【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい

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①桃の少女は攫われる(2)

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 今日の出来事を回想していると、控えめにドアがノックされた。



「コンコン」



「...はい」
 警戒しながら返事をすると、外から声がかけられた。



「...入ってもいいか?」
 

 それは、私が攫われたときに背後から聞こえた声。


 そして、先ほど呼吸できなくなった時にも聞いた気がする声。



「...どうぞ」


 恐怖もあるが、今は声の主を確かめたかった。

 
 ガチャッ。



 控えめにドアが開くと、ものすごく背が高い人...いや...獣人が入ってきた。


 キラキラ輝く銀髪に、弧を描く眉。

 深い青色の瞳は、吸い込まれそうだ。

 高く通った鼻梁に、形のいい唇はかたく閉じられている。
 美しい銀髪の頭のてっぺんにピンと立つ二つの三角耳がピクピクと小さく揺れ、彼の背後では、パタパタと空を切るふわふわの銀の尻尾が見え隠れしている。


 .....綺麗な人。



 モモネリアは、思わず見惚れた。



「...気分はどうだ?」



 気づけばベッドで寝ているモモネリアの枕元まで来ていた彼に問いかけられて、ほうけていたモモネリアは我に返り、慌てて答える。



「...はい、おかげさまで大分良くなりました」



「そうか...良かった」



 その人は、美しい顔を緩めてホッと息を吐いた。

 そして、すぐ側の椅子に腰掛ける。



「...あの、あなたは誰ですか?さっき助けてくれたのはあなたですか?」



 おずおずと、モモネリアが尋ねると、彼は静かに口を開いた。




「...俺は、リードネスト・ルーバス。狼獣人だ。助けたってほどのことじゃないが...さっき、お前が過呼吸を起こした時に側にいたのは、確かに俺だ」



「...そうですか。...側にいてくださって、ありがとうございました。ルーバスさん」



 私がお礼を言うと、ゆっくりパタパタ揺れていた尻尾が、急に大きく動き出し、バタンバタンと音を立てて壁にぶつかっている。



「...リード。...リードと呼んでくれ」


 
「......リードさん」



「っっっ!!!」


 ぱぁっと表情が輝き、耳がピンと立つ。


 速度を増し、バタバタと忙しなく尻尾が振られる。


 まるで、嬉しくてたまらないような態度だ。



「...名を教えてくれないか?」

 

「....モモネリア・クローネ....です。モモネリア、とお呼び下さい」


 躊躇いがちに、ゆっくりとモモネリアが答えた。



「.........モモネリア。とても愛らしい名だ。妖精のように可憐で美しいお前にぴったりだ」



 リードネストは、とても愛おしげに、丁寧に、モモネリアの名を口にした。


 甘さを多分に含んだ声音で、勝手にドキドキと心臓が騒ぎだす。



 家族にも、そんな愛おしげに、丁寧に、呼んでもらったことなどない。


 まるで、大切で仕方がない、と全身で訴えてくるみたいに....。



 名前を呼ばれただけなのに、身体全体を優しくなでられている感覚になり、思わずうっとりしてしまう。



 しかし、何か聞きたいことがあった...ような.....。




「....あの。ここは、どこですか?」



 モモネリアは、ハッと気づいてリードネストに問う。


 助けてくれたことは有難いが、なぜ自分がここにいるのか聞き出さなければならない。




「....俺の邸だ」



「....なぜ、私はリードさんの邸にいるのですか?」


 バクバクと心臓がうるさい。


 胸の前で両手を重ねて、握りしめる。




「....俺が....俺が、お前を攫った...からだ」



「.......」



 やはり。モモネリアは、攫われた。


 しかも、今目の前にいるこのリードネストという狼獣人に。




「....理由をお聞きしても?」



 落ち着いて尋ねることができたのは、自分でも驚いた。


 おそらく、初めから攫われたことは予想していたし、顔こそ見えなかったが、攫われた時担ぎ上げられたのは、リードネストのような大きな人だったのは覚えていたからだろう。




「......お前は、俺の....番だ」



「....番?」




「あぁ。お前の姿を一目見た瞬間、胸が激しく脈打ち騒いだ。お前から、熟した果実のような甘く蕩ける香りがして、吸い寄せられた。一度嗅いだら、忘れられない。この手で、お前に触れたとき、今まで感じたことがないほど猛烈な愛おしさに襲われた。守りたいと思った。そのわずかな時で、お前は俺の全てを掻っ攫っていったんだ」




