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トロツカ村
9 湊がアスティア国に行く
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手芸グループはいつも通りに王妃様のドレスを忙しく作成していた。
急にアスティアから電報がきて、王妃様のドレス作成を中止するよう命じられた。理由が書かれていないので再確認してみたが、とにかく中止するようにとの一点張りだった。
仕方ないので作業を中断した。王妃様のトルソーに作りかけの衣装を着せ、布で覆った。1日1回覆いをとり、埃を払った。作業再開の指示があればすぐにとりかかれるようにしていた。
しかし、作業再開の指示は無かった。
王妃様は崩御されたのだ。
「ご病気だったのかしら。お可哀想に」
ミーシャは作りかけの衣装を見て溜め息をつく。湊は長老様達から不穏な噂を聞いていた。
「闇魔術をかけられたらしいよ」
「え?!」
ミーシャ達は驚いた。
「長老様の所に入った情報だと、王妃様だけではなく、王様も王太子様も、その他の王子様やお姫様も、みんな闇魔術の犠牲になって、病の床に伏しているらしい。お体の弱い王妃様が最初に犠牲になってしまったみたい」
「そんなひどい事、誰が……」
「それは分かってないけど、長老様は妖しいのはドロティア国の新国王じゃないかっておっしゃってた。アスティア国の敵国の。軍事力だけではかなわないから、闇魔術に頼ったのではないかって」
「じゃ、アスティア国も闇魔術使えるようになって、対抗したらいいんじゃない?」
ハンナが名案と言いたげに意見する。
「僕もそう思ったんだけど、闇魔術を使えるようになるためには、自分の命を担保にして魔王と契約しなければいけないんだって。ヒトとして寿命がつきたら、死んで天国に行くことはできなくて、そのまま悪魔になって魔王に仕え続けなければならないんだって」
ハンナはぶるっと震える。
「それは……ドロティア国の新国王は随分、思い切ったものだね」
みんな、沈黙する。
「アスティア国がドロティア国に攻め滅ぼされたら、トロツカ村も闇魔術に支配されちゃうの?」
年若いスーザンが悲鳴をあげる。
「トロツカ村は普通の軍事力で制圧できるから、闇魔術の無駄使いはされないだろうって長老様が言ってた。アスティア国が攻め滅ぼされたら、ドロティア国の属国になるしかない。ドロティア国の機嫌を損ねないように上手くやっていくしかないって長老様がおっしゃってた」
確かに、とみんな落ち着く。私たちはドロティア国の偉い人のために気に入られる衣装をつくればいいと考え少し安心した。
「みんな、これを見て」
ミーシャは以前、湊が作ったアクセサリーを幾つかみんなに見せる。
「急に衣装を依頼されたとき用に、こんなパーツを作成しておきましょう」
「そうね。本体は誰に作るか決まらないと作れないけど、装飾品をあらかじめ作っておけば、それを縫い付けて手早く豪華にできるわね」
普段の仕事はシンプルな小人の服作りだったので余力はあり、パーツ作りやレースを編む仕事を前もって行い始めた。
アスティア国の王妃様に続き、王太子様、王子様、お姫様が次々と崩御された。
手芸グループのみんなは不安だったが、今できることとして、パーツ作りやレース編みに専念した。
長老様の館にも将来を憂える小人達がいつもより多く訪問し、長老様と色々相談した。建築グループが長老様の館を強固に補強し、地下室を広げた。調理グループが保存食をたくさん作り、地下に保存し始めた。いざという時には村の小人達は長老様の館の地下室に避難する方針となった。
アスティア国の王様も崩御されてしまった。しかし、ヤマタイ国の姫との間に産まれた王の子供が王の崩御前に王太子になっており、引き続き王に即位されるということで王家は滅亡せずにすんだという明るいニュースが入ってきた。
新国王になったアイザック1世の肖像画がトロツカ村にももたらされた。
「素敵な王様ね」
女性陣はうっとりと眺めた。
「!!」
湊は驚いた。
(航大にそっくり)
金髪碧眼は異なるが、顔立ちは航大にそっくりであった。
「王様ってことはアルファなんでしょ。きっと優秀なお方なのよね。ドロティア国に勝ってほしいわ」
湊はどきどきする。アルファってことは、オメガの自分とも……。
アスティア国から王妃様付きの侍女がやってきた。アイザック1世がご結婚されるため婚礼衣装を大至急作成してほしいという依頼だった。
アイザック1世と結ばれることを妄想していた湊にとっては、早々の失恋であった。異世界転生したからといって、そう上手くいくものではないよね、と切り替えた。
今回の婚礼は他国に対してアスティア国の王家は安泰であるアピールが目的らしい。早急に行われることになったので衣装も大至急作成してほしいという依頼であった。
「できれば、移動のロスを減らすために、誰かアスティア国に衣装係として常駐してほしい」と依頼された。
