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5話「初めての呪文」
しおりを挟む日が、傾き始めた。
「もう、こんな時間か」
ミーチェは、顔を上げ窓の外を見つめた。
同じくしてニケも、顔を上げて外を見た。
「そろそろ、文字は覚えれたか?」
「んー。ある程度って、ところかな」
「ぎこちなくだが、読めるなら呪文のひとつや、ふたつ覚えておくがよい」
そう言い残しミーチェは、自分の部屋へと足を進める。
「師匠。俺、シロと水浴び行ってくるよ」
「わかった。くれぐれも、用心することだぞ。無理な戦闘は、避けるがよい」
「そんな、脳筋ばかでもあるまいし...まぁ、気をつけてくるよ」
さてと、水浴びに行く前に呪文を1個くらい、覚えておきたいな。
行く途中とかで、練習すればいいのだし。
「んー。これは、回復の呪文かな?」
ニケが今見ているのは、『水魔法の書』。
『水魔法の書』――水魔法系統の第一位階魔法から、第三位階魔法の呪文が書かれた魔道書。
「えーっと。呪文は、っと」
覚えたての、文字をぎこちなく読み上げるニケ。
「″我...水の...癒し、を求めるもの。汝、我が願いを...聞き届け、癒しを与えよ″」
ぎこちないが、呪文自体は読めるようだ。
「よし、これならできるかな」
シロに向かって、左手を構える。
人差し指を伸ばし、指先に意識を。
指先で、物に触れる感触...。
指先が、光りだした。
「綴る!″我、水の癒しを求めるもの。汝、我が願いを聞き届け、シロに癒しを与えよ”...ミストヒーリング!」
ニケの掛け声と共に、魔方陣が展開された。
魔方陣が光を帯び始め、霧のようなものを吹き出し始めた...!
すると、寝ていたシロの身体を包むかの様に、霧がシロを囲み始める。
青色の発色とともに、霧は消えていった。
「今のが、『ミストヒール』...」
『ミストヒール』――水属性第一位階魔法、癒しの霧を呼び出し対象の傷を、一定時間回復させる初級回復系統魔法。
回復系統魔法は、基本的に詠唱が長い。っと言うことを、『水魔法の書』を読んでわかった。
「詠唱に時間がかかるけど、一定時間効果が続くってのは、魅力的だよな」
ニケが『水魔法の書』を読みながら、独り言を言う姿をきょとん、とした顔で見つめるシロ。
実際何が起きたのか、わかっていないようだ。
「水魔法は、基本的に攻撃として使えないから。光魔法あたりから、攻撃魔法は覚えていこう」
そういいながらニケは、『光魔法の書』を開き始める。
『光魔法の書』――光魔法の第一位階魔法から、第三位階魔法の呪文が書かれた魔道書。
どこかに、いい魔法はないか探していると。
「これなんか、よさそうじゃないかな?」
というものの、部屋のなかで攻撃呪文なんてくりだしたら、ミーチェに殺される...。
しょうがない、これは外で練習しよう。
「シロ、外出るよ。ついておいで」
シロに同行するよう、命じた。
基本的に、召還獣は主人と一緒に行動するのがセオリーだと、ミーチェは言っていた。
玄関を出て、森に向かって指を構える。
「綴る!″我、光の力を求めるもの。射抜け、その光と共に″!。ライトニードル!」
魔方陣が展開され、魔法が発動した。
魔方陣から無数の光の矢が、木々に向かって放たれた。
「これが、光魔法...か、かっけぇ...」
初めて使う、攻撃魔法に大興奮のニケ。
シロは、ニケの使う魔法には興味がないようだ。
しばらくすると、木に刺さっていた光の矢は消えてしまった。
だが、刺さっていたであろう場所には、無数の穴が開いていた。
「これはまた、殺傷能力が高い呪文だな...」
魔法を使うには、詠唱、呪文、発動の3工程をやらなければならない。
その工程の中で、何者かによる呪文の中断や、体勢を崩すなどの、詠唱ができない状況になるかもしれない。
そうなれば当然、魔法は行使できないということになる。
「走りながら、詠唱とかできればいいんだけどな」
ニケの知っている、魔法使いとは、その場で立ち止まって詠唱をするものが、多かった。
だが逆に、歩きながら詠唱する者がいたのならば、走りながらでも詠唱できるのではないか?
「やってみる価値は、あるだろうな」
そういうとニケは、直筆詠唱の云々を思い出した。
「たしか、直筆詠唱は固定されたダメージ、大きさ、速度。って師匠がさっき、話してたな。となるとだ、俺の推測だが。イメージなどの構築は、不要なのではないか?」
直筆詠唱は、呪文を書き込むもの。
ならば、呪文詠唱と違い文字による魔法の発動。
すなわち、文字を書くことに意味があるのではないか。
「いっちょ、やってみますかぁ」
そういうとニケは、光魔法の書を開いた。
簡単で短い、呪文を探した。
これだ...!
呪文を頭に叩き込み、走り始めるニケ。
「綴る!″光よ我が元へ来たれ″フラッシュ!」
走りながら魔線で書いた呪文は、見事に発動した。
直後、爆音と共に光が、駆け抜ける。
光魔法第一位階魔法『フラッシュ』――目くらましの効果を持つ魔法。
「で...できちゃった...?」
するとミーチェが興味深そうに家から出てきた。
「ニケよ。今お主、走りながら直筆詠唱をしてたのか?」
「あぁ、ちょっと考えてな。書くのなら立ち止まって、じゃなくて動きながらでも、できるんじゃないかてさ。」
「驚いた。思いついて実行したら、できてしまったのか?」
「あぁ。できちまった...」
込み上げてくる達成感を抑えながら、ミーチェに向かって、ピースをするニケ。
「まさか、走りながらの詠唱が可能とは...。」
ミーチェは、眉を寄せた。
「私にも、できるやもしれんな」
そういうと、走り出すミーチェ。
だが、魔線が出ない。
「走りながらだと、やはり魔線が出ない...」
「なんで俺は、出たんだ?」
「わからぬ、それもお主が『黒髪』だからやもしれん」
やっぱ、この髪の色にはいろいろとありそうだ。
「さてと。俺は、シロと水浴びに行くよ」
「あぁ。わかった、続きは晩の席で聞こう」
「シロ、いくよ」
シロと共に、川のほうへと歩いていくニケを見つめながら、ミーチェは不安とその異能による才能に、恐怖を覚えていた。
「異能により、ここまで次元の違う魔法があるとは...。この先、利用されなければいいのだがな。」
静かに家へ、戻っていくミーチェ。
ニケは、まだその力の強大さに気づいてはいないようだった...。
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