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初めてのキスは殺しの味
しおりを挟む考えてみれば当然のことである。生まれてから十七年、家からほとんど出ずに他人と関わってこなかった私を殺す理由がある人なんて、片手で数えられる程しかいないのだから。
でも。
まさか、元婚約者が殺しの依頼人とは……運命ってやつは、私をとことん弄びたいらしい。
「デニス・ワグナー……ロエリアの街を治めてる、ワグナー家の次男坊だ。まあ、説明しなくても知ってるか」
「知ってるっていうか、会って話してたしね」
会って話して、婚約破棄されたけどね。
「領主の息子と直接会えるってことは、あんたも良いとこのご令嬢なのか?」
「……殺す相手のこととか調べないの?」
「必要最低限以外の情報は必要ない……名前と顔が一致すれば、それで充分だからな。二流以下の殺し屋なら情報収集に力を入れるんだろうが、生憎俺たちは超一流だ」
ニヤッと笑うモモくんの表情からは、虚勢ではない自信が窺がえた。ただどうにも外見が幼過ぎて、背伸びしている子どもにしか見えないのが玉に瑕かもしれない。
「……私は、ちょっとお金を持ってる商家の娘だよ。普通に生きてたら、領主様のご子息となんてお話しできない」
「だったらどうしてそれができたんだ?」
「その……私を殺すように依頼したデニス・ワグナーって人は、私の婚約者だったの……元、だけど」
モモくんの眉間にしわが寄る。それは怒ってるとか不機嫌とかじゃなくて……なんて言うか、呆れてる?
「はぁ……くそ。聞かなきゃよかった」
「ど、どうしたの?」
「俺たちは依頼人に、殺しの理由を訊かないようにしてる。意図的にだ。今それを間接的に聞いちまったから、陰陰滅滅としてんだろうが」
「いんいんめつめつ? 難しい言葉知ってるのね」
「子ども扱いすんな……にしても、元婚約者ね。大方、他に好きな女でもできたんだろ。それで一方的に婚約破棄したら体裁が悪いから、あんたを殺すことにしたんだろうよ」
彼の予想は恐らく当たっている。いくら身分の差があるとは言え、正当な理由なく突然婚約破棄をすれば、街の人たちもよくは思わないだろう。だけど相手が死んでしまったなら、その心配はない。
「……あれ? でもそしたら、どうしてデニスさんは私を別宅に呼び出したのかしら。モモくんたちに依頼をしてたなら、私に直接婚約破棄を伝える必要ってないよね?」
「そんなの知らねえよ……まあ、自分の体裁のために婚約者を殺そうとする奴だからな。多分、あんたを殺す罪悪感を少しでも軽くするために、最後に顔でも見ときたかったんじゃないか?」
なるほど……それは大いに考えられる。
甲斐甲斐しくも、私は日に二通の手紙を送り、デニスさんに恋する努力を続けていた……それを知る彼は、きっと私を殺すことに多少の罪悪感があったに違いない。
いやまあ、だったら殺さないでと言いたいけれど。
とにかく彼は、自分の中の罪の意識を軽くしようと、私を別宅まで呼びつけたのだ。付き人を同行しないよう指示したのも、私を襲撃する際に邪魔になるからだろう。
……なーにが、「夜道には気を付けるんだぞ」、よ。
あなたが加害者側じゃない。
「……」
……改めて冷静になってみると、言葉にできない怒りが込み上げてきた。
私は不死身だし、命を狙われても問題ないとはいえ、害意を向けられれば良い気はしない。
でも――それよりも。
私が十七年間憧れていた恋愛という一大スペクタクルを、身勝手な男の勝手な理由で潰されたことが、許せない。
許せない、なんて。
誰かに対して思ったのは、いつぶりだろうか……死ねない私は、大抵のことを「まあいっか」で済ませてしまうのだから。
だけど、今回は無理そうだ。
乙女の心を踏みにじった責任は、しっかりとってもらわないといけない。
「ねえ、モモくん」
「なんだよ、改まって」
「君とイチさんを雇うのって、どれくらいお金がいるの?」
私の言葉を聞いて、モモくんは目をぱちくりさせて驚いた。うん、やっぱりお人形さんみたいで可愛い。
「……俺たちを雇うってことは、つまり誰かを殺すってことだぜ? この場合はデニスって野郎のことだろうが……いいのか?」
「いいのかって、何が?」
「手を下すのは俺たちだが、人を殺すっていう意志はあんたのもんだ。銃は何も感じねえが、その引き金を引いた人間には重圧がかかる。あんたに耐えられるのか?」
「……優しいんだね、モモくんは」
彼なりに私を気遣ってくれているのがわかり、自然と顔が綻ぶ。
でも、心配には及ばない。
だって私は、人が死ぬことに何かを感じたことなんてないんだから。
「引き受けるよ、その依頼」
私とモモくんの話を聞いていたのだろう――外から戻ってきたイチさんが、無邪気な声でそう言った。
「おい、イチ……」
「しかも無料でやってあげる。俺、元々お金なんて興味ないし」
「お前、何勝手に決めてんだ!」
「その代わり、ほしいものがあるんだ」
彼は怒るモモくんのことを無視して、私に近づいてくる。近くで見ると、その整い過ぎた顔に吸い込まれるように、無意識下で釘付けになってしまう。
「ほ、ほしいものって、何ですか?」
「チュー」
「へ?」
イチさんの発した言葉の意味を理解する前に。
私の唇は、彼の薄く耽美な唇と重なっていた。
レイ・スカーレット、十七歳。
記念すべき初キスは――ほんのり苦い、殺しの味だった。
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