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1章
30.心躍る提案
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「——あいたたた~......」
壁に打ち付けられたお姉さんは、後頭部を抑えつつも立ち上がっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
私がセラを気に掛けている間に、フィスはお姉さんの方に駆け寄る。
「ありがと~。 これくらい慣れてるから平気よ~」
お姉さんは打ち付けた後頭部をさすりながらフィスにそう言って微笑んだ。
「けどビックリ。 まさか一年生が中級魔術を使えるなんて~」
アメリアもそうだったけど、ジーク殿下の傍にいるだけあって、それなりに実力はあるらしい。
「それよりも、そっちの子は大丈夫~?」
そう言って、私達の方に歩み寄ってくるお姉さん。
「はい、すみません。 もう大丈夫です」
お姉さんの問に、セラは私から離れてそう言った。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
その横からフィスがお姉さんにお礼を言う。
「いいのいいの、仕事だから~」
「仕事......?」
その言葉に私達三人は揃って首を傾げたが、直後に私だけ何となく察した。
「自己紹介がまだでしたね~。 四年生のシャンティ・アルフェリス、学院秩序維持委員会の者で~す」
褐色肌に、光の加減で青色にも見える銀の髪と、透き通った藍色の瞳が特徴の、おっとりとしたお姉さんは、そう言うとニッコリと笑った。
どうやら、噂の腕章持ちだったらしい。
道理でレギオンの拘束までの手際が良かったわけだ。
「えっと......なんですかそれ?」
自己紹介を聞いても首を傾げるフィスとセラ。
一応、腕章持ちについては学院の入口の掲示板の端に書いてあるらしいけれど、新入生は校則の方を覚えるのに必死で気づかないらしい。
かくいう私もシアニス先生から聞くまで知らなかった。
「簡単に言うと喧嘩の仲裁役ですよね~。 さっきみたいに校則破って魔術をバコスカ唱えちゃう子が多いので教師だけだと手が足りないんです」
と、そんなふうに言うお姉さんの姿を見て私は一つの疑問が浮かんだ。
制服のどこにも、腕章が見当たらないのだ。
「あの、シャンティさん。 腕章はどうしたんですか? 」
「あ、新学期始まったばかりなので今は委員会も活動してないのよ~。 けど、流石にさっきのを見逃す訳には行かなくて、付けてないけど出てきちゃった」
どうりで腕章をつけた生徒を見ないわけだ。
私達新入生が秩序維持委員会を知らないのも無理ない。
「それより、あなたたちの名前も教えて?」
シャンティさんの言葉で私達は自己紹介を返すのを忘れていた事に気づいて、慌てて名乗り返した。
「——エルちゃんにセリシアちゃんにフィスくん、覚えておきま~す。 それじゃ、昼休みもあと少ししかないし、私は教室に戻りますね~」
お姉さんはそう言って、胸の辺りで小さく手を振って歩いていこうとする。
「あ、はい。 ありがとうございました」
元気を取り戻したセラが慌ててお礼を言うと、お姉さんはニコリと微笑んで廊下を歩いていってしまった。
そうして、私達もその場を後にすることにした——。
——教室へ戻った私達は、いつもの窓際の席へ着いた。
昼休みも、そろそろ終わるという頃合い。クラスメイトも半分程が戻ってきている。
それにしても、レギオンは一体なんの用で私を探してたんだろう......。
もしや、先日のアメリアとの件だろうか。
どうやらあの時の噂は未だに広がり続けているらしく、同級生の第二王子派からは、たまに敵意のこもった視線を向けられる。
レギオンも、もしかしたらそれ関連で私を探していたのかもしれない。
なんて考えていると、前の列に座るフィスから猛烈な視線を感じた。
「——フィス? どうしたの?」
「セリシア。僕に何か言うことがあるんじゃないか? お前のせいで僕はお昼を食べ損ねたんだぞ!」
そう言ってフィスは私の横で腕にくっつくセラを睨みつけた。
