6 / 16
嫉妬Side大貴
しおりを挟む
『天音ってリーダーとまだ続いてんのかなぁ…まぁ、あんなに素敵な人じゃ、既婚者でも惹かれちゃうわな。』
「え……」
頭が真っ白になる、というのはこういうことをいうのだろう。
その日、仕事が休みだった僕は、遅くなるという彼女を会社の近くで待っていた。
「天音」という耳慣れた言葉に、つい聞き耳を立て、その内容に愕然とした。
『隠してるけど、間違いないでしょ。』
『公私ともにパートナーってか。それが既婚者じゃなきゃ、応援するけどさぁ……』
『まぁ、あんだけ仕事もできてイケメンだしね…普通の女なら落ちるっしょ…』
冷水を浴びせられたように、心がしん、と冷える。音が、あたりから消えた。がくがくと指が震える。まさか。
「いやいやいやいや、ただの噂だし。」
落ち着こうと、水に手を伸ばし、ふと思い出す。
彼女と一緒にいるときに何度もかかってくる着信。彼女は出なくていい、と言ったけれど。あの時、見せた表情。何かを期待するような、切ない眼差し。僕には一度も向けられたことのない、あの顔。
「深谷さん?」
怪訝そうに天音さんが首をかしげる。
「あ、いや…ごめん…」
ふと、その机の上の携帯が点灯しているのに、気が付いて、昏い気持ちがこみ上げる。
「電話、出たら?」
「ううん……いいの」
「そう」
平然を装いながら、その実、僕は嫉妬で狂いだしそうだった。
彼女は何を思って僕と付き合っているのだろう。少しでも、僕に惹かれているから?否。悲しいけれど、それまでの彼女の態度で、答えは明白だった。
「あ、天音さん!」
別れ際、思わず、その腕をつかんだ。体の温度が上がる。
もし、君が他の誰かを想っていたとして。――それでも、少しでも、僕のことも想ってくれる?そう、信じてもいい?
鼓動が高まる。上ずった声で彼女の名を呼び、肩をつかむ。
「ふ、かや、さ…」
お願いだ、お願いだから……。
その柔らかな唇に触れようと顔を寄せ、けれど、吐息がふれる瞬間、彼女は腕を突っ張った。近くて、埋められないその距離に、切ない懇願は簡単に打ち砕かれたのだと知る。
「やだな、もう、こういうのは、もっとムードのある時に…」
「……ごめん。」
心がどうしようもなく、凍っていく。
分かっていた、はずだったけれど。
君は、僕のことなんて、何とも…。だけど、彼女を詰問することも、彼女と別れる選択をすることも僕にはできなかった。だって、それでもいいから、天音さんの傍にいたかった。そう言ったら君は笑うだろうか。
***
「キス、しよ」
付き合って1か月ごろのことだっただろうか。挑むように彼女は言った。
普段理知的な彼女が、こうして時折何もかもどうでもいいという様に、自分を差し出そうとする時があった。その荒んだ瞳に、心が揺さぶられる。
それは多分、僕の知らない「彼」と何かがあった時で。その誘惑が、僕を求めてのことじゃないことなんて、僕にだって分かる。それなのに。
「――恋人同士なんだし、キスぐらいしたっていいじゃない。」
何故、僕は、挑発するようにこちらを睨みつける彼女を、拒めないのだろう。
「いいの…?本当にするよ?」
声がかすれる。のどが渇いて仕方がなかった。見えない男への嫉妬は、僕の中で膨らむ一方で、どうしようも苦しくなった。
君が僕を求めるのは、結局、「彼」のことがあった時なんだね。そんなの間違っている。頭の片隅では分かっていた。でも、それでも、僕は、僕は、君が欲しい…。
「だから、いいって」
しつこく確認する僕に、少し苛立ち始めた天音さんを押さえつけ、僕は噛みつくようなキスをした。
初めて触れる天音さんの唇は柔らかくて、気持ちがよかった。その熱に、体中が溶けてしまうような錯覚を覚える。途中、驚いて、身を引こうとした天音さんの腰を強く抱き、僕はその唇を味わい尽くす。
濃厚な口づけを交わした後、離れがたくて、僕はついばむようなキスを何度かし、ようやく彼女を離すことができた。
