魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

文字の大きさ
15 / 31
1章

14.夢うつつ

しおりを挟む
 夢を見た。
 とても、長い夢を——。



 ——そこは、見覚えのあるどこかの城。
 気づけば私は、玉座の前で丸くなって寝ている真っ黒なドラゴンに寄りかかり、その頬を撫でている。

 崩れた天井から、真っ赤な淡い月明かりが差し込んで、穏やかな時間が過ぎてゆく。

 なぜここにいるのか、私は誰なのか。

 それを思い出そうとした瞬間、真横にあったドラゴンの顔が、徐ろに持ち上がった。

「ラグナス、奴らが来たぞ」

 ドラゴンは玉座の間の入口を睨んでから、私に鼻先を擦り付けながらそう告げた。

 ザラザラとした鱗が、頬を撫でる。

 ——すると私の意志とは関係なく、勝手に口が動いて喉から声が出た。

「ええ、分かってるわ。 貴方は外で待ってなさい」

 ——まるで自分が自分じゃないかのような感覚。 自分の声なのに、どこか違和感がする。

「......勝てるのか?」

 ドラゴンは、私の顔の何倍も大きいその黄金の瞳を、悲しげに向けてそう言った。

「さぁね。 でも戦わないと。 それが私たちの運命ですもの」

 私がそう微笑んで言うと、ドラゴンは不満そうに鼻息を漏らして動き出した。
 背もたれを失った私も、仕方ないので同時に立ち上がる。

「なら、俺は外の小鳥と遊んでくる」

 ドラゴンはそう言うと、天井の崩れた部分から外へ羽ばたいて行った。

「程々にね」

 小さくなってゆくドラゴンの背にそう告げて、私は玉座の前の階段に座り込む。

 そうして、先程まであった温もりがだんだんと冷めていくのを肌で感じながら、目を瞑って静寂と寂しさに浸っていると......。

 バンッと音を立てて扉が勢いよく開け放たれ、五人の英雄がそれぞれの武器を手になだれ込んできた。

 ——英雄王レイド・ヴァーミリオン。
 ——賢王ニクス・ヘカーティア。
 ——神霊の器メア・ドレイヴン。
 ——百鬼戦乱の天下人リリ・クラベル。
 ——不死不滅の勇者ノエル・ヴァンシーカー。


 彼らは皆、私に鋭い視線を向けている。

「随分な登場の仕方ね。 扉はもう少し優しく開けたらどうかしら?」

 心地の良い静けさを無遠慮に破られた事に、私は腹を立てて英雄達を睨みつけた。

 英雄達は私の言葉になんの返事もせず、次の瞬間には襲いかかってくる。


 しかしそれと同時に、まるで時が止まったように目の前の全てがその動きを止めた。

 宙を舞うホコリも、空を流れる雲も、襲いかかる英雄達ですら......。

 私はこの後、何が起こるか知っている。
 英雄達はを殺し、が英雄に魔障の呪いを刻むのだ。
 つまり私は......。

 ——魔王?

 その事実が頭に思い浮かんだ瞬間、まるで身体から弾き出されるような感覚に襲われた。
 そして、私は前のめりに倒れ込む。


「——当たらずとも遠からず」

 四つん這いで床にへたり込む私の背中から、自分によく似た声が聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、エルアリアそっくりの少女が、階段に座ってニコニコ笑って私を見下ろしている。

