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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

4,アラフィフ流交渉術〈前編〉

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『ガンパレーノファミリー』のボスであるライノ・ガンパレーノは机の上にばらまかれた写真に目を落とす。そこに写されているのは自分が持つ工場の外観や内部の写真だ。大麻や合成麻薬の製造、密売を生業としているこのマフィアのボスが今考えていることは、目の前の男と取引をするか否かだった。
「……それで? お前さんは俺達をどうしたいんだ?」
ライノはそう訊ねた。
すると、男は答えた。
「こういうことをされると困るんだよねえ、うちとしても。だからさ、早急に閉鎖して欲しいんだけど」
その言葉を聞いたライノは笑みを浮かべる。
「それは無理な話だな。ここは俺達の大事な場所だ。誰にも渡さないし、手放すつもりもない」
「ふーん……。あのさあ、ここが『マクドウェルファミリー』の縄張りだっていうことくらいは知ってるよね?」
オリエントシティは四つのマフィアの組織が互いに睨み合っている状況にある。それぞれの組織には縄張りがあり、その縄張り内でのみ商売ができるのだ。そしてライノの工場はマクドウェルファミリーの縄張りの中にある。
つまり、男が言っていることはこうだ。
マクドウェルファミリーに逆らうような真似をすれば、ただでは済まないぞ──。
「…………」
ライノは無言で男を見据えている。
男は言う。
「悪いけど、あんたらみたいな雑魚とはわけが違うんだよねぇ」
「ほう……」
「あんたらは所詮、下っ端に過ぎない。だけど俺は違う。『ハウンド』の名前くらいは聞いたことがあるだろう?俺はその隊長なんだよ」
『ハウンド』はマクドウェルファミリーが抱える暗殺部隊だ。目の前の男は背が高くすらりとした体格をしている。モデルのような容姿だが、顔には深いしわが刻まれており彼が老歴であることを示していた。
そんな彼の名を聞いてもライノは眉一つ動かさなかった。
「それがどうしたって言うんだ?」
「……へえ」
男は目を細める。
「怖くないのか?」
「怖い?何がだ?お前が何者かなんて知ったこっちゃないし興味もない。それに俺達がいくら束になってかかろうとお前らに勝てるはずがないからな」
「……なるほどね。じゃあさ、もし俺がその気になればこの工場ごと潰せるっていうのは分かるよな?」
「ああ」
「だったらさ、俺の要求を受け入れてくれるかなぁ?」
ライノはその問いかけに対して首を横に振った。
「断る」
「……どうしてだい?」
「言ったはずだ。俺達はこの場所を譲るつもりはないと」
「どうしてもかい?」
「そうだ」
「そっか……」
ライノの言葉を聞き終えた後、男は深く息を吐いた。
「仕方ないか……。なら、力づくで奪わせてもらうしかないみたいだねぇ」
次の瞬間、男の体から殺気が溢れ出す。そのあまりの圧力にライノの部下たちは思わず怯んでしまった。しかし、ライノだけは微塵も臆することなく堂々としていた。
「そう簡単にいくと思うなよ」
ライノが部下たちに目配せすると彼らは一斉に動き出した。まず最初に動いたのはアロンという少年である。彼は手に持っていた銃を構えると引き金を引いた。銃弾は男の額に向かって飛んでいき、そのまま直撃すると思われた。だが、男は腰に携えていた日本刀をわずかに引き抜き、弾丸の軌道上に刀身を差し込んだ。それにより銃弾は真っ二つになり地面に落下していった。そして続けざまに放たれた二発の弾丸も同様に防がれてしまった。
「なかなかやるじゃないか」
男が感心している間にアロンは再び引き金を引こうとしていた。しかしその前に男はライノの机を飛び越え、丸々と太ったライノを壁にするようにして立った。これによりアロンは狙いを定めづらくなってしまい、やむを得ず攻撃を中断せざるを得なかった。
「チッ!」
アロンが舌打ちをした瞬間。ライノの腹から刀身が生えた。男がライノを後ろから刺したのである。それを見たアロンは慌てて男を取り押さえようとした。
「ぐふっ……」
ライノの口から血が流れる。腹部からは大量の血液が流れ出ており、もう助かる見込みはなかった。それでもなおライノは諦めず抵抗しようとした。そんな彼を見て男は呆れ顔を浮かべる。
「やれやれ。往生際が悪いおっさんだねぇ」
「まだだ……俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだよ……!俺が死んだら……誰がこの工場を守るんだ!?」
「知らないよ。だいたい、私たちに見つかった時点で破滅していると。そうは思わないのかね?」
男は窓の外を指さした。そこにはもうもうと黒い煙が上がっており、その方角にはライノが経営している工場があるのだ。
「まさか……」
「今頃はうちの連中が火をつけているだろうね。だから大人しく死んでくれないかな?」
それを見た瞬間にライノの体から力が抜けていった。もはや彼にできることは何もなかったのだ。
「残念だよ、ライノ・ガンパレーノ。君とはもう少し仲良くやっていけると思っていたんだけどねえ」
「……」
「じゃあ、さよならだ」
男はライノの背中を切り裂き、心臓を貫いた。それによってライノの命は完全に絶たれた。
「ボス……?」
その一部始終を目撃していたアロンは愕然としていた。ライノは自分達にとって父親のような存在であり尊敬すべき人間であったからだ。
「嘘だろ……?なぁ、冗談なんだろ?なぁ、起きてくれよ!!」
アロンがいくら呼びかけてもライノが目覚めることはなかった。
「……」
アロンは無言のまま立ち上がった。そして無言のまま銃を構えて男に発砲した。
だが、男は軽やかな身のこなしで全ての弾を避けてしまう。
「無駄だって言ってるだろう?さっさと諦めな」
「うるさい!!お前さえいなければ、お前さえいなくなれば、俺はもっと上に行けるんだ!!!」
アロンは叫びながら何度も引き金を引く。だが、その全てが避けられてしまい一向に当たる気配がなかった。
「ああ……鬱陶しい」
男はそう呟くと、刀でアロンの右腕を切り落とした。
「うわああああああ!!!!」
アロンは絶叫しながら床に転がった自分の腕を見つめている。その断面は綺麗なものだったが、すぐに血が溢れ出してきて傷口が塞がっていく様子は見られなかった。
「どうだい、痛いだろ?」
「うう……」
「ま、当然か。なんせ切り落とされたんだからね」
「くそ……!」
アロンは悔しそうな表情を浮かべながらも再び銃を構えた。だが、今度は左腕を切断されてしまった。
「うぎゃああ!!」
「いい加減にしろっての」
男はアロンの首根っこを掴むと、そのまま持ち上げて壁に叩きつけた。
「がはっ……!」
「あんまり俺をイラつかせるんじゃないよ。じゃないと殺しちゃうぞ?」
男はアロンの頭を掴んで壁に押し当てた。そしてそのまま力を込めていく。
「ぐ……が……が……!」
頭蓋骨がきしみ、割れるような音が響き渡る。このままではアロンの頭は砕け散ってしまうことだろう。だが、男は手を離そうとはしなかった。
やがてアロンの意識が薄れていく。視界がぼやけて何も見えなくなってくる。
そこでアロンは思い出した。
自分が誰のために戦っていたのかということを──。
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