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冒険者たちの悩み事。3
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マスターにいろいろと問いかけられているシヴィー。その内容のほとんどが調合師に対する立場と今後もそうなる可能性が高いというものであった。しかし、そんなことで諦めてしまうほど、シヴィーは出来た人間ではない。
「でも意外ねぇ、あのシヴィーちゃんがギルドを立ち上げたいなんて」
「マスターは反対ではないんですか?」
「もちろんよ、やりたいことをやってこその人生なんだから。なんだって動いた者勝ちなのよ」
至って正論だ。
そんな考えを持ったマスターだからこそ、今の冒険者ギルドを築き上げれたのではないだろうか。興味深そうに目を輝かせるリリーはこの際放置するとして、今後どういった形で設立すればいいのかと言ったことについて伺いたいシヴィーであったが、それは楽をして結果を得るものだと気が引けていた。
そんな簡単にできてしまっては、世の中成功者ばっかりなのだから。
「それで、設立の目処はどれくらいなのかしら?」
「こんな借金男に目処も糞もないわよ。あるのは今日過ごすのかくらいでしょっ」
いい加減立っているのがつらくなったレイラは、マスターの後方の壁によさりかかって呆れ顔で物を言っている。そう思われても仕方がないと言えばそれまでなのだが、シヴィーにも決意というものがあり、それらを踏みにじられる思いを抱いてしまうのはしょうがないことだ。しかし、そう簡単に「はい、そうですか」などと言える性格でもないが故に、
「っは! 今に見てろよ? でっけーギルドホーム立ち上げてやるからな」
「ははは、今に見てろですって? 多額の借金抱えてるどの口が言うんやら」
「こらこら、喧嘩しないの。レイラもあんま煽ってると前と変わらないって、見切られちゃうわよ?」
「っうぐ、それは……」
せっかく心変わりしたというのに、態度がそのままではぐうの音もでない。
実際、レイラが変わったことは冒険者ギルドの全員が知っている。前の彼女を知っててもなお、今では親切に接してくれているのだ。それらをこの場で無下にするわけにもいかず、レイラはちょっと不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いてしまった。
レイラとシヴィーが落ち着いたことを確認したマスターは、うんうんと頷きながら真剣そうな眼差しでシヴィーを見やった。
「設立は領主様の許可がいるわ。一度挨拶に行ってみないとなんとも言えないわね」
「まさか、マスターも一緒に来るつもり……なのか?」
「じゃなきゃ誰が案内するのよ! ちょっとしたデートだと思えば一件落着のウィンウィンじゃない」
なにがウィンウィンなのか。
だが、これで調合師ギルド設立への道は見え始めたと言っても過言ではない。少々気がかりなことがあるとすれば、マスターがなんの反対もせずに案内役を買って出た事だろう。そんなことに疑問を抱かないリリーは、目の前で進む調合師ギルド設立の話を理解していないにも関わらずに大きく相槌を打っていた。
太陽が真上に昇ったこともあり、あたりの気温が上昇し始める。海に面しているこの街では、湿度が基本的に高いので一年を通してみても寒いと感じる事は少ない。そして、今の季節は春先であり、ぽかぽかとした気温に皆が皆、あくびをこぼしながら道を行く。
窓から見える景色をぼーっと眺めていたレイラ。
何か考え事をしているわけでもなく、ただただ眺めている景色の中に、見覚えのあるシルエットが飛び込んできた。
「──ッ!? レイモンド?」