「天音さん、好き、大好き…」
「…………大貴君。ちょ、キャラ、違いすぎじゃないの……」
真っ赤な顔で狼狽える彼女が、初めて僕を見てくれた気がして、口元が緩む。僕に対してはいつもどこか余裕のある彼女の、こんな表情、それまで僕は見たことがなかったから。
僕のことを意識してくれているって自惚れても、いいのかな――。
自暴自棄からでもいい。少しずつ僕を求めてくれるようになったらいい。だって、こんなに勝手な天音さんをどうしたって、僕は嫌いになれないのだから。
「……もう一回していい?」
「……だめ。」
ちょっと油断した、とぶつぶつとつぶやく彼女が愛おしすぎて、僕は嬉しくなる。
「ちょ、大貴くん!?」
「いいじゃない、キスはしてないよ。」
ぎゅっとその細い体を抱きしめて、僕は幸せな気持ちになった。
***
それから天音さんは、少しずつ僕に違う表情を見せてくれるようになった。
すねた顔、怒った顔、困った顔、照れた顔――。
それはカフェでずっと見ていた張り詰めたしかめっ面より、ずっと可愛くて。多分、これが彼女の素なんだろうなって思うと嬉しくなった。まだ彼女は時々切ない表情を見せるけれど、そんなの塗り替えてしまうぐらい、もっと、笑って欲しいし、笑わせたい。
「あ、大貴君、また髪はねてるよ。」
「ごめん、最近、ちょっと忙しくて」
広告代理店につとめる彼女は、おしゃれには敏感らしく、時々こうして怒られた。
「大丈夫?無理してない?なんなら、今日はもう帰っても…」
「ううん、天音さんと一緒にいたいから。」
「ほんとにもう…」
仕方がないなぁ、と言いながら、彼女はいつも僕の傍にいてくれた。
それまで感じていた壁が少しずつなくなっていくのが、僕は嬉しくて浮かれていた。だから、彼女が望むまで、恋人のその先を求めるのはやめようって、そう、決めていたんだ。
***
「ほ、ホテル!?」
声がひっくり返ってしまったのは仕方がない。
「何もおかしいことないでしょ、付き合ってるんだから」
「で、でも…」
あれから君は一度も口づけのその先をさせてくれていないのに。それはまだ君の中に、「彼」がいるということで…。言葉にできない感情に、混乱する。
「いいから!」
押し切られるように中に入れられたものの、僕は逡巡した。
このまま彼女のやけに付き合っていいものか。
目の前に広がるダブルベッドに、眩暈がする。なんか、いい匂いもする。薄暗い照明に照らされる白い体、誘う様に濡れた唇。体中の温度が上がる。その頬に、唇に、肌に、触れたい、けれど。
「……天音さん、やっぱり帰ろう?」
「なんでよ」
完全に彼女の眼は座っていた。
僕はどう伝えるか悩んで、結局それを口にした。
「天音さんは僕のこと、好きじゃないでしょ?」
「そんなこと…!」
天音さんは僕の言葉を遮ろうとしたが、ついでばつが悪そうに視線を逸らす。そのしぐさひとつで彼女の気持ちが見えて、落胆する。
少しは、僕のこと、思ってくれるようになったと思っていたけれど。
「こういうの、急ぐ必要はないって僕はそう思うよ。だから、今日は…。」
「っ、意気地なし!!私がいいって言ってるのに!!」
「天音、さん……」
天音さんは何を苛立っているのか、感情のままに言葉をぶつけてきた。そのどれも、平常心からきているものではないと、わかりつつ、心がじくじくと痛む。
「ねぇ、天音さん、もう、帰ろうよ、ね?」
「――大貴君なんて、大嫌い!大貴君こそ、私のことなんて好きじゃないんでしょ。だから、抱けないんだ。そうじゃなきゃ……」
―――好きじゃ、ない?そんなわけあるか。他の男を思う君を、こんなに、こんなにも焦がれるほどに、愛おしく思っているというのに。
「っ……」
そこで、ぷちんと、理性が切れた。
「分かった、じゃあ、しよう。」
その褥に彼女の体を押し付けて、僕は震える体を組み敷いた。
好きだよ。どうしようもなく。今も、他の男を想って僕に抱かれようとする君を、滅茶苦茶にして、僕の方を向かせてやりたい。