どうやら、助けに入ったお礼を言って欲しいらしい。
まぁセラを守って殴られる直前まで行ったのだ、礼を求めるのは当然だろう。
「そうですね......。その、助けてくれて、ありがとうございます」
セラはフィスの言葉に、なんとも言えない表情を浮かべつつも、ほんの少し恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら、目線を逸らしてお礼を言った。
「ふんっ! 自分の身くらい自分で守れるようになれよな」
フィスはそんなセラを見下すように、腕を組んで鼻を鳴らす。
「貴方だって、前にいじめられてエル様に助けられたじゃないですか!」
「そうかもしれないけど、僕はもう一人で対処出来る」
「あーはいはい、そうですか。 ていうかなんで私を助けたんですか? 最初無視しようとしてましたよね?!」
「別に......少し腹が立ったからだ」
セラから視線を逸らして恥ずかしそうに言うフィス。
「は? なんですかその理由。 どう言うかあんまり意味なかったですよね。 結局殴られる直前で助けられたんですし」
「いいだろ別に! 僕だって魔術の勉強を頑張ってるんだ、殴られてたらそれ相応の魔術で返してたさ!」
そう自信満々に言い放ったフィスに私は少し興味が湧いた。
「へー! じゃあ今度手合わせしてよ! 私もフィスの勉強の成果を見てみたい!」
ちょうど身近に師匠以外で稽古の相手になりそうな魔術師が欲しいと思っていたのだ。
魔術は人によって千差万別。
魔術師を相手にする時は思考を柔軟にしないと対応が追いつかない。
師匠とばかり戦っていてもそれが凝り固まってしまう。
「はっ?! 僕がエルと......? 絶対負けるだろ!」
そう言いつつも満更でも無い表情を浮かべるフィス。
そんな風に、言葉を交わしていると昼休み終了の鐘が鳴った。
まだ教室に戻ってきてなかったクラスメイトが慌てて教室に駆け込んでくる。
「よう、三人とも! ってあれ、何かあったのか? フィスがやけに上機嫌だが」
そう話に参加してきたリオウに、先程のことを説明していると、シアニス先生が入ってきて午後の魔術の授業が始まった......。
——そして授業が終わり、下校時間。
長閑なお昼過ぎ。
フィスとリオウに別れを告げて、セラと一緒に学院の門まで来たところで、とある人物に声をかけられた。
「エル、セリシア嬢。 少し良いか?」
そこには、久しぶりに見るジーク殿下が立っていた。
「ジ、ジーク殿下?!」
ジーク殿下の顔を見るなり、セラは怯えた様子で私の袖をギュッと掴むと、辺りを見回す。
ジーク殿下が居るということはその友人のレギオンが居るかもしれないと、警戒したのだろう。
「大丈夫だセリシア嬢、今は俺一人だ」
殿下もそれを察してかセラを安心させる。
「ジーク殿下、お久しぶりですね」
「そうだなエル。 教室が違うだけでこうもすれ違ってしまうとは思いもしなかったよ」
初日の中庭で言葉を交わして以来の会話。
お互いに廊下で見かけることはあっても、目を合わせる程度で話しかけるとまでは行かなかった。
ジーク殿下の傍にはいつもアメリアやレギオン、他の同級生が居たし。
噂のせいで中々に近づきがたい雰囲気だったのだ。
「そう言えばアメリアと、一戦交えたと言う噂があるが本当か?」
当たり前だろうけど、ジーク殿下の耳にも届いたらしい。
「本当ですよ? あ、けど別にアスク殿下を支持するとか、ジーク殿下を支持しないとか、そういう派閥うんぬんには興味ないので勘違いしないでください!」
一応、そこは明確にしておかないと。
ジーク殿下も分かっているだろうけど。
「あぁ重々承知してるよ。 それより、どうだったアメリアは? 強かっただろ?」
派閥に関して、ジーク殿下本人はあまり気にしてないらしい。
それよりも、戦った感想を聞きたそうにうずうずした表情を浮かべていた。
そんな殿下の様子に、私は少しホッとした。
去年、王宮で話した殿下と何ら変わりない。
剣が好きで、剣に憧れる勝負好きの少年のままだ。
レギオンやアメリアを傍に置くようになって変わってしまったと思ったけれど、きっとなにか事情があるのだろう。
「えぇ、強かったです! 私が勝ちましたけどね!」
