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弍
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地獄?
私は地獄に堕ちたのか?
声も出ないまま呼吸が速くなるのを感じた。なるほど生き地獄を抜けたら本当の地獄が待っていたというわけか。同じ地獄なら生きていた方がましだったのだろうか。その判断はまだ早計だと感じた。生きているより辛いことなどない、そう思ったから私は今ここにいるのだ。ぐるぐる考える私をよそに、受付嬢の人形は私の手から白紙の社員証を奪い、何やらパソコンで作業を始めた。
今のところ、生前に憎んでいたり嫌っていた人間──の顔をしたなにか──にしか会っていない。何より体が死んだ時のままらしく酷く苦しい。虫の息で憎い人間に囲まれる、確かにこれは地獄だった。しかし生前の生活とさほど変わらないのも事実だった。生前を地獄と表すべきか、死んでも楽になれないことを地獄とするべきか。地獄というのは、もっと恐ろしく苦痛で残酷で無情な、絵巻等でよく見る真っ赤な世界に大きな鬼、というの想像していたもので、存外拍子抜けのような気持ちだった。鬼はいないし、賽の河原も見当たらない。ただ死んだ体で生き苦しかった日々を送るだけならば、以前もやっていたことだ。苦痛で無情ではあるが恐ろしくはない。
「手続きが済みましたので、この社員証を首から下げてください。」
受付嬢の人形はそう言って私に社員証を手渡した。社員証、ということは企業なのか。地獄に企業があるのか。では地獄にも経済があって生産や消費が行われているのか。すると分配はどうなる?地獄に堕ちた人間にもし対価が払われるとすれば、最早地獄とは言えないだろう。そうでないとしても、無償の労働は現世でもままあることだ。本当にここは地獄か?
言われた通り社員証を首にかけると、体の苦痛が全て消えた。首は何の痛みもなく動かせるし、呼吸も苦しくない。膝もちゃんと体の前側にある。不快な身体症状の全てが消えた。これはいよいよ地獄ではなさそうだ。ぴちゃり。腹部に冷たさを感じた。不思議に思い視線を落とすと、シャツの腹部分が真っ赤に染まっていた。薄寒いものが背筋を伝った。見なくても分かる、しかし一応確認しないことにはどうにもできない。おもむろにズボンからシャツを出して腹部を露にした私を、受付嬢の人形はやはり私の大嫌いな笑顔で見守っていた。
腹には大きな穴が空いていた。黒い肉の塊から止めどなく赤黒い血が溢れ出していた。痛みは全く感じないはずなのに、鈍い痛みを感じて頭がくらくらした。真っ青な顔で受付嬢の人形を見ると、これまた私の大嫌いな媚びるような猫撫で声で言った。
「いちばん大っきな傷は消えないんですよ。ここに来た方はみんなあります。でもそれで死ぬことはありませんからね。もう死んでるし。痛くもないでしょう?」
こんな奴に、少なくともこんな顔をしている奴に、何かを教わるのがたいへん屈辱だった。だから私は、いや痛いけど、みたいなことをぶつくさ呟きながら目を逸らした。生前と同じ態度をとっている自分が情けなく滑稽だった。死んだところで、自分を恥じるし死にたい気持ちにもなる。しかし死ねないのだ。もう死んでるし。先程の受付嬢の言葉が頭に響いた。
誰しもが持つ最大の傷、さしずめトレードマークのようなものか。私は腹に、では頭に穴が空いていたり、手足が無かったりする奴もいるのだろうか。私以外にも当たり前だが地獄に堕ちている奴がいる。先程見たかんじでは人形ばかりのようだったが、もしかしたら別のフロアに、別の誰かの地獄があるのかもしれない。とりあえず私の地獄は、生前の地獄の再現だったということか。
