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エルフの少女 001
しおりを挟む「おー、こういう形で落ち着きましたか」
演習会に臨むチーム決めを終えた落第組の面々は、実技授業のために九階の演習場へと移動していた。
一足先に待っていたメンデルは、五人一組に分かれたチームの顔ぶれを見て目を細める。
――概ね予想通りでしたが……あの子がレグくんたちと組むとは、意外ですねえ。
彼の視線の先には、エルフの少女。
怯えた様子で肩を震わせる――キャロル・レッドがいた。
◇
サナとエルマが和解し、互いに手を取り合ってから数分。
残り一人のメンバーを埋めるため、四人は話し合いをしていた。
「……つっても、どいつもこいつも二人以上の面子で固まってるみてーだな」
「まあ、そりゃそうよね……。みんな何となくチームを組みたい人は決めていたみたいだし、一人だけあぶれてることなんてないわよね」
シルバとサナが、教室を見渡しながら溜息を吐く。
「……」
それを聞いたエルマは、静かに目を閉じた。
「あ、今のはエルマを悪く言ったんじゃないのよ!」
「うわ、ひっでえ。サナ、お前中々鬼畜なこと言いやがるな」
「シルバうるさい! ややこしくなるから黙ってて!」
「二人とも落ち着けって……」
ヒートアップし出した二人を、レグがなだめる。
それを見たエルマは――静かに微笑んだ。
――自分を変える……ですか。
彼女はレグの横顔を見る。
他人を頼っていいと教えてくれた彼を。
自分のために戦うと言ってくれた彼を。
――……何でしょう、この感情は。
誰かに対して意識を向けることをしてこなかった彼女は、経験したことのない心の動きに戸惑う。
「大丈夫か、エルマ」
瞳を覗き込むように、レグが顔を近づけてきた。
「っ⁉ だ、大丈夫です……」
「そうか? 何か顔が赤いし、やっぱり昨日のダメージが……」
「大丈夫です!」
珍しく大声を出し、エルマはレグから顔を逸らす。
――……いけない。冷静にならないと。
速くなった鼓動を落ち着けるように深呼吸をし、エルマは三人に向かって口を開いた。
「……もう一人のチームメンバーですが、もし候補が絞れないようなら……私からはキャロルさんを提案します」
その言葉を聞き、シルバが少しだけ眉をひそめる。
「キャロルか……さっきレグにも言ったが、あいつまともに精霊魔法を使えないんだろ? かと言ってエルマみてーに魔具を使うでもねえし……申し訳ねえが、このクラスで最弱だと思うぜ」
彼の評価は概ね正しい。
幾度もあった実技授業の中で、キャロルが満足に精霊魔法を発動できたことは一度もないのだ。だが、魔法が使えないエルマのように魔具に頼ることをしない彼女は、実質戦闘力のない一般人と変わらないのである。
「……エルマは、どうして彼女とチームを組みたいって思ったの?」
シルバが考えているようなことは、このクラスにいる者なら誰でも承知していることだ。
その上でキャロルをメンバーに提案したエルマの真意を、サナは問う。
「キャロルさんは確かに、現時点でまともに精霊魔法を使えていません。ですが、彼女の使う魔法は恐らく……かなり強力な精霊魔法だと思われます」
未だ教室の後方でおどおどと怯えている彼女に目をやりながら、エルマは言った。
「彼女が時たま見せる淡い桜色の光……古い精霊魔法の文献にあった、『妖精の光』だと思います」
「妖精の光?」
「その昔、精霊がまだ実体を持って生きていた時代……全ての精霊を統べる、妖精王と呼ばれる存在がいました。『妖精の光』は、その王の力を授かったエルフが発現する特殊な光だと言われています」
「ちょっと待って……妖精王って、御伽話の中の存在でしょ? それが実在したっていうの?」
エルマの説明を聞き、サナは疑問を呈する。
「妖精王の冒険」……とある精霊を主人公にした冒険活劇で、オーデン王国に住む者なら大抵が知っている有名な御伽話である。
「御伽話にはモデルがつきものという話です、サナさん。実際、いくつかの文献がその強大な存在に触れていますし……私が見た限りでも、彼女の魔素は相当特殊なもののようです」
エルマの透き通るような青い瞳――先刻イリーナにお墨付きをもらった彼女は、自分の判断に自信を持つ。
「キャロルさんが精霊魔法を発動できるようになれば、エルフ組の方々にも負けない実力になると、そう思います」
エルマの話を聞き、サナとシルバは考え込む。彼女の言うことが本当だとしても、果たしてキャロルが精霊魔法を使えるようになるのかは別問題だからだ。
「……演習会が近い以上、それまでにあいつが魔法を使えるようになるかは相当な博打だな。どうも実技授業での動きを見た感じ、まだまだ使えそうにねーけど」
シルバは厳しい評価を下す。別段いい成績を取ることに執着している彼ではないが、どうせやるなら高みを目指したい……その思いから、キャロルをチームに加えることに消極的なようだ。
「そうね。今から魔具の修行をしたとしても、適性を見極めるところから始めるならかなりの時間がかかるわ。演習会までに満足に扱えるかどうかは、微妙なところね」
サナも同様に現実的な考えを語る。
「……そうですか。いえ、みなさんが反対されるなら、構わないのですが」
エルマは若干寂しそうな顔をして、自分の意見を取り下げた。
根本的に他人と会話することに慣れていない彼女にとって、チームとなった者たちとの関わり方は特に難しいようで……どこまで我を通していいのか、わからない。
――一人でいるなら気にする必要もなかったのですが……誰かに頼るというのは、難儀なものですね。
三人が再び、誰を誘おうかと悩み始めたその時。
「……あれ、レグは?」
サナが、レグの不在に気づく。
さっきまで一緒に話していたはずなのに、ほんの数秒目を離したと思ったら、どこかに消えていた。
「……って、レグ!」
シルバがいち早く彼の居場所を見つける。
教室の後方――スカーを巡る人だかりの、少し奥。
怯えるように体を丸めていたキャロルの傍らに、レグの姿があった。
「なあ……えっと、キャロル、だよな?」
チームを組んだ三人以外の名前が覚束ないレグは、恐る恐るエルフの少女に話しかける。
「えっ! あ、はい、そうです……ごめんなさい……」
「いや、謝られても困るんだけどさ」
俯いて目を合わせようとしない彼女に、レグは優しく手を差し出した。
「もしよかったら、俺たちとチームを組まないか?」
「え?」
少女の長い耳が、ピクンと動く。
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