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疑問
しおりを挟む「お父さんが……?」
モモくんから告げられたわかりやす過ぎる事実に、私は驚きを隠せない。
お父さんが私を拉致するよう依頼したから――ではない。
あの人が、あのお金以外に興味のない人が、私に対して何らかのアクションを取ったことに、驚いたのだ。
「……と言うか、そもそもこれって拉致なの? 私が家を一日空けちゃったから、お父さんが連れ帰るように頼んだだけじゃ……」
「お前を狙いにきた男は裏社会の人間だ。普通、自分の娘が心配なだけならそんな奴に頼みはしねえよ」
私のもっともな意見を、モモくんは秒で否定する。
「それに、そいつは依頼主から聞かされてなかったそうだぜ。あんたが娘だってな」
「……お父さんは、じゃあ純粋な人攫いとして依頼したってこと?」
「そうなるな。状況から見て、娘が帰ってこないのを心配した親のやることではないだろ……まあ、親の考えることなんざ知らないが」
彼は芝居がかった感じで肩をすくめた。
「さらにそいつが言うには、あんたを攫ってこいって依頼が、国中の裏ルートに出回り始めたらしい。たった一日娘が帰らないだけで、随分とまあ大仰なこったな」
「……私、無断で家を出たから。それにこんなに長い時間家にいないのも、初めてなの」
「大層な箱入り娘っぷりだな。蝶よ花よと育てられたってか」
「それは違うかな。蝶も花も、外の世界で自由に生きてるでしょ?」
私にはそんな自由はなかった。
だって。
レイ・スカーレットは、自分の意志で家の外に出ることはできなかったのだから。
軟禁、と言えばわかりやすいだろう……屋敷の外へ出ることは禁止されていたが、中であればある程度移動することを許されていた。
だから今回の無断外出は、お父さんにとってイレギュラーな事態だったのだろう。十七年間、言いつけ通りに大人しくしていた娘がいなくなったのだ……多少混乱しても無理はない。
まあ、怖い人たちに拉致するよう頼むのは、混乱し過ぎかもしれないけど。
「……そこまで自由を制限されてたのに、どうしていきなり婚約させることになったんだ?」
私のお家事情を聞いたモモくんは、ふとそんな疑問を投げかけてきた。
考えてみれば不思議なことである。お父さんは不死身の私を世間の目に触れさせたくないから軟禁していたのだろうが、領主の次男と結婚してしまえば、嫌でも人目に触れることになる。どこかのタイミングで不死身が露呈することもあるだろう。
「やっぱり、孫の顔が見たくなったとか?」
「話を聞く限りじゃ、そんな殊勝な男には思えねえな」
うん、私もそう思う。
ではなぜ、あの人は私を嫁がせようとしたんだろう――いや。
考えるまでもないじゃないか。
私は誰より知っている……お父さんが、お金のことをどれだけ大切にしているのかを。自分が一代で築き上げた事業に誇りを持っているのかを。
ならば、結論は一つしかない。
私の不死身が世間にバレるリスクより、領主の家に嫁ぐメリットの方が大きいと判断した……ただ、それだけなのだろう。
「金のため……わかりやすく簡潔な理由だが、まだしっくりこない疑問がある」
「しっくりこない疑問?」
「あんたを連れ帰るのに、わざわざ裏稼業の人間を雇った必然性だ。当然、クリーンな探偵や何でも屋に頼むよりも遥かに金がかかる……それでもその選択肢を取る利点は、仕事の速さじゃないかと俺は思う」
「裏社会の人たちに依頼する方が、短時間で成果が出るってこと?」
「俺らにルールはないからな。あの手この手の犯罪行為であんたの居場所を探し当て、迅速に拉致することができる。娘に危険が及んでもいいなら、一番手っ取り早い方法だ」
モモくんの解説は確かにしっくりくるが、そうすると次の疑問が沸いてくる。
お父さんは、なぜ今すぐにでも私を連れ帰る必要があるのかという――疑問。
「その理由までは俺にもわからねえ……仮説ならいくらでも立てられるがな。ただ一つ言えることは、あんたは家に帰らない方が賢明だってことだ。無理に止めはしないが、おすすめはしない」
彼の助言には、多分従うべきだろう。お父さんが危ない手段を使ってまで私を探しているということは、何かよからぬ事情が裏に控えていると考えるのが当たり前だ。
「でも、私、あの家以外に行くところが……」
「俺たちと一緒に行こうよ、レイちゃん。元々、隠れ家を他に移す予定だったんだ。少しは安全だと思うよ」
背後から、イチさんが優しく声を掛けてくれる。さっき外にいた私を慌てて連れ戻したのも、狙われているのが私だと知った彼なりの優しさなのだろう。
本当に――変わってる。
「モモもいいよね?」
「……イチが言うなら、仕方ねえ」
不承不承といった感じで、モモくんは頷いた。やっぱり彼はイチさんに弱いらしい。
「さすがモモ! 動くなら早い方がいいよね。今すぐ移動しよう」
「慌てんな。お前と俺は今日仕事があるから、別の奴に頼むしかねえ」
「えー、俺がついてくよ」
「駄目だ、仕事を優先しろ……ただまあ、俺もあいつに頼むのは乗り気じゃねえが、今空いてるのはあいつしかいないからな」
渋い顔をしながら、モモくんは通信魔法道具を耳に当て、どこかに連絡をする。あれ、便利だけどかなり高価じゃなかったっけ……殺し屋はお金持ちなのだろうか。
「二一番目か? 俺とモモの新しい隠れ家に、人を連れて行ってほしい……あ? ふざけてんじゃねえぞ! いいからさっさと街まで出てこい!」
そんな怒声を浴びせて、彼は魔法具の電源を切った。
「……ってことだ。あんたには一旦、街に出てもらう。そこでニトイと合流してくれ……あとはその破けた服も何とかしろ。金はやる」
「ありがとう……でも、私ニトイさんの容姿がわからないけど……」
「向こうは知ってるから心配するな。それに、あいつの顔を知っている奴なんて、この世にいないぜ」
そんな意味深な言葉を残して、モモくんとイチさんは仕事の支度を始めた。
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