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漢たちの闘い(文化祭)

宣戦布告

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「ちくしょう……!なんで俺があんな素人野郎に負けるんだよ……!!」
更衣室の中で豪鬼は涙を流しながら悔しがっていた。
「光輝ちゃんに言われただろう?『逆エビ固めをやめなかったら負けなかった』と。この敗北はお前の慢心が招いたものなんだよ」
その隣に座る雄三が、豪鬼の頭を撫でながら慰めの言葉を口にする。普段の豪鬼ならば「やめろ、爺!」とでも言いながら手を振り払いそうなものを。よほど光輝に負けたのが悔しかったのか、されるがままになっている。
「お前は確かに光輝ちゃんより2歳年上でプロのレスラーだがな、しょせんそれだけなんだよ」
「……わかってるさ。俺があいつより弱いから負けたんだ、ってことは」
豪鬼の言葉に、しかし雄三は首を横に振る。
「いいや、わかっていない。あの試合はどちらが勝ってもおかしくはなかった。お前はたしかに合わせ10段の実力者だがな、光輝ちゃんは高校柔道で全世界3位に輝いた男だ。一つのことを突き詰める、負けた理由をつけるとすればそれが原因だろうな」
「……は?全世界3位!?あいつはそんなに強いのか?」
「ああ。光輝ちゃんは昔、死ぬほどの大怪我を負った。そのリハビリとして始めた柔道で、めきめきと頭角を現わしたんだろうよ。そして、今じゃあ日本で一番強い大学生だろうな」
「なん……だと……!?」
「お前はただのプロレスごっこだと思っているんだろうがな、これは真剣勝負だ。だから負けたんだよ」
「……くそっ!」
「それに。俺が言いたかったのはな、光輝ちゃんはお前のいい好敵手になるんじゃないかってことだ。……だってそうじゃないか。光輝ちゃんは誰よりも強い。そしてお前は誰よりも強い。この二人が戦ったらどうなると思う?きっと面白い試合になるはずだぜ」
「……」
「……どうした、黙っちまって。まさか、もう諦めちまったのか?そんなわけないよなぁ?」
「……やってやるさ。絶対に。光輝を倒して、俺が最強になってやる!」
「それでこそ俺の甥だ!絶対に世界一になって見せろ!」
「おうっ!」
雄三には年の離れた妹がいる。そして、その妹の結婚相手が郷田悟。その息子こそが郷田豪鬼なのだ。
「それにしても、ライバルか。うらやましいな、そんな相手がいて」
「あんたにはいないのか?」
「ああ。いたらあんな体たらくには陥っていなかっただろうよ。知ってるか?俺は今でこそ看板レスラー何て呼ばれているが、10年前はろくな男じゃなかった。そこらにころがっている底辺レスラーに過ぎなかったんだよ」
「そんな男がどうしてここまで強くなれたんだよ?」
「そりゃあ、死ぬほど練習したからに決まってるだろうよ。53歳からの再出発だぞ?血反吐を吐くほどにきつかったさ。……だけどさ、光輝ちゃんが。ベランダから飛び降りて死にかけてた光輝ちゃんが、俺のことを応援してくれたんだよ。地獄のような生活を送ってたってのにさ、それでも俺のプロレスが好きだって。俺に頑張れ、って言ってくれてさ。そりゃあ泣いたよ。光輝ちゃんがかわいそうだったし、俺は何てふがいないんだろうな、って。そんなきっかけがあったからさ、俺はここまで来れたってわけだ」
「へぇ……」
「お前にもいつか分かる時が来る。好きな人ができて、その子がお前のことを好きになったとしたら、その時は全力で愛してやりなさい。……ま、俺みたいに年を食ってから気づいても遅いんだけどね」
「あんたもう63歳だもんな。これから老いていく身であんな若い奴と張り合えるってだけでも十分すげえよ」
「はっはっは!ありがとよ!まぁ、それでも光輝ちゃんは化け物みたいな強さを持ってるけどね」
「……そういやさっきの話に戻るんだけどよ、あいつはなんであんなに強かったんだ?」
「そりゃあ、愛の力だろうよ」
「はぁっ!?」
「いやね、光輝ちゃんが言ってたんだよ。『俺は権田原さんが大好きです!その想いが力になります!』ってさ」
「なんだそれ……。意味わかんねぇ」
「でもまぁ、あれだな。……愛の力ってのは、本当にすごいもんだよな」
「……そうだな」
そんな話をしていると、更衣室の扉が開き。一人の男が入ってきた。
「権田原さん!ここにいたんですか!」
「誰だ?君は」
「俺は久我山大樹です!O大学のレスリング部に所属する3年生です!権田原さん、折り入って頼みがあります!」
「ほう。言ってみろ」
「俺を……俺を超日本プロレスに入らせて下さい!!」
「……君、本気か?この俺がどんな人間かも知らないのに」
「あなたの噂は聞いています。日本一強い男だと。でも、俺は負けません。絶対に!」
「……いいだろう。なら、テストをしてやろうじゃないか。俺の技を受けてみるがいい!」
「望むところです!」
こうして、また一人。プロレスのリングに新たな伝説が生まれるのだった。

