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冒険者たちの悩み事。1

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 ~冒険者ギルド~

 シヴィーが調合を行った翌朝に、納品された治癒のポーションがひとつ売れた。それも、冒険者としては信頼の厚いところにいるベテランに、だ。その報告を受けたマスターは、嬉しそうに頷きながらも次の納品までに全部売れるかどうかと心配しており、一度使えば効果がわかるなどと言った話以前に、シヴィー自身が身をもって証明しているのだから周知のはずなのだ。しかし、売れないことがせないマスターは眉を寄せていた。

「困ったわねぇ、なんでかしら?」
「たぶんあれじゃない? シヴィーの提示した額と違うからとかじゃ……」

 仕入れるからには利益がなければならないことは、レイラですら理解している。だが、売れる売れないよりも値段に問題があるのかもしれない、と、指摘されてはぐうの音が出ないのもまた事実。

 冒険者ギルドといえば、依頼をするときに発生する手数料と厨房で出る食事代、アルティミスのポーション以外の収入源がないのだ。それらを踏まえたうえで、アルティミスと同じように仕入れ額にプラスして手数料を取らなければやっていけないのだ。

 原因はわかっていても、今の現状を変えることはなかなかに難しい。

「ちょっとシヴィーちゃんに相談してみないとね」

 悩んだ末に出た結論は、製作者であるシヴィーにどうすればいいのか聞きに行くことだった。だが、もしもの場合で値段を下げる結果となれば、今後の納品に影響が出てしまう可能性なども考慮される。

 何もしないで後悔するよりも、して後悔したほうが後の成長にもつながる。今回の場合は、もしかしたらシヴィーにも有益な交渉ができるかもしれない、と、マスターは考えていた。そして、出かける支度を済ませると仕事を終えてゆっくりしていたレイラと共に寮へと重い足取りで向かうのであった。



 ~冒険者ギルドの寮~

 シヴィーの朝は遅い。それは、調合に必要な素材のメモや調合の結果などをまとめていたりするからもである。単に寝れないのでメモを取っているときもあるのだが、今日の場合は昨晩の薬草に関するメモのせいであったりもする。

 いつまでも寝ているシヴィーの傍で、なぜか正座して起床するのを待っているジェイク。

「いや……そこは君! 起こすところではないのか?」
「これでいいんすよ。旦那はいろいろと仕事してるっすから、せめて朝くらいはゆっくりと──」
「シヴィー! ポーションちょうだい! ねぇ、ポーション」

「「…………はぁ」」

 また始まったよ。と、言いたげそうな顔を浮かべるふたり。

 昨晩からずっとこれなのだ。まるで赤子のように目が覚める度にシヴィーの元に来ては、馬鹿の一つ覚えのようにポーションポーションと絡んでいくのだ。その都度、ジェイクがリーネを持ち上げてリリーの部屋へと放り込んでいたのだが、流石に何度もやられると気が滅入るようだ。現に、ジェイクはめんどくさいと言わんがばかりのアホな面を浮かべている。

「僕のポーションを上げてやりたいんだが、全部リリーさんの青汁になってたのだ! ふははは!」
「早く作って欲しいっすけど、薬草もないんすよね。確か」

 リリーの薬草料理に使ったが為に、作り置きしておいたポーションを補充できず、部屋の修理費用を支払った事によってアルティミスは冒険者ギルドの決算日まで金欠。どこぞの借金男と違って、至って真面目に働いてきた彼にとって、金欠はあまりにも惨めなものであった。

「薬草なんて、探したことすらない!」

 更に、調合師としての現地調達の経験どころか草原などに出向くことすらしなかったアルティミス。自給自足しようにも調合師として、あまりにも経験不足であった。これが『商人ギルド育ち』の調合師の末路である。

 自分で動くことをせずに、商人ギルドから分け与えられた物で調合を行い、ノルマを達成するだけの人間。傍から見たら、ただの操り人形じみていることもあり、余程街から出たくない『いのちだいじに』な人間くらいしかなろうとは思わないのだ。それ故に調合師の数が例年減ってきているのは大問題である。しかし、補充しようにも商人ギルドの作り上げたシステムのおかげで、あまり良くない噂がひとり歩きしてしまっており、増える人材も増えないでいるのだ。

「ねぇ、ポーション! ねぇ……」

 起こそうとしてシヴィーにまたがっていたリーネであったが、再び訪れた睡魔に突かれてうとうとし始めていた。

「大丈夫っすかね。あのまま寝たら、どうするっすか?」
「いや、まぁ。放置するしかないだろう。一種の目覚ましだと思えば、シヴィー君でもアンダァスタンド! してくれるはずだ」
「そういうもんっすかねぇ」

 まったく呑気である。しばらくして、シヴィーに頭突きするかの如く前のめりに寝落ちしてしまったリーネ。アルティミスの進言通りに放置することにしたジェイクは、出かけると言って部屋を後にするアルティミスに頭を軽く下げると正座したまま雇い主の起床を待つことにした。

 そして、続いての訪問者がやってきた。

「シヴィーさぁん……お、起きてくだ、さい」

 かなり大きめのクマが目の下に垂れ下がっているリリーである。ジェイクがなんどもリーネを放り込んだせいで、一睡もできていない様子。のらりくらりとおぼつかない足取りで入ってきたリリーなのだが、起こしに来たはずなのにシヴィーの寝ているベットを前にし、立ちながらすやすやと寝息を立て始めてしまった。

「……もしかして、この寮で一番まともなのって俺だけなんすか?」

 ジェイクの問いかけに答えるかのように、リーネが「ぐふぅ……」と情けない声を上げた。
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