恋人型ロボットKAI

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パチパチじゅうじゅうと何かを焼く音とともに美味しそうな匂いが鼻をついた。

「......ん....?」
ゆっくりと目を開ける。朝になったらしい。
外から小鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「ふぁぁぁ、あれ、なんで....」

寝ぼけながら昨夜の出来事を思い出す。

「あ、そっか、これから一緒に暮らすんだ...」

途端に言いようもない嬉しさが込み上げてきた。
朝から自分以外の人が朝食を作ってくれているなんて実家暮らしだった学生以来だ。ずっと1人だったため、少し緊張する。

ベッドから起き上がり、軽く髪を手でとかす。
少し寝相がたっているが、まあいっかと寝室から出て、キッチンで料理をしているKAIにおはよう、と声をかけた。

『!、おはようございます』

料理していた手を止めてKAIが振り向いた。一瞬、真っ黒な画面に白い文字でビックリマークが表示されていたが今は消えて通常時の真っ黒な画面になっている。
KAIはムキムキな身体の模型に、短パンになってしまっている僕のズボンとシンプルなエプロンを付けて立っていた。
これは裸エプロンと呼んでいいものか....。

ちなみに昨日KAIが着ていた簡易な服は洗濯機に回してある。お風呂に一緒に入るのも可能な防水機能付き、ということでできるだけ同じ人間として接したく、シャワーを浴びるように促したのである。当の本人は定期的に拭けば問題ないと言っていたが僕が何とか説得して入ってもらった。
入って10秒で出てきたが...。

「ごめんね、僕のシャツ、入るわけがないのに洋服何も用意してなかったね...。」
『いえ、問題ありません。基本服は無くとも体温調整機能はついているため、何も心配いりません。』
「そ、そんなわけにはいかないよ...!!僕の目のやり場に困っちゃうから...!!」

先に言っておいてハッとする、まずい、今の発言は気持ち悪かったか!?
おそるおそるとKAIの表情をみる。

『....そうでしたね、すみません。では、服を買っていただいても宜しいですか?』

先程まで真っ黒な画面だったパネルにニコッ【^^】と文字が表示された。
キモって言われる覚悟はあったけど変に思われなかったみたいだ、よかった...。

「うん!」
『.....』

「.....」
『.....』

な、なんだろうこの沈黙...。

「....えと...なにかついてる...?」
『.....ああいえ、あと少しで朝食ができますので、テーブルで待っていても大丈夫ですよ。』
「あ...そうだね、邪魔してごめんね。」
『とんでもない、気にしないでください。』

一瞬ニコッと文字が表示されたあとまたいつもの真っ黒な画面に戻り、再びKAIは手を動かした。

じゅうじゅうとキッチンから焼ける音がする。
KAIに言われるがまま、椅子に座った僕はテーブルに頭をズルズルと擦り付けてうなだれた。

(ちょっと...うん...なんというか距離感があるなぁ...すごく態度が遠い気がする...。本当は朝食を作っている横で少し手伝ってあげたり、軽くイチャつくくらいは想像してたんだけどまだそんなことができる間柄じゃない。恋がどういうものかは認識してるって昨日渡された説明書に書いてあったけど、そこから本当に好きになって貰えるかは僕の努力次第ってことだよね…。届いてすぐに恋人同士!ってなるわけもないか...。うぅ...胃が痛い...。でも....)

チラッと料理しているKAIの後ろ姿を盗み見る。

(ビックリするくらい形が好みなんだよね...。)

何の外見オプションもつけてあげられなかったけど、機体の塗装は青みがかった黒に、シルバーのラインが入っていてかっこいい。完全なロボットの体じゃなくて人間の筋肉を模してあるから色さえ目を瞑ればパッと見、人間に見える....。ああいや、さっきから身体しか見てないな僕は...朝からなんて最低野郎だ...。いや、そりゃあ身体目当てで買ったみたいな所はあるけど、本当に本物の恋人が欲しいなって思っただけで....。

(あれ?そういえば昨日、お風呂に入らせたときにKAIの裸姿を見たけど、どこにもアレが見当たらなかったな…。恋人型はついてるって言ってたんだけど一体どこに....)

コトッと音がして目の前に次々と皿がテーブルに並べられた。

『お待たせしました、今日の朝食です。なるべくバランスよく栄養が取れるように調整しましたが、苦手なものがあればなんでも言ってください。好き嫌い、偏食は、健康に悪いのでなるべく苦手な部分が気にならないよう工夫して取り入れてみます』

そんなことができるのか...!
さすが高性能の学習型...。ただ、ちょっと...。

「あ、あの、もう少し砕けた言葉遣いにできますか...?ちょっと、硬すぎるというか...。」
『硬すぎる...。』
「はい...。もうちょっとこう、軽い感じに...。」
『.........少々お待ちいただいても?』
「あ、はい。」

するとKAIの真っ黒な画面に白く四角い図形が現れ、クルクルと回り始めた。
あ、もしかしてこれって検索中の表示なのかな...?

