魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

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1章

10.王宮の廊下にて

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 兄様の元へ戻った私は、他にやることも無いので、相も変わらずサンドイッチをチビチビと齧っていた。

「はぁ......」

 口の中のサンドイッチを飲み込み終わり、ため息が漏れる。

 どうやら気づかないうちに、この息苦しいドレスと慣れないパーティーの空気に少し気疲れしてしまったらしい。
 
「アル兄様、私ちょっと気分転換に静かなとこで休んでくる」

 私は横で本を読んでいた兄様にそう声をかけて、パーティー会場を離れようとする。

「僕も行こうか? さっきみたいな状況にならないとも限らないし」

 そう言われて、頭にさっきの赤ドレスの令嬢の意地悪な顔が浮かぶ。

「うーん......。 流石に大丈夫でしょ。 会場出てすぐのとこで、少し息整えるだけだから」

 ほんの少しだけ迷ったけど、兄様の申し出を断る。

 さっきのは半分不可抗力でトラブルになり掛けただけで、私はほとんど何もしていない。
 それに今回は息を吸いに廊下に行くだけだし、そう連続でトラブルに巻き込まれるなんて事はない......はず。

「あっそ。わかった」

 兄様は興味を失ったかのように返事をすると、視線を手の本へ戻した。

「心配してくれてありがとね、アル兄様」

 私はそう言って、その場を離れた。



 ——パーティー会場の大広間から出るとそこは長い廊下が続いていた。
 等間隔に嵌められた窓の外には、王宮の素晴らしい庭園が広がっている。

 私は気分転換に廊下を少し歩いて会場を離れたあと、窓をほんの少しだけ開けて外の空気を廊下に入れた。

 すると、お昼過ぎの穏やかな風が頬を掠め、綺麗に咲く花々の香りが流れ込んでくる。


 そうして、しばらく遠くに聞こえる音楽と風で揺れる花々のざわめきに耳を傾けて過ごしていると、廊下の奥から微かに話し声が聞こえてきた......。



◇◆◇◆◇



「——いや、やめて!」

 そうやって誰かに助けを求めるような声を上げても、目の前の令嬢達はそれを嘲笑っていた。

 一番先頭にいた茶髪の令嬢に突き飛ばされ、床にへたり込む私。
 それを囲む取り巻き達。

「ほら、立ちなさいよ。素敵なドレスが汚れちゃうわよぉ? 」

 なにかする度、オモチャのように悲鳴を漏らす私を見て、茶髪の令嬢もその取り巻き達もニヤニヤと笑う。

 こんな状況に私は、ただ俯くことしか出来なかった。


 ——初めてパーティーに来た。
 ——初めて友達ができた。
 ——初めて同い年の女の子と遊んだ。


 誰にも嫌われたくない。
 一人になりたくない。
 
 孤独になるのが嫌で、反抗する勇気も、新しく友人を作る勇気も湧かないから。
 だから不条理なこの現実に甘んじてしまう。

 虐められててもいい。
 一人になるのだけは嫌だから......。

 だけど何より、そんな風に勇気のない自分が、嫌で嫌で苦しくなる。


「——いつまで座ってるつもり?」

 茶髪の令嬢が俯いたままの私の髪を引っ張った。
 それにつられて、床に這いつくばる形に倒れ込んでしまう。

 ——痛い。怖い。苦しい。


「立ちなって言ってるでしょ?!」

 茶髪の令嬢は、苛立った様子で地団駄を踏んで、私を威嚇した。
 けれど、床に這いつくばった私は怖くて動けない。

 涙が溢れて、目の前がぐちゃぐちゃになる。

「だれか。たすけて......」

 零れる涙とともに、そう言葉が漏れた......。



 ◆◇◆◇◆



 声を辿って廊下を進んでみると、同い歳くらいの令嬢が床に倒れ込んで居るのが目に入った。

 淡い黄色のドレスに身を包み、くせ毛の金髪ショートボブをそよ風で揺らす、可愛らしいその令嬢は、目元に涙を浮かべて俯いていた。

 その可愛らしさは、まるで天使。
 いや、天使そのものだ。
 
 そして茶髪の令嬢を筆頭に、数人の令嬢がクスクスと笑って、その子を囲んでいた。

「なにしてるの?」

 そんな光景を見て、思わず声をかけてしまう。

 驚いた様子で一斉に視線を向ける令嬢達。
 私はゆっくりと廊下を進む。

「少し遊んでたのよ、貴方も参加する?」

 そう言って、先頭に立った茶髪の令嬢が、意地悪く笑う。

「遊び?」

「そう。お遊びよ」

 何をふざけたことを言っているのかと、驚いてつい聞き直してしまった。
 どうやら、この令嬢達にとって誰かを泣かせることは遊びらしい。

 あぁ、こんな事ならば兄様に着いてきてもらえばよかったかな......。

 なんて思いながら、私は笑顔を浮かべる。
 
「......いいね、面白そう」

 その返事を聞いた天使の目から更に涙が溢れた。

 そして私は、天使と茶髪の令嬢の間で足を止めて、そしてその場にしゃがみこんで天使に手を差し伸べる。

「——は?」
「——えっ......?」

 周りの取り巻きも、茶髪の令嬢も、床の天使も、私の行動に言葉を失う。

「あ、今の面白そうは、貴方たちみたいなのと遊ぶより、この子と遊んだ方が面白そうって意味ね」

 私はそう言って、茶髪の令嬢達を煽るように満面の笑みを向けた。
