魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

文字の大きさ
10 / 31
1章

09.厄介なご令嬢

しおりを挟む
 兄様にお礼を言って窓際を離れた後、私は騎士団長の所へ向かっていた。


 大人達の間を縫って、出来るだけ騎士団長を視界から外さないように会場を移動する。

 しかし、騎士団長の所まであと少しというタイミングで横の人集りから突然、私と同い年くらいの少年が飛び出してきた。

「——なっ!」
「——あうっ......!」

 まるで壁にぶつかったかのような衝撃がおでこに加わって、私は驚きの声を漏らして尻餅をついてしまう。

「すまない、大丈夫か?」

 ほんの少し仰け反った少年は、座り込んだ私にすぐさま手を差し伸べてくれる。

「大丈夫です。前が見えてませんでした、ごめんなさい......」

 私がそう言って差し出された手を取り立ち上がると、少年の金色の瞳と目が合った。


 鮮やかで濃い赤の髪色と、胸元に金の刺繍が入っているシンプルな正装。

 しかし少年はそれを着崩しており、胸元のボタンは全て留められておらず、白いシャツが丸見えだ。
 更に差し出された手の袖口からは包帯が巻かれているのが見える。

 かなりヤンチャなのかな?
 そんな印象が頭に浮かんだ。

「——怪我とかはしてないか?」

 少年は心配の言葉を掛けてくれるが、表情一つ変えてないところから察するに、ただの社交辞令のようなものだろう。

「はい!そちらこそ大丈夫でしたか?」

「俺は平気だ。 そっちが無事なら、俺はこれで失礼するよ」

 少年はどうやら急いでるらしく私の無事を確認したあと、そそくさとその場を離れていってしまう。

「え、あの。せめて......」
「ちょっとそこの貴方!どこ見て歩いてるのよ」

 せめて名前くらい、とその去りゆく背中に言いかけたところで真っ赤なドレスが私の前に立ちはだかった。

 私と同い年に見える、赤ドレスに身を包んだ金髪の令嬢が私の前を塞ぐと、続いて四人の女子が横から出てきて私を取り囲む。

「誰にぶつかったかわかってるの?ちゃんと前見て歩きなさいよ鈍臭いわね!」

 そう言う赤ドレスの令嬢の高圧的な態度に私は驚いて目を丸くしてしまう。

 なんなんだこの人、いきなり出てきてキャンキャンと。
 私がぶつかったのはあの男の子のはずでは?
 あの子の友達とかなのだろうか。

「ご、ごめんなさい?」

 ひとまず、謝っておこう。
 なにかトラブルになるのだけはごめんだし。

「......というか、なに?そのダッサいドレス!それにその髪色。そんなのでこのパーティーに顔を出すなんて、恥ずかしいとか思わないのかしら?」

 謝罪に対してなぜかヒートアップする赤ドレスのご令嬢。

 これ以上この場に居ても私が不愉快になるだけだ。
 という訳で、どうやって離れようか考えようとしたところ......。

「きっと、両親がロクでもないのね」

 赤ドレスの令嬢がそう言い放った。


 ——胸の奥で、ドロリとした感情が吹き出た。

 頬が熱くなって、冷静さが掻き消えて行くのがわかる。

「ちょっと、今なんて言った?」

 頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出てしまう。
 そして、無意識に右手が拳を作った。

「ロクな親じゃないって言ったんですのよ。 鈍臭い上に言葉が理解できないお馬鹿さんなのかしら?」

 その言葉が耳に入った瞬間、私は一歩前踏み出す。

 そして——。



「——だめだよ、エル」

 その兄様の声で冷静さがスっと戻ってきた。

 気がつくと、右手首を後ろからガッチリと兄様に掴まれていた。
 それに驚いて振り返ると、いつものように眠そうな兄様と目が合う。

 兄様はその視線を私から赤ドレスの令嬢へ移すと、すかさず私をグイッと抱き寄せる。

「僕の妹になにか?」

「い、いえ。 その......」

 いつも通りの真顔でそう問いかけた兄様の顔に、赤ドレスの令嬢は少し頬を赤らめながら言葉を詰まらせた。
 その様子を、私は兄様の胸に顔をうずめながら横目で眺める。


「用がないなら僕達は失礼させてもらうよ」

「え? ああっ! ちょっと!」

 兄様は背後でもたつく赤ドレスの令嬢を無視し、私の手を引いてその場を離れた......。



「——全く、厄介なご令嬢が居たものだね。エルの綺麗な髪を貶した挙句、父上と母上まで馬鹿にするなんて」

 私を連れて騎士団長の元へ歩く兄様は、これまた珍しく怒りを顕にしている。
 私の髪が綺麗かどうかはさて置き、お父様とお母様が馬鹿にされて許せないのは激しく同意できる。

