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86話「動き出す者と啜る者と」
しおりを挟むニケたちの去った謁見の間にて、2人の男が話しをしていた。
「公爵殿、あの者を学園に入れるのは大丈夫なのでしょうか?」
「ん? それはどういうことかね? レイミスル伯爵殿」
「いえ、これは私の憶測なのですが。かの者を学園に受け入れた際、なにかしら問題行動を起こすのではっと思いまして」
「確かに。王へのあの態度、目に余るものではあるが……」
「そこで、私に考えがありまして」
レイミスル伯爵は、後ほど兵舎の近くでっと言い残すと、謁見の間を後にした。
ニケに対して、謁見の間にいた大臣ともいえよう側近達は、不安を抱えていた。
それもそのはず、王様への態度といい返事といい。
まず不安や反感を買うのは当たり前だろう。
兵舎の裏へと場所を移した、レイミスル伯爵。
彼は不気味に笑い出すと、独り言をブツブツと呟き始めた。
「これで、私のせいではなく公爵のせいにすれば……私の爵位は上がることだろう!」
よくある貴族の爵位争いだろう。
いつの時代、どんなところでも地位を争うことはおかしくない。
その後も、呟き続ける伯爵。
「ひとり盛り上がってるところ悪いのですが先ほどの話、私にも一口噛ませてもらえないだろうか?」
「……おやおや、ザウル男爵もご興味が?」
「いえ、私のような男爵風情がっと思いますでしょうが、爵位が欲しいのもまた事実。
このクウェンスウォート・ザウル、御身の力となりましょう。
なので爵位の件、一口噛ませていただけますでしょうか」
「ふむ。いいだろう、せいぜい役立つことですね」
2人が話をしているところに、先ほどの公爵が混ざってきた。
それから、どうするかについての話し合いがされていることを、ニケたちが知ることはなかった。
ニケは、屋敷のベットで横になっていた。
先ほど、ミーチェからシロを屋敷内でだすなといわれたからである。
相棒のいない時間は、どこか寂しく思えるのだろう。
「シロをだすなとか、師匠も人が悪いぜ……」
枕に顔をうずめながら、ニケはミーチェの悪口をいい続けていた。
何もすることのない時間。
ただただやることがなく、本を出すが読む気にもならないニケ。
そこへ、アシュリーが心配して部屋へとやってきた。
扉を控え目に叩き、顔を覗き込ませるアシュリー。
どことなく可愛い仕草に、ニケは少し頬を赤らめていた。
「ニケさん、お身体の具合はいかがですか?」
「え? あーいや、普通だけど?」
「そうですか? 先ほど少しやつれたと思いまして」
そういって、アシュリーはニケの手を持ち上げた。
ニケにとって、アシュリーは姉的な存在であり、旅仲間でもある。
だがニケは歳頃の男の子、やはり意識するものはあるのだろう。
暫く間、ニケはアシュリーの気が済むまで身体を触らせていた。
心配してくれているのだ、これくらいはいいだろう。っとニケは目を逸らしながら考えていた。
「大丈夫そうですね」
「だ、だから大丈夫だって!」
「無理はしないでくださいね?」
「あぁ、無理はしないさ」
「そう言って、いつも突っ走るじゃないですか」
溜め息交じりの言葉。
申し訳なさそうに、ニケは頭を掻いた。
生きること、仲間を守ること、ニケにとってミーチェもアシュリーも家族当然であり、守らなければならないと思えるのである。
落ち着く場所にきたからか、ニケの両目からは涙がこぼれていた。
「ど、どうかしたんですか?」
「……い、いや。俺さ、ここにくるまでいろんなことあったなって……」
「ニケさん……」
「コルックのときもそうさ、正直キメラ相手に勝てる気がしなかった……。
……負けると思ったけど、後ろでたたかってるみんなを守らないとって……。
デオドラとたたかったときもそうさ、人間だからって力抜いて、薬盛られてさらわれて」
今まで溜め込んだ思い。
涙を流しながら話すニケを、アシュリーは優しく抱き寄せた。
ニケの頭を優しく撫でる手。
その行為に我慢が限界を越えたのか、啜り泣きが号泣へと変わっていた。
部屋の中に響く泣き声。
そんな泣き声に、ミーチェは扉の傍で傷心していた。
聞きもしたくない弟子の不安や思い、その全てを盗み聞きしているようで居ても立ってもいられなくなったのか、ミーチェは部屋の中へと入っていく。
ニケはミーチェが入ってきたことに気づき、涙を抑えようとするが無駄だった。
そんなニケの頭を、ミーチェは撫でながら
「お主は悪くない、だが油断は禁物だ。
これから覚えてけばいい、それに無事だったことを今は喜ぶべきだ。
もう一度言おう、『おかえり』ニケ」
「し、師匠ぉぉぉぉぉ……ッ!!」
「わ、私に抱きつくでない!」
「ニケさんったら。やっぱミーチェさんが好きなんですね」
「アシュリー、そんなことを言ってないでこの馬鹿をどかしてくれ!」
「そんなことしたら、ニケさんがまた泣きますよ?」
「っう……それは困る」
ニケに抱きつかれることに、ミーチェは溜め息をこぼしつつ、その頭を撫でていた。
その顔は、嫌がるわけでもなくただ微笑んでいた。
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