フードを深く被って入るのだが、潮風に煽られて遊ばれているフードの隙間から見える顔に、思わず大声を上げてしまうところだったが、そこは自制したようだ。こちらから見えているということはあちらからも見えている可能性がある。そして、案の定目が合ってしまい、驚いた様子のレイモンドはフードを深く被りなおすとそそくさと人混みの中へと消えていく。
「ごめん! 私、ちょっと用事思い出したから行ってくる!」
「あ、ちょっとレイラ!? ご飯はどうす──」
マスターの投げかけようとしていた質問なんてそっちのけで、レイラは勢いよく開けた扉から外へと消えていった。
「もぅ、せっかく美味しいシーフードパスタ作ろうと思てたのに」
「おぉ! パスタか、こっちじゃあんまり食えないから楽しみだな!」
「ふふ、もうシヴィーさんったら。想像したら、私もお腹空いてきてしまいました。ね、リーネちゃん?」
「私、ポーションがあれば大丈夫」
「「「…………」」」
だから成長しないんじゃないのか。と、その場にいた全員が考えた。
~薄暗い路地裏~
レイモンドの後ろ姿をかろうじて見つける事ができたレイラ。彼がなにかやられて仕返しをしないとは考え難いと、そのあとをつけていたのだが、思ってもみない状況へと遭遇してしまった。
『レイラが一緒にいるなんて聞いてないぞ!』
角を曲がった先から聞こえる怒鳴り声。間違いなくレイモンドのものであり、誰かと話をしているようだ。姿を見られた場合、何をされるかわからないので、レイラは壁を背に奥から聞こえる話に耳を傾けた。
「オマエが買った情報は『シヴィー・オルタスク』の住んでいる場所だろ? オイラが怒られるのはとんだ筋違いだ」
「……はぁ。あぁ、そいつは悪うございました」
「それで? オマエが探しているものは見つかったのか?」
「あの糞野郎の弱点、か。俺の知らない小娘とエルフのガキがいたが、ありゃ誰だ?」
どうやら、レイモンドは追放の件の腹いせにシヴィーに何かを仕掛けようとしている様子。これは聞き捨てならないものだと、レイラは息を潜めて聞こえてくる情報に意識を集中させた。
「エルフのガキは知らないが、その娘のことならちょっとばかしだが情報があるぜ? 買うか?」
「あぁ、金ならいくらで出す。いいから、早く教えてくれ」
「名前は確か、『リリー・マーティン』だったかな。オマエがギルドを追放される前に、広場での爆破事件があっただろ?」
「マスターが怪我人がいなくて幸いだったとか言ってたやつか」
シヴィーが解雇された当日に起こったリリーの爆破騒動。そこから、リリーに対しての情報が寄せられたのか。
レイラにとっては、既にシヴィーから説明された内容だった。
「その娘は、広場を爆破する前に骨董品屋で鍋とか買ったらしいんだ。んで、ドーン。その時に、娘を庇ったのがシヴィー・オルタスクってわけだ」
「なるほど。借金を肩代わりしたから、逃げれないように傍に置いているってことか」
「いや、冒険者から寄せられた情報だとどうやら教え子みたいだぞ? 無知で調合したことを反省して弟子入りでもしたんじゃないか?」
「調合師見習いってことか……くくく、こいつは使えるかもしれないなっ!」
顔が見えなくてもわかる、レイモンドの嫌悪にまみれた薄気味悪いにやけっ面。じっくりと話を聞かせてもらったレイラは、気配を消して立ち去ろうとした。だが、
「ッ!? っあ!」
──カラン、カンカン。
路地へと立て掛けられていた鉄の棒に足が当たってしまった。
「誰だ! っくそ、聞かれたからには殺すしかないな!」
ドタドタと近づいてくる足音。
焦るレイラは、仕方ないとばかりに右手を胸に、左手を開いて地面へと向ける。
「赤き爆風よ、我を包め……<爆風の衣>!」
突如として現れた赤き魔法陣から、黒煙を纏った赤き炎の風が吹きあがる。
「っち、魔法使いか!」
剣を片手に、どうするか悩んだレイモンド。だが、発動してしまった魔法相手に生身で立ち回ることはほぼ不可能。立ち止まった追っ手を確認したレイラは、魔法で出現した巻き上げる爆風から出ると、その場に設置。その隙に逃走を謀った。
高熱を帯びた炎の竜巻。
