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友のため
しおりを挟む「サナ、さん……」
地べたにうつ伏せに倒れるサナを見て、エルマは息を飲んだ。
制服はズタズタに裂け、全身に血が滲んでいる。
「サナさん!」
思わず大声を出して駆け寄った。
氷壁が破壊された衝撃で吹き飛ばされた後、一人になっていたエルマは体力の回復を優先していた。
とは言っても、ほんの五分程度の話である。
フラフラの状態で戦闘に参加して足を引っ張るくらいなら、少しでも役に立つように態勢を整えたかっただけだった。
――その結果が、これだと言うんですか……。
戦闘音を頼りにサナとキャロルを探し。
伏して倒れる二人を見つけた。
「私が、私がもっと早く来ていれば……」
「来ていても変わりませんよ、落第魔女」
少し離れた位置から、抑揚のない声が聞こえる。
目線の先で、大木を背に寄りかかったリツカ・ルーベルが、エルマのことを無表情に見下していた。
「……あなたがやったんですか」
「ええ。あっちのエルフもそこのアルバノさんも、私が倒しました」
「そう、ですか」
静かに、エルマが呟く。
そして、懐から青色の水晶を取り出した。
「……戦いを始める前に、一つだけ言っておくことがあります、落第魔女」
リツカも静かに歩き出し、エルマと相対する。
「……何ですか」
「実は、私はあなたと戦うことができないんです」
「……どういう意味ですか」
「エイム・フィール様……あの方が、自分に妹など存在しないと言われたからです……存在しない者と戦うことは、エイム様を否定することにつながってしまいますから」
強さのみが絶対だと信じているリツカにとって、エイムはわかりやす過ぎる程尊敬できる相手だった。
彼女の心酔するエイムが、妹などいないと言っている。
それを無視することは、彼の意向に背くことだと、リツカは考えていた。
「そう考えていたんですけど……やはり無視はできません」
彼女は腰の刀を引き抜き、エルマに差し向ける。
「あなたとエイム様の間に何があったかは知りませんが、まあ大方、魔法の使えぬ妹の存在自体を抹消したいのでしょう……であれば、万が一にもあなたの姿をエイム様の前に晒すわけにはいきません。ここで倒させてもらいます」
「……」
エルマは、リツカの話をほとんど聞いていない。
ただ、考える。
この状況で、どうすれば勝つことができるのかだけを。
――……あれを使うには、リツカさんは相性が悪すぎる……。
あらゆる戦況を想定してみたが、勝てる可能性は限りなくゼロに近い。
だが、ここで逃げるという選択肢を取る彼女ではなかった。
あるいは。
それができるならば、もっと楽に生きられたかもしれない。
「精々エイム様に迷惑をかけぬよう、潔く散ってください」
「それは、できない相談ですね」
二人の戦いの火蓋が切って落とされようとした、まさにその時。
サナが、立ち上がった。
傷だらけの剣を杖代わりにし、よろよろと立ち上がるその姿は、決して頼もしいものではない。
だが、それを見て。
リツカとエルマは、言葉を失う。
「――っ」
サナ・アルバノは。
意識のない状態で、立ち上がったのだ。
仲間のため。
友のため。
己が剣を振るわんとする信念が、形となったのだ。
「サナさん……」
「……」
返事はない。
虚ろな目で、震える足で、傷だらけの体で――エルマを守ろうと、リツカの前に立ちはだかる。
「……」
そんな彼女を目にしたリツカは。
引き抜いた刀を、鞘に納めた。
「……本当は、例えあなたが降参しても、一太刀くらいは浴びせる気でいました……エイム様を煩わせる存在には、その身をもって償いをさせようと思っていたからです」
リツカは、いつも通りの平坦な口調でエルマに語り掛ける。
エルマも、黙ってそれを聞いていた。
「ですが、アルバノさんの所為で気が変わりました。守るための剣……私には到底理解できませんが、戦闘不能になってなお、その矜持を貫こうとする彼女に敬意を表し、私は刀を納めます」
「リツカさん……」
「だから、あなたも降参してください、落第魔女。不屈の心を持って立ち上がったアルバノさんのことを想うなら、ここで負けを認めるべきです。一対一の勝負で私に勝てないことは、あなたもわかっているでしょう」
「それは……」
リツカの提案を聞いて、エルマは言葉を詰まらせる。
彼女の言う通り、今の自分の実力では絶対に勝つことはできない……それでも、負けを認めることはできない。
押し黙ってしまったエルマに向けて、リツカははっきりとした声で言った。
「アルバノさんの誇りを傷つける気ですか。ここで潔く負けを認め、自分を守ることが、彼女の望みのはずです。友のため、引くことを覚えなさい」
「……」
エルマは考える。
――もしサナさんに意識があったら、何が何でも諦めるなと、そう言ったでしょうか。
意識のないまま立っているサナの背中に視線をやる。
――リツカさんの言う通り、私は彼女に絶対に勝てない。それでも諦めないことは、本当に仲間のためになるんでしょうか。
これ以上、無駄な犠牲を出すことが、果たして正しいことなのか……エルマはわからなくなっていた。
――私が死んでも諦めないと言ってしまったから、サナさんも諦められなかったのかもしれない……私は、みなさんに傷ついてほしいわけじゃないのに……。
自分の所為。
サナがここまで痛めつけられても諦めなかったのは、自分の所為かもしれないと。
彼女の中に、疑念が渦巻く。
「答えは出ましたか、落第魔女。もしアルバノさんがその身を賭して守ろうとしているあなたの体を危険に晒すというのなら、もう止めはしません。全力で叩き潰します」
「……私は……」
諦めるのが正解なのか。
最後まで足掻くのが正解なのか。
エルマにはもう、判断ができない。
――教えて、レグさん……。あなたなら、こんな時どうするの……。
彼女の青い瞳に、影が落ちた。
「こんなことも自分で決められないとは、とんだ落ちこぼれですね……エイム様が存在を忘れたくなるのもわかります。アルバノさんには申し訳ないですが、エイム様の心の安らぎのために、あなたにはここで倒れてもらいましょう」
リツカは再び、柄に手をかける。
勝負は、一瞬で決まるだろう。
「ルーベル流剣術――」
ドォォォォォォォォォン‼
彼女が刀に魔力を込めようとした瞬間。
激しい爆発音が、大気を揺らした。
その音は一度だけではなく連続して鳴り続け――確実にエルマとリツカのいる方へと近づいてきている。
「な、何事ですか」
無表情を崩さなかったリツカも、この異常事態に焦りを露にした。
――恐らくチームの誰かの魔法でしょうが……爆発系を使えるとしたら、マックスさん? でも、彼にはここまでの規模の魔法を連発する魔力も魔素も無いはず……。
彼女の疑問を解決するように。
近づいてきた爆発が、氷の壁を吹き飛ばした。
「【日輪空破】‼」
果たして。
壁を突き破ったのは、巨大な火の玉に乗った魔術師――マックス・シャトラだった。
そして彼の追う先には。
落第組の呪いの子――レグ・ラスターがいた。
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