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第四章 千春
過去①
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「...千春、早く食べてしまいなさい」
「...はい」
母が冷たく言った。食べるのが遅い千春に、イライラしている。
千春は、大病院の医院長の孫、二人兄弟の弟として生まれた。
母は、外では千春に興味のあるふりをするが、本当に関心があるのは兄の方だ。
看護師の仕事もあり、千春の世話はほとんど人を雇って任せきり。兄がいる時はよく兄に話しかけるが、千春とはあまり話さない。
そのくせ、家族以外の者が居る場では、どちらも大切な息子という姿勢を崩さなかった。
いつも高圧的な祖父も。自分の家に兄を呼びつけることはあったが、千春にはほとんど興味を示さない。ただ、父は祖父に頭が上がらず言いなりなのは、子供の千春でもわかった。
幼いながら、千春は自然と人の裏の顔を覗き見ていた。
*****
成長して小学校に入ると、千春は困った。
人間関係がうまく築けないのだ。
幼稚園の頃は、ほとんど喋らずとも先生が世話を焼いてくれた。
しかし、小学生となるとそうはいかない。
授業で当てられれば答えなければならないし、隣の席の子とペアになって課題をこなさなければならないこともある。
一番千春が苦労したのは、会話だ。
政治家や大学の教授の家系の子供、自分のように医師の家系の子供。世間一般で見れば、上流階級の家柄の子供たちが通う学校で、皆、幼くともきちんとしつけられていた。
だが、昔から人の裏の顔を毎日見ていた千春はすぐに気づいてしまう。その人の腹黒さに。
大病院の孫という肩書きがある千春に、周りは媚びてきた。親に、「仲良くしておけ」とでも言われているのだろうか。
本音では、自分を利用しようとしている友人。
そう思うと、途端に嫌悪感でいっぱいになる。
会話しようにも、相手が気持ち悪くて腹立たしくて、言葉が出ないのだ。
ひとたび、そう思うと授業で必要な時さえ、うまく喋れなくなった。
それでも、何とか自分を奮い立たせて、学校に通っていた。
そんな時だ。千春の心をさらに打ちのめす出来事が起こった。
*****
「...あなた!今日は一体どこに行っていたの!?」
「...うるさい。口出しするな」
「な、何ですか!その言い方は...!?」
「.....はぁ」
言い争う声が聞こえて、千春は目を覚ました。
そろそろと2階から一階への階段を降りていく。
そっと覗いたリビングでは、珍しく家に帰ってきた父が、母と言い争っていた。
父は、家に滅多に帰らない。どこに泊まっているのかもわからず、時折フラッと帰ってきては、毎度この光景だ。
「....どうして、あなたはいつもそうなんですか!?私は、看護師として働きながら、子供の面倒まで見て...たまには労わって下さってもいいじゃないですか!」
「だから...仕事なんてやめたらいいと言っているだろ」
父は、面倒くさそうに吐き捨てた。
「...なっ...私があの病院をやめたら!あなたはもっと...!!」
そこまで言って、母が悔しそうに唇を噛み締め、ぐっと何かを飲み込んだ。そして、憎しみを込めた目で、父を睨みながら言ったのだ。
「...あんな子産まなきゃ良かった!...『スペア』が要ると言ったのはあなたでしょう!!!あなたのために頑張ってもう一人産んだのに....あなたはちっとも私を大切にしてくれないじゃない!」
千春の心は折れた。やっぱりか。
父も母も、それから祖父も。
裏の顔は嫌というほど知っていたが、はっきり耳にするまではどこかで望みをかけていた。
もしかしたら、愛してくれているかもしれないと。
みんな自分を『スペア』としか、見ていない。
母は...自分を産まなければ良かったと思っている。
「...はは」
乾いた笑いが込み上げて、千春はそれ以上聞くまいと2階の部屋に戻って布団に潜り込んだ。
****
「...千春、起きなさい。今日こそは学校に行きなさいよ」
なかなかリビングに降りてこない千春を起こしに来た母が、低い声で言った。
「....行きたくない」
千春は、学校に行けなくなっていた。
裏では『スペア』としか見ていないくせに、皆の前ではいい顔をする大人たち。
自分を利用することしか考えていない、クラスのやつら。先生やうまく話せない千春の前では、心配するフリをしながら、裏では「期待はずれ」とか「親に言われなきゃ仲良くなんかしない」とくすくす嘲笑っている。
人は、皆、裏の顔ばかり。千春の心は、限界だった。
「...はぁ。勝手にしなさい」
兄に期待が集中しているため、千春が学校に行けなくとも、そこまでうるさく言われることはなかった。
しばらくはひとり留守番させて、母は仕事に出ていた。でも、次第に精神的に不安定な千春を放置できなくなって、成長してから雇っていなかった世話係を雇って一緒に留守番させた。