そして、熱気をまき散らす小さな竜巻の隙間から見えてしまった後ろ姿。
「……レイ、ラ? いや、まさか。そんなはずが……だが、あの赤い髪は……!」
「でも意外ねぇ、あのシヴィーちゃんがギルドを立ち上げたいなんて」
「マスターは反対ではないんですか?」
「もちろんよ、やりたいことをやってこその人生なんだから。なんだって動いた者勝ちなのよ」
至って正論だ。
そんな考えを持ったマスターだからこそ、今の冒険者ギルドを築き上げれたのではないだろうか。興味深そうに目を輝かせるリリーはこの際放置するとして、今後どういった形で設立すればいいのかと言ったことについて伺いたいシヴィーであったが、それは楽をして結果を得るものだと気が引けていた。
そんな簡単にできてしまっては、世の中成功者ばっかりなのだから。
「それで、設立の目処はどれくらいなのかしら?」
「こんな借金男に目処も糞もないわよ。あるのは今日過ごすのかくらいでしょっ」
いい加減立っているのがつらくなったレイラは、マスターの後方の壁によさりかかって呆れ顔で物を言っている。そう思われても仕方がないと言えばそれまでなのだが、シヴィーにも決意というものがあり、それらを踏みにじられる思いを抱いてしまうのはしょうがないことだ。しかし、そう簡単に「はい、そうですか」などと言える性格でもないが故に、
「っは! 今に見てろよ? でっけーギルドホーム立ち上げてやるからな」
「ははは、今に見てろですって? 多額の借金抱えてるどの口が言うんやら」
「こらこら、喧嘩しないの。レイラもあんま煽ってると前と変わらないって、見切られちゃうわよ?」
「っうぐ、それは……」
せっかく心変わりしたというのに、態度がそのままではぐうの音もでない。
実際、レイラが変わったことは冒険者ギルドの全員が知っている。前の彼女を知っててもなお、今では親切に接してくれているのだ。それらをこの場で無下にするわけにもいかず、レイラはちょっと不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いてしまった。
レイラとシヴィーが落ち着いたことを確認したマスターは、うんうんと頷きながら真剣そうな眼差しでシヴィーを見やった。
「設立は領主様の許可がいるわ。一度挨拶に行ってみないとなんとも言えないわね」
「まさか、マスターも一緒に来るつもり……なのか?」
「じゃなきゃ誰が案内するのよ! ちょっとしたデートだと思えば一件落着のウィンウィンじゃない」
なにがウィンウィンなのか。
だが、これで調合師ギルド設立への道は見え始めたと言っても過言ではない。少々気がかりなことがあるとすれば、マスターがなんの反対もせずに案内役を買って出た事だろう。そんなことに疑問を抱かないリリーは、目の前で進む調合師ギルド設立の話を理解していないにも関わらずに大きく相槌を打っていた。
太陽が真上に昇ったこともあり、あたりの気温が上昇し始める。海に面しているこの街では、湿度が基本的に高いので一年を通してみても寒いと感じる事は少ない。そして、今の季節は春先であり、ぽかぽかとした気温に皆が皆、あくびをこぼしながら道を行く。
窓から見える景色をぼーっと眺めていたレイラ。
何か考え事をしているわけでもなく、ただただ眺めている景色の中に、見覚えのあるシルエットが飛び込んできた。
「──ッ!? レイモンド?」
フードを深く被って入るのだが、潮風に煽られて遊ばれているフードの隙間から見える顔に、思わず大声を上げてしまうところだったが、そこは自制したようだ。こちらから見えているということはあちらからも見えている可能性がある。そして、案の定目が合ってしまい、驚いた様子のレイモンドはフードを深く被りなおすとそそくさと人混みの中へと消えていく。
「ごめん! 私、ちょっと用事思い出したから行ってくる!」
「あ、ちょっとレイラ!? ご飯はどうす──」
