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第4話 月が綺麗な夜に
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私と召使いさんは屋敷を脱出したあと、お父様や薬の購入者が何者かに殺害されたことを新聞の号外で知った。そして私たちは行くあてもなく、放浪の旅をすることになった。
その旅は人生で一番楽しい時間だった。
それは今までお屋敷の中しか知らなかった私にとって全てが新鮮だった。
生まれて初めて山に行った。
とても虫が多かったけれど、庭園では見られない綺麗なお花や植物をたくさん見ることができた。
生まれて初めて海に行った。
潮風の香りは清々しくて思わず泳ぎたくなってしまった。帯を解いて泳ごうとしたら召使いさんに
「お嬢様、おやめ下さいませ。あちらの殿方たちが見ております 」
と止められてしまった。…別に見られても構わないのだけれど。
生まれて初めて繁華街に行った。
人が波のように押し寄せて大変だったけれど、店先に並んでいるものがキラキラ輝いているように感じた。今までお父様に頼めば何だって買ってくれたのだけれど、買い物にいくってことがこんなにも楽しいことだとは思わなかったわ。…もっとも、お金が無くて何も買えなかったのだけれど。
本当に楽しかった。それからしばらく旅を続けていた。しかしもともと身体は強い方ではなかったし、長い屋敷暮らしのせいで長旅に慣れてなかったのでしょうね。日に日に私は衰弱していってしまった。
「……お嬢様、おはようございます 」
「おはよう、召使いさん。……次はどこに行くの? 」
ある街の宿屋で目を覚ました私は召使いさんに話しかける。
「……いえ、お嬢様、しばらく移動は控えましょう 」
召使いさんが暗い顔で答える。
「…どうして?わたしなら大丈夫よ。次はお花畑に行きたいわ。またいつかみたいに2人で冠をつくりましょ…… 」
「お嬢様! 」
私の言葉を遮って召使いさんが口を開いた。いつもでは考えられないほど口調は強く、その瞳は悲しそうに揺らめいていた。
「…もう、それ以上、ご無理はなさらないで下さい…!お嬢様は…お嬢様は、もう1人では歩くことすらできないではありませんか!! 」
「……そう、ね。…そうだったわね 」
ベッドから上半身を起こす。下半身の感覚がない。1週間ほど前から足の感覚が少しずつ消えていって、今ではもうほとんど何も感じない。
何度か召使いさんが連れてきてくれたお医者様に診てもらったのだけれど、首を横に振るばかりだった。
中には「もう先は長くない 」とおっしゃられた方もいらした。そんなお医者様に召使いさんは「あなたヤブですか!! 」と言って食いついていたのだけれど…
私の先が長くないのは、私が一番よくわかっていた。
そして屋敷を出てから今日で3年目の夜。
「……ねぇ、召使いさん。…今日は…月は綺麗? 」
「…えぇ。大変綺麗でございますよ 」
…そう。もう私は目もほとんど見えなくなってしまっていた。それに加えて3日ほど前から吐き気が止まらず何も食べられていない。熱もかなり高く、宿屋の人も心配してくれていた。
…私はもう今夜にでも死ぬかも知れない。
でもその前に、少しでも私の大好きな彼女にせめて恩返しがしたい。
そう思って、彼女がずっと欲しがっていたものをプレゼントすることにした。
「…召使いさん、…ずぅっと前に、私に名前を付けてっていったの覚えている…? 」
「……はい 」
召使いさんは小さく頷いた。
「…私ね、ずっと、ずぅっと考えてね、でも中々納得できる立派な名前が思いつかなかったの 」
「…はい 」
「…でもね、今になって…ようやく素敵な名前を思いついたの。あなたの宝物だったあの鷹のお守り…と、私の宝物だった花の冠……どっちもあのときお屋敷に置いて来ちゃったけど…あなたには忘れないでいて欲しいの。自分の好きなものと、できればでいいから…私のことを 」
「………勿論でございます 」
目が見えなくてもわかる。召使いさんは涙を流している。
「……あなたの名前はね、私たちの好きなもの…鷹と華って書いて、ヨウカって読むの…素敵でしょ? 」
「…はい、とっても素敵です… 」
…あと少し。吐き気をこらえて踏ん張る。ここで伝えないときっと死んでも後悔するから。
「……わたしね、夢があるの…あなたみたいにね、何でもできる素敵な女性になりたいの…わたしとっても不器用だけど…なれるかしら? 」
「……はい…!…お嬢様ならきっと…私よりも遥かに素敵な女性になれます…ぜったいです…! 」
あぁ、声を出すのがやっとなのに、苦しい、よりも、幸せだ、と思ってしまう。こうやって大好きなひとの隣に居られるだなんて。いつか庭園で感じた温かい気持ちで胸がいっぱいになる。
「……ありがとう鷹華、あなたと出会えて…よかった…あなたは私の憧れよ… 」
そう言ってできる限り微笑もうとしたが、意識がどんどんと遠くなっていく。
