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アスティア国

5 アイザックの結婚

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 翌朝、ヒルダはチカット国に旅立った。

 その日のうちにサリエル5世は急変した。アスティア国の医師団が懸命に治療したが、サリエル5世を生かすことはできなかった。病気なら打つ手はあるが闇魔術による呪いなのだ。医師には何もできなかった。

 サリエル5世崩御の知らせでアスティア国は喪に服した。

 翌日に行われた国民葬で、国民はアイザック王太子の姿を見た。アイザックはシンプルな黒の装束を身に着けていた。豊かな金髪に青い瞳。堂々たる立ち姿を見て国民は安堵した。

 アスティア国の王家は安泰であることをアピールするために喪が明けると早々と即位式が行われた。闇魔術の犠牲の流れを断ち切る願いをこめて、アイザックはサリエル6世ではなく、アイザック1世とした。

 チカット国に行ったヒルダからも、喜ばしい報告があった。

 チカット国の現女王であるレティシアがアイザック1世と結婚して王妃になって下さることになったのだ。

 チカット国の女王は代々、一番の聖魔術の使い手が就任する。現女王のレティシアはその中でもかなりの使い手と有名であったので、アスティア国の人々は安堵した。

 元々、チカット国の女王だったので、公式に顔を見せており、たくさん写真があった。

 豊かな金髪に青い瞳。意志の強そうな眉に口元。均整のとれたすらりとした身体。バースはアルファであった。

 アイザックは写真を眺める。王に即位した以上、政略結婚は仕方のない事だった。好きな人がいるわけでもなく、特に不満もない。レティシアは美人で聡明そうだった。何よりも聖魔術の、現世で一番の使い手で、それはアスティアにとって最も必要な能力だった。年齢は5歳上だが、特に問題とする差ではない。

 見れば見る程、自分に似たタイプの人だな、と思う。気に合わない人でも我慢しなければならないのに、そうではないのは幸いと言えるだろう。

 大事にしよう。自分は側室など持たずに誠実に接しよう。母上のように辛い思いをさせないように。

 まだ愛を知らないアイザックは見知らぬ婚約者を大事にして、できれば愛し合いたいと思った。


 チカット国の一行より一日早くヒルダはアスティア国に到着した。
 早速、大臣を集め、今後についての説明が始まった。

 まずレティシアのお披露目のために、結婚式は1か月後に大々的に行う予定になった。この結婚は他国がドロティア国と協定を結ばないように抑止力となることが期待された。

 レティシアはアスティア国に到着したら、まず、蔓延っている闇魔術の根絶と聖魔術の結界を張る仕事を開始する。そのために巫女一行も連れてくるそうだ。
 代わりに手薄になるチカット国の防御のためにアスティア国から軍隊を派遣する。
 結婚式で浮かれ騒いでいる暇はなかった。

 大臣達は早速、チカット国に派遣する軍隊の選別と、残りでアスティア国を防御する配置変更を決める会議をするために別室へと向かった。

 旅疲れのヒルダは一度部屋に戻った。アイザックも少し暇をもらい、母のそばにつきそった。
 お湯で顔や手足を洗い、ゆったりとした部屋着に着替えて、侍女が持ってきたお茶を飲んだ。疲労回復効果のあるローズヒップティーで酸味が効いた美味しいお茶だった。色も綺麗な赤色でいい香がした。

「母上、お疲れ様でした」

 アイザックはヒルダをねぎらった。ヒルダはアイザックを見つめる。
 自慢の息子は王の装束が良く似合っていた。

「少し、2人きりにさせて」

 ヒルダは侍女に声を掛ける。侍女はお辞儀をして部屋を出て行った。

「アイザック」

 自慢の息子の名前を呼ぶ。息子は綺麗な青い瞳を母に向けた。

「お前の承諾もなく、結婚を決めて申し訳なかった」

 母は頭を下げる。アイザックは母の手をとる。

「そんなこと。王に即位する限りは、国益のある方と結婚するのは当たり前のことです。現世で一番の聖魔術の使い手であるチカット国女王は、今のアスティア国にとっては最も必要なお方です。そんな方が王妃になって下さるとは、王である私にとって、どんなに力強いか。私は父上とは違い、側室を持たずに大事にしたいと思っております」

 アイザックの穢れなき瞳を見て、ヒルダは目をふせる。
「あなたとレティシア様の結婚は白い結婚になります」
 ヒルダの声が震えた。

 白い結婚?

 アイザックは咄嗟に意味が分からずきょとんとする。

「結婚はしますが、実際の夫婦関係はなしです」
 ヒルダは暗い声で説明を続ける。

「レティシア様は女性アルファです。チカット国の女王は聖魔術の使い手の女性アルファが即位します。私のように処女でなくなると魔術が使えなくなるので、女王は一生処女です。その代わりにオメガの人と結婚します。童貞でなくなっても、魔力は変わらないのです。レティシア様にもオメガの配偶者が既にいます」

「既に結婚されているのでしたら、私とは結婚できないのでは?」

「チカット国もドロティア国に狙われています。闇魔術に対抗する聖魔術の使い手であるためです。ドロティア国はチカット国に対しては軍事力で攻めております。対抗するためにチカット国は軍事力が必要なのです。そのため、あなたとレティシア様の政略結婚がお互いの国の利益になることを理解していただき、離婚していただきました」

「!!!」

「レティシア様の奥様、ルイザさんは妊娠していらっしゃいました。お二方は運命の番なので、おそらくお子は聖魔術の使い手となるアルファの可能性が高いです。形式上、レティシア様とルイザさんは離婚されましたが、内密に夫婦関係は継続されます。ルイザさんはレティシア様の侍女としてアスティア国にいらっしゃいます」

 ヒルダはお茶を一口飲み、渇いた口を湿した。また話始める。

「ルイザさんがお産みになるお子様をあなたとレティシア様の子供として認知する予定です。そのお子様がアスティア国の王太子となります」

 アイザックの顔は青ざめた。ぞれでは、アスティア国がチカット国の属国になるようなものではないか。

「驚かれるのも無理はありません。ドロティア国との戦いがどの程度続くか分からないので、レティシア様とルイザさんの子供も聖魔術の使い手としてアスティア国には必要なのです。レティシア様の母上、チカット国の前女王は40代で亡くなりました。歴代の女王は魔術のためか短命なのです。おそらくレティシア様も。レティシア様の跡をつぐ方が必要なのです」

 アイザックは深いため息をついた。自分はお飾りの王か。

「辛い気持ちは分かります。でも、運命の番と離婚しなければいけないルイザさんもお辛いのです。ルイザさんの心の支えは今、お腹にいる子がアスティア国の王になるということだけなのです」

 向こうからすれば、こちらが悪者か。愛し合っている2人を引き裂いているのだから。

「白い結婚については了解した。レティシアとは同志として付き合っていこう」
 アイザックは切り替える。
「レティシアが侍女という名義で側室を持つというのなら、私も側室を持てばよいな」

 ヒルダは辛そうに顔をゆがめる。
「側室は持てません。側室との間のお子に王位継承権が発生してしまうため、レティシア様とルイザさんの子の立場を脅かす存在になるのです。あなたが、誰かを愛して子供を作っても、その子はあなたの子としては認知できないのです」

 2人の間に沈黙が続いた。

 アイザックはアスティア国のために自分の家族を持つ幸せを犠牲しなくてはいけないのだ。
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