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帰り道
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小学四年生の奈々子は、薄暗い夕焼けを背に受けながら、赤いランドセルを揺らして神社の階段を駆け上っていた。仲の良い友達数人が神社で遊んでいて、塾が終わったあとに合流すると約束していたのである。もう随分暗いので友達は帰ってしまったかもしれない、少しの不安を抱えて奈々子は階段を上りきった。息を切らせて神社の境内を見渡すと、3人組の男の子や4人組の女の子のグループがいくつかあったが、奈々子の友達の姿は見当たらなかった。ひょっとしたらトイレにでも行っているのかもしれない、奈々子は少しだけ待ってみることにした。
秋の薄寒い風が木立をざあざあ鳴らしながら奈々子の汗ばんだ肌を撫で、心細さを駆り立てた。夕焼けは西の空の端っこにこびりついているだけで、頭上には紫の空が広がっていた。遊んでいた他の子どもたちもやがて帰り始めた。最後のグループが帰った後、奈々子も家に帰ることにした。しかしすぐ階段を下りて行くとさっきのグループに鉢合わせて気まずいので、鳥居の根元に腰掛けて少し間を置いた。
階段を下りながら目の前の真っ暗な空を見た。周りには一切の音がなかった。しんと静かな境内を振り返ると、なんだか不気味な雰囲気が漂っていた。奈々子は遠くの家の明かりを目指して一目散に階段を駆け下りた。しかし下りても下りても階段が終わらず、何段下りても階段の真ん中にいた。ますます不気味に思った奈々子は恐怖を振り払うため、努めて冷静に一度階段を上りきった後もう一度下りようと考えた。
階段の一番上まで上りきり、鳥居の下から地面までの段数を数えた。32段ある。次に一段一段数えながら階段を下りた。32数え終わっても、奈々子はまだ階段の真ん中にいた。いよいよ怖くて泣きだしそうになりながら、奈々子は再び階段を上りきった。寒さと不安で手が小さく震えた。
ふと気配を感じて振り返ると、着物を着た髪の長い人が立っていた。着物も髪も真っ白だった。不思議と恐怖は感じなかった。奈々子が見つめていると、その人は話しかけてきた。
「今日は夜に子どもが外にいちゃいけない日だよ。お父さんやお母さんから聞かなかったかい?」
奈々子は黙って首を振った。両親からは何も聞かされていないし、友達も何も言っていなかった。もしかしたらこの地域に特有のものかもしれないが、春に引っ越してきたばかりの奈々子に知る由はなかった。ランドセルの肩紐を握る手に汗が滲んだ。
「妖怪たちのお祭りの日なんだよ。そこにはもちろん悪い妖怪もいる。」
奈々子は普段は妖怪やおばけなんかは信じていないが、今は不安で心細くて、得体の知れない恐怖を感じていた。何にせよ真っ暗な街は怖かった。
「それじゃお前さんが無事に家に帰れるよう少し力を分けてあげよう。但し、家まで一度も振り返ってはいけないよ。」
言い終わるとその人は消えてしまった。輪郭がだんだんぼやけていくように見えなくなった。境内の木立がまたざあざあと鳴りだした。遠くから車の走る音も聞こえた。階段を駆け下りると難なく地面に着いた。奈々子は大急ぎで走りだした。
あの人は人ではなかったかもしれない。きっと親切な妖怪だ。今日を限りに妖怪を信じることにしようと考えたりしながら、奈々子は一生懸命走った。時々後ろから足音がして不気味に思ったが、親切な妖怪の言いつけ通り振り返らずにひたすら走った。
雨上がりのアスファルトには落ち葉がべったりとこびりついていた。時々街灯に照らされてムカデが這っているのが見えた。なにもかもが不気味に感じられて、背後から本当に誰かの足音がするようだった。
ようやく家が見えた時、誰かが奈々子のランドセルを後ろから掴んだ。奈々子は驚いて思わず振り返った。見知らぬ男が立っていた。見知らぬ男はそのまま覆い被さるようにして奈々子を地面に押し倒した。息を切らした奈々子には大声をあげることすら難しかった。
ほんのすぐそこに家があるのに、あともうちょっとで帰れるのに。奈々子は一生懸命に暴れた。男の下でじたばたと手足を動かして、なんとか男の下から抜け出そうとした。心臓がばくばくと動いて、目からは涙が溢れ出した。
