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大迷宮ニクス・ヘル編
矛盾する時間軸
しおりを挟むアダン・ダル
入り口付近
もう日が沈み、あたりが暗くなっている中でクロードとローラは佇んでいた。
「どういうことだ……」
そう呟くしかなかった。
クロードは眉を顰めて思考する。
"なぜ今日だけジョシュアは現れなかったのか"
その謎がわからなかったのだ。
ローラはキョロキョロと辺りを見回すが、暗がりの中は人影すらない。
「だけど、なんでだろ?同じ時間に来たのに」
「確かに時間は同じだ。変わったところといえば、めぼしい人物たちに聞き込みをしていたことだが……まさか……」
「なに?」
「今回、聞き取りをした中に夢を見ている人物は確実にいた。僕が"質問した内容"によって、夢の展開が変わったんだ」
「じゃあジョシュア以外の五人の中にいるってこと?……あ、でもアンナは外れるのか、波動値が低いから」
「いや……そうでもない」
「え、なんで?」
「前言を撤回しなければな。僕の考え方が根本的に間違っていたとするなら、アンナも入るんだ」
「根本的?どういう意味?」
「ニクス・ヘルの"夢を見させるために毎回やる行動"だ。ニクス・ヘルは昔、何度か村や町を滅ぼして"一人だけ"残して夢を見せていた。だが、今回は"二人"残したとするなら?」
「どういうこと?」
「"夢を見せている人物"と"遺跡の迷宮を作った人物"が違うということだ。これは最初に推理したことだったが、ニクス・ヘルの名前が上がった瞬間、僕はその推理をやめた。彼女は極端に煩わしいことが嫌いだと思っていたからね」
「なるほど。じゃあ、そうなると……結局、夢を見てるのは誰になるわけ?」
「僕の考えが正しければ、夢を見ていると思われるのは、あの人物しかいない」
「誰……なの?」
「それは明日わかる。その人物に直接会って聞いた方が早い。……これは夢というより記憶なんだ。僕らは一人の人間の記憶を追体験している。そう考えれば残りの五人の行動が全て繋がるのさ」
ローラは首を傾げる。
この時のクロードの言葉の意味がわからなかった。
____________________
昼頃
クロードとローラは中央広場の真ん中に立っていた。
そこは雑貨屋がよく見える場所であった。
相変わらず行き交う住人は無表情、無関心に歩いていた。
「やっぱり雑貨屋……ということはケイトかドミニクなの?」
「いや違う。そろそろ来るだろう」
そう言って待っていると貴族が多く住む地区の方から1人の女性が歩いてきた。
黒髪ベリーショートで褐色肌の女騎士。
「アンナ……でも、なんで?」
「……」
ローラの問いに答えることなくクロードはアンナの方へ、ゆっくりと歩き出した。
「やぁ、アンナ。会うのは三度目か。僕のことは覚えているんじゃないかい?」
「なんだ、貴様は?」
「もう演技をしなくてもいい。君がニクス・ヘルに頼んで夢を見させてもらっているのはもう知ってる」
「な、なんだと……」
アンナは驚愕した表情に変わる。
それは明らかに無関係ではないことを表すようだった。
「もう一度だけ聞くが、この町が襲われたのはいつだ?」
「半年前だ、それがどうした!!」
「その時は家屋が少し壊れて死人は出なかったんだろ?」
クロードの後ろに立っていたローラが困惑した。
これは前の町でガイとメイア、クロードが酒屋で聞いたとされるアダン・ダルが半年前に襲われた時の話だ。
「どういう意味なのよクロード……それって町のすっごい被害を誤魔化すための話でしょ?」
「いや違う。この町が襲われたのは一度じゃない。二度あった。一度目の数日後、二度目に襲われた時に完全に破壊された。そして、その後にアンナの夢によって町が再建されているんだ」
「二度目……なんで、わかるの?」
「一度目にあった出来事と二度目にあった出来事が混ざり合って矛盾した。時間軸の矛盾。それが"ジョシュア"なんだ」
「どういうこと?」
「僕は前の町で"死人は出なかった"と聞いたが実際は死人が出ていた」
「もしかして……それって……」
