恋と呼べるまで

ななし

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決心Side天音

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 あの日置いてきたものは何だったのだろう。

 全てをやり直ししたくて、仕事を変え、家を変え、大貴君とも一方的に別れた。連絡先はごく一部の親しい友人を除いてすべて削除した。私を知らない場所で、とにかく一人になりたかったのだと思う。自分のことしか見えていなかった。それでいいと思っていた。

 付き合っていたあの頃、彼は単純な人だと思っていた。裏表なく、純粋で、彼女の気ままな我儘にも付き合ってくれる、ただの優しい人。
 
 けれど、それは間違いだった。
 
 強すぎる眼差しが脳裏に焼き付いて離れない。
 
『知ってましたよ、あなたが他の男を忘れるために僕と付き合っていたこと。』

本当の意味で彼が私に感情を吐露することなど、ほとんどなかったのだと知った。単純だと思っていたその胸の内で彼は、一体何を思っていたのだろう。

『いつか、僕のことをあなたが、見てくれる日がくればそれでいいと、』

どこが、ただの優しい人?とんでもなく、優しい人。
 
 その優しさに甘えて、すがりついて、壊した。
 
 あの日少し強引に触れた唇も、けれど、結局は私の涙を見て、それ以上はことを進めようとしなかった。それどころか、私の息が整うのを待つと、駅まで手を引いてくれた。私のこと、恨んでいるはずなのに。変わらない。春の日差しのような人。
 
 触れた唇のぬくもりはまだ残っている。体の奥に眠る感情を揺さぶるような、深い口づけ。唇がふれたあの瞬間、確かに私は、その触れ合いを愛おしいと思ってしまった。初めて触れた時からそう、彼の心はいつだって真っ直ぐに自分に向かっていた。
 
 また胸が苦しくなる。
 
 今更すべてを話しても彼を傷つけるだけだ。だから、全てを話さないことが正しいと思い込んでいた。けれど、その選択が彼を傷つけていたのだとしたら、私はあの日に決着をつけるべきなのかもしれない。
 
 呼び鈴を押す手がわずかに震えた。
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