「っ、ん、……ちゅ……」
抵抗されるのが怖くて、その手を拘束して、その体に体重をかけて動きを封じた。欲しい、欲しいんだよ、天音さん。君が、そうやって、僕を挑発する度、僕は……。
「ん……だい…っ…」
苦しそうに喘ぐ声で我に返った。
そのまま、ことを進めてしまいたい情欲を押さえつけ、僕は彼女の拘束を解く。
「先にシャワー浴びてくるよ。――もう、逃げないでね。」
「………」
返事はなかった。
***
予想通り、というか、なんというか、空っぽの部屋を見て、僕は脱力した。むしろ、彼女がここにいなかったことに、どこか安堵してしまったぐらいだ。
「まぁ、仕方がないか。」
『ごめん、頭冷やします。天音』
デスクには少し震えた文字で書かれたメモが置いてあった。滲んだ文字の様子から彼女が泣いていた跡が分かって、僕はベッドに倒れ込んだ。
泣かせるつもりなんてなかったのに。
ベッドにはさっき押し付けた天音さんの香りが残っていて、僕を切なくさせた。
「天音、さん……」
あのまま、彼女を抱いていたら、多分滅茶苦茶にしていた。それは僕の望むところではない。体に溜まった熱は僕を苛んだけれど、それでもいつまでだって、彼女が僕を求めてくれるまでは待ちたい。そうでなければ、僕は永遠に、見えない「彼」に負けたままになってしまうと思うから。
けれど。
***
「……っ、天音さん?天音さん!!」
その日から、電話をしても、ラインをしても連絡がつかなくなった。
あの時、僕が急ぎ過ぎたから?どうして……。
頭をよぎるのはあの日のことだけ。
幾夜も眠れない日を過ごした2週間後、彼女から連絡がきた。久しぶりの電話に僕は慌てて携帯をスライドさせた。
「天音さん…?」
『………』
「天音さん?黙ってたら分からないよ……お願いだから、何か言ってよ…。」
『…大貴くん…ごめん、別れよう?』
「どうして……」
頭を殴られたような衝撃に、僕は黙りこんだ。
『私、色々勝手だったなって。振り回して、ごめん…。』
「そんなの、いいよ、僕はそれでもいいんだ。だから……」
『ほんと、優しいね…。でも、私が駄目なの。ごめんなさい……』
それだけで電話はきれた。
どうしていいか分からず、残された僕はただただ茫然とした。
その日、すごく天気のいい日だった。
「え……」
頭が真っ白になる、というのはこういうことをいうのだろう。
その日、仕事が休みだった僕は、遅くなるという彼女を会社の近くで待っていた。
「天音」という耳慣れた言葉に、つい聞き耳を立て、その内容に愕然とした。
『隠してるけど、間違いないでしょ。』
『公私ともにパートナーってか。それが既婚者じゃなきゃ、応援するけどさぁ……』
『まぁ、あんだけ仕事もできてイケメンだしね…普通の女なら落ちるっしょ…』
冷水を浴びせられたように、心がしん、と冷える。音が、あたりから消えた。がくがくと指が震える。まさか。
「いやいやいやいや、ただの噂だし。」
落ち着こうと、水に手を伸ばし、ふと思い出す。
彼女と一緒にいるときに何度もかかってくる着信。彼女は出なくていい、と言ったけれど。あの時、見せた表情。何かを期待するような、切ない眼差し。僕には一度も向けられたことのない、あの顔。
「深谷さん?」
怪訝そうに天音さんが首をかしげる。
「あ、いや…ごめん…」
ふと、その机の上の携帯が点灯しているのに、気が付いて、昏い気持ちがこみ上げる。
「電話、出たら?」
「ううん……いいの」
「そう」
平然を装いながら、その実、僕は嫉妬で狂いだしそうだった。
彼女は何を思って僕と付き合っているのだろう。少しでも、僕に惹かれているから?否。悲しいけれど、それまでの彼女の態度で、答えは明白だった。
「あ、天音さん!」
別れ際、思わず、その腕をつかんだ。体の温度が上がる。
もし、君が他の誰かを想っていたとして。――それでも、少しでも、僕のことも想ってくれる?そう、信じてもいい?
