Short Box(短編詰め合わせ)三者三様恋模様

ななし

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Valentine(バレンタイン)

伝わらない想い 尾瀬智明×岩井奈央

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 奈央の彼氏ってどんな人?そう聞かれたら、「小さくて大きくてカッコいい人」と奈央は必ず答える。
 
 ベビーフェイスと揶揄されるほどかわいらしい顔に成人男性にしては小さな背。だけど、その心は海のように広く、おおらかな器の広さでいつも奈央をつつんでくれる、ヒーローみたいな人。彼にそのまま言ったら言い過ぎだって怒られたけど、でも奈央にとっては全部本当のことなのだ。

『背、高かろうが、低かろうが、お前が思ってるほど誰も気にしちゃいないぞ。』

 奈央にとって170㎝を超える高い背は、幼い頃から悩みの種だった。好きな男の子には大女なんてからかわれたり、いじめられたり、散々で。そんな幼い頃のコンプレックスを払拭しきれないまま、いつの間にか低いヒールを履いて腰をかがめ、少しでも背が大きく見えないように生活するようになっていた。
 それをなんでもないことのように言う尾瀬に最初は腹もたったけれど、しばらくたつとそんな気も失せてしまった。
 彼は奈央とは違って、自分の身長のことなんかで悩んでいない。なぜなら彼の中には他人の言葉に左右されない、自分だけの明確な価値基準があるから。だから誰かをやっかんだり、誰かの悪意に無駄に気をもんだりしない。
 実際、彼の周りには悪意がたくさんある。営業成績トップをやっかまれて、からかいに混ぜて吐かれる毒も少なくはない。奈央の所属する総務でも時折彼の話は聞く。そのたび、気をもんでしまうのだが、結局最後は彼のそのあっけらかんとした自信にあっさり打ち砕かれてしまう。
 他人の言葉に惑わされないその強さは、奈央の憧れであり、そしてその憧れは次第に恋に変わっていった。
 
 まぁ、その分、小さいことには一切頓着しない性格で、デリカシーがない、なんて思うこともしばしば。でも、そんなところも好き。———けど。

                    ***

 尾瀬が下げている大きな紙袋の中身に気が付いて、奈央は思わず視線を外した。
 
 その日、約束通り尾瀬は仕事を定時で上げられそうだと、昼休みにラインがあった。
 同じ会社とはいえ、部署が違うので会社にいる間は話をすることも難しい。付き合っていることを公にしていないのでなおさらだ。
 会社から少し離れたいつものカフェで待ち合わせることにして、先に奈央が入っていたわけだが、尾瀬の姿を見て、まず目に入ったのは大量のチョコだった。そりゃ、モテるわけだし、たくさんもらってくるとは思っていたけれど、予想以上の量だ。この中にどれだけ本命の力を入れたチョコが入っているのだろうと思ったら、少し、苦しくなる。
 それを誤解したのか、尾瀬は少し眉を下げて、奈央に近づいた。
 
 「ごめん、少し待たせたか?」
「ううん…大丈夫。」

奈央は曖昧に笑った。

 「……飲み物、何にする?」
「ん?珈琲でいいかな。」

やってきたウェイターに飲み物を注文すると、尾瀬は何を思ったのか、紙袋を机の上に広げだす。

「尾瀬くん、それって…」
「ああ、取引先の担当さんとかからな。今年は結構多かった。せっかくだし、一緒に食べようかなって思ってさ。」

快活に笑う尾瀬の表情に含んだところは一切見えない。純粋にお菓子をもらった、程度の気持ちしかないのだろう。バレンタインに女の子達がどんな気持ちを込めているか、とか、そこに奈央がどう思うか、なんてことは彼の頭にはない。おおらかでマイペースな尾瀬らしい。けど。

「奈央、甘いの好きだろ?」
「——尾瀬君、あの、あのね……」
「うん?あ、これなんか、奈央好きそう」
「あ、うん……」

内心の動揺を押し隠し、素直に渡されたチョコレートを手にする。有名どころのブランドだ。結構高いやつ。これ、絶対本命だ。くるりとひっくり返すと小さなメッセージカードがついていて、綺麗な文字で連絡先が書かれているのが見えた。