「そうか......。 それなりにエルも強くなってるみたいだな」
嬉しそうにそう笑う殿下。
「当たり前です。 もちろん殿下も、成長してらっしゃるんでしょ?」
私はそう言って、ジーク殿下が左腰に差している剣へと視線を向けた。
以前中庭で会った時も、廊下で見かけた時も常に腰に差しているのが見えていた。
シンプルながら洗練された装飾の施された鞘と柄。
明らかに木剣でも、普通の剣でも無い。
「あぁ、これが気になるんだろ?」
殿下は私の視線に気づいて腰の剣に手を伸ばす。
「父上がくれた物だ。 どうやらヴァーミリオンに伝わる宝剣の一振らしくてな、肌身離さず身につけるように言われて、学院側に無理を言って帯剣を許してもらったんだ」
「そ、それがあの......!」
ヴァーミリオンの宝剣。
御伽噺にも登場する三つの剣の事だろう。
レイド・ヴァーミリオンが故郷を出た際に持っていた最初の剣。
魔王の侵攻を抑えた際にその国の王から褒美として渡された剣。
そして、魔王討伐に際して女神リオニュシアから授けられた剣。
それぞれが長い間レイド・ヴァーミリオンの魔力に触れたことで、特殊な能力を持っていると言われており、代々この国の王が受け継いできたとされている。
「まだ実力が足りないとかで、抜けないようになってるけどな」
ジーク殿下は柄を握って鞘から抜こうとするが、一ミリも動く気配がない。
「さて、世間話はこのくらいにしよう......。今日は二人に謝りたくてきた」
そう言って、ジーク殿下はそれまでとは一転して真剣な表情を浮かべた。
それにしても謝る?
一体何をだろうか。
「昼休み、レギオンが君達とその友人に迷惑をかけたそうだな。 それを代わりに謝らせてくれ、すまなかった」
そう言って、目を伏せる殿下。
「何故ジーク殿下が謝るんですか?」
そう問いかけたセラに、殿下は気まずそうに口を開く。
「レギオンが俺の友人だからだ。 アイツは仲間意識が強すぎてな。 噂の件でエルに用があったらしい。 本来ならアイツに直接謝らせるべきだろうが、セリシア嬢は二度と会いたくないだろうと思ってな」
「そう......ですね。 けれど、元はと言えば私がレギオンさんに勝手に怯えてしまったのが原因ですから、そこは気にしないでください。 けれど、フィスを殴ろうとした事は反省するよう伝えてくださいね!」
セラはそう言って微笑んだ。
見えてしまうものはしょうがない。
セラはレギオンに怯えたのではなく、その側に立つ精霊に怯えたのだ。
しかし、レギオンからしてみればどうしようもない事。
セラにしか見えていない精霊をどうにかすることは出来ない。
だからセラは相手を責めずに自分を責めたのだろう。
そして、なんだかんだ言ってフィスが殴られそうになった事に腹を立てていたらしい。
「そうか、わかった。 レギオンにはそう伝えておく」
殿下はそう言うと、少し表情を柔らかくした。
「それじゃ、行きましょうエル様!」
満足した様子のセラはそう言って私の手を引っ張ってジーク殿下の横を通り過ぎようとした瞬間、再度も呼び止められる。
「あぁそうだ、エル。 あの約束覚えてるか?」
約束......。
あぁ、そういえばあったな。
「もちろんです、手合わせの件ですよね!」
今度はドレスを着てない時に、と言う約束だ。
学院でならいつだって叶えられる。
「俺はいつエルに勝負を挑もうか、ずっと考えてたんだ。 それで、最近思いついた。 今年は秋に英雄大祭があるだろ? その武闘大会、そこで決着ってのはどうだ?」
そんな殿下の提案に、私は胸が踊った。
——英雄大祭とは、かつて魔王を倒した十三人の英雄を讃えるため、全ての国で行われる四年に一度の大規模なお祭りの事だ。
各国出身の英雄に因んだ催しが開かれるのだが、このヴァーミリオン聖王国では武闘大会が幾つか開かれるのが習わしとなっている。
中でも学院主催の学生同士の武闘大会は毎回注目されており、次世代の英雄になるかもしれない生徒を見に、各地から多くの観戦客が殺到する程だ。
「どうだ? 心躍るだろ?」
「ですね!」
二人揃って笑みがこぼれる。
一年前の時点で実力には差があった。
この一年でどれだけそれを埋められたのか分からないが、残り半年を使って少しでも強くならなければ......。