新しい王妃様はチカット国という他国からいらっしゃる方なので、アスティア国について学ぶことが多く、仮縫いなどのためにトロツカ村に来る暇はない。また、分刻みのスケジュールで衣装合わせの時間はきちんととることができず、王妃様のスケジュールに衣装係が合わせてほしいのが理由であった。
侍女は手芸グループを去り、貴金属グループへと移動した。そちらでは王冠や錫杖の依頼をする予定であった。
侍女が去った後、手芸グループのメンバーは沈黙していた。
「私が行くよ。夫は死んでしまったし、子供達は結婚して一人前になっているし」
一番年長のハンナが口火を切った。
普段のアスティア国であれば都会への憧れもあり、結婚式までの短期間の滞在は魅力的である。しかし、今はアスティア国は闇魔術の恐怖があり、治安が悪く恐ろしい。
「年老いたハンナに無理はさせられないわ。やはり、リーダーとして私が行くべきだと思うわ」
ミーシャが青い顔をして言う。
「ロッコはまだ子供だろ。私が行くよ」
ハンナは言い張る。
他のメンバーは2人より年下で赤ちゃんがいたり、まだ結婚していなかったりで自分が行くとは到底言い出せなかった。
「ハンナ、ミーシャ。僕が行くよ」
湊が言う。
「僕の技術ではおこがましいかもしれないけど、この半年間で随分できるようになったし。なにより、僕は人間だから、そろそろ小人族の村ではなく、人間の住む国に行った方がいいんじゃないかと考えていたんだよね」
嘘である。小人族の村は平和で居心地が良く、可能であれば、ずっとここに住んでいたい。
「僕も、ずっと1人だったら寂しいし。人間の住む国に行ったら伴侶も探せるんじゃないかと思うんだよね」
航大以外は伴侶なんていらないし、今の長老様達の暮らしは穏やかだし、ミーシャ達と働くのは楽しいし。
「今回はいいきっかけかなと思うんだ」
伴侶を探したい、という湊の理由を聞いて、みんなの顔に安堵の表情が浮かぶ。
湊はみんなの犠牲になりに行くのではなく、自分が仲間や伴侶を見つけるために希望していくのだ。
湊がアスティア国へ衣装係として行くことが決まった。
貴金属グループへの依頼が終わった侍女がまた手芸グループに戻る。
「僕がアスティア国に行きます」
湊は侍女に言う。侍女が湊を眺める。
「あら、トロツカ村に人間がいたの。でも、あなた男性じゃない? 後宮には男性は入れないのよ」
「湊さんはオメガなんです」
ミーシャが説明する。おや、と侍女が目を見張り、湊の首のネックガードを確認する。
「オメガなら問題ないわ。分かりました。明日迎えをよこすので、1か月間くらい滞在できる支度をしておいてください」
侍女はそう言い、アスティア国に帰っていった。
急にアスティアから電報がきて、王妃様のドレス作成を中止するよう命じられた。理由が書かれていないので再確認してみたが、とにかく中止するようにとの一点張りだった。
仕方ないので作業を中断した。王妃様のトルソーに作りかけの衣装を着せ、布で覆った。1日1回覆いをとり、埃を払った。作業再開の指示があればすぐにとりかかれるようにしていた。
しかし、作業再開の指示は無かった。
王妃様は崩御されたのだ。
「ご病気だったのかしら。お可哀想に」
ミーシャは作りかけの衣装を見て溜め息をつく。湊は長老様達から不穏な噂を聞いていた。
「闇魔術をかけられたらしいよ」
「え?!」
ミーシャ達は驚いた。
「長老様の所に入った情報だと、王妃様だけではなく、王様も王太子様も、その他の王子様やお姫様も、みんな闇魔術の犠牲になって、病の床に伏しているらしい。お体の弱い王妃様が最初に犠牲になってしまったみたい」
「そんなひどい事、誰が……」
「それは分かってないけど、長老様は妖しいのはドロティア国の新国王じゃないかっておっしゃってた。アスティア国の敵国の。軍事力だけではかなわないから、闇魔術に頼ったのではないかって」
「じゃ、アスティア国も闇魔術使えるようになって、対抗したらいいんじゃない?」
ハンナが名案と言いたげに意見する。
「僕もそう思ったんだけど、闇魔術を使えるようになるためには、自分の命を担保にして魔王と契約しなければいけないんだって。ヒトとして寿命がつきたら、死んで天国に行くことはできなくて、そのまま悪魔になって魔王に仕え続けなければならないんだって」
ハンナはぶるっと震える。
「それは……ドロティア国の新国王は随分、思い切ったものだね」
みんな、沈黙する。
「アスティア国がドロティア国に攻め滅ぼされたら、トロツカ村も闇魔術に支配されちゃうの?」
年若いスーザンが悲鳴をあげる。
「トロツカ村は普通の軍事力で制圧できるから、闇魔術の無駄使いはされないだろうって長老様が言ってた。アスティア国が攻め滅ぼされたら、ドロティア国の属国になるしかない。ドロティア国の機嫌を損ねないように上手くやっていくしかないって長老様がおっしゃってた」
確かに、とみんな落ち着く。私たちはドロティア国の偉い人のために気に入られる衣装をつくればいいと考え少し安心した。
「みんな、これを見て」
ミーシャは以前、湊が作ったアクセサリーを幾つかみんなに見せる。