 それにしても、いつも眠そうに本を読んでいる兄様も、家族を馬鹿にされると流石に怒るらしい。 
 それに普段より声の雰囲気が鋭いようにも感じた。

「ごめん、アル兄様。ありがと」

 私はそんな兄様に感謝を伝える。

 もう少し兄様が止めに入るのが遅かったら、私はあの赤ドレスの令嬢の顔面に渾身の右ストレートをかましていたところだった。
 そうなれば色々と面倒なことになっていたはず。

「まぁ、気にしない。 ほら、もうすぐアルス団長のとこだよ? 元気だして」

 兄様はそう言って、若干落ち込み気味で居る私の頭を軽く撫でて背中を押してくれた。

 私が魔術が使えないと分かって書庫に行かなくなってから、言葉を交わすことは減ったけど、兄様は相変わらず私に優しい。

「うん。ほんとに、ありがと」

 私は再度心を込めた感謝を伝えて、兄様から離れる。

 そうして、ようやく騎士団長とお父様の前へ到着した。


 騎士団の儀礼服に身を包んだ二人は、なにやら真剣な表情で会話している。

「——それじゃあ西の森への補給は少し早めにするか?」

「そうですねその方向で進めましょう。 それじゃ、そろそろ......」

 と、会話を止めて移動しようとした二人に私は声を掛ける。

「お父様、少しよろしいですか?」

「ん? エルか、どうした?」

「あの、アルス騎士団長様に挨拶したくて......」

「あぁ、そうか。 団長、これが前に話した娘のエルアリアです」

 そう言って私を紹介したお父様の隣で、礼儀正しくお辞儀をする。

「初めまして、アルス騎士団長様。エルアリア・アドニスです」

「おぉ!こいつぁ、可愛らしい!俺も礼儀正しくしねぇとなぁ」

 アルス団長はそう言うと、姿勢をビシッと整えて礼を返してくれる。

「アルス・ウィルテュール・グレイディウス。この国の騎士団長をやってる。よろしくな、エルアリア嬢」

 あ、あの! 騎士団長様が! 
 私に! 頭を! 下げてくれた?!

 憧れの騎士団長を前に興奮が止まらない。

「こ、こちらこそ!よろしくお願いします!!!」

 十三英雄ほどでは無いが、アルス騎士団長も十分私の憧れの対象なのだ。

 たった一人で五千の魔獣を全て屠ったとか、森の木々を一振で全て切り倒したとか、複数のオーガ相手に素手で殴り勝ったとか。
 巷では十三英雄にも匹敵するほどだとも言われている。

「ははは!まぁ堅っ苦しいのはここまでにしようや。エルアリア嬢もそう緊張せず、楽にしてくれ」

「は、はい。 それじゃあ、お言葉に甘えます」

 噂通り、豪快で気持ちのいい性格の人だ。
 正直、私も堅苦しいのは好みじゃないのですごく助かる。

「聞くところによると、エルアリア嬢は剣士を目指してるんだってなぁ? 剣の稽古は楽しいか?」
 
「はい!」

 師匠が師匠になってからもう一週間ちょっと。
 本当に充実した日々を送れている。
 
「確か......剣を教えてるのはルビスなんだって?」

「はい!師匠のおかげで前より稽古が楽しくなりました!」

 毎日、師匠にボコボコにされて痣だらけ土だらけになる日々だけど、自分がほんの少しずつ強くなってるのを感じられて、憧れへ一歩一歩確実に進んでいるのを実感できている。

「そうか......。ルビスのおかげか。 あいつは元気にやってるんだな」

 アルス団長はそう呟いて、どこか遠い瞳を見せる。

 やはり、師匠が騎士団を辞めたのにはそれなりの事情があるらしい。

 あれ程の強さを持つ師匠を、国や騎士団がそう簡単に手放すはずも無い。
 今度、稽古の休憩中に理由を聞いてみようかな。

 などと思ってると、横で私達の会話を聞いていたお父様が口を開く。

「......団長、そろそろ会議の時間です」

「あ? あぁ、そうだな」

 どうやら、パーティーの最中だと言うのに会議があるらしい。

「そういう訳だ、エル。 すまないが団長とのお話はここまでだ」

「は~い」

 仕事ならばしょうがないと、私は残念な気持ちを表に出しながら返事をかえした。
 
「すまんなぁ、エルアリア嬢。 お詫びに今度暇な時にでも騎士団庁舎に来るといい、一日だけ剣の稽古をつけてやるよ」

「本当ですか?!」

 騎士団長に稽古をつけてもらえるなんて、これ以上に嬉しいことは無い。

 しかし、仕事が理由なのだから詫びる必要なんてないと思うけど......。
 やはり騎士団長ともなると、それなりに器もデカいのだろうか。

「それじゃエル、パーティーを楽しんでおいで」

「じゃエルアリア嬢、またな」

「はい!」

 二人はそう言って踵を返し、パーティー会場から出ていった。

 そうして、それを見送った私も窓際で本を読む兄様の元へ戻ることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...