そう思いながら、私は殿下に挨拶をして学院をあとにしたのだった。
壁に打ち付けられたお姉さんは、後頭部を抑えつつも立ち上がっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
私がセラを気に掛けている間に、フィスはお姉さんの方に駆け寄る。
「ありがと~。 これくらい慣れてるから平気よ~」
お姉さんは打ち付けた後頭部をさすりながらフィスにそう言って微笑んだ。
「けどビックリ。 まさか一年生が中級魔術を使えるなんて~」
アメリアもそうだったけど、ジーク殿下の傍にいるだけあって、それなりに実力はあるらしい。
「それよりも、そっちの子は大丈夫~?」
そう言って、私達の方に歩み寄ってくるお姉さん。
「はい、すみません。 もう大丈夫です」
お姉さんの問に、セラは私から離れてそう言った。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
その横からフィスがお姉さんにお礼を言う。
「いいのいいの、仕事だから~」
「仕事......?」
その言葉に私達三人は揃って首を傾げたが、直後に私だけ何となく察した。
「自己紹介がまだでしたね~。 四年生のシャンティ・アルフェリス、学院秩序維持委員会の者で~す」
褐色肌に、光の加減で青色にも見える銀の髪と、透き通った藍色の瞳が特徴の、おっとりとしたお姉さんは、そう言うとニッコリと笑った。
どうやら、噂の腕章持ちだったらしい。
道理でレギオンの拘束までの手際が良かったわけだ。
「えっと......なんですかそれ?」
自己紹介を聞いても首を傾げるフィスとセラ。
一応、腕章持ちについては学院の入口の掲示板の端に書いてあるらしいけれど、新入生は校則の方を覚えるのに必死で気づかないらしい。
かくいう私もシアニス先生から聞くまで知らなかった。
「簡単に言うと喧嘩の仲裁役ですよね~。 さっきみたいに校則破って魔術をバコスカ唱えちゃう子が多いので教師だけだと手が足りないんです」
と、そんなふうに言うお姉さんの姿を見て私は一つの疑問が浮かんだ。
制服のどこにも、腕章が見当たらないのだ。
「あの、シャンティさん。 腕章はどうしたんですか? 」
「あ、新学期始まったばかりなので今は委員会も活動してないのよ~。 けど、流石にさっきのを見逃す訳には行かなくて、付けてないけど出てきちゃった」
どうりで腕章をつけた生徒を見ないわけだ。
私達新入生が秩序維持委員会を知らないのも無理ない。
「それより、あなたたちの名前も教えて?」
シャンティさんの言葉で私達は自己紹介を返すのを忘れていた事に気づいて、慌てて名乗り返した。
「——エルちゃんにセリシアちゃんにフィスくん、覚えておきま~す。 それじゃ、昼休みもあと少ししかないし、私は教室に戻りますね~」
お姉さんはそう言って、胸の辺りで小さく手を振って歩いていこうとする。
「あ、はい。 ありがとうございました」
元気を取り戻したセラが慌ててお礼を言うと、お姉さんはニコリと微笑んで廊下を歩いていってしまった。
そうして、私達もその場を後にすることにした——。
——教室へ戻った私達は、いつもの窓際の席へ着いた。
昼休みも、そろそろ終わるという頃合い。クラスメイトも半分程が戻ってきている。
それにしても、レギオンは一体なんの用で私を探してたんだろう......。
もしや、先日のアメリアとの件だろうか。
どうやらあの時の噂は未だに広がり続けているらしく、同級生の第二王子派からは、たまに敵意のこもった視線を向けられる。
レギオンも、もしかしたらそれ関連で私を探していたのかもしれない。
なんて考えていると、前の列に座るフィスから猛烈な視線を感じた。
「——フィス? どうしたの?」
「セリシア。僕に何か言うことがあるんじゃないか? お前のせいで僕はお昼を食べ損ねたんだぞ!」
そう言ってフィスは私の横で腕にくっつくセラを睨みつけた。
どうやら、助けに入ったお礼を言って欲しいらしい。
まぁセラを守って殴られる直前まで行ったのだ、礼を求めるのは当然だろう。
「そうですね......。その、助けてくれて、ありがとうございます」