地獄ならば、逃げるという手はないのだろうか。真面目に労働する必要が果たしてあるのだろうか。生前できなかった選択を、ここならできるのではないか。もう死んでいるのなら、怖いものはないだろう。そもそもこの会社の外には何があるのだろう。仕事をしなければどうなるのだろう。確かめようと正面玄関に足を向けると、受付嬢が後ろから鋭い声で言った。
「おい、審査が終わるまでここからは出るな。」
打って変わったような低いだみ声だった。やはり姿形を模しているだけで、彼女ではないらしい。中身はちゃんと地獄方のなにかなのだろう。ひょっとするとこれが鬼かもしれない。もしそうなら鬼のままでいてくれた方が、生前毛嫌いしていた人間の顔でいられるよりはずっといいのだが。
「審査待ちは二階へ行け。他の腰抜け共もいる。」
審査とはなんだろうか。私はエレベーターに再び乗り込み2Fを押した。やはり閻魔様による裁判みたいなものが行われるのだろうか。しかし仮にそうだとすると、閻魔様と鬼がいる地獄という現世でのイメージは間違っていなかったことになる。考えてみると、あの地獄のイメージはどのように生まれたのだろうか。誰かが地獄へ行って帰ってきたとでもいうのか。現世に蔓延るイメージについて、地獄の方ではどう思われているのだろう。エレベーターはワンフロア昇るだけなのに随分長く感じた。他の腰抜け共、と言っていたが、それは他に地獄に堕ちた人間のことを指しているのだろうか。地獄に堕ちるような人間に、出来れば会いたくないと思った。
エレベーターの扉が開くと、無機質な白い壁に青いカーペット床の廊下が奥へと続いていた。左右にいくつか扉があって、それぞれ扉の外でベンチに腰掛けて待合をしているらしい人間達が目に入った。みな一様に土色の顔をして、どこか虚空を見つめている、その光景は少し不気味だった。どこのベンチもみっしりと人間が詰まって座っていたが、一番奥のベンチにだけあと一人分くらいの空きがあった。どこに座るべきかは分からなかったが仕方なく空いている席に詰めて座った。私がそっと腰を下ろすと、隣に座っていた男がこちらを見た。首に縄の跡があった。声を出して良いものか分からなかったが、ごく小さな声でどうもと言った。私が言葉を発すると同時に、廊下にいる全員が私を見た。恥ずかしいような気まずいような気持ちで、誰とも目が合わないように努めた。
「刺されたんなら一番手前の部屋ですよ」
隣の男が視線に臆さずそう言った。私の腹を凝視していた。どこでその情報が手に入るのか気になったが、質問しようと口を開く頃には男は部屋に入って行ってしまった。誰に呼ばれたわけでもないが、勝手に入って良いものなのか。私はいくつもの疑問を抱えながら、男に言われた通り一番手前の部屋のベンチへと移動した。離れるときにちらりと見ると、今まで座っていたベンチには首元に縄の跡のある人間ばかりが座っていた。なるほど死因で部屋が違うのかと思った。私の場合はどうなるのだろう、刺された訳ではないのだが。
待っている間にゆっくり周りを観察してみると、ここにはおよそ二十代から五十代くらいの人間がいた。白のシャツにスラックスかスカートと、まるでスーツのような服だった。どうやら死因で分かれているらしく、シャツに血の滲む私のような人間のグループ、首元に縄の跡のあるグループ、顔色が真っ青なグループ、または顔が真っ赤でパンパンに膨れているグループなどがいた。そして列は一つも進まず、誰一人としてベンチを立って部屋に入って行かない。先程の男のように、勝手に入っていけば良いのだろうか。手に汗を握りながらおろおろしたのち、このままでは埒があかないと感じた私は、隣に座る女性に尋ねることにした。
「これは何を待っているんですか?」
また全員の視線が私に集まった。女性はひどく迷惑そうだった。しばらく私の顔を睨んだ後女性が言った。
「何も。受付で聞かなかったんですか?」
