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星夜 対 獣 002

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「……っ、はあ……くっ……」


 エイムの放った魔法をもろに食らったシルバは、力なく地面に倒れこんでいた。

 全身に酷い痛みが走っている。
 呼吸をするのも、ままならない。

 既に決着はついた――高威力の魔法に直撃してしまったのだ、今すぐ戦闘不能と判断されてもおかしくない。


「驚いた、まだ意識があるとは。随分頑丈な身体なのか、はたまた術技の力なのか」


 上空から降り立ったエイムは、すたすたとシルバの元へ近づく。

 その動きの一つ一つに、全く警戒心がない。
 さながら、通学路を歩く時のような気軽さで……彼は、敵との距離を詰める。


「……もう、勝った気でいんのか、ナンバーワンさんよ……俺はまだ、動けるぜ……」


「そうは見えないが……まあ、動けたところで何ができるわけでもないだろう」


 圧倒的な力の差。

 ヘレンやシトラスがキャロルを見下していたのとは、次元が違う……どう足掻いても目の前の相手には勝てないと、シルバの本能が告げていた。

 獣人の、獣としての本能。

 それは、野生の世界における絶対的な法則に則っている。

 弱肉強食。

 弱い者は淘汰され、強い者が生き残る世界では……弱者は、逃げることしかできない。

 シルバは今――逃げようとしている。

 最後の力を振り絞り、何とかこの強者から逃れようと。

 それが、獣人の本能なのだから。


「……ちげえ」


 ぐっと、掌に力を込める。


「何か言ったか?」


「……こんなの、全然ちげえって言ったんだ! くそが!」


 言って。

 シルバは、仰向けの状態から飛び上がる。


「【野獣の牙リエーフ】‼」


 本当は逃げ出したかった。
 それが自然の摂理なのだから。

 だが――違う。

――俺は、こいつをぶっ倒すために戦ってんだろうが!

 生理的な恐怖に逆らうことは難しい。獣の本能が根付いている獣人にとって、その難易度は数段上がる。

 シルバは、それを無理矢理捻じ伏せた。
 恐怖を、心の中から追い出した。


「【星夜の輝きスターダスト・サイン】」


 エイムは冷静に状況を判断し、迎撃の魔法を撃ち込む。

 しかし。

 放たれた光の波動は、シルバの横を掠めていった。

――さっきより、速くなっている。

 先程までのシルバの動きに合わせて魔法の出力を下げていたため、先刻を上回る速度を出した彼に魔法を当てることができなかったのだ。


「おらあああああ‼」


 シルバは一気に懐まで潜り込む。

 演習会の相手チームにエイム・フィールがいるとわかった時から決めていた。

 この男だけは絶対に殴ると。

 その気概が恐怖心を克服する起爆剤となり、同時に残された以上の力を捻り出す。


「兄貴なら妹のことくらい守りやがれ、くそが‼」


 エルマが魔術師組からどんな扱いを受けているか、シルバは知っている。

 全員参加の授業がある度、彼らはエルマを嘲笑った。

 生徒会選挙に立候補した時も。

 魔法の使えぬ落第魔女だと――彼女を嘲った。

 なのに、こいつは。

 このすかした顔の兄貴は、妹の味方になってやらなかった!



「【鳥獣の翼ヴァローナ】‼」



 シルバの右拳が、エイムの顎を捉える。

 演習会のために新しく習得した術技……攻撃力の無さを補うために編み出した、風を纏った必殺の拳。


「はあああああああ‼」


 右手に集まった魔素が乱気流のようにうねる風を巻き起こし――エイムの体を、空中へとかちあげる。

 暴風は風の刃を生み、殴った相手に破壊的なダメージを与える。


「ぶっ飛びやがれ‼」


 エルマの生い立ちを、シルバは知らない。

 だから単純に、可哀想だと思ったのだ。

 同じ魔術師から忌み嫌われている彼女のことが。
 人間や獣人のように魔法の使えない彼女のことが。

――魔術師はいけ好かねえから嫌いだ。でも、エルマは違う!

 シルバもそれなりに差別を受けてきた。特にレザールという魔法都市の近くに住んでいた彼は、よく街の魔術師の子どもにからかわれていたのだ。

 だが、そんな奴らとエルマは違った。

 彼女は。

――一度だって、鹿

 シルバは地面を蹴り、空中に吹き飛ばしたエイムを追撃する。

 そして、【野獣の牙】によって作り出した光の爪と、【鳥獣の翼】によって纏った風の拳で、連撃を仕掛けた。


「おらあああああああ‼」


 連撃の最後――振り上げた右腕を容赦なく振り抜き、エイムの体を地面に叩きつける。

 果たして。

 入学成績一位のナンバーワン魔術師は、地に落ちた。


「はあ……はあ……くっ……」


 全てを振り絞った攻撃……もう動くことはできない。

 シルバは十八番の着地もままならぬ疲労を感じながらも、何とか地上に降り立つ。

 目の前には、仰向けに倒れた敵。


「か、かった……」


 強敵を打倒した感動と全身を襲う激痛を味わいながら、彼はようやく安堵の息を漏らす――



「素晴らしい。落第組とは思えない力だった」



 シルバの背後に、人の気配。

 直後、倒したはずのエイム・フィールの体が


「なっ!」


「それは俺の魔法で作り出した分身だよ。君の風の拳を食らう瞬間に交代しておいたんだ」


 辛うじて残った力を振り絞り、シルバは後ろを振り向く。

 そこには、無傷のエイムの姿があった。


「分身と言えど、中級魔族程度なら討伐できる力はあるんだが……それを消滅させるなんて、君も中々やるらしい」


「……くそが!」


 シルバは拳を握る。

 だが、力を使い果たしてしまった彼の弱々しい拳が、当たることはない。


「そんなボロボロの状態にも関わらず、最後まで戦おうという気概もいい。熱い男は好きだよ。是非名前を教えてくれ」


「……」


 最早勝ち目はなかった。

 彼は既に、限界を超えている。


「……シルバ・チャールだ……覚えとけ、くそ野郎……」


 言って。

 シルバは、意識を失った。


「なるほど。覚えておこう、シルバ」


 エイムは倒れこむ彼の身体を受け止め、茂みの陰に寝かせる。


「さて……それじゃあいくとしよう。あまり時間がかかると、ヘレンたちにどやされてしまう」


 巨大な氷壁の向こう。

 そこには、エルマたちがいる。


「妹、ね」


 エイムはふうと溜息をつき、吐き捨てるように言った。


「俺には妹なんて、存在しないんだけどな」


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