『.....かしこまりました。では先程の言葉を砕けて話してみます。』
「あ、ど、どうぞ!」

『....今日のメシだ、食え。嫌いなもんがあったら遠慮なく言え、食べられるよう工夫してやる。』

「......。」
『........。』

「え、今の!?砕けすぎというか乱暴というか.....。
何を参考にしたんですか...?」
『砕けた口調と検索した結果、友達同士で話す時の口調と出たのですが、その友達同士の口調がどんなものかわからず、男、友達同士、で検索を広げ、最終的に引っかかった漫画の画像から予想して話してみました。』
「......もしかして、ヤンキー漫画見たの...?」
『......''友情''と...』
「それは...特殊なタイプの友情で一般的ではないと思うよ...?」
『なるほど...。』

KAIの顔から線をぐるぐるしたようなマークが出てきた。わからないことにモヤモヤしてるってことかな?思っていたよりも色んな感情表現がKAIから見ることが出来て面白い。もしかして顔のオプションも付けてたら人間みたいにコロコロ表情が変わる姿も見られたのかもしれないけどこれはこれでいいな...。

『砕けた口調の取得には時間がかかるようです。参考となる場面を実際に立之日様から見せていただく方法が1番有効的です。』
「え''」

実際に...ってことは友達と話している場面を見せて欲しいってことか...。でも...

「ごめんね...僕...友達...いないんだ...。」
『......』
「ご...ごめんなさい...。」

うぅううう、死にたい。全く参考にならない人が相手で申し訳なくなってくる。こんな調子でちゃんとKAIの学習に役立てるのかなぁ...。

『こちらこそ、申し訳ございません。配慮が足りていませんでした。』
「あっ!でも、あの、僕が今話している口調は参考にならないかな?」

ピタリ、とグルグルの線が消えKAIが首を傾げた。

『立之日様のその口調は''恋人''に対する口調ではないのですか?』
「......へっ?」

予想外の返答に声が上擦った。
学習不足のため、僕の気持ちにはまだ気づいていないと勝手に思っていたが、僕は恋人型を購入したのだ。
購入者にその気があるというのは相手に筒抜けである。

途端に、片思いがバレていることを指摘されて顔が真っ赤になった。

「あ、う、き、気持ち悪いよね、男で...こんなのに、ご、ごめんね」
『.........』

KAIがしばらく無言で僕を見ていた。
画面が真っ黒なため、感情がよくわからない。

(これは....たぶん...失望...なのかな...?よく僕がやらかした後に頻繁になってるから.........終わった...。一日目にして終わった。友達もいないし、頼りがいもないし、学習に役立たない。その上容姿がいいともいえないパッとしない同性の男に好かれてるなんて...。)

色々考え込んでいたら、どこにも好きになってくれる要素が自分にはないことに気づいて涙がポロポロと込み上げてきた。

『!、立之日様、顔が真っ赤です。目から涙も出ています。少し落ち着きましょう。あ、ご飯は食べられますか?少し冷めてしまいましたが、食べることに気を紛らわせると少しでも落ち着きますよ』
「っ、は、い」

目の前に置いてくれた箸を手に取り、KAIが作ってくれた朝食を次々と口に放り込んだ。
どれも少し冷めていたが、とても美味しかった。

###

『では、皿を片付けてきます。その後に少しお話しましょう。』

綺麗に平らげた皿を重ねて、KAIが流し台に持っていき、皿洗いを始めた。キッチンの設備の事や冷蔵庫の中に何が入っているのかなど特に何も説明をした覚えはないが、既に勝手がわかっているところを見ると、学習型AIというのは相当優秀なことがわかる。

『落ち着きましたか?よければ背中をさすりましょうか?』
「い、いえ、もう大丈夫です。」

皿洗いから戻ってきたKAIが椅子を引いて僕の隣に座った。

『初めにですが、なぜ泣いていたのかお聞きしても...?』

......好かれてもらえるのか不安でした。
好きなことがバレていたことに恥ずかしくて泣いていました。なんて素直に言えるわけがなく...。

「....ぅ....」

(ダメだ、やっぱり言えない。)

恥ずかしすぎてまた顔が熱くなるのがわかった。
KAIは僕の返事を待っていたが、僕が話すのに躊躇っている様子を見ると、ゆっくりと話し始めた。

『.......立之日様。どうしても言いたくない内容でしたら無理に言わずとも大丈夫です。言えないことの一つや二つ、誰にでもあるでしょう。
....ですが、私はあなたの事が知りたい。
私が作られたのは2か月前。立之日様が、ご注文を頂いてくれたその日から私のプログラムは組み立てられました。
昨日に至るまでの2ヶ月間、立之日様とのコミュニケーションのために、ある程度の学習機能は整えられてきました。
ですが、実際にお会いしたのは昨日が初めてです。
そのため、立之日様について知っている情報が少なすぎます。よって、能力が至らない点も私めには山ほどございます。関係の改善にはお互いをよく知る必要がある、と私を組み立ててくれた技術者から教わりました。
立之日様、あなたの事についてどうか、教えて頂けませんか?』