 胸がざわざわする。

 尾瀬に人気があるのは知っている。彼に好意を持っている人間なんて山ほどいる。付き合っているのを隠したいと言ったのも自分だ。けれど、この送り主は私と尾瀬君が付き合っていることを知らないで、本気でチョコを渡してきているんだ。それを受け取るっていうことは、彼は意図していないかもしれないけれど、彼女の気持ちを受け取っているということで。

「あ、これなんかも、好きそうだぞ。」
「———馬鹿」

無神経だ。あまりにも。

「お?え?なんだ、どうした?」

じわっと涙がにじみだす。

 尾瀬にとっては些細なことなのだ。この送り主の彼女がどんな気持ちで彼にチョコレートを渡したのか。そしてそれを受け取ることで、不安になる奈央の気持ちも。
 ぽろぽろと涙をこぼし始めた奈央に、尾瀬が動きを止めた。

「知ってるけど、知ってたけど、そういうとこも好きだけど、でも。今日は尾瀬君の顔見たくない。」
「え…奈央?」
「ごめん、帰るね…」

奈央は泣き顔を隠すように、足早にカフェを後にした。

                   ***
 
 「奈央、あのさ…」
休憩時間になりフロアを出ると、尾瀬が待っていた。営業の間を縫ってきてくれたのだろう。
 仕事中はできるだけ話したくない、という奈央の気持ちを優先してくれる尾瀬がこうして声をかけてくることは珍しかった。おそらく昨日のやりとりのせいだろう。
 自分の態度に自己嫌悪していた奈央は、そんな彼に申し訳なさを覚えた。

「あの、昨日俺、なんかしたか?昨日考えてみたけど、やっぱお前がなんで泣いてんのかよくわかんなくてさ…、教えて、くんねぇか。」

ストレートな物言いに、昨日の自分の行動がますます身勝手に思えて、恥ずかしくなる。
 大したことじゃ、と逃げようとしたが、いいから、と尾瀬の真摯な眼差しに逃げきれなくなって、奈央はあきらめて白状することにした。

「その…チョコ」
「え」
「チョコを尾瀬君がたくさんもらってたから。」

途方に暮れたように、尾瀬が頭を掻く。

「…つってもなぁ、別に俺にはお前がいるんだし。」
「そう、なんだけど…。」
「たかが菓子だろ。」

たかが……わかっていたけれど、彼が無自覚に口にしたその言葉に胸がざわついた。
 
 奈央のカバンには昨日渡せなかったブラウニーが入っている。今日、昨日のことを謝って尾瀬に渡せたらいいと思っていた。日頃の感謝が伝わればいいと思って何度も作り直しをしてできたそれが、今は独りよがりで重たいものに思える。

「今日夜会えないか。ちゃんと話したいし。」
「…ごめん、同僚と飲みに行く約束しちゃったんだ。」

また後でラインするね、とおいて外に出ようとする。

「怒ってるのか?」
「……そ、そういうわけじゃ…」

自分の中の感情をどう説明していいのかわからず、奈央は黙り込む。

「岩井さーん」
「ごめんね。」

何故こんなに嫌な態度をとってしまうのだろう。
 頭の中にメッセージカードの文章がチラついて離れない。

                    ***
 
 はぁ、ため息を何回ついただろう。
 飲み屋の喧騒の中、奈央一人だけが浮いているように思えた。
 
 「岩井ちゃん?どうしたの、元気ないじゃない。彼とうまくいかなかったの?」

カツン、とグラスを合わされて、我に返る。こちらを見つめてくる先輩の眼にはからかいにも似た好奇心が煌いていた。

「…そうなんです。」

素直にうなずくと、先輩が片眉をあげた。

「あたしみたいなのに、弱みみせちゃっていいわけ?」
「大丈夫です。だって、先輩実はいいひとですから。」
「……ったく、木崎といい、あんたといい、調子狂うったら。」

聞いてあげるから、話しなさいよ、と投げやりな、けれど優しい口調に安心して、奈央はつらつらとまとまらない自分の思いを口にする。

 お菓子に込めた想いを察しろ、なんて男の人には押し付けにしか思えないのかもしれない。尾瀬の性格を考えれば、奈央がそんなことを気にしていること自体不可思議に思えるだろう。
 ちゃんと奈央のことを好きだと伝えてくれる、それだけで満足しなくちゃいけないのに。

