地獄日記

岸根リョウ

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 呆気に取られる私を余所に、男はどこから取り出したのかプロジェクターの設置を始めた。しばらく時間がかかりそうなのを察した私は、この隙に疑問をぶつけてみることにした。

 「すみません、受付であまり説明をいただけなかったのですが、ここはどういう仕組みで、何をするんですか。」

 男はちらりと私を見たが、不意に微笑んで視線を逸らした。無言で設置を進める男は、答えは期待してはいけないことを教えてくれているようだった。なので質問するのはやめにして、状況を整理しながら大人しく待つことにした。

 まず、一番最初のオフィス。大嫌いな上司の人形がいて、それ以外にも顔のない人形たちが仕事をしているらしかった。あのオフィスは間違いなく生前の職場を模していた。次に一階の受付で社員証を発行した。受付にはやはり大嫌いな女がいたが、今思えば一階の景色は生前の職場とはあまり似ていなかった。そこでどうやら人形はやはり誰かを模しているだけで、中身は全然別の何かであることがわかった。そして「審査待ち」の私は二階へ行くよう言われ、二階の廊下には同じく死人らしい人々がずらりと扉の前で並んでいて、死因によって部屋は違うらしい。するとどうやらこの部屋で「審査」をするらしいが、それが死ぬ瞬間を一緒に見ることなのか。死ぬ瞬間を一緒に見てどうするのだ。そもそも死因で部屋を分けているのなら、何を審査する必要があるのか。まさか地獄でまで自己PRをやらされるわけもないだろう。

 一通り準備が済んだらしい男は、私の背後にスクリーンを下ろした。スクリーンが見える位置まで後ずさった私の隣に立つと、デスクに置いたプロジェクターの電源をいれた。

 「それじゃあ、手短に。一気に説明するけど大丈夫かな?」

 男は私の顔を覗き込んでそう言った。大らかそうに微笑みながら、目の奥は笑っていなかった。私ははやる気持ちを抑えてなるべく厳かに頷いた。

 「よし。まず俺は審査係です。今から君の死因を細かく確認して結果を出します。それによって、ここでの君の仕事が決まります。ここに来た人はみんな何かしらの仕事に就いてもらいます。それじゃ、とりあえず見てみようか。質問は最後に受け付けます。」

 男は終始穏やかに微笑んでいた。楽しそうにも見えた。私は少しの不安と不信感を抱きながら、今のうちに質問を頭の中でまとめておかなければ、と思った。男は私の隣に静かに並んだ。プロジェクターが少し唸って、スクリーンいっぱいに私の最期の景色が映し出された。

 山の中を転がり落ちながら、手足は石でズタズタになっていった。気づかなかったが途中から嘔吐もしていたようだった。ゴキンと鈍い音がして、私の首が直角に曲がった。最後に腹をズドンと太い切っぱなしの木に貫かれ、しばらく痙攣したのちに人間としては不自然極まりない体勢でぴくりとも動かなくなった。泥や砂にまみれ枯れ草の中に沈んだ自分は、およそ死体には見えなかった。そもそも人間には見えなかった。ばらばらのマネキンが適当に投棄されたようだった。なるほど客観的に見てみると死に際とは醜いものだと思った。ただおおよそは体感と合致した死に様だった。

 しかし同時に、確かに自分が死んでいることを理解した。死んでいるのに、私はここで社員証を首から提げて突っ立っている。そして自分の死に様を大きなスクリーンで見ている。頭がくらくらしてきた。今まで頭では状況を把握していたつもりだが、いざそれが間違っていないと分かると混乱してきた。死んでいる、間違いなく私は死んでいる。だから私はここにいる。それなのにここにいる私は何故かぴんぴんしていて、これから働かされるという。腹には確かに大きな穴が空いているのに、血が滴る以外は痛くも痒くもない。視界がぐにゃりと歪み、呼吸が浅く速くなっていくのが分かった。

 不意に男が私の肩をぽんと叩いた。それで我に返ったが、頭の中は質問どころか言葉も上手く紡げなくなっていた。何も言えず男の顔を見ることしかできなかった。

 「考えても混乱するだけだから、とにかく目の前のことを済ませて行こうな。どうしても無理そうなら、こっちにだって手はあるけど。」

 私は黙って頭を振った。目の前のこと、それどころではない。考えだしたら止まれない、ずぶずぶ思考の沼にはまっていって、やがて呼吸もできなくなる。だから死のうと思ったのだ。押し黙って焦点も合わない私を見て、男は私の額に手を当てた。すると視界が開けたように頭がすっきりした。疑問も混乱も一切が消え失せ、すとんと現状を受け入れられた。明瞭な頭で考えると、考えたところでどうしようもないことは考えなくてもいいと思えた。しっかりとした目で男を見返した。

