「その、私……まだ、帰りたくなくて…」
それは意外な発言だった。まさか彼女も俺と同じことを考えていたなんて。彼女の発言で、俺が抑えていたものが溢れだした。
「俺も、まだ貴女を帰したくない。まだ貴女と一緒に居たいんだ。雅さん、好きです。もし良かったら俺と、つ、付き合って貰えませんか…?」
彼女は目を見開き、きょとんとした表情を浮かべた後に“くすり”と笑う。相変わらず美しい笑顔だ。
「そんなに自信の無いような言い方しなくていいのに。こちらこそ、私なんかでよければもらってください」
「え…?ほ、本当に?」
「はい、冗談でも何でもありませんよ」
これは何かの奇跡か、神が起こした祝福なのだろうか。
俺はただ友人と食事をしながら、他愛のない話をしようと、そう思っただけだった。だが、ある意味これで良かったのかもしれない。
その後、俺たちは結婚した。二人の子供に恵まれた俺は、家庭を支えるため、俺は会社で働き、雅は家事・育児を頑張ってくれている。こんなに幸せな家庭を築けるとは思ってもみなかったものだから、嬉しさのあまり死んでしまうのではないかと、時々思ってしまう程であった。
あれは、まだ冬の寒さが残る、二月頃に起こった出来事だ。
俺はまだ冷える夜道を、一人で歩いていた。行く宛てがある訳でもなく、なんの意味の無く歩き続けていたのだ。
近くの河川敷まで来ると、明かりが視界に入った。それは一つの屋台だった。だが時間ももうかなり遅い。流石にやっているわけが無いと、そう思いつつも、俺はそれに近付いた。赤い暖簾に光が当たり、黒い文字が浮き上がる。そこには『たこ焼き』の文字が書かれている。
それは誰もが知っていて、家庭で作った事のある人が多いのではないだろうか。液状の生地を型に入れ、そこに小さく切られた蛸を入れ、くるくると回しながら焼く。ひょうめんに焦げ目が出てくると回しやすいものだ。
屋台の近くまで行くと、良い匂いが漂ってきて、俺の腹の虫が鳴く。どうやら腹が減っていたようだ。
丁度良いと思い、俺はそこへ行き椅子に腰掛けた。すると店をやっていたのは、中年の男性かと思いきや、あろうことか美しい女性だった。見た目は二十代半ば前半辺りに見える、とても美しい女性だ。
「いらっしゃいませ。御注文は?」
「えっと……」
注文に困っていると彼女は“くすり”と笑みを浮かべ、横に置かれていた冊子のようなものをこちらへ出てきた。
「メニュー表です。よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
メニューを開き俺は驚いた。たかがたこ焼き屋だから、そんなにないと思っていたのだが、メニュー表には数多くの品が書かれていた。普通のたこ焼きもあれば、変り種もあり、飽きることがなさそうだ。
俺はその中から、生姜の入ったものを選んだ。少し冷えるこの時期だからこそ、体が温まるものを食べたいと思った。
彼女は注文をすると直ぐに作り始めた。
やはり慣れているのだろうな。動きに無駄が少なく、その手の動きはとても早かった。
「どうぞ」
そう言って彼女は俺の目の前にたこ焼きを出した。見た目はいたって普通のそれだ。表面に醤油ベースのタレが塗られており、少しのネギと鰹節がかけられている。
「お好みでそちらの一味やすりおろし姜の追加もどうぞ。」
台の横には色々な薬味が揃っていた。彼女の言った一味や生姜以外にも、ネギや七味、大根おろしにポン酢などが揃えられていた。
俺はそのまま一つ口の中に入れる。ほんのりと生姜の風味があり、蛸も柔らかかった。タレともよく合う。
そこに次は一味をつけてみた。さっきとは違い、これもまた良いものだった。追加の生姜を入れると、増した生姜の風味はタレとネギで調和されたかのような感覚になった。
「お口にあいましたか?」
「はい、とても美味しいです。貴女は何故ここでたこ焼き屋を?」
「作るのが好きなんですよ。それに、こういう屋台って最近じゃほとんど見ないでしょう?」
彼女は、とても話しやすい人だと、俺はそう思った。話し上手であり、聞き上手でもあるのかもしれない。まだついさっき会ったばかりの人にそんなことを思うのはおかしな事なのかもしれないが、それ以外にどう表現すればいいのか、それが俺には分からなかった。
それからというもの、彼女と話が弾み、連絡先を交換した。名は雅というらしい。字は男性かとも思えるが、読みはとても彼女に似合っていると思う。
「名前の由来って何なんです?」
「ダリアの花だそうです」
「ダリア?」
「はい。ダリアの花言葉は、優雅、華麗、感謝、優美、なんて色々あるんですよ。母は名付ける時に、私にはそんな子に育って欲しいと思ったようで」
「貴女にとてもに合う。良い名だと、俺は思いましたよ」
「そうですか…?ありがとうございます」
その後、俺達は親密になり、休日に二人で出掛けたりすることも増えてきた。互いに距離も縮まり、ある日夕食に誘う事にした。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「いいんだ。ただ俺が一緒に食事がしたいと思っただけだから」
最近のニュースや身近で起こったことなどを俺達は話した。それはいつでも話せるような、そんな他愛のない会話にすぎなかった。
食事を終え店を出たところで、俺達は解散する流れになった。それもそのはずだ。話はいつでも出来る。それにもう目的であった食事は終えたのだ。
俺は去る彼女の背中を見て、どうも帰したくないと思ってしまった。そう、俺は自分の気付かぬうちに、彼女に惚れ込んでしまっていたらしい。だがきっと彼女はそうではないだろう。彼女にとって俺はただの知り合いにすぎない。それ以上でも以下でもないのだ。
俺は彼女を呼び止め、まだ貴女を帰したくないと、そう言いたい気持ちを抑えた。そしてそれが口から出る前に、俺は帰路を歩み始めた。するとどうだ。離れた場所に居る彼女が俺を呼ぶではないか。何事かと思い後ろを振り返る。彼女は、走っていた。俺の方へと向かって、走ってきていたのだ。
「どうかした?」
「その、私……まだ、帰りたくなくて…」
それは意外な発言だった。まさか彼女も俺と同じことを考えていたなんて。彼女の発言で、俺が抑えていたものが溢れだした。
「俺も、まだ貴女を帰したくない。まだ貴女と一緒に居たいんだ。雅さん、好きです。もし良かったら俺と、つ、付き合って貰えませんか…?」
彼女は目を見開き、きょとんとした表情を浮かべた後に“くすり”と笑う。相変わらず美しい笑顔だ。
「そんなに自信の無いような言い方しなくていいのに。こちらこそ、私なんかでよければもらってください」
「え…?ほ、本当に?」
「はい、冗談でも何でもありませんよ」
これは何かの奇跡か、神が起こした祝福なのだろうか。
俺はただ友人と食事をしながら、他愛のない話をしようと、そう思っただけだった。だが、ある意味これで良かったのかもしれない。
その後、俺たちは結婚した。二人の子供に恵まれた俺は、家庭を支えるため、俺は会社で働き、雅は家事・育児を頑張ってくれている。こんなに幸せな家庭を築けるとは思ってもみなかったものだから、嬉しさのあまり死んでしまうのではないかと、時々思ってしまう程であった。
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