「一度目に魔物に襲われた時に死んだのはジョシュアなんだろ?昨日、僕が"雑貨屋の質問"をしたことで、君は忘れかけていたジョシュアの死を再認識してしまったんだ」
アンナは体を震わせた。
そして少し後退って、次第に過呼吸になる。
「恐らく、君はジョシュアがこの町の"防衛力の問題"で死んだと思った。つまり防衛を任されてる騎士の責任だと。だから毎日のようにオーレル卿のところに行ってその話をしていた」
「そうか……オーレル卿は他のこと忘れてるのに、"アンナは毎日来る"なんて、おかしいと思ったのよ」
「それはアンナの記憶として残っていたんだ。不可解なことはジョシュアが一人だけ時間軸がズレていたこと。もう既に死んでる人間を、いるはずのない時間軸に出現させてるからね。最初は家族である雑貨屋の人間とギルドの受付のミリアを疑ったが、こちらも"妙な行動"をしていたのが気になった。昼間なのにケイトはこちらを睨んで店のカーテンを閉める。これは全て君の記憶……そう考えると全てが自然なのさ」
「私は……あんな化け物とは……無関係だ……」
「僕もそう信じたかった。君は責任感が強く、町の住民たちを守るために防衛力強化をオーレル卿のところに毎日出向いて進めようとしていた。そんな人間が魔物の言葉に誑《たぶら》かされ、操られるとは考えづらい」
「……」
「だが、それは魔物から言い寄られた場合の話だ。君が……君自身が望んで魔物に対して頭を下げたのなら話は別だ」
「私が……魔物に……頭を下げる……だと」
「魔物はたった一言だけ、"私ならもう一度、町を元に戻せる"……とでも言った。これで十分だろう。ニクス・ヘルという魔物は人間の心理を理解している。僕は最初からニクス・ヘルは"アンナ"という女性だけを狙って一度目は全て破壊せずに帰ったんだろうと思った」
アンナの表情は引き攣り始める。
同時に町全体が薄くなり、至る所に亀裂が入った。
「その時にジョシュアという少年を殺せば、この気の強い女性は自分から夢を見ることを望むだろう。ニクス・ヘルが夢を見せるために意志の強い人間を選ぶ理由は、途中で目を覚ますことを恐れてのことだ」
「私は……守りたかったんだ……この町を……」
「諦めろ……この町はもう無いんだ」
クロードがそう言った瞬間、町は一瞬にして崩れ去り、全体が廃墟と化してしまった。
同時にアンナの姿もどんどんと薄くなり、消えていった。
「ちょ、ちょっと!どこ行っちゃったの!?」
「雑貨屋のあった場所は?」
「あそこ……」
ローラがその方向を指差すと、そこはもう店と呼べるような状態ではなかった。
2人は雑貨屋だった場所に近寄る。
窓は全て割れて商品なども散らかっていた。
クロードはドアノブに手をかけると、それを回して開ける。
カランと来店を知らせる鈴が鳴るが、中からは、いつも元気なケイトの声はしなかった。
ドミニクも入ってくることはない。
2人はそのまま二階へと上がると凄まじい異臭がした。
一番奥の部屋だけがドアが開いている。
中を見ると、殺風景なボロボロの部屋で奥の窓際にベッドが一つだけ置かれていた。
その上には黒のロングヘアで下着姿の痩せ細った女性が仰向けで横たわっていた。
壁に立てかけられた細い木の棒に吊り下げられた皮の袋。
そこから一本の太いチューブが伸びて、横たわる女性の大きく開かれた口にダイレクトに入っている。
そして、そんな彼女の隣には小さな体の白骨死体があり、その遺体を抱き寄せるように一緒に寝ていたのだ。
「アンナ……死んでるの?」
「いや」
クロードの言葉に反応するかのように、仰向けに寝るアンナの喉仏が上下に動く。
同時に木の棒にぶら下がった皮の袋がゆっくりと伸縮し、太いチューブをドロドロした液体が通ってアンナの口の中へと運んだ。
「なんなのよこれ……隣の遺体って……まさか……」
「ジョシュアだろうな」
ローラはあまりのショックに口元を押さえた。
「でも……なんでアンナとジョシュアなの?」
「それは恐らく……」
クロードは静かに語り始める。
その話の内容にローラは酷く心を痛め、しばらく放心状態になっていた。
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