 そして、天使の方へ視線を移して同じように笑みを向けて真っ直ぐ目を見る。

「わたし全然友達できなくてさ、良かったら一緒に遊んでくれない?」

 涙が溢れる綺麗な翠の瞳を大きく見開いて、恐る恐る手を伸ばす天使。

 その手を私の方から取り、ゆっくりと立ち上がらせる。

「ど......して」

 震えた声で問いかける彼女に、私は悪戯っぽく笑って答えた。

「可愛いものが好きなの。 あなたすっごい可愛いから。 それに私、泣いてる人がいたら勝手に体が動いちゃうみたいのよ」

 そう言って後ろを振り返ると、茶髪の令嬢は悔しそうな顔で私達二人を睨んでいた。

「どうやら、アンタも泣かされたいみたいね!」

 茶髪の令嬢は私の言葉に怒り心頭って感じらしい。

「絶対に許さないんだから!」

 茶髪の令嬢はそう叫んで、右手を振り上げる。
 天使はそれを見て怯えてしまう。

 しかし、私は瞬きすらせずに振り上げられた右手を目で追う。

 師匠の剣に比べれば、その速度はものすごく遅い。
 先の先をとる事だって出来るほどだ。

 しかし、ここで私から手を出すと確実に相手を怪我させてしまう。
 なので大人しく回避する事にした。

 私は片足を軽く引いて、半身で茶髪令嬢のビンタを避ける。

 ぶんっ......! と目の前を手のひらが通過し、茶髪令嬢はそれに驚いたような表情を浮かべた。

「よ、避けないでよ!」

 顔を真っ赤にした茶髪令嬢が再度手を振りあげる。
 しかし、次の瞬間——。


「——まさか、帰り道で会えるなんてな」
 

 そう後ろから聞き覚えのある声がした。

 その場にいた全員が驚いて、声のした方に視線を向けるとそこには、黄金の瞳を輝かせた、赤髪の少年が立っていた。

「白髪に薄紫の瞳。間違いない、兄上の言っていたエルアリアってのはお前のことだろ?」

 そう言って、少年は私を指さす。

 さっきぶつかった少年だ......。
 でも私の名前を知ってるんだろう。
 名乗った覚えはないはず。
 と言うか確実に名乗っていない。

 だったらなぜ......。
 まぁいいや。 取り敢えず、返事しておこう。

「は、はい。まぁそうですけど?」

と、 若干混乱しつつ少年の問いに答える。
 すると、後ろで怯えていた天使が小声で呟く。

「だ、第二王子殿下」

 そして、私はそれを聞き逃さなかった。
 

 へぇ、あれが第二王子殿下か......。

 「......第二王子殿下?!」

 私は天使の言った言葉を理解するのに一瞬間が空いてしまった。

 あの赤髪の少年が第二王子?
 は、初めて見た。 いや、正確には初めてじゃないけど......。

 まぁ確かに国王陛下と同じ赤髪だし、貴族の子供にしては風格が違いすぎるし、それにパーティー会場に木剣ぶら下げてきてるもんね。
 ......うん、こうして見ると気づかない私がバカすぎるな。

 いやいやでも、あの時は騎士団長に会うことで頭がいっぱいだったし、仕方ない。

 私の驚いた表情を見て悪戯な笑みを浮かべる第二王子。

「やっぱり、俺の事を知らなかったみたいだな」

「お、お恥ずかしながら。すみません」

 王族の顔を知らないだなんて、この国の貴族令嬢としてはこれ以上無いほど恥ずかしい話だ。

「いや良いんだ、気にするな。 さて、それで? これは一体どう言う状況なんだ」

 その第二王子の問いかけで、私はようやく現状を思い出し、慌てて視線を茶髪令嬢とその取り巻きたちに向ける。

「な、なんでもないです!これはその、遊んでるだけですから!」

 茶髪令嬢は振り上げた手を背中に隠し、にこやかに王子の問いに答える。

「ほう?そこの令嬢は目に涙を浮かべてるみたいだが?」

 王子はそう言って私の後ろの天使に視線を向けた。

「それは......。こ、この女が泣かせたんです!」

「えっ!?」

 茶髪令嬢の吐いた言い訳に、私は驚きの声を漏らして、天使と共に目を丸くした。

「私達が遊んでたところに、この女が急に入ってきて泣かせたんです!」

 冷や汗ダラダラでそう弁明する茶髪令嬢に、私は呆れ返ってしまい咄嗟に反論する気が失せてしまう。

「そうなのか?お前達」

 王子は事実確認の為に今度は、茶髪令嬢の取り巻き達へ視線を向ける。

「えっ......?」
「いや......」
「その......」
「えぇと......」

 いきなりの出来事に取り巻き達は一様に目を泳がせる。
 それを見ていた天使が、私のドレスの裾を掴みながら一歩前に出て声を荒らげた。

「違います!虐められて泣いていた私を、この方が助けてくれたんです!」

「ほう? ならこいつらは俺に嘘をついたことになるな」

 天使の言い分を聞いた王子が茶髪令嬢達を睨みつけると、全員が今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。

「......はぁ。もういい。お前らは俺の前から消えろ」

 ほんの少しの間を置いて、第二王子が大きなため息を吐いてそう言うと、茶髪令嬢一行は一斉に走り出す。

 私と天使もそれを追ってパーティー会場に戻ろうした瞬間、後ろから肩を掴まれた。

「パーティー会場に戻りたいだろうが、先に俺の用事に付き合ってくれないか?  エルアリア嬢」

 どうやら、一息つくことが出来るのはまだまだ先らしい.....。
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