鼓動が高まる。上ずった声で彼女の名を呼び、肩をつかむ。
「ふ、かや、さ…」
お願いだ、お願いだから……。
その柔らかな唇に触れようと顔を寄せ、けれど、吐息がふれる瞬間、彼女は腕を突っ張った。近くて、埋められないその距離に、切ない懇願は簡単に打ち砕かれたのだと知る。
「やだな、もう、こういうのは、もっとムードのある時に…」
「……ごめん。」
心がどうしようもなく、凍っていく。
分かっていた、はずだったけれど。
君は、僕のことなんて、何とも…。だけど、彼女を詰問することも、彼女と別れる選択をすることも僕にはできなかった。だって、それでもいいから、天音さんの傍にいたかった。そう言ったら君は笑うだろうか。
***
「キス、しよ」
付き合って1か月ごろのことだっただろうか。挑むように彼女は言った。
普段理知的な彼女が、こうして時折何もかもどうでもいいという様に、自分を差し出そうとする時があった。その荒んだ瞳に、心が揺さぶられる。
それは多分、僕の知らない「彼」と何かがあった時で。その誘惑が、僕を求めてのことじゃないことなんて、僕にだって分かる。それなのに。
「――恋人同士なんだし、キスぐらいしたっていいじゃない。」
何故、僕は、挑発するようにこちらを睨みつける彼女を、拒めないのだろう。
「いいの…?本当にするよ?」
声がかすれる。のどが渇いて仕方がなかった。見えない男への嫉妬は、僕の中で膨らむ一方で、どうしようも苦しくなった。
君が僕を求めるのは、結局、「彼」のことがあった時なんだね。そんなの間違っている。頭の片隅では分かっていた。でも、それでも、僕は、僕は、君が欲しい…。
「だから、いいって」
しつこく確認する僕に、少し苛立ち始めた天音さんを押さえつけ、僕は噛みつくようなキスをした。
初めて触れる天音さんの唇は柔らかくて、気持ちがよかった。その熱に、体中が溶けてしまうような錯覚を覚える。途中、驚いて、身を引こうとした天音さんの腰を強く抱き、僕はその唇を味わい尽くす。
濃厚な口づけを交わした後、離れがたくて、僕はついばむようなキスを何度かし、ようやく彼女を離すことができた。
「天音さん、好き、大好き…」
「…………大貴君。ちょ、キャラ、違いすぎじゃないの……」
真っ赤な顔で狼狽える彼女が、初めて僕を見てくれた気がして、口元が緩む。僕に対してはいつもどこか余裕のある彼女の、こんな表情、それまで僕は見たことがなかったから。
僕のことを意識してくれているって自惚れても、いいのかな――。
自暴自棄からでもいい。少しずつ僕を求めてくれるようになったらいい。だって、こんなに勝手な天音さんをどうしたって、僕は嫌いになれないのだから。
「……もう一回していい?」
「……だめ。」
ちょっと油断した、とぶつぶつとつぶやく彼女が愛おしすぎて、僕は嬉しくなる。
「ちょ、大貴くん!?」
「いいじゃない、キスはしてないよ。」
ぎゅっとその細い体を抱きしめて、僕は幸せな気持ちになった。
***
それから天音さんは、少しずつ僕に違う表情を見せてくれるようになった。
すねた顔、怒った顔、困った顔、照れた顔――。
それはカフェでずっと見ていた張り詰めたしかめっ面より、ずっと可愛くて。多分、これが彼女の素なんだろうなって思うと嬉しくなった。まだ彼女は時々切ない表情を見せるけれど、そんなの塗り替えてしまうぐらい、もっと、笑って欲しいし、笑わせたい。
「あ、大貴君、また髪はねてるよ。」
「ごめん、最近、ちょっと忙しくて」
広告代理店につとめる彼女は、おしゃれには敏感らしく、時々こうして怒られた。
「大丈夫?無理してない?なんなら、今日はもう帰っても…」
「ううん、天音さんと一緒にいたいから。」
「ほんとにもう…」
仕方がないなぁ、と言いながら、彼女はいつも僕の傍にいてくれた。
それまで感じていた壁が少しずつなくなっていくのが、僕は嬉しくて浮かれていた。だから、彼女が望むまで、恋人のその先を求めるのはやめようって、そう、決めていたんだ。
***
「ほ、ホテル!?」
声がひっくり返ってしまったのは仕方がない。
「何もおかしいことないでしょ、付き合ってるんだから」
「で、でも…」
あれから君は一度も口づけのその先をさせてくれていないのに。それはまだ君の中に、「彼」がいるということで…。言葉にできない感情に、混乱する。
「いいから!」
押し切られるように中に入れられたものの、僕は逡巡した。
