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番外編
Christmas side天音
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「クリスマス、どうしようか?」
テレビを見ながらのほほんとした声で大貴君が言った。
「天音さん忙しいだろうし、年末のお休みに入ってから、お仕事お疲れ様会もかねて美味しいもの食べに行こうか。」
年末年始は印刷所が休みに入るため、毎年この時期は土日にまで作業が及ぶ。無意識のうちに難しい顔をしていたのを、大貴君は察したのだろうと思う。
「いやいやいやいや、待って。調整すれば少しぐらいは会える時間も作れるかもしれないし…ちょっと時間を頂戴。」
私は慌てた。付き合い始めて半年。でもまだ彼と距離がある気がしている。それは多分、彼が私に見せてくれる気遣い。本当はたくさん傷つけた分、わがままを言って欲しいし、大事にしたい。でも、肝心なところで大貴君は本音を言ってくれない。私に嫌われないように、嫌な思いをさせないように。それが時々ひどく歯がゆい。
「……ほんとに、無理しなくて大丈夫なんだよ?」
こないだだって家につくなり倒れるように寝ちゃってたし…困ったように眉を下げる姿に、大貴君は私と会いたくないの、と口にしそうになってぐっとこらえる。こんなの余計気を使わせてしまうだけだ。
「大丈夫……多分。」
尻すぼみになった語尾に大貴君は始終不安そうな表情をしていた。
***
「なんで、こうなるの……」
調整は完ぺきだったはず。方々の関係者に今までのコネを総動員し、自分がいない後の段取り根回しもぬかりなかったはずだ。それなのに。
絶望的な思いで私は膨大な仕事の山を見つめた。
「天音さん、すみません……」
泣きそうな顔で謝る後輩に怒りを向けてしまわぬよう、一瞬瞑目する。
「………とりあえず、謝るのはあと。印刷所が待ってくれるのは、23時までよ。悪いと思ってるなら、死ぬ気で仕上げて。」
「はい…!」
ちらりと時計を見る。大貴くんとの約束の時間は、少し過ぎていた。
***
『………あ、天音さん?大丈夫?』
電話越しに聞く優しい声に、涙がにじみそうになる。
「ごめん」
かすめるような小さな声で一言。けれど、多分それだけで彼は察してしまう。
『うん、仕方がないね。』
ほらみたことか、なんて大貴くんは絶対に言わない。
『大丈夫だよ、お仕事頑張って』
ほら、また困ったように笑うだけなんだ。ごめん以外の何か言葉を伝えたくて、だけど何も出てこなくて、私は電話を切れず沈黙した。
『……どうしたの?』
「………」
「天音さん!」
後ろから聞こえた後輩の切羽詰まった声に我に返る。
『僕は大丈夫だから。ほら、君を待ってるよ。』
「あ…」
『また落ち着いたら連絡して。いつでも待ってるから。』
待って、っていう間もなく電話は切れてしまった。多分、私から切れないことをわかっていて自分から切ったんだ。そういう優しいとこが、全部、今の私には刺さる。
だけど、頑張ってって言ってくれた大貴くんの手前、ここで弱音を吐くわけにはいかない。はぁっと息をついて私は後輩に向き直った。
***
終電をとうに過ぎてタクシーを使って、家まで戻ってきた私は、とぼとぼとアパートの階段を上る。本当は大貴くんとの約束もなくなったし、会社に泊まろうかとも思ったが、一人になりたくて、結局家に帰ることにした。
ふと、顔を上げ、天窓から自分の部屋に灯りがついているのに気が付いて、まさか、と思う。半信半疑のまま、扉を開けると、のんびりした声でおかえり、と大貴くんが迎えてくれた。
「お疲れ様、大変だったね。」
「……どうして。」
「うん……疲れてるのにごめん、、会いたかった、から。その、ラインも入れたんだけど。」
ちょっと気まずそうに頭を掻く大貴くんに涙が止まらなくなった。
「え………泣いてる!?ごめん、え、、嘘、どうしよう。そんなに迷惑だった?」