追加の質問を拒むように女性はそれきりそっぽを向いてしまっま。他の人間達は受付で丁寧な説明を受けているということか。私は勝手に出ていこうとしたので聞けなかったのだなと思った。そして、何も待っていない、ということだろうか。だとすると、とにかく部屋に入らないことには何も進まなさそうだ。私は視線を受けたままおもむろに立ち上がって部屋のドアノブに手をかけた。何となく就職活動の頃の面接を思い出した。
部屋に入ると眼鏡をかけた小柄な男がデスクに座っていた。神経質そうにぴっちりと撫でつけられた七三髪に、シワ一つないシャツが印象的だった。私は入ってはみたもののこちらを見もしない男に、どう声をかけるべきか悩んだ。
「あの、刺された訳ではないんですけど、」
「ではこの部屋ではないですね。」
相変わらず一瞥もくれないまま冷たい声でそう言われた。男はパソコンで作業をしているらしく、白い部屋には鈍い灰色のデスク一つしかなかった。それきり押し黙ってしまったが、男はやはり何も言わずタイピングを続けていた。
「すみません、受付で説明をしていただけなかったんです。私は飛び降りたのですが、その場合どの部屋へ行けば良いか教えていただけませんか。」
「向かいの部屋ですね。」
そう言って漸く男がじろりとこちらを見た。私を上から下までじっくり睨みつけた後で不意に目を逸らし作業に戻った。早く出て行けということか。もう一度あの気まずい廊下に戻るのが少し憂鬱だった。しかしこの部屋に留まる意味はもうない、なのでしぶしぶ部屋を出た。廊下に出るとまた皆一斉にこちらを見た。私は少し決まり悪さを感じながら、なるべく目を合わせないようにして向かいの部屋に入った。
部屋の中の様子はさっきの部屋と全く同じだった。ただこちらの部屋では大柄な短髪の男がデスクに座っていて、私が部屋に入るなり顔を上げてこちらを見た。
「飛び降りか」
笑顔でそう聞く男は、さっきの男より幾分か感じがよかった。私も少し安堵しながらはい、と答えた。男の手招きに従って私は部屋の真ん中に立った。
「すみません、受付であまり説明をいただけなかったのですが、ここはどういった部屋なのですか。」
努めて真面目にそう質問すると、男は笑顔のまま答えた。
「ここで君の死ぬ瞬間を一緒に見るんだよ。」
私は地獄に堕ちたのか?
声も出ないまま呼吸が速くなるのを感じた。なるほど生き地獄を抜けたら本当の地獄が待っていたというわけか。同じ地獄なら生きていた方がましだったのだろうか。その判断はまだ早計だと感じた。生きているより辛いことなどない、そう思ったから私は今ここにいるのだ。ぐるぐる考える私をよそに、受付嬢の人形は私の手から白紙の社員証を奪い、何やらパソコンで作業を始めた。
今のところ、生前に憎んでいたり嫌っていた人間──の顔をしたなにか──にしか会っていない。何より体が死んだ時のままらしく酷く苦しい。虫の息で憎い人間に囲まれる、確かにこれは地獄だった。しかし生前の生活とさほど変わらないのも事実だった。生前を地獄と表すべきか、死んでも楽になれないことを地獄とするべきか。地獄というのは、もっと恐ろしく苦痛で残酷で無情な、絵巻等でよく見る真っ赤な世界に大きな鬼、というの想像していたもので、存外拍子抜けのような気持ちだった。鬼はいないし、賽の河原も見当たらない。ただ死んだ体で生き苦しかった日々を送るだけならば、以前もやっていたことだ。苦痛で無情ではあるが恐ろしくはない。
「手続きが済みましたので、この社員証を首から下げてください。」
受付嬢の人形はそう言って私に社員証を手渡した。社員証、ということは企業なのか。地獄に企業があるのか。では地獄にも経済があって生産や消費が行われているのか。すると分配はどうなる?地獄に堕ちた人間にもし対価が払われるとすれば、最早地獄とは言えないだろう。そうでないとしても、無償の労働は現世でもままあることだ。本当にここは地獄か?