「自分がしょうもないです。こんなことで困らせて。」
「いいんじゃない。困らせてやれば。」
「え」

話を聞く前とは一転して少し真面目な顔になった先輩は、ぐいっと酒をあおると奈央を見た。

「岩井ちゃんはさ、自分の気持ち結構我慢するタイプでしょ。彼、鈍感そうだし、時々困らせてやるぐらいでちょうどいいわよ。」

この先輩は尾瀬と奈央の関係をなんとなく気づいているようだが、察してくれているのか、いつもは何も言ってこない。今日もからかうふりをしながらも、ただ純粋に奈央の元気がないことが気になったのだろう。

「でも…」
「可愛い顔が台無し。」

ほっぺをつねられる。

「だけど、自分の気持ちをはっきりと伝えないのは駄目ね。だってあの鈍感君に言わないで伝わるわけないんだから。」

今度はっきり自分の思っていること全部吐き出してやんなさい、と言われて奈央は少し胸の奥が楽になった。

                       ***

 携帯に連絡すると、尾瀬からはすぐ返信があった。
 
 「あ、奈央!」
「こんな時間にごめん。…その、ありがと。」
「いや、ちょうど会社出ようと思ってたとこだったし。危ないから、送ってく。」
「うん…」

昼のやり取りが思い出されて、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。
 行こうか、ととりあえず歩き始めてしばらく沈黙が続く。

「あのさ、奈央…もう、怒ってないか?」

奈央は自分の気持ちをどう伝えようか考える。

「…尾瀬君。」
「ん?」
「私ね、怒ってないよ。ただ、哀しかった。」
「哀しい?」
「バレンタインって女性的には結構色々考えているイベントでね。義理ですって言って本当の気持ちをチョコに託したり、いつもの感謝を伝えたかったり、とか。」
「う、うん?」

要領を得ない奈央の説明に尾瀬が首をかしげている。
 
「つまり、その、何が言いたいかといいますと……たかが、じゃないってことです!」

勢いづいた奈央は自分の思いを早口で伝える。

「私も、多分他の尾瀬君にお菓子をくれた女の子達もみんな、ちゃんと思いがあって渡してるから、だから、」
「うん」
「あ…たかがって、言われると、その、傷つき、ます……」

尾瀬の真剣な眼差しにそれ以上何も言えなくなって、奈央は最後尻すぼみに、顔をうつむけた。

「そうか」
「そう、です…」
「悪かった」

わしゃっと奈央の髪を掻きまわす。

「わわっ、尾瀬君?!」

背が少し足りないのか、後頭部だけ撫でられてぐしゃぐしゃだ。でも、久しぶりに触れた尾瀬の体温に少し安心する。

「俺、女の子が菓子くれる日、ぐらいにしか考えてなかったわ。それよっか、お前と予定合わせて一緒にいれることが嬉しくてさ。つい浮かれてた。」

な、と尾瀬が奈央の顔を覗き込む。

「他、俺に言いたいこと、ないか?」

全部吐き出せよ、と強い眼差しに促され、奈央はぽろぽろと本音をこぼす。

「あと…本命チョコとかもらってるの見て、もやもやしました。」
「じゃあ、来年はもらわなければいいか?」
「………ううん。もらってもいい。だって、他の子達だってちゃんと想いを込めて渡してくれてるんだと思うから。でも。」
「でも?」

こんなことを言ったら、重いと思われるだろうか。逡巡しつつ、優しい尾瀬のまなざしに勇気づけられ、奈央は願いを口にした。

「一番最初は私のを食べて欲しい、な。」
「わかった」

言うなり、頬にちゅっと軽くキスをされて、奈央は頬を染めた。

「尾瀬君!!」
「いや、あんまり奈央が可愛いこというからつい、な。」

はは、と笑う尾瀬にまたときめく。

「もうっ」
「ところで、それで俺に込めた奈央の想いは渡してくれないのか?」

は、とカバンの中のブラウニーを思い出す。

「えっと……ちょっと日にちがたっちゃったから、また、今度。」
「なんだ、1日2日ぐらい大丈夫だろ。」
「私が気になるんです。」
「大丈夫だって!」

そんな他愛もないやりとりが、愛おしい。
 小さいことで怒って、泣いて、喧嘩して、馬鹿馬鹿しいけど、そのたび、また彼を好きになる。そんな苦いバレンタインも、たまにはいいのかもしれない。
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