 そんなおかしな状況に......。

「えっ?!」

 と驚いて目を見開いた次の瞬間——。



 ——そこには、見慣れた天井が広がっていた。

 そして、それまで聞こえなかったのが不思議なほどの雨音が次第にその主張を強めて、ヒンヤリとした空気が肌を包んだ。

「今のは......夢?」

 私は体を起こしながらそう呟いて、手にほんの少し残ったドラゴンの鱗の感触を確かめるように右手を握った。

 しかし、その感触も夢の中の景色も、まるで霞のように全てが雲散霧消していく。

「なんで私ベッドで寝て......」

 覚えているのはお母様の部屋で魔障について調べてたということだけ。

 気絶する直前の記憶がかなり曖昧になっている。
 どのくらい寝てたんだろうか。


 窓の外は雨のせいで薄暗いながらも、十分に明るい。
 お母様の部屋を訪ねたのは、お昼を食べたあとだから、寝てたのはせいぜい二、三時間と言ったところか。
 
 何が起こったのか詳しい話をお母様か師匠に聞きたいけど......。

 流石に師匠は帰ってるだろう。
 お母様は確実に居るだろうし、呼びに行こう。

そう考え、ベッドを降りようとした時......。
 ガチャと音を立てて部屋の扉が開いた。


「——エル様。 よかった目が覚めたんですね」

 そう言って入ってきたのは、コゼットだった。

「おはよう、コゼット。 今起きたところだよ。 それより、お母様知らない?」

「奥様はエル様をここに運んだあと、調べることがあるとか言って書庫に向かいました」

 書庫か。 お母様のことだから、私が気絶した理由を調べてるんだろう。

「なるほど、書庫ね。ありがとう」
 
 と何食わぬ顔でその場を立ち去ろうとした瞬間、コゼットがその行く手に立ち塞がる。

「ありがとう、じゃありませんよ! エル様、血を吐いて倒れたんですよ? 心配なのでまだ寝ててください」
 
 コゼットは半分呆れた様子でそう言うと、私をベッドへ押し戻す。

 血を吐いた? 全然覚えてない。
 それに......。

「私、全然元気だよ? 痛いところも全くないし」

 目が覚めてから特に体に不調は見られない。

「元気な人は普通、血なんか吐きませんよ!」

 そう言って、微妙に抵抗する私をベッドに寝かせ、毛布を上に被せてくれる。

「お母様と話したかったんだけど......」

「奥様なら私が今から呼んできますから。 エル様はベッドで大人しくしててください!」

 昔から、コゼットは私が風邪をひくたびにこんな風に過保護になる。

「絶対に大人しくしててくださいね?」

 廊下に出たコゼットは扉を閉める前に顔だけを覗かせてそう言った。

「はいはい、わかりました~」

 私、そこまで信用ないのかと頬をふくらませつつ大人しくコゼットの言うことに従った......。


 それからしばらく、窓の外で弾ける雨粒を眺めて待っていると、コゼットがお母様と一緒に戻ってきた。

「——あぁエル。 よかった、目が覚めて」

 お母様は私の部屋に入ってくるなり、慌ててベッドに駆け寄って、私の頬に手を伸ばした。

 目元は涙で潤んで、指先が震えている。
 きっと、すごく心配してくれてたんだろう。

「おはよう、お母様」

 そんなお母様を安心させるために、私は頬に添えられた手に自分の手を重ねて優しく握る。
 
「どこか苦しいとことかある?  痛いとこは?」

「なんともないよ、大丈夫」

 強いていえば変な夢を見たような気がするけど......。 その内容はもう欠片ほども覚えてない。

「本当? 我慢とかしなくていいからね?」

 お母様もコゼットと同じで、お兄様や私の事となると心配性になりすぎる節がある。

「本当に大丈夫だって。 それより何があったのか教えて。 私はなんで気絶したの?」

 私がそう言うと、お母様は心配そうな表情から、いつもの穏やかな顔へと戻る。

「たぶん、魔力に触れたせいじゃないかな」

 思い出した。 気絶する直前、私はお母様の作り出した水の玉に手を突っ込んでたんだった。


 ——水玉の中のあの妙な感覚。
 あれが魔力だったとして、あのとき魔力が私の腕を伝って身体に入って来るような感覚がした。
 つまり、私が魔力を感じることが出来るのは確定なのだろう。

「魔力に慣れてなかったせいで身体がびっくりした......んだと思う」

 お母様は歯切れ悪くそう言うと、眉をひそめて腕を組み始めた。

「うーん、でも普通は魔力に触れただけで血を吐くまではならないはずなんだよねぇ。 あってせいぜい吐き気とか目眩程度のはず......」

 そう、独り言のように呟いて唸るお母様。
 こうなると、しばらく戻ってこない。

「水玉に手を入れてた時、手首から腕になんか這い上がってくる感覚があったんだけど、それって普通?」

 私は取り敢えず、自分が原因なんじゃないかと思う情報をお母様に伝えてみた。

「うーん......あっ、それだ」

 私の言葉を聞いて少し唸った後、お母様は答えを語り出す。

「多分、エリーは魔力を感じることは出来るけど操作が出来ないんだと思う。 だから魔術を詠唱しても発動しない。 それに魔力が身体を流れるのに慣れてないせいで、魔力の塊に触れた時の逆流に対処できず、体が過敏に反応したんだと思う」

「なるほど」

 魔力の操作が出来ない、か......。
 でもまぁ、感じ取れるだけでもマシだ。

 元より魔術が使えないのはわかりきっていたこと。 一度受け入れたことで今更落ち込む訳が無い。

 むしろ、魔力を感じ取れると言うことがわかって嬉しいくらいだ。

「最終的に気絶はしちゃったけど、当初の目的だった私の魔障について知るって事はできたね」

「そうね、私も魔障の呪いに興味が湧いてきた。 父から魔障はどうにもならないって言われて諦めてたけど、なにか出来ることがないか調べてみるわ」

 お母様はそう言うと、最後に私を強く抱きしめてベッドのそばを離れた。

「エルは一応大事を取って今日一日は休んでなさいね」

 部屋を出ていく直前、お母様はそう釘を刺して行った。

 ——私ってそんなに信用ないのかな。

 なんて思いつつ、私はいいつけを守って残りの半日をベッドの上で過ごしたのだった......。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...