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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

27,ティファニア、地球へ

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「ふむ……。どうしたものか」
異世界の女神であるアーシャリアは悩んでいた。アーシャリアは自身が管理するすべての世界。『地球』と『セレンディア』を含む世界に干渉することができるが、彼女がその世界に存在し続けるとその世界の法則が乱れてしまう。その結果、最悪世界が崩壊してしまうのだ。
とはいえそれは最悪の場合であり、期間をおいての短い時間の大罪ならば何の問題もない。そう、彼女自身が干渉しなければ、の話だ。
「アーシャリア様、どうでした?精霊契約者の候補者はいましたか?」
そう問いかけたのはティファニアだ。ティファニアはセレンディアを守護する精霊であり、セレンディアを自由に動けないアーシャリアの代わりに生み出された存在だ。
そのセレンディアがこの度危機に瀕している。
そもそもセレンディアには魔力が存在しており、精霊と人間が手を取り合って暮らしていた。だが、その世界に魔王が現れたことで状況は一変する。
精霊たちは人間を守るため、自らを犠牲にして力を使い果たしてしまった。そして人間は精霊の力を失ったことで魔物に対抗できなくなり、滅亡の危機に陥っているという。
そこでアーシャリアは異世界から勇者を呼び出すことにした。それがユキムラコウキという勇者である。彼は見事に魔王を討伐し、セレンディアを救った英雄として語り継がれることになった。
そしてユキムラは新たなる精霊を生み出し、セレンディアという土地に魔力をもたらした。生み出された魔力によって魔物たちは弱体化し、作物は育ち川や海には清潔な水が溢れるようになった。
精霊たちを束ねる存在としてティファニアが生み出され、アーシャリアによって管理されることで世界は安定を取り戻した。はずだったのだが……。
アルフォンス・セレンディアが自分が存在しなくては崩壊する世界を作り上げるために自分以外のすべてのユキムラの血筋の者を殺害し、それに怒った精霊たちが彼との契約を切ってしまうことで、再びセレンディアは崩壊の一歩手前まで追い込まれていた。
そこで新たに精霊契約を行えるものを探しに行かなければいけなかったのだが。
「ふむ。適合しそうな者はいなかったな」
アーシャリアは正直に答えた。ティファニアはガックリとうなだれると。
「そんなぁ~。そんなに地球の人の魂って汚れてるんですか?だって、異世界転生できる人の条件なんてたかが知れてますよね?」
「とはいってもな。精霊に匹敵するほどの力を秘めていなければ、そもそも精霊と契約できないだろうし……」
アーシャリアの言葉を聞いてティファニアは疑問を浮かべる。
「そんなの、アーシャリア様がスキルを与えればいいじゃないですか!私もお手伝いしますよ!」
「いや。新たな世界に召喚するならばともかく、セレンディアはユキムラのための世界だ。つまり、次に召喚されるものにスキルは付与されないんだ」
その言葉にティファニアは愕然とした表情を浮かべた。
「えっ!?スキルもなしで、どうやって普通の人が精霊に匹敵するだけの力を手に入れるっていうんですか!?そんなの不可能に決まっていますよね!」
「そうさのう。……もしもユキムラの狙っていた『ナナシ』という者が闇の精霊に狙われても生きていたとしたら、可能性としては十分にあるのだろうが。まあ、そんなことはまずありえないだろうな。出来たとしてもうまいこと隠れてやり過ごす程度だろう」
しかしそんなことができる程度では到底精霊契約者が務まるはずがない。そう考えてアーシャリアは諦めることにしたのだ。
「え?ユキムラさんってどういうことですか?だって、ユキムラさんはもう千年も前に……」
ユキムラはセレンディアで生涯を終えた。異世界転生された当時は波乱に満ちた人生ではあったが、魔王を打倒し、精霊を生み出してからは穏やかに過ごしていたはずだ。
なのになぜ今更その名前が出てくるのかとティファニアは不思議に思った。
「そもそもユキムラさんが、自分の血筋以外の人が精霊と契約を出来ない。それに、精霊と契約していないと魔法が使えない、なんていう制約を勝手に作ってしまったからですよね?あれのせいで私たちが苦労しているんですよ?」
ティファニアはジト目でアーシャリアを見る。
「いや。ユキムラの血筋以外の者が契約できないわけではないぞ?ただ精霊と契約をするには相応の力が必要だというだけだ。精霊と闘い、打破して見せる。その力がな。ユキムラの血筋はその試練をパスできるというだけで、普通の人間にも精霊と契約するチャンスはある。ただしその力を得るには並大抵の努力では足りぬということだ」
