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決意 003
しおりを挟むエルマは深く息を吸う。
自分の胸の内を誰かに話すのは、これが人生で初めてのことだ。
だが、それもそのはずである。
彼女は自分の家族にすら、話を聞いてもらえなかったのだから。
「私が強く見えたというのなら……それは、強く見せなければ折れてしまうからです。本当の私は、ただ世界を憎んでいるだけの、弱い存在です」
「……」
レグは黙ってエルマの話を聞く。
「自分を信じているのも、信じるしかないからです。私は必ずこの学園で成り上がれると、嘘でもいいから思い込むしかないじゃないですか」
エルマの拳が震える。
自分の想いを吐き出したことのない彼女は、感情の動きに戸惑う。
「……ソロモンに入学すると決めてからは、勉強の毎日でした。父の書斎にある本を読み漁り、コレクションの魔具を借りて独学で修行しました。兄は魔法学校に通っていましたが、私は置物ですから……一から自分で学ぶしかなかったんです」
ソロモンは十五歳から入学できるが、もっと低年齢層に向けた魔法学校も存在する。エルマはもちろん、そこに通わせてなどもらえなかった。
「幸い、フィール家の敷地内で私が何をしようと誰も干渉しないので、思う存分昼夜を問わず修行できました。その甲斐あって、こうしてこの学園の門をくぐることができたんです」
彼女がソロモン入学を決心したのは、六歳の時。
それから九年間、一日も欠かすことなく――鍛錬を続けた。
「そこでようやく成功体験ができたので、より自分を信じるフリが上手くなったのかもしれません。私の強さは、偽物なんです」
レグは、エルマが自分自身に強さと誇りを持っていると感じていた。
そしてその点こそ、神内功とエルマの決定的な違いであると。
同じように他人との付き合い方が不得意な自分との、最大の相違点だと思っていた。
しかし、彼女曰く。
その強さは――偽物らしい。
「さっきの矛盾の話で言えば、私は魔術師であると誇りを持つ一方で、魔法が使えないことを恥じています。その矛盾を受け入れるには……どうやら、偽物の強さでは足りないようです」
エルマの体が小刻みに震え出す。
彼女の感情が揺れ動く。
「あの人たちに倉庫につれていかれ、落第魔女がローブを身につけるなと痛めつけられた時……本当はすぐに、ローブを手離したかった。正直、あのまま時間が経てば……私は捨てていたと思います」
捨てていた。
ローブも……魔術師の誇りも。
「真に強い者なら、決してそんな考えには至りません。だから私は、すごくなんかないんです」
自分に自信なんて、本当はないんです。
エルマは俯き、両手をぎゅっと握りしめる。
今まで騙し騙し生きてきた化けの皮を一気に剥がされた気分で――途端に自分が惨めに思えてきたのだ。
「……そっか」
彼女の独白を聞いたレグは、優しく頷く。
人生のほぼ全てをいない者として生きてきたエルマの心境を、推し量ることはできない。
ただ、一つ。
今の彼が気づいたことを、伝えようとする。
「人間って、多分一人じゃ弱い生き物なんだ。神内功は一人だったから……結局、死ぬまで自分を変えられなかったんだと思う」
他人を拒絶した神内功は、弱いままだった。
矛盾を抱えて生きることができず、嫌いな自分を変える選択ができなかった。
「サナとエルマが襲われてるのを見て、俺は怒ったんだ。そしてその怒りを、ぶつけずにはいられなかった。それは俺が一人じゃなかったから……この数週間、落第組のみんなと過ごしてきたからなんだ」
互いに命を預け合える親友、とまではいかずとも。
ただ一緒にいるだけで、友達にはなれる。
「友達っていうのはまだよくわからないけど……俺はクラスのみんなのことを友達だと思いたい。シルバもサナも、もちろんエルマのことも」
「友達……」
「俺は自分一人の力だけじゃ自分を変えられない……それは神内功として生きた十八年で、嫌って程身に染みてる。でもサナやエルマがいたお陰で、俺はさっき自分を変える選択ができた……二人を助けるために戦うっていう選択肢を、選ぶことができたんだ」
一人で自分の弱さを克服できないなら、他人を理由にすればいい。
友達を――作ればいい。
「だからエルマも、他人を頼っていいんじゃないか?」
エルマ・フィールは、今まで一人で生きてきた。
これからは誰かを頼っていいんだと、レグは手を差し伸べる。
神内功ができなかったこと――自分と目の前の少女は、それができる。
一歩を、踏み出しさえすれば。
「俺はこの学園で成り上がらないと、卒業後に処刑されることになってる。だけど自分一人のためだけじゃ、多分限界があると思うんだ。俺は、強くないから」
レグはエルマを見つめる。
偽物の強さを纏う青い瞳を、まっすぐに。
「俺は友達のために……エルマ・フィールの誇りを守るために、この学園で成り上がってみせる。俺はエルマと一緒に、強くなりたい」
それはつまり、神内功とは真逆の信条。
他人と関り、友達を想い、自分に自信を持ち、強くなると――レグは、そう決意したのだった。
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