「.....それで、私を攫ったの、ですか?」




 リードネストは申し訳なさそうに耳を倒して、泣きそうな顔をしながらも、何も答えない。


 どうやら攫ったことは、悪かったと思っているようだ。


 激しく揺れていた尻尾は、ピタリと止まり、力無く垂れ下がっている。




「....悪かったと、思っている。本当にすまない....。だが....もう俺はお前を手放せない。ここから、帰してやれない。.....頼むから、俺のそばに居てほしい」



 縋るように、そっと手を握られる。


 だが、モモネリアはその手をやんわり拒否した。



「......無理です。私を帰してください」



 その言葉を聞いて、リードネストはひどく傷ついた顔を見せる。



 だが、彼は首を振る。



「それこそ、無理だ。無理やり連れてきて、本当に申し訳ないが...愛するモモネリアの願いでもそれは聞けない。気に入らないところは、お前好みになれるよう努力する。いや、必ず変わる。....この命をかけて、生涯お前だけを愛し、何よりも大切にすると誓う。お前を傷つけるすべてのものから守る。だから....俺を好きになってくれないか?」




 モモネリアは、困った。


 好きになってほしい、と言われて好きになれるものではないし、人を攫っておいて愛しているだなんて、理解できない。



 そんなものが愛なのか、ほとほと疑問に思ったからだ。



 だが、モモネリアは人間で、リードネストは狼獣人だ。



 獣人は、獣の本能を残している者が多く、人間とは姿かたちは似ていても、やはり違う人種なのだと何かの本で読んだ。



 人間のモモネリアにとって、人を攫ってまで自分のものにするということが愛とは到底思えないが、人種が違えば、価値観や文化が違うのも理解できる。




 獣人たちのあいだでは、見初めたら無理やり攫ってでも自分のものにするのは、ごく当たり前のことなのだろうか.....。




 考えても埒が開かないが、ひとつ言えるのは、攫われてこわいと感じている自分がいることだ。




 獣人の価値観や文化、さらに言えば本能がどうとかは置いておいて、自分は攫われて傷ついている。




 そこは、譲れない気がした。



 モモネリアは、それから何も答えられずに黙ってしまった。




 リードネストは、悲しそうに耳を伏せ、尻尾を下げて、モモネリアを見つめている。




 やがて、今日のところは諦めたのだろう。




 力無く肩を落として、部屋を出て行こうとドアに向かう。



「....あとで、食事を持ってくる。モモネリア....愛している。お前が...例え俺を愛せなくても、俺はお前を...お前だけを愛している」



 ひどく切なげに言われて、胸がぎゅっと掴まれる。


 攫われたのはこちらなのに、なんだかモモネリアが悪いことをした気になってくるではないか。



 ....りんご、落としちゃったのかな。

 ....みんな心配してる?

 ....ううん、心配なんてしてないわね。りんごが食べられなくて、腹を立てているくらいかしら。

 ....今日は、ついてないわ。家族のあんな話を聞いてしまって。おまけに、攫われちゃうなんて。

 ....私、これからどうなるの?



 モモネリアの白い頬を、涙が一筋流れる。


 もう何も考えたくなくて、モモネリアは目を閉じた。



 こんな状況なのに、疲れていたのだろう。


 すぐに眠気が襲ってきて、モモネリアは夢の中に落ちていったーーーー。










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