「それじゃあなんの意味もないじゃないですか!うぅ……。せめてユキムラさんの作ったスキルだけでも使えたら……」
ティファニアは悔しげに呟いた。
魔法も使えて肉体の強化もできる精霊に太刀打ちできる人間。そんなものが存在するのならば見てみたい、とアーシャリアも思う。だが、それは叶わぬ願いなのだ。
「あの、それでユキムラさんのことなんですけど……」
「ああ。あやつは地球に転生しておったぞ?セレンディアでの死後、その魂が地球へと送り返されたようだ」
「本当ですか!?なら、もう一度ユキムラさんに来てもらえば……」
「それは無理だな。もうあ奴にはなんのスキルもなければ、魔力もない。その体内にはかろうじて光の精霊が残ってはいたが、もう他の精霊たちに太刀打ちできるような力はないだろうな」
ユキムラはその精霊を強化する、と言ってはいたが、人間には寿命がある。その寿命までに大精霊の域まで到達することは不可能に近いだろう。
「そっかぁ。残念です。でも、まだユキムラさんの子孫が残っているかもしれませんよね!その子孫に会えたらどうですか?精霊契約者はいないかもしれないけれど、スキルくらいは持っているかも!」
「……ティファニア。残念なことを教えよう。スキルは遺伝しない。そもそもあれはユキムラ自身の力ではなく、我が与えたものだ。だから子孫が受け継いでいることはないだろう。それに、仮に受け継げたとしても、既にレベル1という縛りを受けている以上、使いこなせるとは思えんがな」
アーシャリアの言葉にティファニアは再びガックリとうなだれた。そんなティファニアを見てアーシャリアは苦笑する。
「まあ、そんなに気を落とすでない。いずれまたユキムラのような存在が現れるやもしれん」
「それっていつになるんですか!その時までにセレンディアが残っている可能性ってどれくらいありますか!?」
「……まあ、ゼロではあるまい」
アーシャリアの言葉にティファニアは項垂れる。
「はぁ……。結局ダメじゃないですか。どうしたらいいんですか?」
そんなティファニアを見て、アーシャリアは苦笑する。
(そもそも地球という世界は異世界と比べ、魔力が存在してない世界だ。我の探している人材が生まれる可能性はゼロに等しいだろう。……だが、黙って自分の死を受け入れろ、というのも忍びないものだ。……ふむ。かくなる上は)
「ティファニア。お前が望むのなら、自分自身の目で地球の勇者を探してもいいぞ」
「え!?いいんですか!?」
アーシャリアの提案に、ティファニアは目を輝かせた。
「あ、でも。どうやって探すんですか?私は地球には行けないし……。アーシャリア様、なにかいい方法でもあるんですか?」
「ある」
アーシャリアはあっさりと肯定した。
「あ、でも。どうやって探せばいいんでしょうか?」
「案ずるな。これを使うといい」
アーシャリアはそういうと光り輝く宝石を取り出した。
「これは?」
「精霊石だ」
精霊石。それは精霊の力を封じ込めた結晶である。
「ここにお前を封じ込め、かりそめに造った肉体に宿らせることで地球で動き回れる肉体を作ることができる。……ただし、その期間は三十日だ」
「……それを過ぎるとどうなるんですか?」
ティファニアはごくりと唾を飲み込んだ。もしかしたら自分は消滅するのかもしれない。そんな考えが頭によぎるが、アーシャリアは首を横に振る。
「いや。特に何が起こるわけでもない。ただ、精霊石が砕け散るだけだ」
「……よかったぁ」
ティファニアはホッと息をついた。
「ただし、肉体が破壊されれば精霊石は砕ける。そして精霊石が砕け散れば、お前はここに戻される。そこで地球の探索は終了となる」
「わかりました!」
ティファニアは大きくうなずいた。これで自分の手で新たなる精霊契約者を探すことができるのだ。
「あの、それでこれをどうすれば……」
ティファニアが精霊石に触れた瞬間だった。ティファニアの体は精霊石に吸い込まれ、消えた。残されたアーシャリアはその様子を見て小さく笑うと呟く。
「あ……あの!アーシャリア様!?これ、どうなってるんですか!」
精霊石の中からティファニアの声が響く。
「言ったであろう?これは精霊を封じ込めるための物だと」
「あっ、そうですよね!じゃあ後はアーシャリア様が体を作ってくだされば……。あれ?あのっ、アーシャリア様!?」
アーシャリアは精霊石を持ち上げると、地球に向けて手を放す。目指す先は『オリエントシティ』。ユキムラが住んでいる都市だ。
「それではティファニアよ。よい旅を」
「いやっ、ちょっとまってください!待って!いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アーシャリアが手を放すと、ティファニアは地球へ向かって落ちていった。ティファニアの悲鳴を響かせながら。
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