「急に衣装を依頼されたとき用に、こんなパーツを作成しておきましょう」
「そうね。本体は誰に作るか決まらないと作れないけど、装飾品をあらかじめ作っておけば、それを縫い付けて手早く豪華にできるわね」
普段の仕事はシンプルな小人の服作りだったので余力はあり、パーツ作りやレースを編む仕事を前もって行い始めた。
アスティア国の王妃様に続き、王太子様、王子様、お姫様が次々と崩御された。
手芸グループのみんなは不安だったが、今できることとして、パーツ作りやレース編みに専念した。
長老様の館にも将来を憂える小人達がいつもより多く訪問し、長老様と色々相談した。建築グループが長老様の館を強固に補強し、地下室を広げた。調理グループが保存食をたくさん作り、地下に保存し始めた。いざという時には村の小人達は長老様の館の地下室に避難する方針となった。
アスティア国の王様も崩御されてしまった。しかし、ヤマタイ国の姫との間に産まれた王の子供が王の崩御前に王太子になっており、引き続き王に即位されるということで王家は滅亡せずにすんだという明るいニュースが入ってきた。
新国王になったアイザック1世の肖像画がトロツカ村にももたらされた。
「素敵な王様ね」
女性陣はうっとりと眺めた。
「!!」
湊は驚いた。
(航大にそっくり)
金髪碧眼は異なるが、顔立ちは航大にそっくりであった。
「王様ってことはアルファなんでしょ。きっと優秀なお方なのよね。ドロティア国に勝ってほしいわ」
湊はどきどきする。アルファってことは、オメガの自分とも……。
アスティア国から王妃様付きの侍女がやってきた。アイザック1世がご結婚されるため婚礼衣装を大至急作成してほしいという依頼だった。
アイザック1世と結ばれることを妄想していた湊にとっては、早々の失恋であった。異世界転生したからといって、そう上手くいくものではないよね、と切り替えた。
今回の婚礼は他国に対してアスティア国の王家は安泰であるアピールが目的らしい。早急に行われることになったので衣装も大至急作成してほしいという依頼であった。
「できれば、移動のロスを減らすために、誰かアスティア国に衣装係として常駐してほしい」と依頼された。
新しい王妃様はチカット国という他国からいらっしゃる方なので、アスティア国について学ぶことが多く、仮縫いなどのためにトロツカ村に来る暇はない。また、分刻みのスケジュールで衣装合わせの時間はきちんととることができず、王妃様のスケジュールに衣装係が合わせてほしいのが理由であった。
侍女は手芸グループを去り、貴金属グループへと移動した。そちらでは王冠や錫杖の依頼をする予定であった。
侍女が去った後、手芸グループのメンバーは沈黙していた。
「私が行くよ。夫は死んでしまったし、子供達は結婚して一人前になっているし」
一番年長のハンナが口火を切った。
普段のアスティア国であれば都会への憧れもあり、結婚式までの短期間の滞在は魅力的である。しかし、今はアスティア国は闇魔術の恐怖があり、治安が悪く恐ろしい。
「年老いたハンナに無理はさせられないわ。やはり、リーダーとして私が行くべきだと思うわ」
ミーシャが青い顔をして言う。
「ロッコはまだ子供だろ。私が行くよ」
ハンナは言い張る。
他のメンバーは2人より年下で赤ちゃんがいたり、まだ結婚していなかったりで自分が行くとは到底言い出せなかった。
「ハンナ、ミーシャ。僕が行くよ」
湊が言う。
「僕の技術ではおこがましいかもしれないけど、この半年間で随分できるようになったし。なにより、僕は人間だから、そろそろ小人族の村ではなく、人間の住む国に行った方がいいんじゃないかと考えていたんだよね」
嘘である。小人族の村は平和で居心地が良く、可能であれば、ずっとここに住んでいたい。
「僕も、ずっと1人だったら寂しいし。人間の住む国に行ったら伴侶も探せるんじゃないかと思うんだよね」
航大以外は伴侶なんていらないし、今の長老様達の暮らしは穏やかだし、ミーシャ達と働くのは楽しいし。
「今回はいいきっかけかなと思うんだ」
伴侶を探したい、という湊の理由を聞いて、みんなの顔に安堵の表情が浮かぶ。
湊はみんなの犠牲になりに行くのではなく、自分が仲間や伴侶を見つけるために希望していくのだ。
湊がアスティア国へ衣装係として行くことが決まった。
貴金属グループへの依頼が終わった侍女がまた手芸グループに戻る。
「僕がアスティア国に行きます」
湊は侍女に言う。侍女が湊を眺める。
「あら、トロツカ村に人間がいたの。でも、あなた男性じゃない? 後宮には男性は入れないのよ」
「湊さんはオメガなんです」
ミーシャが説明する。おや、と侍女が目を見張り、湊の首のネックガードを確認する。
「オメガなら問題ないわ。分かりました。明日迎えをよこすので、1か月間くらい滞在できる支度をしておいてください」
侍女はそう言い、アスティア国に帰っていった。
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