魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

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1章

26.王都観光 中編

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 アクセサリーの露店を後にした私達は、セラの要望で露店通りを抜けた先の大通りにある古本屋に来ていた。


「——水魔術の教本?」

「はい。 昨日の授業で自分が魔術の性質変化がッ! 苦手なことに気づきましてッ!」

 そう言って、セラは背伸びをしながら上の方にある本へ手を伸ばす。

「んんっ~!」

「お嬢様、私が代わりに取ります」

 と、なかなか手が届かない様子を見かねたフィーさんがそう言って代わりに本を手に取った。

「ありがとう、フィー。 会計をしてくるので、エル様は先に外で待っててください。」

 本を受け取ったセラはフィーさんにお礼を言いつつ、店の奥へと入っていく。

 古本屋と言うだけあって、店内は棚と本がギッチギチに詰められており、棚に置ききれない本は塔の様に積み重なって置かれていて、とにかく歩きづらい。

 しかし、セラは慣れてるかのようにスルスルと棚の間を歩いて行ってしまった。

 
 ——カランカランとベルを鳴らしてドアを開けると、外で待っていた師匠が私に気づいて視線を向けてきた。

「あれ、セリシア嬢はまだ中?」

「はい、いま会計をしてます」

 私はそう言いながら店の軒先に寄りかかる師匠の隣に立つ。

「その髪紐、似合ってるよ」

「あたりまえです。 セラが選んでくれたんですから」

 髪紐を褒めてくれた師匠に向かって、私は得意げに笑みを浮かべた。
 
 露店をあとにした後、それまで後ろ髪を束ねていた紐を解いて早速セラに貰った髪紐に変えたのだ。

 初めて友達からもらった贈り物。
 自慢しなきゃもったいない。

 そう言葉を交わしていると、横のドアがカランカランと音を立てた。

「お待たせしました! 次はどこに行きます?」

 そう言って、分厚い本を何冊か抱きかかえたセラが店を出てくる。
 まだまだ元気が有り余ってる様子だ。

「取り敢えず、歩きながら考えよっか」

 まだ、お昼過ぎだ。
 時間はたっぷりある......。



 ——そうして、四人で大通りの服屋やお菓子屋などを巡っていると、とあるお店から突然声を掛けられた。

「おい! ルビスの旦那!」

 大通りに響く野太い声に足を止めて振り返ると、エプロン姿の筋骨隆々なおじさんが手を振っている。

「師匠、お知り合いですか?」

「あぁ鍛冶屋の人だ」

 師匠は苦笑いを浮かべながら小さく手を振り返していた。

「この前頼まれたヤツ! 出来てるぜ!」

「あぁ......ごめん。 ちょっと寄っていい?」

 申し訳なさそうにそう言う師匠に、私もセラも快く頷く。
 
 鍛冶屋なら、私も少し気になっていた。

 実は、ここまで剣術に励んで来たと言うのに、私はまだ一度も本物の剣を持ったことがない。
 なので見て回るくらいはしたいと思っていたのだ。


 ——という事で、早速鍛冶屋の中へお邪魔させてもう。

「おうおう、可愛い嬢ちゃん達引き連れてどうしたんだいルビスの旦那ァ」

「弟子とそのお友達ですよ」

 店主のおじさんは店の中に戻ると、カウンターに立って話を始めた。

「弟子ぃ? ほぉ! こんな可愛い子がか?」

 師匠の言葉に店主は訝しげな視線を私に向ける。

「こいつぁ面白ぇ! おい嬢ちゃん、剣が必要になったらウチへ来な! 可愛いし安くしておいてやるよ!」

 店主のおじさんはそう言ってニカッと笑った。

「エル、俺たちの話が終わるまで店内を見て回るといい」

「おっと、すまねぇ。頼まれてたヤツだったな......」

 と、師匠が私達の間に入ると店主はカウンターの下から一本の直剣を取り出して、本題へ移った。


 その様子を横目に、私は言われた通り店内を見て回る。

  鍛冶屋、と言っても工房があるのは店の裏手で、ここには剣や盾、鎧なんかを置いているらしい。
 因みに、セラはあまり武具類には興味が無いらしく、フィーさんと一緒にお店の外で待っている。