セラはフィスの言葉に、なんとも言えない表情を浮かべつつも、ほんの少し恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら、目線を逸らしてお礼を言った。
「ふんっ! 自分の身くらい自分で守れるようになれよな」
フィスはそんなセラを見下すように、腕を組んで鼻を鳴らす。
「貴方だって、前にいじめられてエル様に助けられたじゃないですか!」
「そうかもしれないけど、僕はもう一人で対処出来る」
「あーはいはい、そうですか。 ていうかなんで私を助けたんですか? 最初無視しようとしてましたよね?!」
「別に......少し腹が立ったからだ」
セラから視線を逸らして恥ずかしそうに言うフィス。
「は? なんですかその理由。 どう言うかあんまり意味なかったですよね。 結局殴られる直前で助けられたんですし」
「いいだろ別に! 僕だって魔術の勉強を頑張ってるんだ、殴られてたらそれ相応の魔術で返してたさ!」
そう自信満々に言い放ったフィスに私は少し興味が湧いた。
「へー! じゃあ今度手合わせしてよ! 私もフィスの勉強の成果を見てみたい!」
ちょうど身近に師匠以外で稽古の相手になりそうな魔術師が欲しいと思っていたのだ。
魔術は人によって千差万別。
魔術師を相手にする時は思考を柔軟にしないと対応が追いつかない。
師匠とばかり戦っていてもそれが凝り固まってしまう。
「はっ?! 僕がエルと......? 絶対負けるだろ!」
そう言いつつも満更でも無い表情を浮かべるフィス。
そんな風に、言葉を交わしていると昼休み終了の鐘が鳴った。
まだ教室に戻ってきてなかったクラスメイトが慌てて教室に駆け込んでくる。
「よう、三人とも! ってあれ、何かあったのか? フィスがやけに上機嫌だが」
そう話に参加してきたリオウに、先程のことを説明していると、シアニス先生が入ってきて午後の魔術の授業が始まった......。
——そして授業が終わり、下校時間。
長閑なお昼過ぎ。
フィスとリオウに別れを告げて、セラと一緒に学院の門まで来たところで、とある人物に声をかけられた。
「エル、セリシア嬢。 少し良いか?」
そこには、久しぶりに見るジーク殿下が立っていた。
「ジ、ジーク殿下?!」
ジーク殿下の顔を見るなり、セラは怯えた様子で私の袖をギュッと掴むと、辺りを見回す。
ジーク殿下が居るということはその友人のレギオンが居るかもしれないと、警戒したのだろう。
「大丈夫だセリシア嬢、今は俺一人だ」
殿下もそれを察してかセラを安心させる。
「ジーク殿下、お久しぶりですね」
「そうだなエル。 教室が違うだけでこうもすれ違ってしまうとは思いもしなかったよ」
初日の中庭で言葉を交わして以来の会話。
お互いに廊下で見かけることはあっても、目を合わせる程度で話しかけるとまでは行かなかった。
ジーク殿下の傍にはいつもアメリアやレギオン、他の同級生が居たし。
噂のせいで中々に近づきがたい雰囲気だったのだ。
「そう言えばアメリアと、一戦交えたと言う噂があるが本当か?」
当たり前だろうけど、ジーク殿下の耳にも届いたらしい。
「本当ですよ? あ、けど別にアスク殿下を支持するとか、ジーク殿下を支持しないとか、そういう派閥うんぬんには興味ないので勘違いしないでください!」
一応、そこは明確にしておかないと。
ジーク殿下も分かっているだろうけど。
「あぁ重々承知してるよ。 それより、どうだったアメリアは? 強かっただろ?」
派閥に関して、ジーク殿下本人はあまり気にしてないらしい。
それよりも、戦った感想を聞きたそうにうずうずした表情を浮かべていた。
そんな殿下の様子に、私は少しホッとした。
去年、王宮で話した殿下と何ら変わりない。
剣が好きで、剣に憧れる勝負好きの少年のままだ。
レギオンやアメリアを傍に置くようになって変わってしまったと思ったけれど、きっとなにか事情があるのだろう。
「えぇ、強かったです! 私が勝ちましたけどね!」
「そうか......。 それなりにエルも強くなってるみたいだな」
嬉しそうにそう笑う殿下。
「当たり前です。 もちろん殿下も、成長してらっしゃるんでしょ?」
私はそう言って、ジーク殿下が左腰に差している剣へと視線を向けた。
