上 下
66 / 127
大迷宮ニクス・ヘル編

夢の狭間で(1)

しおりを挟む

西の遺跡

迷宮内の最後の部屋。
そこは円形状で広く、天井も高い。

中央に立つのは少女に近い見た目をした女性だった。
透き通るような長い白銀の髪。
青白い全身の肌があらわになっているが、そこに青い花柄、薔薇のようなタトゥーが入っている。

女性の名は"魔幻夢ニクス・ヘル"

この世界にいる魔物の中でも最強クラスと言われるほどの存在だ。

メイアとスキンヘッドは息を呑む。
一方、フィオナは鋭い眼光でニクスを睨んでいた。

「気をつけろよ。やつは幻影を見せる」

「幻影?」

「ああ。"誰かの夢"を展開してリアルな幻影を見せるんじゃよ。幻影でありながらも物理的に現実世界に干渉できる」

フィオナはそう言うと杖を前に構える。
前衛はスキンヘッドで大きな棍棒を持っていた。
後衛のメイアとフィオナは2人横に並ぶ。

「誰の夢を見せるってんだよ。こんなところに寝てるやつなんて……」

「いるじゃなかいか、やつの後ろに」

フィオナは杖の先でその方向を指した。
それはニクスの後方にあるベッドに眠る少女。

ニクスは笑みを溢す。

「彼女の夢は興味深いわよ。とても残酷で……それでいて美しい」

ニヤリはそう言うと手を前にかざす。
向かい合う3人の緊張感は増した。

「さぁ、夢を始めましょうか」

その言葉が言い放たれた瞬間だった。
周囲が閉鎖的な空間だったはずが、一瞬で一面が"花畑"に変わる。
空は雲ひとつない青さだ。

「これは……幻影なの?」

「メイア、気を抜くなよ。ヤツの能力はここからだ」

「は、はい」

メイアは杖を強く握った。
暖かさがある風が頬撫でるように吹く。
その、あまりの気持ちよさに逆に違和感を覚えるほどだ。
気づくと正面にいたはずのニクスの姿は無い。

「どこに消えやがった!!」

スキンヘッドの叫びは反響する。
周りは壁ひとつない花園が広がっているが、明らかに室内だということを認識できた。

突然、強い風が吹いた。
その風の匂いを嗅いだ3人は顔を顰める。
それは強烈な屍臭だった。

瞬間、前衛のスキンヘッドの前にドン!と何かが落ちた。
かなりの上空からだったからか、轟音もさることながら、花々を大きく揺らす。
舞い散る花びらがは風に靡いて、3人へ向かった。
だが散ったのは花びらだけではない。
スキンヘッドの服に飛び散ったのは真っ赤な血液だった。

「な、なんだ……これは」

恐る恐る、落ちた物体を見る。
それは、まだ小さい子供だ。
10歳くらいだろうか?花の上に、また大きな花が咲くように大地に血痕を残した。

「そんな……まだ子供だぞ……なんでこんなことができる!!」

「動揺するな!ヤツにつけ込まれる!」

スキンヘッドは奥歯を噛み締め、目を見開く。
絶対に許されない行為が目の前で起こっていたからだ。
体に熱を感じると、一気にそれを手に持つ武具に流し込む。
スキンヘッドが持つ棍棒は雷撃を放ち始めた。

どこからともなくニクスの声が聞こえる。

「私がやったと?違うわ。これは彼女の夢なのよ。彼女が体験したことを、あなたが見てるに過ぎない」

「なんだと……」

「その"綺麗に咲いた花"は彼女の弟みたいね。昔暮らしていた村に盗賊が来た。2人だけ逃げれたけど見つかって弟は死んで彼女は売られた」

スキンヘッドは唖然とした。
確かに盗賊は世の中には存在する。
だが、これほど倫理を無視した殺し方ができる人間がいるのか。

「それをやった犯人は捕まって処刑されたみたいだけどね。夢の中では関係ない。存在は永遠だから」

笑みを含む口調だった。

そして3人の前には一つの幻影が姿をあらわす。
それは、この綺麗な場所に似つかわしくない格好をしていた。
全身が黒ずくめでボロボロのフードを被って顔は見えない。
腕が異様に長く、どちらの腕にも指先まで包帯がグルグル巻きにされていた。
両手には見るからに鋭利な短刀を持つ。

「"殺風さっぷうのパズ"だ……」

スキンヘッドが呟く。

「盗賊って、有名な殺人鬼じゃねぇかよ……波動数値が30万くらいあるって聞いたことあるぜ」

「30万……」

「焦るな。メイア、教えた通りにやればいい」

「はい!」

「いやいや、30万なんて貴族並の波動数値なんだぞ!俺たちのみたいな数値の人間が勝てる相手じゃねぇ!」

その言葉を聞いたフィオナはニヤリと笑う。

「それは波動を理解してない人間の発言だ。"高い波動の人間には、それ以下の波動数値の人間は勝てない"……そう思ってるんだろ?」

「なんで、そんな当たり前のことを……」

「なら下がって見てるがいい。メイアなら、ヤツを倒せるさ」

スキンヘッドはあり得ないと思った。
例えば"100の波動数値の人間"は"101の波動数値の人間"には勝てないというのは世界の常識。
なにせ高い方が低い波動を掻き消してしまうからだ。
その数値の差が大きければ大きいほど、簡単に消されてしまう。

だが、それは表向きの話。
フィオナは知っているのだ、低い波動数値の人間が、それ以上に高い波動数値を持つ人間に勝つ方法を。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:32,823pt お気に入り:745

異世界に転生したので、とりあえず戦闘メイドを育てます。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:915pt お気に入り:945

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,411pt お気に入り:3,563

死に戻り令嬢は婚約者を愛さない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,010pt お気に入り:144

わたしはただの道具だったということですね。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,464pt お気に入り:4,277

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,214pt お気に入り:38

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:61,741pt お気に入り:435

処理中です...