***
学園祭3日目。最終日のこの日も筋肉喫茶は繁盛していた。
「いらっしゃいませ、お客様。こちらのテーブルへどうぞ」
「ありがとうございます、紀ノ國の兄貴!!」
「はは。兄貴はやめてくださいよ。お兄さんの方が年上じゃないですか。それに、とても格好良くて魅力的な男性ですよ」
「……ははっ。やっぱり兄貴は最高だぜ!」
「それではご注文をお伺いいたします」
「じゃあ、オムライスで」
「かしこまりました」
「紀ノ國様!こちらにもお願いしまーす!」
「はい、只今参ります」
「兄貴!筋肉触らせてください!!」
「ええ、どうぞ。お好きなようにお触りください」
「うおおぉ!!流石は紀ノ國のお兄さんだぜ!!」
「紀ノ國さん、いつも以上にモテてますね」
「そりゃあ無理もないだろ。あんなの見せられたら、なあ」
ボディビルコンテストの際の発言に加えて、昨日のプロレスラーとの試合を見せられたのだ。あの試合を見て、さらに惚れてしまった者も大勢いるだろう。加えて言うのならば、幸人の発言で光輝が本当はどれほど高潔で、優しさにあふれた人間で。どれほどの魅力を備えているのかを知った者たちもいるのだ。光輝が働いているおかげで、筋肉喫茶には長蛇の列が出来上がっているほどだ。
その時、二人の男性が入店してきた。
一人は小柄な少年で、高校生くらいに見える。学校見学のために来た、と言ってもおかしくはない見た目だがその顔にはにやにやと。笑顔が浮かんでいる。
そして、もう一人は。
「……清」
鷹藤清。その人だ。
「……よう、光輝。久しぶりだな」
その表情は暗く沈んでいるように見える。それもそうだろう。光輝がさらわれて地獄を見る羽目になったのは清のせいであり、誘拐されているさ中にも気を失うほどの暴力を毎日毎日ふるい続けていたのだから。
いまさら何をしに来たんだ!
そう怒鳴られることを清は予感していた。しかし。
「久しぶりだな、清!まあ、座ってくれよ。話したいことがたくさんあるんだ」
光輝は怒らなかった。むしろ、嬉々として迎え入れる。
「……ああ。わかったよ」
そして、案内された席に腰を下ろした。
その姿に少年はぷっ、と笑い。
「君、面白いね。清ちゃんのこと見てもなんとも思わないんだ」
「……そりゃあ、なんとも思わないわけじゃないさ。清が俺の親父のせいで酷い人生を送ってきたことは本当に悪かったと思ってるよ」
「違うっ!それはお前の親父のせいじゃない!俺の親父がお前のことをせ」「ストップ」
清の言葉は少年に止められる。
「清ちゃん、その言葉はここでいう事じゃないでしょ?そんなことみんなに知られたら光輝ちゃんがみんなからどう思われると思てるの?」
「あっ……」
光輝は昔性奴隷として過ごしていた。そして、清の父親は光輝を頻繁に購入して、さらには周りの人間に斡旋することも手伝っていた本当にろくでもない大人だった。もしも自分の雇い主に止められなかったら。そのことを言ってしまっていただろう。そのせいで光輝がみんなからどう思われるのか、それすら考えずに。
「……すみません」
「ん。わかればよろしい。でさ、光輝ちゃん。俺は町澤海斗っていうんだ。町澤秀樹は知ってるでしょ?その孫で、今17歳ね」
「秀樹さんのお孫さん!?」
「そだよー。俺のじいちゃん、格闘家を育てる才能凄いじゃん?特に光輝ちゃんなんてすごすぎるよね。どうやったらそこまで強くなれたのかなー、って思っててさ」
「それは……」
「ああ、別に答えなくていいよ。昔の光輝ちゃんになんて興味ないし。興味あるのは今の光輝ちゃん。だからこれは宣戦布告ってわけ!これから光輝ちゃんでたっぷり遊ばせてもらいますよー、っていうね」
「俺で遊ぶ……」
その言葉に光輝の表情が険しくなる。
(まさかまた俺は捕まって、あの生活に逆戻りさせられるのか……?)
そう考えると背筋に寒ささえ覚えてしまう。しかし海斗は手をぱたぱたと振ると。
「ああ、違う違う。遊ぶって言ってもそういうのじゃないから。そういうセロが付きそうなやつじゃなくて、もっと健全な。それこそ少年漫画とかに出てきそうなやつだから安心していいよ。ってわけで、お兄さん。俺、この『筋肉パンケーキ』と『筋肉コーヒー』お願いね。清ちゃんはどうする?」
「……俺も同じもので」
「わかりました」
厨房へと向かおうとする光輝を海斗が呼び止める。
「ああ、そうだ光輝ちゃん。逆に宣言しとくけど、君が捕まることはもう二度とないから安心して。だってそれをしそうな『アレはもうこの世にはない』からね。意味わかるでしょ?」
「そうか……。こういうことを言うのもなんだけどさ」「うん?」
「ほんとうにありがとうございました」
光輝は頭を下げてから厨房に向かっていく。残された海斗は。
「あはは!ほんっとーに変な奴!」
そう笑っていた。
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