やがて手に感じていた召使いさんの温もりも感じなくなっていった。
……こうして天音 鈴という少女の人生は幕を下ろした。
その旅は人生で一番楽しい時間だった。
それは今までお屋敷の中しか知らなかった私にとって全てが新鮮だった。
生まれて初めて山に行った。
とても虫が多かったけれど、庭園では見られない綺麗なお花や植物をたくさん見ることができた。
生まれて初めて海に行った。
潮風の香りは清々しくて思わず泳ぎたくなってしまった。帯を解いて泳ごうとしたら召使いさんに
「お嬢様、おやめ下さいませ。あちらの殿方たちが見ております 」
と止められてしまった。…別に見られても構わないのだけれど。
生まれて初めて繁華街に行った。
人が波のように押し寄せて大変だったけれど、店先に並んでいるものがキラキラ輝いているように感じた。今までお父様に頼めば何だって買ってくれたのだけれど、買い物にいくってことがこんなにも楽しいことだとは思わなかったわ。…もっとも、お金が無くて何も買えなかったのだけれど。
本当に楽しかった。それからしばらく旅を続けていた。しかしもともと身体は強い方ではなかったし、長い屋敷暮らしのせいで長旅に慣れてなかったのでしょうね。日に日に私は衰弱していってしまった。
「……お嬢様、おはようございます 」
「おはよう、召使いさん。……次はどこに行くの? 」
ある街の宿屋で目を覚ました私は召使いさんに話しかける。
「……いえ、お嬢様、しばらく移動は控えましょう 」
召使いさんが暗い顔で答える。
「…どうして?わたしなら大丈夫よ。次はお花畑に行きたいわ。またいつかみたいに2人で冠をつくりましょ…… 」
「お嬢様! 」
私の言葉を遮って召使いさんが口を開いた。いつもでは考えられないほど口調は強く、その瞳は悲しそうに揺らめいていた。
「…もう、それ以上、ご無理はなさらないで下さい…!お嬢様は…お嬢様は、もう1人では歩くことすらできないではありませんか!! 」
「……そう、ね。…そうだったわね 」
ベッドから上半身を起こす。下半身の感覚がない。1週間ほど前から足の感覚が少しずつ消えていって、今ではもうほとんど何も感じない。
何度か召使いさんが連れてきてくれたお医者様に診てもらったのだけれど、首を横に振るばかりだった。
中には「もう先は長くない 」とおっしゃられた方もいらした。そんなお医者様に召使いさんは「あなたヤブですか!! 」と言って食いついていたのだけれど…
私の先が長くないのは、私が一番よくわかっていた。
そして屋敷を出てから今日で3年目の夜。
「……ねぇ、召使いさん。…今日は…月は綺麗? 」
「…えぇ。大変綺麗でございますよ 」
…そう。もう私は目もほとんど見えなくなってしまっていた。それに加えて3日ほど前から吐き気が止まらず何も食べられていない。熱もかなり高く、宿屋の人も心配してくれていた。
…私はもう今夜にでも死ぬかも知れない。
でもその前に、少しでも私の大好きな彼女にせめて恩返しがしたい。
そう思って、彼女がずっと欲しがっていたものをプレゼントすることにした。
「…召使いさん、…ずぅっと前に、私に名前を付けてっていったの覚えている…? 」
「……はい 」
召使いさんは小さく頷いた。
「…私ね、ずっと、ずぅっと考えてね、でも中々納得できる立派な名前が思いつかなかったの 」
「…はい 」
「…でもね、今になって…ようやく素敵な名前を思いついたの。あなたの宝物だったあの鷹のお守り…と、私の宝物だった花の冠……どっちもあのときお屋敷に置いて来ちゃったけど…あなたには忘れないでいて欲しいの。自分の好きなものと、できればでいいから…私のことを 」
「………勿論でございます 」
目が見えなくてもわかる。召使いさんは涙を流している。
「……あなたの名前はね、私たちの好きなもの…鷹と華って書いて、ヨウカって読むの…素敵でしょ? 」
「…はい、とっても素敵です… 」
…あと少し。吐き気をこらえて踏ん張る。ここで伝えないときっと死んでも後悔するから。
「……わたしね、夢があるの…あなたみたいにね、何でもできる素敵な女性になりたいの…わたしとっても不器用だけど…なれるかしら? 」
「……はい…!…お嬢様ならきっと…私よりも遥かに素敵な女性になれます…ぜったいです…! 」
あぁ、声を出すのがやっとなのに、苦しい、よりも、幸せだ、と思ってしまう。こうやって大好きなひとの隣に居られるだなんて。いつか庭園で感じた温かい気持ちで胸がいっぱいになる。
「……ありがとう鷹華、あなたと出会えて…よかった…あなたは私の憧れよ… 」
そう言ってできる限り微笑もうとしたが、意識がどんどんと遠くなっていく。
やがて手に感じていた召使いさんの温もりも感じなくなっていった。
……こうして天音 鈴という少女の人生は幕を下ろした。
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