2 / 45
①桃の少女は攫われる(2)
しおりを挟む******
今日の出来事を回想していると、控えめにドアがノックされた。
「コンコン」
「...はい」
警戒しながら返事をすると、外から声がかけられた。
「...入ってもいいか?」
それは、私が攫われたときに背後から聞こえた声。
そして、先ほど呼吸できなくなった時にも聞いた気がする声。
「...どうぞ」
恐怖もあるが、今は声の主を確かめたかった。
ガチャッ。
控えめにドアが開くと、ものすごく背が高い人...いや...獣人が入ってきた。
キラキラ輝く銀髪に、弧を描く眉。
深い青色の瞳は、吸い込まれそうだ。
高く通った鼻梁に、形のいい唇はかたく閉じられている。
美しい銀髪の頭のてっぺんにピンと立つ二つの三角耳がピクピクと小さく揺れ、彼の背後では、パタパタと空を切るふわふわの銀の尻尾が見え隠れしている。
.....綺麗な人。
モモネリアは、思わず見惚れた。
「...気分はどうだ?」
気づけばベッドで寝ているモモネリアの枕元まで来ていた彼に問いかけられて、ほうけていたモモネリアは我に返り、慌てて答える。
「...はい、おかげさまで大分良くなりました」
「そうか...良かった」
その人は、美しい顔を緩めてホッと息を吐いた。
そして、すぐ側の椅子に腰掛ける。
「...あの、あなたは誰ですか?さっき助けてくれたのはあなたですか?」
おずおずと、モモネリアが尋ねると、彼は静かに口を開いた。
「...俺は、リードネスト・ルーバス。狼獣人だ。助けたってほどのことじゃないが...さっき、お前が過呼吸を起こした時に側にいたのは、確かに俺だ」
「...そうですか。...側にいてくださって、ありがとうございました。ルーバスさん」
私がお礼を言うと、ゆっくりパタパタ揺れていた尻尾が、急に大きく動き出し、バタンバタンと音を立てて壁にぶつかっている。
「...リード。...リードと呼んでくれ」
「......リードさん」
「っっっ!!!」
ぱぁっと表情が輝き、耳がピンと立つ。
速度を増し、バタバタと忙しなく尻尾が振られる。
まるで、嬉しくてたまらないような態度だ。
「...名を教えてくれないか?」
「....モモネリア・クローネ....です。モモネリア、とお呼び下さい」
躊躇いがちに、ゆっくりとモモネリアが答えた。
「.........モモネリア。とても愛らしい名だ。妖精のように可憐で美しいお前にぴったりだ」
リードネストは、とても愛おしげに、丁寧に、モモネリアの名を口にした。
甘さを多分に含んだ声音で、勝手にドキドキと心臓が騒ぎだす。
家族にも、そんな愛おしげに、丁寧に、呼んでもらったことなどない。
まるで、大切で仕方がない、と全身で訴えてくるみたいに....。
名前を呼ばれただけなのに、身体全体を優しくなでられている感覚になり、思わずうっとりしてしまう。
しかし、何か聞きたいことがあった...ような.....。
「....あの。ここは、どこですか?」
モモネリアは、ハッと気づいてリードネストに問う。
助けてくれたことは有難いが、なぜ自分がここにいるのか聞き出さなければならない。
「....俺の邸だ」
「....なぜ、私はリードさんの邸にいるのですか?」
バクバクと心臓がうるさい。
胸の前で両手を重ねて、握りしめる。
「....俺が....俺が、お前を攫った...からだ」
「.......」
やはり。モモネリアは、攫われた。
しかも、今目の前にいるこのリードネストという狼獣人に。
「....理由をお聞きしても?」
落ち着いて尋ねることができたのは、自分でも驚いた。
おそらく、初めから攫われたことは予想していたし、顔こそ見えなかったが、攫われた時担ぎ上げられたのは、リードネストのような大きな人だったのは覚えていたからだろう。
「......お前は、俺の....番だ」
「....番?」
「あぁ。お前の姿を一目見た瞬間、胸が激しく脈打ち騒いだ。お前から、熟した果実のような甘く蕩ける香りがして、吸い寄せられた。一度嗅いだら、忘れられない。この手で、お前に触れたとき、今まで感じたことがないほど猛烈な愛おしさに襲われた。守りたいと思った。そのわずかな時で、お前は俺の全てを掻っ攫っていったんだ」
「.....それで、私を攫ったの、ですか?」
リードネストは申し訳なさそうに耳を倒して、泣きそうな顔をしながらも、何も答えない。
どうやら攫ったことは、悪かったと思っているようだ。
激しく揺れていた尻尾は、ピタリと止まり、力無く垂れ下がっている。
「....悪かったと、思っている。本当にすまない....。だが....もう俺はお前を手放せない。ここから、帰してやれない。.....頼むから、俺のそばに居てほしい」
縋るように、そっと手を握られる。
だが、モモネリアはその手をやんわり拒否した。
「......無理です。私を帰してください」
その言葉を聞いて、リードネストはひどく傷ついた顔を見せる。
だが、彼は首を振る。
「それこそ、無理だ。無理やり連れてきて、本当に申し訳ないが...愛するモモネリアの願いでもそれは聞けない。気に入らないところは、お前好みになれるよう努力する。いや、必ず変わる。....この命をかけて、生涯お前だけを愛し、何よりも大切にすると誓う。お前を傷つけるすべてのものから守る。だから....俺を好きになってくれないか?」
モモネリアは、困った。
好きになってほしい、と言われて好きになれるものではないし、人を攫っておいて愛しているだなんて、理解できない。
そんなものが愛なのか、ほとほと疑問に思ったからだ。
だが、モモネリアは人間で、リードネストは狼獣人だ。
獣人は、獣の本能を残している者が多く、人間とは姿かたちは似ていても、やはり違う人種なのだと何かの本で読んだ。
人間のモモネリアにとって、人を攫ってまで自分のものにするということが愛とは到底思えないが、人種が違えば、価値観や文化が違うのも理解できる。
獣人たちのあいだでは、見初めたら無理やり攫ってでも自分のものにするのは、ごく当たり前のことなのだろうか.....。
考えても埒が開かないが、ひとつ言えるのは、攫われてこわいと感じている自分がいることだ。
獣人の価値観や文化、さらに言えば本能がどうとかは置いておいて、自分は攫われて傷ついている。
そこは、譲れない気がした。
モモネリアは、それから何も答えられずに黙ってしまった。
リードネストは、悲しそうに耳を伏せ、尻尾を下げて、モモネリアを見つめている。
やがて、今日のところは諦めたのだろう。
力無く肩を落として、部屋を出て行こうとドアに向かう。
「....あとで、食事を持ってくる。モモネリア....愛している。お前が...例え俺を愛せなくても、俺はお前を...お前だけを愛している」
ひどく切なげに言われて、胸がぎゅっと掴まれる。
攫われたのはこちらなのに、なんだかモモネリアが悪いことをした気になってくるではないか。
....りんご、落としちゃったのかな。
....みんな心配してる?
....ううん、心配なんてしてないわね。りんごが食べられなくて、腹を立てているくらいかしら。
....今日は、ついてないわ。家族のあんな話を聞いてしまって。おまけに、攫われちゃうなんて。
....私、これからどうなるの?
モモネリアの白い頬を、涙が一筋流れる。
もう何も考えたくなくて、モモネリアは目を閉じた。
こんな状況なのに、疲れていたのだろう。
すぐに眠気が襲ってきて、モモネリアは夢の中に落ちていったーーーー。
50
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜
伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。
ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。
健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。
事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。
気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。
そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。
やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?
エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。
文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。
そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。
もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。
「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」
......って言われましても、ねぇ?
レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。
お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。
気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!
しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?
恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!?
※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~
白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。
国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。
幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。
いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。
これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる