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それいけ調合師。2

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 薙ぎ払われたジェイクは頬を押さえながらむくりと起き上がり、

「ぶったな……親父にもぶたれたことねぇのに……っ!」

 涙を目に浮かべながら背を向けて叫んでいた。だが、シヴィーはそんなこと気にしてない様子で、一歩、また一歩と近づいていき、手を伸ばせば届く距離まで詰めると、

「どこ見てんだ。魔物相手だったら死んでるぞ?」

 中腰の体勢から、ジェイクの腰へを両腕を回す。

「っな!? なに、抱きついて──」
「俺がいたのはあっちだッ!」

 ジェイクを持ち上げて大きく反り返った。



 ──ドォンッ! メキメキメキ……バコォンッ!



 決まる、ジャーマンスープレックス。

 しかし、床に叩きつけるのが目的だったのだが、ジェイクは床をぶち抜いてそのまま上半身が床下に埋まってしまい、ピクリピクリとつま先を痙攣させている。

 まるで、地面から『V』の文字が生えているようだ。

「…………」

 一通りの出来事を見ていたレイモンドは言葉を失っている様子。

「次はおめぇさんか?」
「は、ははは。 指を鳴らすとは、まるでその辺のごろつきだな!」
「そうか? 一度やってみたいと思ったんだがな、思っていたよりも痛いな。これ」
「ならご自慢のポーションでも飲めば良い! 今までそうやって繋いできた命だ。今更出し惜しみする必要もないだろう?」
「確かに、言われてみればそうだな」

 シヴィーの上着のポケット。

 いついかなるときであろうと、調合師として怪我の治療などができるようにと忍ばせているポーション。何度も助けられ、囮にされながらも生きてこれたのは隠し持っていたおかげでもある。

 上着のポケットに手を突っ込み、いつもどおりにポーションを取り出したはずだったのだが、

「なんでこいつが……」



 ──選ばれたのは、青汁でした。



 幸いなことに、手で覆い隠すように取り出したので、レイモンドには見えていないようだ。

「どうした、早く飲めよ! それとも、飲めない理由でもあるのか?」

 レイモンドは、床にはまっているジェイクが気になるのか、ちらりちらりと目をやっているのだが、シヴィーはそんなことお構いなしに歩き始めた。

「……ッ!? なに、にやけながら近づいてきてるんだッ!」

 先ほどとは違い、初手ではかわされにくい抜刀術に切り替えたレイモンド。

 一度剣を収め、間合いを読んでから一歩大きく踏み出し、勢いよく剣を抜く……!

「んなッ!? ば、ばかな……ポーションの小瓶で受け止めた……だとぅ……ッ!?」
「かわしにくいなら受け止めれば良い」

 ビンだからといって馬鹿にしてはならない。当たり所によっては、弱い斬撃ですら受け止めることが可能なのだ。しかし、レイモンドが手加減したようにも思えないのだが、そこはシヴィーの経験からくるものだったのだろう。

「おめぇさんの一振りなんて、血に飢えた魔物の比べたら屁でもないな」
「ば、馬鹿にしやがって!」
「ははは、今まで馬鹿にしてたのはそっちだろ? 俺は、噛み付いてきたから対応・・してやってるだけさ」
「なにが対応だ! 調合師のくせに……調合師のくせにッ!」

 二度も言った。

 が、しかし、レイモンドがいくら押し返そうとしても、シヴィーはビクリとも動かない。それを見ている者たちは、いつ剣がその身体を引き裂くのかと冷や汗を流してすらいる。

「こんなものか……ただの荷物持ちを押し返す事もできないって、大丈夫なのか?」
「黙れ黙れ黙れぇッ!!!」
「俺に、荷物なんて押し付けないで自分で持ってたらこういう結果にはならなかっただろうな!」

 小瓶を傾け、レイモンドの剣を受け流す。

 響き渡るガラス独特の音。

 すると同時に、体重をかけてまで押し返そうとしていたレイモンドの身体が、シヴィーの横をかすめて床へと向かっていく。剣が床に突き刺さり、なんとか身体を支えるレイモンドであったが、殺意を孕ませた目で睨みつけてくる相手に対してシヴィーはめんどくさそうに溜め息をこぼし、仕方なく・・・・正当防衛を行使することにした。

 ポーションの小瓶を握り締めなおし、レイモンドの額目掛けて薙ぎ払った!



 ──パリィィンッ!!!



「アァァァァァッッ!!!!」

 ギルド全体に響き渡る甲高い音と、痛みを訴えかける悲鳴。そして、漂い始めた──異臭。

「おっと、やりすぎちまったな……ほれ、青汁ポーションだ。俺が言うのもなんだが、本来なら怪我人けがにんの傷を治療する調合師がすることじゃないな」

 シヴィーのポーションはまるで見当たらず、しかたないのでリリーの青汁を渡すことにしたようだ。

「く、くさい!? なんなんだこれ、うえぇっ」
「おいおい、怪我人が喋るなって。待ってろよ、今瓶のふたを……うぇっ」

 流れ出る血を止めようと両手で押さえつけ、痛みを我慢するかのように床をごろごろと転がるレイモンド。しかし、よくもまぁ転がりながら叫べるものだ。

「おい、じっとしてろ!」
「やめろっ! 俺に……くっさ! 俺に、触れるなぁッ!!」
「そんなんじゃポーション飲ませれないだろ?」
「そんなくさいものいらないから近づけるな! おい! 聞いてるのか! やめろぉぉぉ!!」

 飲ませようとしようにも、腕を掴まれては飲ませることは困難なのだが、シヴィーの調合師・・・としてのプライドがそれを許さないためか、掴まれてもなおグイグイと口元へと青汁を近づけていく。
 
 しかし、先ほどまで傷口を押さえていた手に付着していた血が、制止しようとする本人の意思とは間逆に、シヴィーの腕を滑らせ始めた。

「く、くさい!? だからなんなんだそれ! ポーションじゃないだろ!」
「いや、俺は調合師だぞ? ポーション以外の何を飲ませようと──」

 刹那、レイモンドの力が一瞬抜け、青汁は勢いよく顔面目掛けて更に近づいた。

「アァァァァァァッッ!!!」

 そして、再び悲鳴。

「あ、すまん。勢い余って鼻の穴に……」
「鼻が、鼻がもげるぅぅ! はやくこいつを抜──っひ!? なんかドロリとしたのがァァァァァ!!!」

 鼻の穴に刺さった小瓶からごぽごぽと注がれる青汁。

「あ……あぁあぁあぁ……うぷ。はやぐ、ぬいて……ぬいてぐだざいっ」
「あー、いや。もう、全部……」
「おう、ふぅ!? お、おろろろろろぉぉぉぉぉぉっっ」
「うわ! きたねぇ!」

 まるで噴火だ。

 人は仰向けの体勢からゲロを吐くと顔面がこんなにも悲惨なことになるのか。

 いきなりのゲロにシヴィーは飛び退いのだが、リリーの作った青汁がここまでのものとは思っておらず、片目をひくつかせながら苦笑いを浮かべるのであった。

 あまりの出来事に、居合わせた冒険者達は口を開けたまま突っ立っている状態。

 そこへ、

「……ねぇ、ちょっといい?」

 勇者パーティーの少女が声を掛けてきた。
 
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