魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

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1章

29.昼休みの衝突

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◇◆◇◆◇

 昼休み。
 授業の内容を漸くノートに書き終えた僕は、静まり返った教室を出て、食堂へと向かっていた。

 
 今日はどうも胸の辺りがスっとしない。

 それもこれも、セリシアのせいだ。
 四六時中エルにくっついて、僕を見ると睨みつけてくる。

 どうしてあそこまで僕の事を嫌うのか。
 皆目見当もつかない。
 僕だって、エルと話したいのに......。

 なんて心の中で呟きながら廊下を歩いていると、後頭部に衝撃が走った。


「いったぁ」

「へへ! おい! ちょっと来い!」

 急に頭を叩かれて驚いていると、後ろから腕をグイッと引っ張られて人通りの少ない薄暗い廊下へと引きずり込まれ、壁に叩きつけられる。

 いつもの事だ。
 相手は初日に僕に絡んできた貴族出身の三人組。
 エルにのされて以来こうして僕が一人の時を狙っていじめてくる。

 全く、懲りない奴らだな。


「また君たちか。 ほんとに学ばないね」

「学ばないのはお前の方だ貧乏人!」
「よくも俺らをコケにしたな!」
「そうだそうだ!」

 相変わらず僕のような一般家庭出身を見下しているらしい。

「俺らお前より偉いんだ! なのに頭を下げさせやがって!」
「絶対許さねぇ!」
「そうだそうだ!」

 どうやらあの時、無理に謝らされたことで、コイツらのしょうもないプライドが傷ついたのだろう。
 それを理由にいじめとは本当にレベルが低いな。

「罪を罪だと認識できてない時点で、人の上に立つべきじゃないと思うけどね」

 僕はズレたメガネを直しながらそう言い放った。

「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「やっちまうぞ!」
「そうだそうだ!」

 僕の返しに顔を真っ赤にしたいじめっ子達は一斉に殴りかかって来た。
 

 前までは、ここで何も出来ずに殴られていただろうけど。
 
 いつまでもエルに守られる僕じゃない。 
 自分の身は自分で守れるようになると、エルと出会った日に決めたんだ。

 あいつセリシアとは違う所を見せつけて、エルの隣を堂々と歩ける自分になると。


「——水玉アウル

 
 咄嗟に口をついて出たのは、最も得意な水魔術だった。
 足元に出来たスイカ程の水の玉は、床へ落ちるとパシャリと飛沫を上げて水溜まりを作る。

 そして、三人はその水溜まりに足を踏み入れると、盛大な音と共にツルんと床に転がった。

「ぶへっ!」
「あうっ!」
「くぅっ!」

「君達はさっき、僕が学ばないと口にしたけど、 それは大きな間違いだ」
 
 ぽかんと口を開けて僕を見上げるいじめっ子に、僕は言葉を続ける。

「僕が作り出したのはただの水じゃない。 授業で習ったろ? 性質変化だよ」

 僕は水に石鹸のような性質を持たせたのだ。
 授業で習ってから色々と調べて習得した性質変化の一つ。
 他にも色を変えたり、味を足したりと色々なことができるようになった。
 
「くっそぉ!」
「良くもやりやがったな!」
「た、立てない......」

 したり顔で見下す僕を、床に伏せたまま睨みつけるいじめっ子達。

「それじゃ、僕はもう行くから」

 そうして、何度も立ち上がろうとしては、滑って床に叩きつけられるいじめっ子達を笑いながら、僕はそそくさとその場をあとにした——。 
 


 ——すっかり遅くなってしまった。
 落ち着いて食べれる余裕は無さそうだな。
 急いで食堂に行かないと。

 そう考えて、制服についたシワを整えながら中庭に面した廊下を歩いていると、正面で何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「おい、お前! エルアリアとか言うやつの仲間だろ? あいつは今どこだ?」

「あ......その......」

 何事かと視線を向けると、制服を着崩した赤茶髪の男の子に詰め寄られて、怯えた様子のセリシアが居た。
 しかも、周りには同じように制服を着崩した男子生徒が何人か見える。