マスターの投げかけようとしていた質問なんてそっちのけで、レイラは勢いよく開けた扉から外へと消えていった。
「もぅ、せっかく美味しいシーフードパスタ作ろうと思てたのに」
「おぉ! パスタか、こっちじゃあんまり食えないから楽しみだな!」
「ふふ、もうシヴィーさんったら。想像したら、私もお腹空いてきてしまいました。ね、リーネちゃん?」
「私、ポーションがあれば大丈夫」
「「「…………」」」
だから成長しないんじゃないのか。と、その場にいた全員が考えた。
~薄暗い路地裏~
レイモンドの後ろ姿をかろうじて見つける事ができたレイラ。彼がなにかやられて仕返しをしないとは考え難いと、そのあとをつけていたのだが、思ってもみない状況へと遭遇してしまった。
『レイラが一緒にいるなんて聞いてないぞ!』
角を曲がった先から聞こえる怒鳴り声。間違いなくレイモンドのものであり、誰かと話をしているようだ。姿を見られた場合、何をされるかわからないので、レイラは壁を背に奥から聞こえる話に耳を傾けた。
「オマエが買った情報は『シヴィー・オルタスク』の住んでいる場所だろ? オイラが怒られるのはとんだ筋違いだ」
「……はぁ。あぁ、そいつは悪うございました」
「それで? オマエが探しているものは見つかったのか?」
「あの糞野郎の弱点、か。俺の知らない小娘とエルフのガキがいたが、ありゃ誰だ?」
どうやら、レイモンドは追放の件の腹いせにシヴィーに何かを仕掛けようとしている様子。これは聞き捨てならないものだと、レイラは息を潜めて聞こえてくる情報に意識を集中させた。
「エルフのガキは知らないが、その娘のことならちょっとばかしだが情報があるぜ? 買うか?」
「あぁ、金ならいくらで出す。いいから、早く教えてくれ」
「名前は確か、『リリー・マーティン』だったかな。オマエがギルドを追放される前に、広場での爆破事件があっただろ?」
「マスターが怪我人がいなくて幸いだったとか言ってたやつか」
シヴィーが解雇された当日に起こったリリーの爆破騒動。そこから、リリーに対しての情報が寄せられたのか。
レイラにとっては、既にシヴィーから説明された内容だった。
「その娘は、広場を爆破する前に骨董品屋で鍋とか買ったらしいんだ。んで、ドーン。その時に、娘を庇ったのがシヴィー・オルタスクってわけだ」
「なるほど。借金を肩代わりしたから、逃げれないように傍に置いているってことか」
「いや、冒険者から寄せられた情報だとどうやら教え子みたいだぞ? 無知で調合したことを反省して弟子入りでもしたんじゃないか?」
「調合師見習いってことか……くくく、こいつは使えるかもしれないなっ!」
顔が見えなくてもわかる、レイモンドの嫌悪にまみれた薄気味悪いにやけっ面。じっくりと話を聞かせてもらったレイラは、気配を消して立ち去ろうとした。だが、
「ッ!? っあ!」
──カラン、カンカン。
路地へと立て掛けられていた鉄の棒に足が当たってしまった。
「誰だ! っくそ、聞かれたからには殺すしかないな!」
ドタドタと近づいてくる足音。
焦るレイラは、仕方ないとばかりに右手を胸に、左手を開いて地面へと向ける。
「赤き爆風よ、我を包め……<爆風の衣>!」
突如として現れた赤き魔法陣から、黒煙を纏った赤き炎の風が吹きあがる。
「っち、魔法使いか!」
剣を片手に、どうするか悩んだレイモンド。だが、発動してしまった魔法相手に生身で立ち回ることはほぼ不可能。立ち止まった追っ手を確認したレイラは、魔法で出現した巻き上げる爆風から出ると、その場に設置。その隙に逃走を謀った。
高熱を帯びた炎の竜巻。
そして、熱気をまき散らす小さな竜巻の隙間から見えてしまった後ろ姿。
「……レイ、ラ? いや、まさか。そんなはずが……だが、あの赤い髪は……!」
応援ありがとうございます!
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