 そんな中、私は一人で壁にかけられた直剣や短剣に目を輝かせる。

 好奇心で試しに直剣の一つを手に取ってみると、木剣とは違ってずしりとした金属の重みが手にのしかかった。
 
「嬢ちゃんにゃその剣はまだ早ぇよ」

 思いの外早く要件が終わったらしい店主が、カウンターから出て来てそう声をかけてきた。

「......そう、ですね」

 悔しいが、店主の言う通り私にこれを振り回して走れるほどの筋力と体力はまだない。
 
「嬢ちゃんが使うならこの辺りがいいんじゃねぇか?」

 店主のおじさんはそう言うと、壁の上の方に掛けられた細剣レイピアを持って私に差し出してきた。

細剣レイピアですか?」

 私は手に持った直剣を横に立て掛け、細剣レイピアを受け取る。

「初めてなら、まずは金属の重さと振り心地に慣れるこったな。 もしそれが軽すぎて肌に合わねぇっていうんなら、刀身を広くして直剣と細剣の間くらいにはしてやれるぞ」

 確かに、木剣にかなり近い重さではあるがイメージしていた剣の重さとはかなり齟齬があるし、何より聖王流は直剣に適した戦い方なので細剣では耐久の面が心配になる。

 それに、初めてはやはり憧れのレイド・ヴァーミリオンと同じ直剣がいい。

「ありがとうございます、買う時の参考にしますね」

 そう言って、私は細剣を店主さんに返した。
 
「まだ見てくかい?」

 要件を終え、いつの間にか腰に剣を差した師匠にそう聞かれて、私は首を横に振る。

 私にはまだ木剣が丁度いいのだろう。
 剣を持つのはもう少し強くなってからだ。

「セラも待ってるし、そろそろ行こうかな」

「そうか。 ルビスの旦那も、まいどあり!」

 そうして、店主さんに見送られながら私達は鍛冶屋を後にした......。



「——そろそろ、二人が行こうって決めた場所を回ってもいいんじゃない?」

 鍛冶屋を出て更にしばらく大通りをぶらついていた私達に、師匠がそう口を開いた。

 確かに、場所によってはここからかなり歩く必要がある。
 時間も既におやつ時と言える頃なので少し急いだ方がいいくらいだ。

「そうですね、行きましょうか」

 セラも同じ考えだったらしく、師匠の提案を受け入れる。

「じゃあ、まずは星見の噴水広場に行こう」

 この王都で一番有名な観光地、星見の噴水広場。
 待ち合わせ場所の定番として老若男女問わず集まるその場所は、夜になると噴水が止まり、水面に星空が写し出されることからこの名前がついた。
 因みに夜は恋人がイチャつく場所の定番となっているらしい。


「——ここも、やっぱり人が多いね」

 噴水広場につくなり、師匠がそうこぼす。
 円形の噴水広場は、その四方が全て大通りに繋がっているため、多くの観光客や待ち合わせの人で溢れかえっているのだ。

「そうだ、エル様! この噴水、銅貨や銀貨に願いを込めて投げ込むとその願いが叶うって噂があるんですよ!」

「へー、知らなかった。 やってみる?」

「はい!」

 あくまで噂は噂。 別に信じてる訳じゃないが、やってみるのも面白そうだ。

 そうして、嬉しそうに返事をしたセラに手を引かれ人混みをぬけて噴水の傍まで寄る。

 そしてセラはお小遣いの入った袋から銀貨を取り出して握りしめると、目を瞑り願いを込め投げ込んだ。

 それを見て私も、同じように銀貨を手に目を瞑る。

 願い事、と言ってもパッと思いつくものが無い。

 夢は自分の力で叶えるし、欲しいものは努力で手に入る。
 どうせ願うなら絶対に手に入らないものの方が、叶った時に嬉しいかな。
 だったら......。


 ——魔術が使えるようになりますように。


 半分冗談の気持ちでそう願って銀貨を噴水へ投げ入れた。

「願い事、叶うといいですね!」

 ポチャンと広がる波紋を見てセラが微笑む。
 私もそれに微笑み返して、噴水広場を離れた......。



 ——そうして、次に私達が足を運んだのは、王都の北にある魔術学院の時計塔前だった。

 あの魔術大国ヘカーティアの次に権威ある学院として知られるヴァーミリオンの魔術学院には、敷地内に大きな時計塔が立っており、有名な観光地となっている。

 実は、私達の通う王立学院はこの魔術学院の近くにあり、登下校の時に時計塔自体は見た事があるのだ。

 しかし......。


「——で、デカいですね!」

 そう、ここまで間近に来たことはない。

 私達は魔術学院を囲む塀に沿って歩きながら、時計塔を見上げていた。

 短針が一周する度に、長針が進むガチャという音が聞こえる。
 そして、私達が時計塔に最も近い場所に着いたと同時に丁度よく長針が真上を指す。

 すると、ゴーンゴーンといつも聞いているのよりも、何倍も低い鐘の音が四度響いた。


「このお腹の底に響く鐘の音。久々に聞きました」

 一番後ろを歩くフィーさんが苦い顔をしながらそう呟く。

「そう言えば、フィーはこの魔術学院出身だったっけ!」

「はい。 昔は冒険者を夢みて魔術を磨いてました」

 懐かしそうに時計塔を眺めながらそう言うフィーさん。
 夢見てたってことは諦めてしまったのだろうか?

「では、どうして今セリシア嬢のメイドを?」

「申し訳ありません、言い方が悪かったですね。 夢は叶いました。 けれど私の思っていた冒険者と今の時代の冒険者が違ってたんですよね」

 過去を思い出すフィーさんは時計塔を見上げながら遠い目をしてそう言った。

 きっとフィーさんが憧れたのは魔王全盛と呼ばれた時代の冒険者なのだろう。


 魔王が現れてからの数年間は十三英雄が存在せず代わりに冒険者達が国に雇われる形で魔獣に対抗していた。
 実際のところ、冒険者といえば聞こえはいいが、要はフリーの傭兵だ。

 なぜ傭兵と区別されたのかは諸説あるが、一番有名なのは貴賎の区別なく、個人の依頼を優先した傭兵たちの事を冒険者と呼び、国や組織に雇われてる者を傭兵と呼ぶようになったのだとか。

 しかし、最近の冒険者はギルドと言う組織に所属している傭兵達をさす言葉に変化しているのだそうだ。


「とまぁそんな理由で冒険者を辞めたあと、路頭に迷ってる所を旦那様、セリシア様のお父様に拾われて今に至ります」

「そうだったのね。 フィーの前職とか初めて聞いたかも」

 どうやらセラも今の話は初耳らしい。

「そんな事よりも、この後はどうなされるのですか? 時計塔はもう夕方の時間を指していますけど」

 そう言われて空を見上げると、フィーさんの言う通り西の空が茜色に染まり始めている。

「そろそろ帰る時間かな」

「そうですね......」

 私の発言にセラが寂しそうな顔をする。

「なら、最後に俺の取っておきの場所に行こう」

 それを見兼ねたのか、師匠はそう言って私達をとある場所へ案内した......。
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