「おいレギオン、そんな奴ほっといて食堂を探した方が早えって!」

「うるせぇな! オレはコイツがエルアリアと一緒にいるところを何度か見掛けたんだ、コイツに聞いた方が何倍も早いだろ!」

 そう言ってレギオンとやらは、震えるセリシアを端へ追い詰め、すぐ右の壁をドンッと殴りつけた。

「ひ......!」

 セリシアは声を詰まらせ、悲鳴にもならない悲鳴をあげてさらに身を縮めて震わせる。
 その目尻には涙が浮かんでいるのが見えた。


 助けるべきか否か。
 僕は迷いながらも足を進める。

 セリシアと僕は、仲がいいとはとてもじゃないが言えない。
 お互いエルと会話してる所を邪魔ばかりするし、目が合えばいつも睨み合う、そんな関係だ。

 だから、助ける義理なんて微塵も感じられない。
 けれど、次の瞬間......。

 酷く怯えたセリシアと、目が合った。
 希望を見つけたような嬉しそうな表情を浮かべるも、すぐさま顔を曇らせる。

 それを見た僕は腹が立って、足を止めてしまった。

 この状況を無視をしようとした自分に、僕を見て表情を曇らせたセリシアに、怯える女の子相手に怒鳴り声を上げるコイツらに。

 ——とてつもなく腹が立った。


「ちょっといいかな?」

 そうして、気がつけば僕は、騒ぎの中心に飛び出していた。



◆◇◆◇◆



 アスク殿下の提案について悩みながら中庭沿いの廊下をゆっくり歩いていると、突然中庭の方から悲鳴が聞こえてきた。

「きゃっ!」

「おい! やめろ、そいつに触るな!」

 気になって視線を向けると、複数の生徒に囲まれたセラとフィスが目に入った。

 どうやら揉め事らしい。
 壁を背にレギオンと対峙するセラとフィスは三、四人のガラの悪い同級生の取り巻きに囲まれていた。

 そして、フィスの側に立つセラはレギオンに腕を掴まれて涙を浮かべている。

「おめぇには関係ねぇだろ!」

「エルに用があるなら自分たちで探せよ! 女の子を怖がらせて恥ずかしくないのか?」

 そう言って、フィスはレギオンの手をセラから引き剥がすとそのまま突き飛ばす。
 
 軽くたたらを踏んで、後ろに下がったレギオンは、額に青筋を浮かべてフィスをギロりと睨むと、右手で拳を握って腕を振り上げた。
 

「——フィス!!!」

 私はそれを見て、考えるより先に体が動いた。

 勢いよく床を蹴って走り出すと、騒ぎの中心へ突っ込む。
 がしかし、周りを囲んでいた取り巻きに行く手を阻まれてしまう。

 そして......。

「邪魔するなっ!」

 レギオンはそんな掛け声と共にフィスへ向かって拳を振り下ろした。
 フィスは避けることを諦めて、目をつぶって歯を食いしばっている。

 このままでは殴られる。
 その場の誰もがそう思った次の瞬間......。
 


「——は~い、そこまで~!」

 と、気の抜けた少女の声が廊下に響いた。

 どこからともなく現れた褐色肌の上級生によって、振り下ろされる途中の拳が止められる。

「お姉さん、流石それは見逃せないな~」

「なっ?! 離せよっ!」
 
 レギオンはその上級生を睨みつけながら、掴んできた手を振り払おうと暴れるも、一向にビクともしない。

 それどころか、お姉さんはニコニコと笑顔を浮かべている。

「おいっ! 離せって!」

「こらこら、暴れないで~」

 そう言ってお姉さんはレギオンを壁に引っ張って叩きつけると、掴んだ方の腕を背中に回しそのまま押さえつけた。

「いててててて! いてぇ!!」

 先程まで吠えていたレギオンが身動きひとつ取れていない。

 そんな光景に、私は驚いてしまう。
 お姉さんが何年生かは分からないけど、レギオンより幾分か背丈があるとは言え、アレを片手で押さえつけるなんて簡単じゃないだろう。

 なにかの魔術だろうか?
 だとしたらどんな......。

 なんて考えていると、レギオンが拘束を解くために魔術を使った。

「——烈風スフィラ!!」

「きゃぁっ!?」

 流石のお姉さんも、相手が一年生だと思って油断したのだろう。
 まさか中級の風魔術を使われるとは予想もしてなかったらしい。

 後ろ手に押さえつけられたレギオンの右手から強烈な衝撃が発せられ、お姉さんは吹き飛ばされて反対の壁に叩きつけられる。

 それを見たレギオンはすかさず取り巻きたちに合図を送る。

「お前ら、今日のところは逃げるぞ!」

 そうして、廊下を一目散に走ってレギオン一行は逃げて行った。

「あ、ちょ?! 待てお前ら!」

 お姉さんの登場に呆気にとられていたフィスがハッと我を取り戻し、それを追いかけようとするが......。

「待ったフィス!」

 私は慌ててそれを止めた。
 フィス一人で追い掛けたところで、返り討ちに会うだけだろうし。

 風の中級魔術を詠唱省略できるだけの実力。 それにあの体格だ。
 師匠と同じ魔術も剣術も両方行けるタイプなのだろう。
 上から目線な意見だけど、今のフィスには到底敵わない相手だ。

「くっそ」

 フィスも同じ結論に至ったらしい。
 悔しそうにこちらに戻ってくる。


「セラ、大丈夫?」

 そうして、廊下の奥へと消えてゆくレギオン達の背中を見送り、私は壁際で震えるセラへと駆け寄った。

「え、エル様......?」

 声を震わせつつ、私を見るなりへたり込んでしまうセラ。
 私はそれを支えるようにセラの肩と腰へ手を伸ばした。

「えへへ。 こ、怖かったです......」

 私を見て安心したのか、セラは笑みと一緒に目尻に溜まった涙を零す。

 先日、怖いと話していた相手にあんなふうに詰め寄られては、こうなっても無理はないだろう。

「よしよし」

 私はそんなセラを抱き寄せて頭を撫でてあげたのだった......。
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