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26話「シロの正体」
しおりを挟む夕日が山のほうへと沈んでいく。
ニケは、石をレインの墓の前におき名前を彫っていた。
「何をしておるのだ?」
「これがレイン兄の墓だって、名前を書いているのさ」
名前を書き終えるとニケは、立ち上がり合掌をした。
「なぜ、手を合わせるのだ?」
「俺のいた世界だと、こうやって死者に気持ちを送るんだよ」
そういうミーチェも合掌をした。
シロは、それを見て眼を瞑って下を向いた。
「さて、今日は村長の……いや、元村長の家に泊まるとしよう」
「そうだな、レイン兄。また明日な」
ニケは、墓にそうささやきかけると、ミーチェと共に家の中へと入っていた。
「シロ、外の警戒をお願いできる?」
シロは、小さく咆えると裏口の前でお座りをした。
裏口から入り、異変に気づく。
裏口へと、『何か』を引きずったあとがあったのだ。
血の跡が奥へと続いている。
「師匠。これって……」
「元村長の娘の死体が動いたか、何者かに持っていかれたか。だが何者かが入った痕跡がない」
「となると、あれが動いたって事か……?」
昼間に見た、下半身のない無残な死体を思い出す。
もしあれが動いたのだとしたら、いったいどこへ。
「まぁ。気味が悪いものがなくなって、いいじゃないか」
ミーチェは、そういいながら奥へと入っていく。
ニケも後に続いた。
「ふむ?何か違う気がするな」
「ん?血の跡以外は同じじゃないか???」
「違う、何かがない」
そういいながら、周りを見渡すミーチェ。
ニケから見ると何も変わっていないようだ。
「まぁよい。暖炉に火を付けようか」
そういいながら、奥にあった暖炉の上にある火打石を取るミーチェ。
カチン、カチンと何度も叩くが上手く火がつかない。
「俺に貸して」
上手く火をつけれないミーチェの代わりに、ニケが火打石を叩いた。
カチン、カチン、カチン。
何度めだろう、やっとの思いで火がついた。
「すまないな、私は疲れすぎのようだ。」
右手でおでこを抑えながら、ミーチェが言った。
余程疲れたのだろう。
ミーチェは、椅子に座ると机に顔をつけ、こちらを見てきた。
「ニケ。戦闘中にシロのことについて聞いてきたな」
「あぁ。シロがホワイトウルフじゃないってどういうことだ?」
「まず、どこから話せばいいのか」
ミーチェは、少し悩んでから切り出した。
「そうだな。まず、ホワイトウルフは障壁を出せない」
「あぁ、あの『吹雪の障壁』だろ?」
「そうだ。ホワイトウルフは魔法生物、つまり魔物ではないのだ」
「ウルフって狼だろ?そうなると、魔物じゃないってことだよな?」
「ウルフは、群れを成す肉食動物だ」
「でも、シロがホワイトウルフじゃないってどういうことだ?」
ニケは、そういいながらミーチェの向かいに座った。
どう説明すればいいのかわからないのか、ミーチェは頭を掻いていた。
「なんて言えばいいのか。お主は、シロがホワイトウルフじゃなくても大丈夫なのか?」
「シロはシロだ、何も変わらないし。もし、シロがホワイトウルフじゃなくても俺はどうとも思わない」
「それならばいいのだがな」
再度、頭を掻くミーチェ。
いったいどういうことなのかと、疑問を抱いたニケ。
「師匠。それは、俺に言いにくいことなのか?」
「違う、そうではないのだ」
「なら、言ってくれ」
「お主は、『神獣』というものを知っておるか?」
「確か、神々の獣だっけ?」
ミーチェの問いかけに、ニケは平然の事のように答えた。
その反応に、ミーチェはやれやれといった感じにため息をついた。
「よいか?『神獣』とは、その地方や山などを守る守り神のようなものだ」
「そ、そうなのか?」
またゲーム知識でものを言ってしまったと、ちょっと焦るニケ。