 「落ち着いたかな?不安と恐怖だけ抜き取らせてもらったよ。一時的なものだし、おまじないみたいなものだから安心して。さて、それじゃ君の意見を聞こうか。死因は何だと思う?」

 「薬のせいで、吐瀉物が気管につまった窒息死かと思いました。でも、腹にこんな穴が空いているということは、これが死因なのかとも思います。つまり、失血死ということになりますかね。」

 男は頷きながら私の意見を聞くと、少し考えてから手元のバインダーに目を移した。

 「答えは、死に方は飛び降りで、死因は……失血、ではないね。ショック死だ。失血には時間が足りなかったね。色んな要因が合わさってるよ。窒息、失血、ショック、どれもあり得たようだ。ただ直接の原因は、首のショックだね。」

 思わずあ、と声が出た。確かに首がゴキンと鳴ってからは何も感じなくなった。あの時点で体の神経は遮断されていたのだ。

 「ここに来た人は死因が体から消えないんだけど、首から上はノーカンなんだよ。単に仕事をする上で不便だからね。そこで君は死因第二位の腹の穴が残った訳だね。」

 そう言うと男はパタンとバインダーを閉じた。そして私の社員証に胸ポケットから出した印鑑を押した。字らしきものの印鑑だったが何語でもないようでどうしても読めなかった。

 「質問を受けようか。さっきは答えられなくてすまなかったね。審査が終わるまで、つまり俺が印鑑を押すまでは一通りマニュアルがあってね。質問が済んだら今後の案内をしよう。」

 男はスクリーンを上げながらそう言った。そこでまず一番気になっていた質問から順に行くことにした。

 「実は自分が誰か分からないんです。記憶とか、考え方とか、思考体としての知覚はあるんですけど、時間が経つにつれて生前の戸籍とか肩書きとか一切が思い出せなくなってきて。あと、この建物で働いておられる方々……あなた達は、鬼なんですか?」

 「その辺は必要ないから忘れるようになってるんだよ。みんな自分が誰か分からないんだ。社員証に名前を書くこともできるけど、その手続きはもう少し後だ。そのうちここでの名前が与えられるよ。」

 そう言われて社員証を見ると確かに名前は空欄だった。男は続けた。

 「俺たちは鬼ではないよ。鬼は閻魔様ってやつの子孫で、もう最近では存在すら疑われてる。まあ他の奴らにでも詳しく聞くといい。俺たちは君と同じく地獄に堕ちた人間だよ。生前の罪の重さによって、ここでの仕事の難易度が決まる。つまり簡単に言うとここでは偉いやつほど現世では大罪人なんだ。」

 つまり、目の前のこの男も生前は罪人ということか。それじゃさっきの七三分けの男も罪人で、オフィスの上司も受付嬢も罪人だったのか。男が少し腕時計を気にする仕草をしたので、時間に制限があるかもしれないと思い至り、焦って次の質問をした。

 「最初の部屋は生前の職場だったのですが、あれはどうなっているんですか。あと、二階の廊下で座っている人たちは何なんですか。何かを待っているんですか。」

 「あの最初の部屋は人によって景色が違うんだよ。原則として生前に地獄だと思ってた場所になるらしい。それが君は職場だったんだね。廊下にいるのは君の同志たちだよ。同じ時間帯に日本で自殺した人たちだね。他殺の場合は別のビルに飛ばされるんだ。」

 あんなに、と口をついて出た。あんなに大勢の人間が、同じ時間に日本で自死したというのか。自殺率が高いとか自殺者が多いとか聞いたことはあったが、目にしてみるとあまりにも大勢に感じた。

 「そう、あんなに。彼らが何を待っているのかは、俺たちにも分からないんだ。中々入ってきてくれないから仕事が進まなくて参るよ。いつか本人にでも聞いてみてくれ。次を最後の質問にしようか。」

 悩みあぐねた挙句、半ば頭が真っ白になり素朴な疑問しか浮かばなかった。

 「あなたは、どんな罪を犯したんですか。」

 男は少し驚いた顔をして、にっこりと微笑んで答えた。

 「家族をみんな殺したんだ。心中ってやつだね。最後に俺が首を吊った。」

 何も言えなくなった私をよそに、男はデスクに腰掛けて引き出しから書類を取り出した。

 「審査の結果と、簡単な君への所見を書いてある。これを持って次は三階。右手の一番手前の部屋だよ。」

 分かりました、と答えて背を向けた。廊下を抜けてエレベーターに乗らなければいけないと思ったからだったが、背後から男に呼び止められた。

 「この奥の階段で行きなさい。廊下には出ない方がいい。とても大切な書類だから、三階の部屋に入るまで誰にも見られてはいけない。」

 いくつか疑問は残ったが、大人しく従って部屋の奥の扉を開けた。非常階段のようなものが上へ下へと続いていた。最後に男に会釈して部屋を出た。階段はひやりと寒く、何の気配もなかった。書類を大切に抱え直して階段を上がった。
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