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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

28,闇の精霊リターンズ

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魔法が存在する。
ナナシにそう言われた時、ゼノは信じることができなかった。いくらオカルトが好きだからといっても、それを本気で信じているほどに病んではいない。
だが。
目の前の男を見て、その考えも変わった。
何の変哲もなさそうな、中肉中背の男。まだ若いのにナナシと同じで白髪に染まった髪の毛をしており、目がらんらんと赤く輝いている。まるで吸血鬼の手先のようだとゼノは考える。
その男の目の前に黒い球体が三つ生み出され、ゼノへと迫る。ゼノが慌てることなくそれを避けると背後に着弾し、いともたやすく壁に穴をあける。
「……ふむ、これが魔法というものか」
ゼノは呟いてから、油断なく相手と対峙する。相手が魔法を使えるのだとしたら自分よりもはるかに強大な存在であるはずだ。……そうであってくれなければロマンが崩れるというものだ。
だからゼノは本気を出すことにした。
相手からはゼノが一歩踏み出しただけに見えることだろう。その瞬間にゼノは男の腹に拳をめり込ませていた。内臓が破裂する感触が拳に伝わってくる。男の口から吐き出された血は真っ赤に色づいていたが……すぐに透明になり消えていく。おそらく臓器ごと再生されたのだろう。
ゼノはさらに相手の頭を蹴り飛ばす。頭部は破裂し、脳漿が飛び散るがやはりそれも一瞬にして消えるようになくなった。……しかしそれでも男は平然と立っている。服すらも破れていない。
「……驚いたな」
どうやらこの男、見た目通りの人間ではないらしい。
「ははは!無駄だ!俺は闇の精霊様と契約しているんだからな!」
男は高笑いをあげる。殺しても殺せない相手。そんなものを目の前にすれば、誰だって恐怖で頭がおかしくなってしまうだろう。だが、今のゼノは冷静であった。
「……素晴らしいな」
「あん?」
「素晴らしい、といったんだよ!なんだ、その再生力は!まさしくオカルトの権化じゃないか!あぁ、なんということだ!まさかこのような場所で出会えるとは!あぁ、実に興味深い!その力!私に見せてくれないか!」
――いや、ゼノは冷静ではなかった。
興奮気味にまくしたてるゼノを見て男は呆気に取られる。
「な、なに言ってるんだこいつ?頭おかしいんじゃねえの……ぐへえっ!?」
男の顔面をゼノの拳が吹き飛ばす。さらにゼノは男の心臓めがけて掌底を放ち、心臓を破裂させる。それでも再生を始める男を見て、ゼノは一段と興奮していた。
「ああ、なんということだ!その力が魔法なのか!?まさか君は不死身なのか!?あとどれくらい破壊したら君は死ぬんだ?いや、せっかくの出会いだ!出来ることならいつまでも死なないでくれよ!」
ゼノの目はらんらんと輝いている。その様はまるで面白いおもちゃを見つけた子供のように純粋で無垢で。だからこそ男は恐怖に心を支配されていた。
「ひっ、ひぃっ!な、なんだよお前ぇっ!こっちに来るなぁっ!」
「ああ、君!その力はどこで手に入れたんだ!その力は一体なんのためにある!その力はなんのために存在している!教えてくれ!君のその力はなんのために必要なんだ!」
もはや狂気的ともいえる勢いでゼノは問い詰めるが、当然男が答えるはずもない。だが、そんなことはお構いなしとばかりにゼノは質問を続ける。質問が一つ放たれるたびに、ゼノの拳か足が飛んでくる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あ、逃げた!」
再生を繰り返しながら、男は部屋から出て行く。もちろんゼノもそれを追いかけた。
「待ってくれ!もっと話を聞かせてほしいんだ!」
「来るな!化け物ぉっ!」
「私は!私はただ、知りたいだけなんだよ!なぜ世界にはこんなにも不思議があるのか!そしてどうして私はそれに気づくことが出来なかったのか!それが悔しくてならない!だから頼む!どうか私の疑問に答えておくれ!私が納得できるまで!私を満足させてくれるまでは!死んでくれるなよ!?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男は廃ビルから飛び出して全速力で逃げていく。男の体は闇の精霊によって強化を施されているのだ。普通の人間が追い付けるはずがない。もしも追いつけるものがいるとしたら、それは間違いなくこう呼ばれるだろう。――バケモノ、と。
「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……」
「やっと見つけたぞ!」
「う、うわぁ!?」
息を切らせて走る男の肩にゼノは手を置く。
「さあ、話してくれ。その不思議な力をどうやって得たんだ?その力はどうやって使うことが出来る?その力はどうやって発現している?そして、それはどこまで続いている?その能力は、どこまで広がっている?私は、私は、私は!」
「いやだぁぁぁ!」
男は叫び声をあげながら、再び走り出す。ゼノはその後ろ姿を眺めながら、楽しげに笑みを浮かべていた。
「ふむ、仕方がない。これは殺してみて、解析するしかないな」
ゼノの表情が消える。その瞬間に男の視界がぐるりと回転する。何が起きたかわからないうちに、男は地面に叩きつけられていた。
「がっ!?」
背中に痛みが走ったかと思うと、今度は後頭部に衝撃が走る。そしてそのまま意識を失った。
「おいおい、どうしたんだ?この程度で、とか言わないよな?そんなわけないだろう?まだ始まったばかりだぜ?」
「…………」
「どうした?早く起き上がってくれないか?私はまだまだ聞き足りないんだ。君のその力について!さあ、続きを始めようじゃないか!」
「…………」
「ん?もう終わりかい?つまらないな」
ゼノが男の顔を覗き込むと、その顔には生気がなかった。まるで今まで殺してきた人たちのように。
「まさか死んだということはないだろう?」
ゼノがそう問いかけた瞬間。男の体はどろりと解けた。男の身体が黒い液体に変わり、広がっていったかと思うと消えてなくなった。血の跡すら残さずに。まるで、そんな男なんて最初からいなかったかのように――
「はぁ……。まったく。なんてことをしてくれたんだ」
ゼノはため息をつく。
「これでは貴重なサンプルがなくなってしまったではないか。せっかく捕まえたというのに……」
そう言いながらも、ゼノの顔は笑顔だった。
「まあいいか。また別の個体を捕まえればいいだけのことだ。……しかし、あの男の力はとても興味深いものだった。あの力の源泉を知りたかったのだが……」
ゼノはしばらく考え込んだ後に口を開く。
「……そういえば、あの男。確か『闇』と言っていたか。その言葉からすると、あの力は魔法のようなものなのだろうか?」
ゼノは少し考えたが、結局結論は出なかった。その時、がたん、と音が鳴った。ゼノがそちらの方へと視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
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