親切な妖怪さんが守ってくれているはず、そう思ってなんとか男の下から這い出した。家を目掛けて猛烈に走りだした矢先、さきほど男にランドセルを掴まれて自分が振り返ったことを思い出した。背筋が冷たくなると同時に、激しい熱さのような痛みを背中に感じた。あまりの痛みに膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏した。ズキズキとした痛みがだんだん意識を奪っていった。
「一度も振り返らないなんて、馬鹿なガキだ。」
秋の薄寒い風が木立をざあざあ鳴らしながら奈々子の汗ばんだ肌を撫で、心細さを駆り立てた。夕焼けは西の空の端っこにこびりついているだけで、頭上には紫の空が広がっていた。遊んでいた他の子どもたちもやがて帰り始めた。最後のグループが帰った後、奈々子も家に帰ることにした。しかしすぐ階段を下りて行くとさっきのグループに鉢合わせて気まずいので、鳥居の根元に腰掛けて少し間を置いた。
階段を下りながら目の前の真っ暗な空を見た。周りには一切の音がなかった。しんと静かな境内を振り返ると、なんだか不気味な雰囲気が漂っていた。奈々子は遠くの家の明かりを目指して一目散に階段を駆け下りた。しかし下りても下りても階段が終わらず、何段下りても階段の真ん中にいた。ますます不気味に思った奈々子は恐怖を振り払うため、努めて冷静に一度階段を上りきった後もう一度下りようと考えた。
階段の一番上まで上りきり、鳥居の下から地面までの段数を数えた。32段ある。次に一段一段数えながら階段を下りた。32数え終わっても、奈々子はまだ階段の真ん中にいた。いよいよ怖くて泣きだしそうになりながら、奈々子は再び階段を上りきった。寒さと不安で手が小さく震えた。
ふと気配を感じて振り返ると、着物を着た髪の長い人が立っていた。着物も髪も真っ白だった。不思議と恐怖は感じなかった。奈々子が見つめていると、その人は話しかけてきた。
「今日は夜に子どもが外にいちゃいけない日だよ。お父さんやお母さんから聞かなかったかい?」
奈々子は黙って首を振った。両親からは何も聞かされていないし、友達も何も言っていなかった。もしかしたらこの地域に特有のものかもしれないが、春に引っ越してきたばかりの奈々子に知る由はなかった。ランドセルの肩紐を握る手に汗が滲んだ。
「妖怪たちのお祭りの日なんだよ。そこにはもちろん悪い妖怪もいる。」
奈々子は普段は妖怪やおばけなんかは信じていないが、今は不安で心細くて、得体の知れない恐怖を感じていた。何にせよ真っ暗な街は怖かった。
「それじゃお前さんが無事に家に帰れるよう少し力を分けてあげよう。但し、家まで一度も振り返ってはいけないよ。」
言い終わるとその人は消えてしまった。輪郭がだんだんぼやけていくように見えなくなった。境内の木立がまたざあざあと鳴りだした。遠くから車の走る音も聞こえた。階段を駆け下りると難なく地面に着いた。奈々子は大急ぎで走りだした。
あの人は人ではなかったかもしれない。きっと親切な妖怪だ。今日を限りに妖怪を信じることにしようと考えたりしながら、奈々子は一生懸命走った。時々後ろから足音がして不気味に思ったが、親切な妖怪の言いつけ通り振り返らずにひたすら走った。
雨上がりのアスファルトには落ち葉がべったりとこびりついていた。時々街灯に照らされてムカデが這っているのが見えた。なにもかもが不気味に感じられて、背後から本当に誰かの足音がするようだった。
ようやく家が見えた時、誰かが奈々子のランドセルを後ろから掴んだ。奈々子は驚いて思わず振り返った。見知らぬ男が立っていた。見知らぬ男はそのまま覆い被さるようにして奈々子を地面に押し倒した。息を切らした奈々子には大声をあげることすら難しかった。
ほんのすぐそこに家があるのに、あともうちょっとで帰れるのに。奈々子は一生懸命に暴れた。男の下でじたばたと手足を動かして、なんとか男の下から抜け出そうとした。心臓がばくばくと動いて、目からは涙が溢れ出した。
親切な妖怪さんが守ってくれているはず、そう思ってなんとか男の下から這い出した。家を目掛けて猛烈に走りだした矢先、さきほど男にランドセルを掴まれて自分が振り返ったことを思い出した。背筋が冷たくなると同時に、激しい熱さのような痛みを背中に感じた。あまりの痛みに膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏した。ズキズキとした痛みがだんだん意識を奪っていった。
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