言われた通り社員証を首にかけると、体の苦痛が全て消えた。首は何の痛みもなく動かせるし、呼吸も苦しくない。膝もちゃんと体の前側にある。不快な身体症状の全てが消えた。これはいよいよ地獄ではなさそうだ。ぴちゃり。腹部に冷たさを感じた。不思議に思い視線を落とすと、シャツの腹部分が真っ赤に染まっていた。薄寒いものが背筋を伝った。見なくても分かる、しかし一応確認しないことにはどうにもできない。おもむろにズボンからシャツを出して腹部を露にした私を、受付嬢の人形はやはり私の大嫌いな笑顔で見守っていた。
腹には大きな穴が空いていた。黒い肉の塊から止めどなく赤黒い血が溢れ出していた。痛みは全く感じないはずなのに、鈍い痛みを感じて頭がくらくらした。真っ青な顔で受付嬢の人形を見ると、これまた私の大嫌いな媚びるような猫撫で声で言った。
「いちばん大っきな傷は消えないんですよ。ここに来た方はみんなあります。でもそれで死ぬことはありませんからね。もう死んでるし。痛くもないでしょう?」
こんな奴に、少なくともこんな顔をしている奴に、何かを教わるのがたいへん屈辱だった。だから私は、いや痛いけど、みたいなことをぶつくさ呟きながら目を逸らした。生前と同じ態度をとっている自分が情けなく滑稽だった。死んだところで、自分を恥じるし死にたい気持ちにもなる。しかし死ねないのだ。もう死んでるし。先程の受付嬢の言葉が頭に響いた。
誰しもが持つ最大の傷、さしずめトレードマークのようなものか。私は腹に、では頭に穴が空いていたり、手足が無かったりする奴もいるのだろうか。私以外にも当たり前だが地獄に堕ちている奴がいる。先程見たかんじでは人形ばかりのようだったが、もしかしたら別のフロアに、別の誰かの地獄があるのかもしれない。とりあえず私の地獄は、生前の地獄の再現だったということか。
地獄ならば、逃げるという手はないのだろうか。真面目に労働する必要が果たしてあるのだろうか。生前できなかった選択を、ここならできるのではないか。もう死んでいるのなら、怖いものはないだろう。そもそもこの会社の外には何があるのだろう。仕事をしなければどうなるのだろう。確かめようと正面玄関に足を向けると、受付嬢が後ろから鋭い声で言った。
「おい、審査が終わるまでここからは出るな。」
打って変わったような低いだみ声だった。やはり姿形を模しているだけで、彼女ではないらしい。中身はちゃんと地獄方のなにかなのだろう。ひょっとするとこれが鬼かもしれない。もしそうなら鬼のままでいてくれた方が、生前毛嫌いしていた人間の顔でいられるよりはずっといいのだが。
「審査待ちは二階へ行け。他の腰抜け共もいる。」
審査とはなんだろうか。私はエレベーターに再び乗り込み2Fを押した。やはり閻魔様による裁判みたいなものが行われるのだろうか。しかし仮にそうだとすると、閻魔様と鬼がいる地獄という現世でのイメージは間違っていなかったことになる。考えてみると、あの地獄のイメージはどのように生まれたのだろうか。誰かが地獄へ行って帰ってきたとでもいうのか。現世に蔓延るイメージについて、地獄の方ではどう思われているのだろう。エレベーターはワンフロア昇るだけなのに随分長く感じた。他の腰抜け共、と言っていたが、それは他に地獄に堕ちた人間のことを指しているのだろうか。地獄に堕ちるような人間に、出来れば会いたくないと思った。
エレベーターの扉が開くと、無機質な白い壁に青いカーペット床の廊下が奥へと続いていた。左右にいくつか扉があって、それぞれ扉の外でベンチに腰掛けて待合をしているらしい人間達が目に入った。みな一様に土色の顔をして、どこか虚空を見つめている、その光景は少し不気味だった。どこのベンチもみっしりと人間が詰まって座っていたが、一番奥のベンチにだけあと一人分くらいの空きがあった。どこに座るべきかは分からなかったが仕方なく空いている席に詰めて座った。私がそっと腰を下ろすと、隣に座っていた男がこちらを見た。首に縄の跡があった。声を出して良いものか分からなかったが、ごく小さな声でどうもと言った。私が言葉を発すると同時に、廊下にいる全員が私を見た。恥ずかしいような気まずいような気持ちで、誰とも目が合わないように努めた。
