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決意 002

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「私が……?」


 エルマは思いもよらない言葉に驚く。

 そんな彼女に、レグは優しく微笑みかける。


「最初の実技授業で言ってたよな。魔法が使えないって」


 エルマ・フィールは、魔法が使えない魔術師。

 彼女の体内には、魔素が存在しない。


「この世界に転生してからずっと森で育ったから……正直、それがどれだけ大変なことかピンときてなかったんだ」


 レグは「辺境の森」で、イリーナと二人で育った。それ故、この世界の常識や空気感に未だ馴染めていない。


「そもそも魔素がない人間が魔術師から差別されるっていうのも、いまいわからないんだけど……それはまあ、そういうものなのかなって割り切ることにした」


 レザールで過ごすようになって数週間……人間であるレグは、否が応でも種族間の隔たりを感じていた。

 知識ではなく、実体験として。


「それで思ったんだ。人間ですらこうなんだから……魔術師なのに魔法が使えないエルマは、


 察しが鈍い方ではない。

 レグは敏感に、彼女の置かれている状況を推察する。


「しかもフィール家ってのは名門で、兄貴は超優秀なんだろ? そんなの、誰だって卑屈になるぜ」


 俺の元いた世界でもな、と彼は微笑む。

 生まれた家が恵まれれば恵まれている程。
 身内に優秀な者がいればいる程。

 ハンデを持つ側は――割を食う。

 もちろんそうでない場合もあるだろうが……しかし往々にして、そうした状況になった人間は劣等感を抱くものだと、レグは思っていた。


「でも、エルマは違った。全然、卑屈じゃなかった。それどころか……落第組の中で、一番自信たっぷりって感じだ」


「そんなつもりは、なかったのですが」


 褒められているのかいないのかわからず、エルマは戸惑いながら相槌を打つ。


「周りがどうだろうと、自分だけは自分を信じてる……俺の目からは、そう見えたんだけどな」


 優秀な双子の兄が入学した学園に、望んで入った。
 落第組と誹られているクラスでも、お構いなしに。

 魔法が使えないから、人間のために作られた魔具に頼った。
 魔術師が魔具を使うなんて、これ以上ない屈辱なのに。

 彼女は――諦めなかった。

 卑屈にならなかった。
 絶望しなかった。


「……私は、強くありません」


 だが、レグの評価をかき消すような淡々とした声で、エルマが呟く。

 それは今まで誰にも話したことのない、彼女の気持ちの裏側。





「私は生まれながらに魔素がありません。

 そういう身体に生まれてきました。

 この世界ではかなり珍しい事例で、少なくともオーデン王国では片手で数えられる程しか確認されていないらしいです。

 ですがそれも、仕方のないことだと思います。

 魔素を持たない魔術師。
 魔法を使えない魔術師。


 そんな、本来の機能を失ったが生まれれば……その存在が世間に知れ渡る前に、何らかの形で抹消されてしまうのですから。


 例えば家族に見捨てられたり。
 例えば迫害の末に殺されたり。

 例えば――自殺したり。


 レグさんはまだピンときていないかもしれませんが、この世界の人類は、とても殺伐としているんです。特に魔術師には、他種族との争いが絶えない歴史があります。

 魔族と戦争を繰り広げていた背景があるので、力なき者に対する風当たりが強いのでしょう……戦いで役に立たない者は、人類側の荷物にしかなりませんから。

 魔族に勝つため強者を優遇してきた結果、魔術師こそ至上とする風土が形成されたんです。


 そんな魔術師の名門一家に、魔法が使えぬ者が生まれたら……どうなると思いますか?

 ……そうですね、想像もできないと思います。


 私に魔素がないと発覚した時、まず初めに起こった議論は、


 さっき言った、家族に見捨てられるというやつですね。

 しかし、魔王軍と停戦し、仮攻めではあるものの平和になっている世の中で……おいそれと自分の子どもを殺すわけにもいかなかったのでしょう。

 フィール家に双子が生まれたという話は、すぐに街中に広まっていましたから。

 要は、世間体に助けられたわけです。


 その次に起きた議論は、では私をどう育てるかというものでした。人間の家に養子に出すことも考えたそうですが、それもいざバレた時にバツが悪い。


 そうやってあれこれ両親や親戚が考えて出した結論が……


 ええ、知らぬ存ぜぬの、無視です。

 名門魔術師一家に、魔法が使えない落第魔女が生まれるはずがない。生まれていないのだから存在していない。存在していないのだから無視をする。

 そんな論法でしょうか。

 子どもの処分に困った末の、問題の棚上げですね。とてもいい大人たちが下した結論とは思えませんが……とにかく。


 私は無視されることになりました。


 フィール家の屋敷に住み、そこで生活していましたが……それはただそこにいたというだけで、空気と変わらない扱いを受けました。

 家族はもちろん、十人以上いる使用人も……私のことを無視したんです。

 ……ピンときていない顔ですね。いいんです、私も人から聞いたら同じ反応をすると思いますから。


 シンプルに言うと、置物ですかね。

 人間程の等身がある、置物。

 レグさんは一々、置物に話しかけますか? ご飯を作ったり世話を焼いたりしますか? 休日には一緒に出掛けて、他愛もないことで笑い合って、成長を喜んであげますか?


 置物を――愛してあげますか?


 ……つまりはそういうことです。私は十五年間、あの家に住んでいましたが、全てのことを自分一人でやるしかありませんでした。使われていない部屋で寝起きし、客間のシーツを縫い合わせて衣類にし、ご飯は残り物や余った食材で済ませました。

 恵まれた環境ではあると思います。魔族との争いが激しい地域では、夜眠ることもままならない人たちもいますから。


 でも、辛かった。

 どうしようもなく、辛かったんです。


 あのまま屋敷で生活していれば、死ぬまでは生きられたでしょう。誰も私を認識しないあの家で、とりあえず生きることはできたでしょう。


 だけど私は……エルマ・フィールとして生きたかった。


 だから、決めたんです。

 この国で最高峰の魔法学園、ソロモンに入学し、そこで成り上がってみせると。


 私は魔術師だ。
 私はフィール家の名を背負っているんだ。

 そう、世界に証明するんです。


 私を、魔法が使えない魔術師として生んだこの世界に。

 私を、落第魔女として無視した人たちに。

 エルマ・フィールは、何者にも代えがたい魔術師であると。


 そう――知らしめてやりたい」


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