以前中庭で会った時も、廊下で見かけた時も常に腰に差しているのが見えていた。
シンプルながら洗練された装飾の施された鞘と柄。
明らかに木剣でも、普通の剣でも無い。
「あぁ、これが気になるんだろ?」
殿下は私の視線に気づいて腰の剣に手を伸ばす。
「父上がくれた物だ。 どうやらヴァーミリオンに伝わる宝剣の一振らしくてな、肌身離さず身につけるように言われて、学院側に無理を言って帯剣を許してもらったんだ」
「そ、それがあの......!」
ヴァーミリオンの宝剣。
御伽噺にも登場する三つの剣の事だろう。
レイド・ヴァーミリオンが故郷を出た際に持っていた最初の剣。
魔王の侵攻を抑えた際にその国の王から褒美として渡された剣。
そして、魔王討伐に際して女神リオニュシアから授けられた剣。
それぞれが長い間レイド・ヴァーミリオンの魔力に触れたことで、特殊な能力を持っていると言われており、代々この国の王が受け継いできたとされている。
「まだ実力が足りないとかで、抜けないようになってるけどな」
ジーク殿下は柄を握って鞘から抜こうとするが、一ミリも動く気配がない。
「さて、世間話はこのくらいにしよう......。今日は二人に謝りたくてきた」
そう言って、ジーク殿下はそれまでとは一転して真剣な表情を浮かべた。
それにしても謝る?
一体何をだろうか。
「昼休み、レギオンが君達とその友人に迷惑をかけたそうだな。 それを代わりに謝らせてくれ、すまなかった」
そう言って、目を伏せる殿下。
「何故ジーク殿下が謝るんですか?」
そう問いかけたセラに、殿下は気まずそうに口を開く。
「レギオンが俺の友人だからだ。 アイツは仲間意識が強すぎてな。 噂の件でエルに用があったらしい。 本来ならアイツに直接謝らせるべきだろうが、セリシア嬢は二度と会いたくないだろうと思ってな」
「そう......ですね。 けれど、元はと言えば私がレギオンさんに勝手に怯えてしまったのが原因ですから、そこは気にしないでください。 けれど、フィスを殴ろうとした事は反省するよう伝えてくださいね!」
セラはそう言って微笑んだ。
見えてしまうものはしょうがない。
セラはレギオンに怯えたのではなく、その側に立つ精霊に怯えたのだ。
しかし、レギオンからしてみればどうしようもない事。
セラにしか見えていない精霊をどうにかすることは出来ない。
だからセラは相手を責めずに自分を責めたのだろう。
そして、なんだかんだ言ってフィスが殴られそうになった事に腹を立てていたらしい。
「そうか、わかった。 レギオンにはそう伝えておく」
殿下はそう言うと、少し表情を柔らかくした。
「それじゃ、行きましょうエル様!」
満足した様子のセラはそう言って私の手を引っ張ってジーク殿下の横を通り過ぎようとした瞬間、再度も呼び止められる。
「あぁそうだ、エル。 あの約束覚えてるか?」
約束......。
あぁ、そういえばあったな。
「もちろんです、手合わせの件ですよね!」
今度はドレスを着てない時に、と言う約束だ。
学院でならいつだって叶えられる。
「俺はいつエルに勝負を挑もうか、ずっと考えてたんだ。 それで、最近思いついた。 今年は秋に英雄大祭があるだろ? その武闘大会、そこで決着ってのはどうだ?」
そんな殿下の提案に、私は胸が踊った。
——英雄大祭とは、かつて魔王を倒した十三人の英雄を讃えるため、全ての国で行われる四年に一度の大規模なお祭りの事だ。
各国出身の英雄に因んだ催しが開かれるのだが、このヴァーミリオン聖王国では武闘大会が幾つか開かれるのが習わしとなっている。
中でも学院主催の学生同士の武闘大会は毎回注目されており、次世代の英雄になるかもしれない生徒を見に、各地から多くの観戦客が殺到する程だ。
「どうだ? 心躍るだろ?」
「ですね!」
二人揃って笑みがこぼれる。
一年前の時点で実力には差があった。
この一年でどれだけそれを埋められたのか分からないが、残り半年を使って少しでも強くならなければ......。
そう思いながら、私は殿下に挨拶をして学院をあとにしたのだった。
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