「刺されたんなら一番手前の部屋ですよ」
隣の男が視線に臆さずそう言った。私の腹を凝視していた。どこでその情報が手に入るのか気になったが、質問しようと口を開く頃には男は部屋に入って行ってしまった。誰に呼ばれたわけでもないが、勝手に入って良いものなのか。私はいくつもの疑問を抱えながら、男に言われた通り一番手前の部屋のベンチへと移動した。離れるときにちらりと見ると、今まで座っていたベンチには首元に縄の跡のある人間ばかりが座っていた。なるほど死因で部屋が違うのかと思った。私の場合はどうなるのだろう、刺された訳ではないのだが。
待っている間にゆっくり周りを観察してみると、ここにはおよそ二十代から五十代くらいの人間がいた。白のシャツにスラックスかスカートと、まるでスーツのような服だった。どうやら死因で分かれているらしく、シャツに血の滲む私のような人間のグループ、首元に縄の跡のあるグループ、顔色が真っ青なグループ、または顔が真っ赤でパンパンに膨れているグループなどがいた。そして列は一つも進まず、誰一人としてベンチを立って部屋に入って行かない。先程の男のように、勝手に入っていけば良いのだろうか。手に汗を握りながらおろおろしたのち、このままでは埒があかないと感じた私は、隣に座る女性に尋ねることにした。
「これは何を待っているんですか?」
また全員の視線が私に集まった。女性はひどく迷惑そうだった。しばらく私の顔を睨んだ後女性が言った。
「何も。受付で聞かなかったんですか?」
追加の質問を拒むように女性はそれきりそっぽを向いてしまっま。他の人間達は受付で丁寧な説明を受けているということか。私は勝手に出ていこうとしたので聞けなかったのだなと思った。そして、何も待っていない、ということだろうか。だとすると、とにかく部屋に入らないことには何も進まなさそうだ。私は視線を受けたままおもむろに立ち上がって部屋のドアノブに手をかけた。何となく就職活動の頃の面接を思い出した。
部屋に入ると眼鏡をかけた小柄な男がデスクに座っていた。神経質そうにぴっちりと撫でつけられた七三髪に、シワ一つないシャツが印象的だった。私は入ってはみたもののこちらを見もしない男に、どう声をかけるべきか悩んだ。
「あの、刺された訳ではないんですけど、」
「ではこの部屋ではないですね。」
相変わらず一瞥もくれないまま冷たい声でそう言われた。男はパソコンで作業をしているらしく、白い部屋には鈍い灰色のデスク一つしかなかった。それきり押し黙ってしまったが、男はやはり何も言わずタイピングを続けていた。
「すみません、受付で説明をしていただけなかったんです。私は飛び降りたのですが、その場合どの部屋へ行けば良いか教えていただけませんか。」
「向かいの部屋ですね。」
そう言って漸く男がじろりとこちらを見た。私を上から下までじっくり睨みつけた後で不意に目を逸らし作業に戻った。早く出て行けということか。もう一度あの気まずい廊下に戻るのが少し憂鬱だった。しかしこの部屋に留まる意味はもうない、なのでしぶしぶ部屋を出た。廊下に出るとまた皆一斉にこちらを見た。私は少し決まり悪さを感じながら、なるべく目を合わせないようにして向かいの部屋に入った。
部屋の中の様子はさっきの部屋と全く同じだった。ただこちらの部屋では大柄な短髪の男がデスクに座っていて、私が部屋に入るなり顔を上げてこちらを見た。
「飛び降りか」
笑顔でそう聞く男は、さっきの男より幾分か感じがよかった。私も少し安堵しながらはい、と答えた。男の手招きに従って私は部屋の真ん中に立った。
「すみません、受付であまり説明をいただけなかったのですが、ここはどういった部屋なのですか。」
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