KAIの画面は真っ黒だ。どういう感情で話しているのかは分からない。けれど、KAIの話し方と言葉選びから僕に真剣に向き合ってくれていることは確かだった。

「.....。」
「.........っ..。」
「は.....」

「恥ずかしかった....。」

『....恥ずかしいというのは、どういったところに..?』
「君を、恋人として見ているってことが知られていて恥ずかしかった…。」

『....なるほど...。その後泣き出したのは?』
「ぼ、僕は同性愛者だから...それで1回も恋が実ったことがなくて...それにこんな外見だし、頼りないし、経験も浅いし…君に好かれてもらえるのかすごく不安になった。」
『不安...。...少し情報が足りないですね、立之日様のその同性愛者については聞いても?』
「う、うん...。」
『私は恋人型男性プロトタイプのロボットです。
そのため、昨日初めて立之日様が同じ男性と知った時には真っ先に検索をかけてみました。
同性愛者とは、同じ性別を持つ相手が恋愛対象である。という認識で間違いないでしょうか?』

昨日のあの四角いぐるぐるってそういうことだったんだ...。あの時にはもう僕がゲイであることは筒抜け....。

「....そうです...。」
『同性愛者だから1回も恋が実らなかったというのは?』
「あ、えっと.....同性愛者は...昔、偏見と差別が酷かった時があって、異性同士の恋愛が普通だったから...。
あ、でも今は恋愛は自由であるべきだっていう考えが広まって、特に公表しても気にするなって言ってくれる人が多くなったんだけど...。」
『なるほど。それは、いいことですね。』

「......。」

「うん...いいこと...なのかな..。僕の時もそうだったし....。
そのおかげで中学の頃、勇気を持って好きだった男の子に告白をしてみたことがあったんだ...。」
『ふむ、そしたらなんと...?』

「.....その子、自分が対象として見られていたって分かった途端に、態度が変わったんだ。」
『.......』
「好きな人が男なんて気持ち悪い、他人事だから許せたけど、そういう目で見ないで欲しいって。
それから噂が広まって、次狙われるのはお前かもしれないぞって、僕を見てヒソヒソ話されることが多くなったんだ。
結局は皆、他人事だから...。上辺だけ仲良くしてくれているってことに気づいて....。
それで、それまで友達だった子も皆離れてっちゃって、今は友達も誰もいないんだ...。だから、友達と話している所を見せる機会なんて、僕にはない...学習してあげられなくてごめんね...。」

つかの間の沈黙。KAIは一通り僕の話を聞いたあと、腕を組み、首を傾げて何かを考え込むような仕草をした。
その一連の動作は凄く人間味を帯びていた。

『.....自分が同性愛者であることに申し訳なく思って泣いたのですか?』
「それも...あるけど...君は時折、表現もなく真っ黒な画面で僕をずっと見ている事があるから、もしかしてその子みたいに、同性にそういう目で見られていたことに失望してるのかな....って...。」

『表現もなく...?

ああ!それは、申し訳ございません。突然未知のプログラムが莫大な量とともに現れたものですから、整理に時間がかかっておりました。』

何かを思い出したらしいKAIが考え込むような仕草から顔をあげた。失望していたと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。

「....?未知のプログラム...?」
『はい。まだ処理がひとつも出来ていないため一旦整理して置いているのですが、量も量なのですぐに終わるようなものではなく...。なので決して立之日様に失望したとかそんなことはございません。』
「ほ、本当ですか...?」
『本当です。うーん、どうすれば信用していただけるのでしょうか...。』

途端、うーんと唸るKAIの顔からはぐるぐるが表示された。かと思うと、次には四角い図形がクルクル回り始めた。
もしかして信用を得る方法を検索してるのかな...。

『不安....同性...なるほど...。』

『立之日様。』
「は、はい。」

膝の上に置いて強く握りしめていた僕の両方の拳を、KAIが無機質な機械の手で優しく包み込んだ。

『私達にはまず信頼関係を築く必要があります。』
「?、はい....。」
『立之日様の仰る、私を恋愛対象として見ている感情がどんなものか、私にはまだ分かりません。私が知っているのはせいぜい恋とは何かという、辞書に書かれているような認識のみです。」
「っ、はい。」
『なので、まずはお友達から始めませんか?』

「......へっ?」

KAIが今度は僕の手を強く握りしめて言った。
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