このまま彼女のやけに付き合っていいものか。
目の前に広がるダブルベッドに、眩暈がする。なんか、いい匂いもする。薄暗い照明に照らされる白い体、誘う様に濡れた唇。体中の温度が上がる。その頬に、唇に、肌に、触れたい、けれど。
「……天音さん、やっぱり帰ろう?」
「なんでよ」
完全に彼女の眼は座っていた。
僕はどう伝えるか悩んで、結局それを口にした。
「天音さんは僕のこと、好きじゃないでしょ?」
「そんなこと…!」
天音さんは僕の言葉を遮ろうとしたが、ついでばつが悪そうに視線を逸らす。そのしぐさひとつで彼女の気持ちが見えて、落胆する。
少しは、僕のこと、思ってくれるようになったと思っていたけれど。
「こういうの、急ぐ必要はないって僕はそう思うよ。だから、今日は…。」
「っ、意気地なし!!私がいいって言ってるのに!!」
「天音、さん……」
天音さんは何を苛立っているのか、感情のままに言葉をぶつけてきた。そのどれも、平常心からきているものではないと、わかりつつ、心がじくじくと痛む。
「ねぇ、天音さん、もう、帰ろうよ、ね?」
「――大貴君なんて、大嫌い!大貴君こそ、私のことなんて好きじゃないんでしょ。だから、抱けないんだ。そうじゃなきゃ……」
―――好きじゃ、ない?そんなわけあるか。他の男を思う君を、こんなに、こんなにも焦がれるほどに、愛おしく思っているというのに。
「っ……」
そこで、ぷちんと、理性が切れた。
「分かった、じゃあ、しよう。」
その褥に彼女の体を押し付けて、僕は震える体を組み敷いた。
好きだよ。どうしようもなく。今も、他の男を想って僕に抱かれようとする君を、滅茶苦茶にして、僕の方を向かせてやりたい。
「っ、ん、……ちゅ……」
抵抗されるのが怖くて、その手を拘束して、その体に体重をかけて動きを封じた。欲しい、欲しいんだよ、天音さん。君が、そうやって、僕を挑発する度、僕は……。
「ん……だい…っ…」
苦しそうに喘ぐ声で我に返った。
そのまま、ことを進めてしまいたい情欲を押さえつけ、僕は彼女の拘束を解く。
「先にシャワー浴びてくるよ。――もう、逃げないでね。」
「………」
返事はなかった。
***
予想通り、というか、なんというか、空っぽの部屋を見て、僕は脱力した。むしろ、彼女がここにいなかったことに、どこか安堵してしまったぐらいだ。
「まぁ、仕方がないか。」
『ごめん、頭冷やします。天音』
デスクには少し震えた文字で書かれたメモが置いてあった。滲んだ文字の様子から彼女が泣いていた跡が分かって、僕はベッドに倒れ込んだ。
泣かせるつもりなんてなかったのに。
ベッドにはさっき押し付けた天音さんの香りが残っていて、僕を切なくさせた。
「天音、さん……」
あのまま、彼女を抱いていたら、多分滅茶苦茶にしていた。それは僕の望むところではない。体に溜まった熱は僕を苛んだけれど、それでもいつまでだって、彼女が僕を求めてくれるまでは待ちたい。そうでなければ、僕は永遠に、見えない「彼」に負けたままになってしまうと思うから。
けれど。
***
「……っ、天音さん?天音さん!!」
その日から、電話をしても、ラインをしても連絡がつかなくなった。
あの時、僕が急ぎ過ぎたから?どうして……。
頭をよぎるのはあの日のことだけ。
幾夜も眠れない日を過ごした2週間後、彼女から連絡がきた。久しぶりの電話に僕は慌てて携帯をスライドさせた。
「天音さん…?」
『………』
「天音さん?黙ってたら分からないよ……お願いだから、何か言ってよ…。」
『…大貴くん…ごめん、別れよう?』
「どうして……」
頭を殴られたような衝撃に、僕は黙りこんだ。
『私、色々勝手だったなって。振り回して、ごめん…。』
「そんなの、いいよ、僕はそれでもいいんだ。だから……」
『ほんと、優しいね…。でも、私が駄目なの。ごめんなさい……』
それだけで電話はきれた。
どうしていいか分からず、残された僕はただただ茫然とした。
その日、すごく天気のいい日だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
最強魔術師の歪んだ初恋
黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。
けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる