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1章:辺境の村、風の道
辺境の地にて
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村の輪郭が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。
木立の間から、煙が立ちのぼる。風にゆれる洗濯物、子どもたちの笑い声──それは、幼かったころの記憶を思い出させてくれる、“人の暮らし”だった。
「着いたよ。ここが、あたしの村」
バルバラの声には、わずかな誇りと、どこか照れくささがにじんでいた。
「村の名前は?」
「名なんて、あってないようなもんさ。王都の地図には載っちゃいない。“北の端”って呼ばれてるくらいだよ」
村の入り口に馬車が止まると、数人の男たちが警戒するように集まってきた。
バルバラには馴染み深いものではあったが、クラリスに向けられる視線が刺々しい。
「その娘、どこのもんだ」
「またよそ者か?」
「“聖女”だの“加護師”だの、持ち込むなよ」
バルバラは手綱を投げると、がしがしと頭をかいた。
「ちょいと待ちなよ、あんたたち。この子を見て、少しは世話くらいしてやろうって気にはならないのかい」
「……あんたの顔に免じて黙っててやるがな、あんまり好き放題するんじゃねえぞ」
男たちは渋々引き下がるように散っていった。
クラリスは、ただ黙ってそのやり取りを見ているだけだった。
──よそ者。
確かに、私はよそ者だ。
この村にいていい資格なんてあるのだろうか。
やがてバルバラは馬車の荷を下ろしながら、誰に言う風でもなく言った。
「悪く思わないでやってくれよ。村の連中、いろいろ思うところがあるのさ」
「……はい」
クラリスには、そう答えるのが精いっぱいだった。
「さてと。あたしのとこに置いてやってもよかったんだけど、狭くてねえ。今日は、空いてる納屋をひとまず借りる手筈にしといたよ」
案内されたのは、村はずれの小さな納屋だった。
干草の香りと古びた木の匂い。たまに聞こえる隙間風の音が不安を誘う。
けれど、屋根はしっかりしていて、雨露は十分にしのげそうだった。
「今夜はここで休みな。寝台はないが、藁は新しいのを敷いといたからね」
「……ありがとうございます」
クラリスは、バルバラに深く頭を下げた。
「礼なんていらないさ。あたしがあんたを連れてきたんだ。あんたの気が済むまで……なんなら、ずっとこの村に居たっていい。──それに、セラドの顔もある」
どこか照れ隠しのようにそう言って、バルバラは荷車へと戻っていった。
日が沈み、闇が村を包み始める頃、納屋の扉が静かに開いた。
「……ここにいた」
現れたのは、セラヴィアだった。腕には包帯と薬草の入った布包み。
「これ……余りもの。もし……また、人を癒すっていうんなら、使って」
「あ、ありがとうございます……でも、私……まだ、ここで“何者”にもなれていないのに」
「どうして"何者"かになる必要があるの? ただ、ここにいて、できることをすればいいだけ」
セラヴィアの言葉は、どこまでも平坦で、乾いていた。けれどその奥に、どこか遠い過去を知っている者の重みがあった。
クラリスは、包帯と薬草をじっと見つめ言った。
「はい……そう、してみます」
その夜、干草の香りに包まれて、クラリスは久しぶりに深く眠った。
王都の絹の寝台よりも、ずっと素朴で、けれど安心できる匂いだった。
木立の間から、煙が立ちのぼる。風にゆれる洗濯物、子どもたちの笑い声──それは、幼かったころの記憶を思い出させてくれる、“人の暮らし”だった。
「着いたよ。ここが、あたしの村」
バルバラの声には、わずかな誇りと、どこか照れくささがにじんでいた。
「村の名前は?」
「名なんて、あってないようなもんさ。王都の地図には載っちゃいない。“北の端”って呼ばれてるくらいだよ」
村の入り口に馬車が止まると、数人の男たちが警戒するように集まってきた。
バルバラには馴染み深いものではあったが、クラリスに向けられる視線が刺々しい。
「その娘、どこのもんだ」
「またよそ者か?」
「“聖女”だの“加護師”だの、持ち込むなよ」
バルバラは手綱を投げると、がしがしと頭をかいた。
「ちょいと待ちなよ、あんたたち。この子を見て、少しは世話くらいしてやろうって気にはならないのかい」
「……あんたの顔に免じて黙っててやるがな、あんまり好き放題するんじゃねえぞ」
男たちは渋々引き下がるように散っていった。
クラリスは、ただ黙ってそのやり取りを見ているだけだった。
──よそ者。
確かに、私はよそ者だ。
この村にいていい資格なんてあるのだろうか。
やがてバルバラは馬車の荷を下ろしながら、誰に言う風でもなく言った。
「悪く思わないでやってくれよ。村の連中、いろいろ思うところがあるのさ」
「……はい」
クラリスには、そう答えるのが精いっぱいだった。
「さてと。あたしのとこに置いてやってもよかったんだけど、狭くてねえ。今日は、空いてる納屋をひとまず借りる手筈にしといたよ」
案内されたのは、村はずれの小さな納屋だった。
干草の香りと古びた木の匂い。たまに聞こえる隙間風の音が不安を誘う。
けれど、屋根はしっかりしていて、雨露は十分にしのげそうだった。
「今夜はここで休みな。寝台はないが、藁は新しいのを敷いといたからね」
「……ありがとうございます」
クラリスは、バルバラに深く頭を下げた。
「礼なんていらないさ。あたしがあんたを連れてきたんだ。あんたの気が済むまで……なんなら、ずっとこの村に居たっていい。──それに、セラドの顔もある」
どこか照れ隠しのようにそう言って、バルバラは荷車へと戻っていった。
日が沈み、闇が村を包み始める頃、納屋の扉が静かに開いた。
「……ここにいた」
現れたのは、セラヴィアだった。腕には包帯と薬草の入った布包み。
「これ……余りもの。もし……また、人を癒すっていうんなら、使って」
「あ、ありがとうございます……でも、私……まだ、ここで“何者”にもなれていないのに」
「どうして"何者"かになる必要があるの? ただ、ここにいて、できることをすればいいだけ」
セラヴィアの言葉は、どこまでも平坦で、乾いていた。けれどその奥に、どこか遠い過去を知っている者の重みがあった。
クラリスは、包帯と薬草をじっと見つめ言った。
「はい……そう、してみます」
その夜、干草の香りに包まれて、クラリスは久しぶりに深く眠った。
王都の絹の寝台よりも、ずっと素朴で、けれど安心できる匂いだった。
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