魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

文字の大きさ
16 / 31
1章

15.目まぐるしく過ぎ行く日々

しおりを挟む
「——石礫グロウル!!」

 二、三歩ほど離れた位置で師匠はそう唱え、拳サイズの岩を三つ飛ばしてくる。
 私はそれを......。

「セァッ!」

 と掛け声を漏らしながら、一瞬のうちに全て斬り払い。
 間髪いれずに地面を蹴って、師匠にも斬りかかった。

 しかし、師匠は軽々と私の攻撃を弾くと、返す太刀でそのまま牽制へと繋げてくる。

 風切り音を唸らせながら迫る木剣。
 私は重心を後ろに逸らすと、右足に力を込めて地面を蹴り、土の上を滑るように間合いを取った——。



 あの魔障について調べた日から、だいたい四ヶ月くらいが経った。

 日を追う毎に暗くなるのが早くなり、呼吸をする度に真っ白な息がふわりと浮かんでは儚く消えてゆく.......。

 もう冬か。
 今年は色々あったな。
 来年からは学院だし、もっと色々あるんだろうな。

 なんて頭の片隅で思いながら、師匠から距離をとった私は呼吸を整える。

 そうしていると、師匠は他愛もない雑談を切り出してきた。

「——あと半年もすれば、エルも王立学院の生徒だね」

「あ、そうですね」


 たまにある稽古中の雑談。
 私達にとっての休憩時間のようなものだ。

 師匠は明確に休憩だとは口にしないけど私が肩で息をするようになると、だいたいこうして雑談が始まる。

「俺はエルシャ近くの農村出身でね。学院とか経験ないから、エルが少し羨ましいよ」

 そう語りながら、木剣を杖代わりに地面に突き立てて寄りかかる師匠。
 私は地面にしゃがみこんで先程までの緊張をほぐす。

「そうなんですか? でもエルシャにも小さい学院はあるって聞きましたけど」

 エルシャは、王都の東の山脈を超えた先にあるかなり大きめの都市だ。
 隣国のクラドベルン帝国の国境近くに位置しており、都市の中心が海に面している事から王都よりも商業が盛んだという。

「そうだね。 けど、周辺って言っても、うちの村からエルシャまでは歩きで二日もかかるから、俺は行かなかったんだ」

「なら師匠はどこで読み書きを?  魔術を使えるって事はどこかで文字を勉強したんですよね」

「幼なじみの母親が元教師だったんだよ。 読み書きとか歴史はその人に教えてもらったんだ。 算術は騎士団に入ってから頑張ったけどね」

 師匠は懐かしそうに語りながら、どこか寂しそうに笑った。 

 私はそんな師匠の話を聞いて、いつか聞いた話を思い出す。


 ——この国は他国に比べて貴族と平民の格差や壁があまり感じられないとか。
 
 というのも、初代国王の英雄王レイド・ヴァーミリオンが庶民出身だったから、と言うのが大きく影響している。
 その最たる例で言えばやはり学院の構造だろう。

 貴族による知識や技術の独占を禁ずる、知識は望んだ全ての民に平等に与えられるべきだ。 そう言って、レイド・ヴァーミリオンは王立学院を作ったらしい。

 おかげで、国中どの学院の学費も一般家庭がギリギリ払える額になっており、この国の識字率は他国に比べて高くなっているとか......。


「——さて、話はこれくらいにして稽古を再開しようか!」

 雑談をしている間に私の呼吸も整っており、それに気づいた師匠は剣を構えて声を張り上げた。

「はーい」

 私も間延びした返事をしながら剣を構えて、稽古を再開する。
 師匠の魔術を避け、剣を交わし、地面を転がる。

 そうやって、私と師匠は辺りが暗くなるまで稽古を続けた——。



 ——そして次の日の午後。
 私は珍しくお父様の執務室に向かっていた。


「お父様が私を呼び出すなんて、珍しいよね?」

 私はひんやりとした空気の廊下を、コゼットと一緒に歩く。

「そうですね。 エル様、なにかイタズラでもしたんですか?」

 そうニヤケながら私を見るコゼット。

「してない......はず。 それに、イタズラするならコゼットにするよ!」


 なんて、ほんの少しふざけたやり取りをしている間に、お父様の執務室まで到着した。

 それと同時に、私が来た方とは反対から兄様が欠伸をしながら歩いて来るのが目に入る。

「あれ、エルも呼び出されたの?」

 今日も変わらず眠そうな目をしている。

「はい、お兄様も?」

「大事な話があるって言われてね」

 兄妹揃って話があるって、それだけ重要な事なんだろうか?


 そんなふうに考えつつも、私は目の前の扉を数回、軽くノックした。

「——お父様、入っていいですか?」

 私の問いかけに、少しの間を置いてくぐもった返事がかえってくる。

「エルか、入ってくれ」

 聞き慣れたお父様の低い声が、静かな廊下に響く。

 私はほんの少し緊張しつつも、ドアノブに手をかけて扉を開いた。

「アルカードも一緒だったか。よし、二人ともそこに座ってくれ」

 お父様はそう言って、デスクの前のソファを指さす。
 そして、その一つにはお母様が既に座っていた。

「あ、おはようお母様」

「母様、おはよ」

「二人ともおはよ~」

 兄様と私はそうお母様と挨拶を交わしながら、ソファの空いているところに座る。

 それにしても、こうして家族全員で集まるのは久しぶりな気がするな。

 お父様はここ最近騎士団の仕事で家を空けることが多いし、お母様も兄様もそれぞれ自室に引きこもって魔術に関する何かをしてることが多い。

 顔を合わせるのはお互いに用がある時と、夕食の時だけだ。
 故に、こうしてテーブルを囲わずに家族全員が集まってる光景を少々珍しく感じてしまう。


「さて、それぞれやる事があるだろうから、早めに本題を話そう」

 私達が席に着くなり、お父様はそう口を開いた。

「今日お前たちを呼んだのは......。 新しく家族が増えるからだ」

 神妙な面持ちでそういったお父様に、私と兄様はポカンとしてしまう。

「ティアが妊娠した」

 お父様は呆然とする私達にも分かるように、ただ一言そう説明をする。
 しかし、それでも私は一瞬理解が追いつかなかった。

「え、と。 それってつまり......」

「弟か妹が増えるってことかな?」

 私が動揺のあまり、確認の言葉を詰まらせたところ、兄様が代わりに聞きたいことを口にしてくれる。

「そゆこと!」

 そしてその質問に、お母様が満面の笑みを浮かべてで頷いた。

「それは......いいね。 凄く嬉しい!」

 不安とか期待とか、色々な感情が心に浮かんで混ざりあって訳が分からなくなってるけれど、一つ確実に分かるのは、嬉しいってことだった。

 そして、その事を口にすると、その嬉しい気持ちがどんどん大きくなってゆく。

「エルも来年は学院に入るし。 色々と大変だろうが、俺が不在の時はティアのことを頼んだぞ?」

 お父様はそう私とお兄様を見て微笑んだ——。



 ——そして、それから数ヶ月後。

 冬も過ぎ去り厳しい寒さも少なくなってきた暖かな春。

 誕生日を迎え七歳になった私は、王立学院の門の前に着慣れない制服を身にまとって立っていた......。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...