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71話「怒る師とさらわれた弟子と」
しおりを挟むデオドラとニケの騒ぎはすぐに村の噂となった。
錬金術を使う少年が冒険者の端くれ、デオドラと広場にて一戦を交えたと。その話がミーチェとアシュリーの耳に入ったのは、ニケが連れ去られてからすぐのことだった。
話を聞いて、涙を浮かべるアシュリーと怒りに肩を震わせるミーチェ。
「ニケのことだ、すぐにでも脱出して王都に向かうだろう」
ミーチェの一言に、アシュリーは顔を上げた。涙を浮かべたその目は、ニケに対しての信頼から来るものだろうか。窓の外から見える月を真っ直ぐと見据える、確信にも満ちたそんな目だった。
ミーチェは立ち上がると、窓際まで移動してアシュリーと同じく月を眺める。どうか無事でいてくれ……ミーチェはただただ願うのだった。
――目隠しをされ、何もすることができず馬車に放り込まれていた。目隠しによる暗闇に、たちまち恐怖を覚えた。どこに連れて行かれるのか、ニケの頭の中はそれでいっぱいだった。しばらくしてから馬車は走り出した。馬車が揺れ始めたことにより、ニケは移動を始めたことを察した。
これから、どこにつれていかれて、なにをされるのか。聞こえる声からは水の都がとうどか……。
馬車が走りはじめから、どれくらいがたっただろうか。
馬車が止まると男達の声は聞こえなくなり、静けさがニケの心に恐怖心を抱かせる。縛られている縄を解こうとするが、身体に力が入らない。心なしか魔力が全身に駆け回っていないようにも感じた。感じるのは身体の奥底から、押さえ込まれている感じの魔力が力なく感じるだけだった。
結局何もすることができず。ニケは、馬車が動き始めるのを待つのみだった……――
――馬車が動き出して、自分が寝ていたことにニケは気がついた。暗闇の中では昼夜がわからず、ただただ寝るか音に耳を寄せることしかでなかった。いつの間にか口に縄のような布のようなものが巻きつけられていて、喋ることすらできなくなっていた。ニケがおきてからどれくらい経っただろうか、再度馬車が止まり自分の横に誰かが来たのを感じた。
「無様な姿だなぁ」
デオドラだ。ニケをしゃがみこみながら眺めると、ニケのお腹に蹴りを入れた。
悶え苦しむニケを見ながら、デオドラは高らかに笑い馬車を後にした。
デオドラに対し、ニケはただただ殺意を抱くことしかできなかった。いつか殺してやるっと思うまでになっていた……――
――何日が経っただろうか、途中何度か口に巻きつけられていた物を外され食事を与えられた。回数で言えば3、4回程度だろう。パンと水しか与えられず、空腹をひたすら我慢する日々。寝ている間に衣類や装飾品を剥がされたようで、肌寒さを感じる。あとどれくらいこのままなのだろうか、ニケは恐怖よりも早く開放されたいと願うのだった。
自分の足元に転がる糞や尿のせいで気分が悪くなる。だが吐くこともできず、ニケはただただ耐えなければならなかった……――
――暗黒の世界のまま昼夜なども感じない世界で、ニケは考えることを辞めた。売れば金になるとデオドラは言った。ニケが考えるに、奴隷かモルモットにされるのだろう。それなら奴隷売り場などどこか大きなところで売られるに違いないと、ニケは考えたからだ。そこに行けば、脱出する可能性がでてくる。それまでは、何も考えず体力を温存しようと寝るのだった―――
――目が覚めてから、馬車が止まっていることに気がついた。足音が聞こえ、何人かの話声が聞こえた。ニケの身体を触り、「少し健康ではないな」と男は言った。それもそのはず、何せまともに食事をしたのは、ミーチェとアシュリーと一緒にナイル村で昼食を食べたのが最後だからだ。
「競売が始まる前に風呂にでもぶちこんどけ」
声の主はデオドラだった。流石に糞くさいのは御免のようだが、『競売』と言う言葉にニケは売られることを確信した。
馬車から降ろされ、持ち上げながらどこかに連れて行かれる。連れて行かれる時に、人々の声がした。人数は多く、ニケは自分がいるところが大きな町ではないかと推測した。
しばらく運ばれて、冷たい地面に叩きつけられた。地面ではなく、鉄の板だとすぐにわかった。ひんやりとしていて、舐めると鉄の味がしたからだ。ガシャンと言う音と共に、入り口が閉められた。
目隠しをされたままなので、檻の中なのか箱のようなところなのかもわからない。
ニケは、ただただ脱出の機会を待つのみだった……
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