慌ててポケットティッシュをカバンから取り出して、私に押し付けると、おろおろと大貴君は落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「ごめんね……いい彼女になれなくて、ごめん。」
なんだ、そんなこと、と大貴君は笑った。
「そんなの、大丈夫だよ。だから…その、泣かないで。」
困ったように大貴君は手で私の涙をぬぐう。その手を私は強くつかんだ。
「またそうやって嘘をつく!もっと本音を言ってほしいんだよ、我儘言ってよ、傷ついたときはそう言って。哀しい時もさみしい時もちゃんと伝えてよ。私だって守られるばっかじゃなくて、大貴君のこと大事にしたいんだよ……。」
めちゃくちゃだ。自分が約束を破ったくせに、優しい彼に八つ当たりをしている。息を切らせながら、涙でぐちゃぐちゃになった顔を自分で拭う。
「………じゃあ、本音、言っていい?」
言えと口にしたのは自分なのに、彼の本音を聞くのが怖くてびくっと体がすくんだ。
「ほんとはすごく、すごく寂しかったよ。会えないって最初から分かっていれば期待もしないで済むのに、天音さんってば大丈夫って明らかに無理した顔で言うし。……会えるかもって思ったらもう、我慢なんてできなくなる。そういうとこ、結構残酷だと思うよ。」
「ごめ…」
謝ろうとした私の体をそっと大貴君は引き寄せた。
「でも、さ。天音さんが無理してでも会いたいって思ってくれたんだな、って思ったらどうでもよくなった。だって会えたし、ね。」
「……ごめん。」
「もう、謝らないで。僕、結構どうしよもないレベルで天音さんが好き。だから多分、何されても嫌いになんてなれないよ。」
「また、そうやって私のこと甘やかす……」
恨み言をぽつりとつぶやくと、大貴君は落とすように笑った。
「いいじゃない、僕、天音さんを甘やかすの好きだよ?」
「でも…」
私だって大貴君のこと大事にしたいのに。
「じゃあ、少し我儘言わせて。」
「何?」
「明日も仕事だってわかってるけど、あと少しだけ。こうやっていてもいい?」
「………もちろんだよ。」
大貴君の背に手をまわし、私はぎゅっと力を込めた。大好き、という思いが伝わるように。
約束のレストランも、イルミネーションも全部だめになった。さんざんなクリスマス。だけど、彼がいてくれるだけで、それは特別な日に思えた。
テレビを見ながらのほほんとした声で大貴君が言った。
「天音さん忙しいだろうし、年末のお休みに入ってから、お仕事お疲れ様会もかねて美味しいもの食べに行こうか。」
年末年始は印刷所が休みに入るため、毎年この時期は土日にまで作業が及ぶ。無意識のうちに難しい顔をしていたのを、大貴君は察したのだろうと思う。
「いやいやいやいや、待って。調整すれば少しぐらいは会える時間も作れるかもしれないし…ちょっと時間を頂戴。」
私は慌てた。付き合い始めて半年。でもまだ彼と距離がある気がしている。それは多分、彼が私に見せてくれる気遣い。本当はたくさん傷つけた分、わがままを言って欲しいし、大事にしたい。でも、肝心なところで大貴君は本音を言ってくれない。私に嫌われないように、嫌な思いをさせないように。それが時々ひどく歯がゆい。
「……ほんとに、無理しなくて大丈夫なんだよ?」
こないだだって家につくなり倒れるように寝ちゃってたし…困ったように眉を下げる姿に、大貴君は私と会いたくないの、と口にしそうになってぐっとこらえる。こんなの余計気を使わせてしまうだけだ。
「大丈夫……多分。」
尻すぼみになった語尾に大貴君は始終不安そうな表情をしていた。
***
「なんで、こうなるの……」
調整は完ぺきだったはず。方々の関係者に今までのコネを総動員し、自分がいない後の段取り根回しもぬかりなかったはずだ。それなのに。
絶望的な思いで私は膨大な仕事の山を見つめた。
「天音さん、すみません……」
泣きそうな顔で謝る後輩に怒りを向けてしまわぬよう、一瞬瞑目する。
「………とりあえず、謝るのはあと。印刷所が待ってくれるのは、23時までよ。悪いと思ってるなら、死ぬ気で仕上げて。」
「はい…!」
ちらりと時計を見る。大貴くんとの約束の時間は、少し過ぎていた。
***
『………あ、天音さん?大丈夫?』
