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海を背に、広大な大地へ。1

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 ~街外れの草原~

 海風を浴びて楽しそうに踊る草と、はるか遠くに見える雲を纏った山々。

 月明りを頼りに、荷台を押しながら進むシヴィーと少し不機嫌そうなレイラ、涙を拭きながらも泣きじゃくるリリー。

 爆発の後、すぐさま駆け付けた時にはリリーの全身は大火傷を負っており、シヴィーの治癒のポーションを飲ませたおかげで大事には至らなかったのだが、騒ぎを聞きつけた宿主には怒られ、修理費用を請求された。

「金貨3枚……さ、ん……まい……?」

 安宿の主から言い渡された修理費用は金貨3枚。この世界の平均月収は銅貨5枚~10枚程度であり、それを考慮すると、冒険者ではない一般市民のように働くと簡易計算で3年の月日がかかる事となる。だが、レイラという女神の降臨により、シヴィーの借金は立て替えられたのだが、

「私の貯金を崩したのよ!? 絶対に返しなさいよ、絶対に!?」

 今のところ、レイラの貯金を切り崩して返済している状態。

「ごめんさぁい……うっぐ、ひっく。うわぁぁぁぁんっ!!!」
「泣きたいのはこっちだって……これからどうすりゃいいんだよ」

 職を失い、宿を失い、同時に吹き飛ばされた衣服達、かろうじて残っていた調合道具と箱に封印されていた無数の青汁を荷台にのせ、一同は街を出たのだ。

「一番泣きたいのは私のほうよ……もう貯金なんて『ちょ』の字も残ってないわよ!?」
「はぁ!? ギルドの床代と広場とかの整備費用はどうするんだよ!」

 今まで、雑用として扱われいたシヴィー。

 勇者パーティーの所属していた頃の報酬金の配分なんて、それに見合った額しか支払われていないので、シヴィー自身の貯金なんて精々ポーションの素材がある程度買えるくらいだろう。

「自業自得でしょ!? なんで私があんたの借金を肩代わりしなきゃいけないよの! それに、貯金切り崩したせいで今まで泊ってた宿にも泊まれないわよ!」

 いったい、どれほど高い宿に泊まっていたのだろうか。

 冒険者として、依頼をこなせば大抵は一日の生活費を補うことは可能だ。難しい依頼となれば更に報酬金が増し、一週間に一度依頼をこなす程度の仕事で済むのだが、それにはギルドの『最低でも4人のメンバーでなければならい』という規約を守らなければならない。

 難易度の高い依頼は基本討伐依頼だ。

 それらばっかり引き受けてきた勇者パーティーでさえ、ひとり抜けるだけであの様なのだ。

「採取の依頼って言っても、高が知れてるしな……」
「ほんと、どうするのよ……」
「わ、私……ぐすん、ポーションもまともに、うぐ、うえぇぇぇんっ!」
「あーもう、リリー? この無頓着がどうにかしてくれるから、そろそろ泣き止みなさいよ」
「無頓着とは酷い言われようだな。って、なんでレイラはついてきてるんだ? あいつらのところにいれば、募集掲示板からきた人がひとり入るだけで活動再開できるんだろ?」

 あいつらとは、レイモンドとジェイクのことなのだが、

「はぁ……あんたって馬鹿? あんな状態の連中がまともに仕事できるはずないでしょ?」

 ごもっとも。

 つまり、再び冒険者として働き始める可能性の低いふたりといるより、シヴィーといたほうがなんらかの利益があると考えているのだろうか。それとも、借金の返済をただ待つだけのニート生活でも送ろうというのだろうか。

 そして、しばらく歩いたところで正面に何かがいる事に気が付いた一同。

「グルルル……」

 ウルフである。

 犬の形をしているが、中身は別物。犬よりも一回り、二回り大きく、身体能力から嗅覚、聴覚までもが桁違いなのだ。そんなウルフが、一匹、二匹、三匹……五匹ほど、こちらに向かて歩いてくる。

「──っ!? し、シヴィーさん……?」
「んー? そんな怯えた目で俺を見るなって、レイラがなんとかしてくれるだろ」
「なんでいっつも私なのよ……」
「魔法使いなんだから、パパっと片づけてくれよ。な?」
「な? じゃないわよ!? もう目と鼻の先じゃないの!? こんなの全部吹っ飛ばすなんて、私たちも一緒に吹き飛ぶわよ!?」
「構わん、やれ!」
「だ、ダメです! 私、まだ死にたくないです……」

 恐怖を目の前にしたことで、泣き止んだリリーであったが、シヴィーの腕にしがみ付くと同時に顔をうづめてしまった。苦笑いを浮かべたシヴィーは、荷台に積んでるとあるものを取り出した。

「てれれてってれー、青汁ぅ」
「……それって、レイモンドにゲロ吐かせたやつよね」
「なんで呆れ口調なんだよ。これでどうにかできるかもしれないんだ!」
「私の……ポーション?」
「あぁ、おめぇさんの青汁ポーションが俺たちを救うんだ」

 すると、シヴィーは青汁の小瓶の蓋を開け、レイラに手渡した。

 渡した瞬間に、ギルドマスターを見るよりも嫌そうな目をしたレイラ。しかし、すぐに変化は訪れた。

「グルル……グ、グェ。グエェ」

 嗅覚が敏感であるが故に感知してしまった異臭。
 
 吐き気を誘うにおいに対抗するかのように、ウルフ達は地面に鼻を何度も何度も擦り付けるが、蓋から解放された青汁は、もだえるウルフなんてお構いなしに、吹き続ける潮風と共にその猛威を振るった。

「ほんっっっっとっ! くさいわねぇ!」
「おいおい、そいつはリリーが作ったもんなんだぞ! 本人の前でくさいとか言うんじゃねぇ!」
「渡してきたのはあんたでしょ!? なんで、私が悪いみたいになってるのよ!」
「結果的にくさいから私たちは助かるんですよね!? 私のポーションって、そんな使い道しかないんですか!?」
「よく言うだろ? 結果良ければすべてよし」
「だ、ダメですぅ……う、うぐ、ひっく。うわぁぁぁぁぁんっ」
「……なに、泣かせてんのよ」

 泣きじゃくるリリーを横目に、シヴィーは困った顔をしながら頭を掻いていた。すると、先ほどまで苦しんでいたウルフ達が、

「「「キャインキャインッ!?」」」

 あまりのにおいに我慢が限界を越えたようで、情けなく吠えながら引き返していった。

「まぁ、結果オーライってことで」
「うわぁぁぁぁん。どうせ、どうせくさいですよぉ」
「早く、リリーを泣き止ませなさいよね! この、無頓着!」

 なにがともあれ、ウルフ達を追い払うことに成果したシヴィー達は、小さな丘の上に野宿の為のテントと焚火を設置した。そして、魔除けと称して青汁の小瓶をテントを中心に円状に並べたのであった。

「魔除けって、ぐすん。ひどくないですか……うぅ」
「そう泣くなって。失敗したからこその使い道なんだ。きっと、あの青汁ポーション達も喜んでるさ」
「遠い目してリリーを罵ってるわよねそれ……」

 焚火の傍で泣きわめくリリーを慰めるレイラと、そそくさとテントに引っ込んでいくシヴィー。しかし、初対面にも関わらず、レイラはリリーの世話ばっかり焼いている気がするのだが……そこは、あまり突っ込まないようにするとしよう。

 
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