「そうだ、それでだな。シロは、『クルス山脈』と言う年中雪で覆われた山の守り神だ」
「え!?ど、どういうことだよ」
「シロの、正式名称はホワイトウルフなんかではない。吹雪を操るもの、『フェンリル』だ」
「フェンリル……」
どうやらシロは、雪山の守り神だったようだ。
だが、いつも愛犬のように扱っていたニケは、シロが神獣といわれてもそうとは思えなかった。
「シロ、犬じゃなくって?」
「ニケ……さすがにそれは、あはははは。あほな意見だ。シロが犬、くくくく。あはははは、あの大きさで犬?馬鹿者め……くくくく」
ニケの発言が余程珍回答だったらしくミーチェは笑い出した。
「な、なんだよ!俺、なんかへんな事言ったか!?」
「シロが犬……あははははは、おかしいだろ。ははははは」
ミーチェは、とうとうお腹を押さえながら笑い出した。
「あはははは」
大笑いするミーチェに、ニケは呆れた顔をしていた。
「すまない……くくく。すまない」
笑いながら謝罪するミーチェ。
それを見ながら、ニケは言った。
「本当に160歳なのか?」
「いきなり歳の話か。そうだ、私は160歳だぞ?」
「俺には13、4くらいの女の子にしか見えないぞ」
「ば、馬鹿にしてるのか!」
ミーチェは、顔を赤くしながら身を乗り出した。
「冗談だって、ごめんって」
「ふん。わかればいいのだわかれば」
ミーチェは、腕を組み膨れっ面で別の方向を見た。
「そんな拗ねないでよ、師匠」
だがミーチェは、こちらに見向きもしない。
だめだこりゃっと、降参のポーズをとるニケ。
「んで。シロがその、フェンリル?だったとしてなにかあるのか?」
「ふむ。特に問題というものはない。ただ、伝承などに残るフェンリルの本来の大きさは、10m~12mほどの巨体だ」
「え?そんなに大きくなるの、シロって」
「あぁ。なぜ小さいのかは、私にも正直わからん」
「師匠の見間違えとかじゃないのか?」
「それはないだろう、ホワイトウルフは『吹雪の障壁』や、『氷の咆哮』など使わぬ」
今までシロが、使っていたのはそういう名前だったのか。
「どちらとも魔法だ。それもかなり古い時代の」
「ん?それはどういうことだ?」
古い時代?なんの話だろうか
ニケは、ふと首を傾げた。
「シロが使っているのは、俗に言う『古代魔術』というものだ」
「『古代魔術』……」
「あぁ。前に話していた、地面に魔方陣を書く時代の魔法のことだ」
「そういえば、言ってたな。お絵かきしててやられるから、魔線に発達したって」
「そう、シロが魔法を使う時。足元に魔方陣が展開されているようなのだ」
「俺、そんなの見たことないぞ?」
今までの戦闘を思い出す。
だが、ニケの記憶にはシロが、魔方陣を展開するのを見た覚えがない。
「たぶん、シロは魔力で魔方陣を練っているのだ」
「魔力で魔方陣を練る?」
「うむ。お主は、魔線を用いて直筆詠唱を行なうだろう?」
「そうだな。だけど、それだと魔線みたいに見えるんじゃないのか?」
「魔力自体は、肉眼で見ることができないのだ」
「そうなのか?」
「お主は今、私から流れ出る魔力が見えるか」
そう言われ、ミーチェの周りをじーっと見つめるニケ。
「いや、見えない」
「普通の人間には、魔力が見えないのだ。ただ感じることはできる」
「そうだったのか……」
「まさか、この馬鹿者が神獣と契約するとはな」
そう言いながら、ニケを誇らしく思うミーチェだった。
「そろそろ、寝るとしよう」
「そうだな」
そういいながらミーチェは床に寝転がった。
ニケは少し離れ座り、壁に背中を預け目を閉じた。
こうして、異世界に来て3日目の夜は更けていくのだった……。
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