電話越しに聞く優しい声に、涙がにじみそうになる。
「ごめん」
かすめるような小さな声で一言。けれど、多分それだけで彼は察してしまう。
『うん、仕方がないね。』
ほらみたことか、なんて大貴くんは絶対に言わない。
『大丈夫だよ、お仕事頑張って』
ほら、また困ったように笑うだけなんだ。ごめん以外の何か言葉を伝えたくて、だけど何も出てこなくて、私は電話を切れず沈黙した。
『……どうしたの?』
「………」
「天音さん!」
後ろから聞こえた後輩の切羽詰まった声に我に返る。
『僕は大丈夫だから。ほら、君を待ってるよ。』
「あ…」
『また落ち着いたら連絡して。いつでも待ってるから。』
待って、っていう間もなく電話は切れてしまった。多分、私から切れないことをわかっていて自分から切ったんだ。そういう優しいとこが、全部、今の私には刺さる。
だけど、頑張ってって言ってくれた大貴くんの手前、ここで弱音を吐くわけにはいかない。はぁっと息をついて私は後輩に向き直った。
***
終電をとうに過ぎてタクシーを使って、家まで戻ってきた私は、とぼとぼとアパートの階段を上る。本当は大貴くんとの約束もなくなったし、会社に泊まろうかとも思ったが、一人になりたくて、結局家に帰ることにした。
ふと、顔を上げ、天窓から自分の部屋に灯りがついているのに気が付いて、まさか、と思う。半信半疑のまま、扉を開けると、のんびりした声でおかえり、と大貴くんが迎えてくれた。
「お疲れ様、大変だったね。」
「……どうして。」
「うん……疲れてるのにごめん、、会いたかった、から。その、ラインも入れたんだけど。」
ちょっと気まずそうに頭を掻く大貴くんに涙が止まらなくなった。
「え………泣いてる!?ごめん、え、、嘘、どうしよう。そんなに迷惑だった?」
慌ててポケットティッシュをカバンから取り出して、私に押し付けると、おろおろと大貴君は落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「ごめんね……いい彼女になれなくて、ごめん。」
なんだ、そんなこと、と大貴君は笑った。
「そんなの、大丈夫だよ。だから…その、泣かないで。」
困ったように大貴君は手で私の涙をぬぐう。その手を私は強くつかんだ。
「またそうやって嘘をつく!もっと本音を言ってほしいんだよ、我儘言ってよ、傷ついたときはそう言って。哀しい時もさみしい時もちゃんと伝えてよ。私だって守られるばっかじゃなくて、大貴君のこと大事にしたいんだよ……。」
めちゃくちゃだ。自分が約束を破ったくせに、優しい彼に八つ当たりをしている。息を切らせながら、涙でぐちゃぐちゃになった顔を自分で拭う。
「………じゃあ、本音、言っていい?」
言えと口にしたのは自分なのに、彼の本音を聞くのが怖くてびくっと体がすくんだ。
「ほんとはすごく、すごく寂しかったよ。会えないって最初から分かっていれば期待もしないで済むのに、天音さんってば大丈夫って明らかに無理した顔で言うし。……会えるかもって思ったらもう、我慢なんてできなくなる。そういうとこ、結構残酷だと思うよ。」
「ごめ…」
謝ろうとした私の体をそっと大貴君は引き寄せた。
「でも、さ。天音さんが無理してでも会いたいって思ってくれたんだな、って思ったらどうでもよくなった。だって会えたし、ね。」
「……ごめん。」
「もう、謝らないで。僕、結構どうしよもないレベルで天音さんが好き。だから多分、何されても嫌いになんてなれないよ。」
「また、そうやって私のこと甘やかす……」
恨み言をぽつりとつぶやくと、大貴君は落とすように笑った。
「いいじゃない、僕、天音さんを甘やかすの好きだよ?」
「でも…」
私だって大貴君のこと大事にしたいのに。
「じゃあ、少し我儘言わせて。」
「何?」
「明日も仕事だってわかってるけど、あと少しだけ。こうやっていてもいい?」
「………もちろんだよ。」
大貴君の背に手をまわし、私はぎゅっと力を込めた。大好き、という思いが伝わるように。
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