困ったのが、世話係の都合がつかない時だ。
仕方なく、母は自分の働く病棟に千春を連れていくようになった。
「...はい」
母が冷たく言った。食べるのが遅い千春に、イライラしている。
千春は、大病院の医院長の孫、二人兄弟の弟として生まれた。
母は、外では千春に興味のあるふりをするが、本当に関心があるのは兄の方だ。
看護師の仕事もあり、千春の世話はほとんど人を雇って任せきり。兄がいる時はよく兄に話しかけるが、千春とはあまり話さない。
そのくせ、家族以外の者が居る場では、どちらも大切な息子という姿勢を崩さなかった。
いつも高圧的な祖父も。自分の家に兄を呼びつけることはあったが、千春にはほとんど興味を示さない。ただ、父は祖父に頭が上がらず言いなりなのは、子供の千春でもわかった。
幼いながら、千春は自然と人の裏の顔を覗き見ていた。
*****
成長して小学校に入ると、千春は困った。
人間関係がうまく築けないのだ。
幼稚園の頃は、ほとんど喋らずとも先生が世話を焼いてくれた。
しかし、小学生となるとそうはいかない。
授業で当てられれば答えなければならないし、隣の席の子とペアになって課題をこなさなければならないこともある。
一番千春が苦労したのは、会話だ。
政治家や大学の教授の家系の子供、自分のように医師の家系の子供。世間一般で見れば、上流階級の家柄の子供たちが通う学校で、皆、幼くともきちんとしつけられていた。
だが、昔から人の裏の顔を毎日見ていた千春はすぐに気づいてしまう。その人の腹黒さに。
大病院の孫という肩書きがある千春に、周りは媚びてきた。親に、「仲良くしておけ」とでも言われているのだろうか。
本音では、自分を利用しようとしている友人。
そう思うと、途端に嫌悪感でいっぱいになる。
会話しようにも、相手が気持ち悪くて腹立たしくて、言葉が出ないのだ。
ひとたび、そう思うと授業で必要な時さえ、うまく喋れなくなった。
それでも、何とか自分を奮い立たせて、学校に通っていた。
そんな時だ。千春の心をさらに打ちのめす出来事が起こった。
*****
「...あなた!今日は一体どこに行っていたの!?」
「...うるさい。口出しするな」
「な、何ですか!その言い方は...!?」
「.....はぁ」
言い争う声が聞こえて、千春は目を覚ました。
そろそろと2階から一階への階段を降りていく。
そっと覗いたリビングでは、珍しく家に帰ってきた父が、母と言い争っていた。
父は、家に滅多に帰らない。どこに泊まっているのかもわからず、時折フラッと帰ってきては、毎度この光景だ。
「....どうして、あなたはいつもそうなんですか!?私は、看護師として働きながら、子供の面倒まで見て...たまには労わって下さってもいいじゃないですか!」
「だから...仕事なんてやめたらいいと言っているだろ」
父は、面倒くさそうに吐き捨てた。
「...なっ...私があの病院をやめたら!あなたはもっと...!!」
そこまで言って、母が悔しそうに唇を噛み締め、ぐっと何かを飲み込んだ。そして、憎しみを込めた目で、父を睨みながら言ったのだ。
「...あんな子産まなきゃ良かった!...『スペア』が要ると言ったのはあなたでしょう!!!あなたのために頑張ってもう一人産んだのに....あなたはちっとも私を大切にしてくれないじゃない!」
千春の心は折れた。やっぱりか。
父も母も、それから祖父も。
裏の顔は嫌というほど知っていたが、はっきり耳にするまではどこかで望みをかけていた。
もしかしたら、愛してくれているかもしれないと。
みんな自分を『スペア』としか、見ていない。
母は...自分を産まなければ良かったと思っている。
「...はは」
乾いた笑いが込み上げて、千春はそれ以上聞くまいと2階の部屋に戻って布団に潜り込んだ。
****
「...千春、起きなさい。今日こそは学校に行きなさいよ」
なかなかリビングに降りてこない千春を起こしに来た母が、低い声で言った。
「....行きたくない」
千春は、学校に行けなくなっていた。
裏では『スペア』としか見ていないくせに、皆の前ではいい顔をする大人たち。
自分を利用することしか考えていない、クラスのやつら。先生やうまく話せない千春の前では、心配するフリをしながら、裏では「期待はずれ」とか「親に言われなきゃ仲良くなんかしない」とくすくす嘲笑っている。
人は、皆、裏の顔ばかり。千春の心は、限界だった。
「...はぁ。勝手にしなさい」
兄に期待が集中しているため、千春が学校に行けなくとも、そこまでうるさく言われることはなかった。
しばらくはひとり留守番させて、母は仕事に出ていた。でも、次第に精神的に不安定な千春を放置できなくなって、成長してから雇っていなかった世話係を雇って一緒に留守番させた。
困ったのが、世話係の都合がつかない時だ。
仕方なく、母は自分の働く病棟に千春を連れていくようになった。
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