【13章まで完結】25人の花嫁候補から、獣人の愛され花嫁に選ばれました。

こころ ゆい

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黒の鴉は、嫉妬の炎に抗えない(十二章の『その後』です)

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「透子さん」

「.....え、香夜さん」

 今朝の気まずさからか、彼の姿を見つけて、視線を彷徨わせた透子。でも、ゆっくり歩み寄る夫に、顔を俯けながらも返事を返す。

「今日は何もなかったので、迎えに来ました。そろそろ終わる頃かと思って」

「あ、ありがとうございます...」

「荷物、持ちましょうか」

 言って、手を伸ばした時だ。

「透子さん!」

 愛おしい妻の名を呼ぶ、男性の声が耳に届いた。

「あ....高瀬さん」

「高瀬....」

 妻がその男の名を紡いで、思わずポソリと香夜の口から滑り落ちる呟き。

 それは、透子にも、高瀬と呼ばれた男にも、届きはしなかった。

 すぐそばにあった透子の気配は、次の瞬間には、自分のそばから離れていたからーー。

「どうされたんですか?」

 タタタッと、夫に見向きもしないで、料理教室のドアから出てきた『高瀬』に走り寄る妻・透子。まるで香夜から逃げるような仕草に、彼の中の何かがぷつんと切れる音がした。

「エプロン、忘れてましたよ」

「あ、本当!ありがとうございます、助かりました」

「いえ。そういえば、英語かなり上達してますね。今日なんて、ほとんど聞き間違えることなく進められてましたし」

「えへへ、お恥ずかしい。最初の頃は、高瀬さんがいたから何とか授業についていけてました。感謝しかありません」

「はは、いやいや。この短期間で、ここまで聞き取れるようになるとは、本当、感心します。僕こそ、自分の国の言葉で話せる友人ができて、授業が楽しみになってますよ。感謝、感謝です」

 数メートル先で、視線を交わして話す二人。
 和やかな雰囲気が、彼らを取り巻いていた。
 透子は肩の力を抜いて話しているのが、一目でわかる。

 言葉が通じない環境での毎日の暮らし。
 懸命に努力して、言語を習得する日々。
 そんななか息抜きに通った教室で、言葉が通じる相手が居たら、仲良くなっていくのは無理もない。

 わかっている。
 気持ちとしては、理解しているつもりだ。

 でもーー。

 どうして、そんなに笑顔なの?
 どうして、そんなにリラックスしてるの?
 エプロンを渡す男の指がかすっても、そんなに柔らかな表情で.....

 僕が触れたら...
 僕が近くに居るだけでも....

 あんなに、かたくなるのにーー。

「あ、透子さん。もし良ければ今度、うちのお店に来ませんか?」

「いいんですか?」

「もちろんです。甘いもの、お好きそうでしたし。うち、和菓子も少しばかり作っていて。今度、洋菓子と和菓子を調和させて新作を作るつもりなんです。アドバイスいただけませんか?」

「うわぁ、いき....ーーっ」

「透子さん」

 グッと腕を掴んで引き寄せた。
 誘いに乗ろうとしていた彼女の身体は、後ろに傾き、香夜の胸が受け止めた。

「...いつも、妻がお世話になってます。夫の 鴉矢 香夜です。せっかくのお誘いですが、一人で行かせるのは気がかりでして。僕もご一緒させて頂けるのでしたら、喜んでお伺いさせて頂きます」

「え...香夜さん?」

 戸惑う透子の声がするが、関係ない。
 これは黙っていられない案件だ。

 彼の店に行く?
 客もスタッフもいなければ、二人きりじゃないか。

 しかも、新作のお菓子のアドバイスだなんて。
 店の開けた場所じゃなく、奥まで入り込んだら、誰の目も届かないかもしれない。

 冗談じゃない。

「あ....も、申し訳ありません。ご主人がいらっしゃるのに気づかず....失礼致しました」

 香夜の存在に気づき、さらには、目が笑っていない明らかな牽制の意を含んだ凄みのある笑顔に、高瀬が怯んで頭を下げる。

「いえ、随分仲良くして頂いているそうで。ありがとうございます」

「........っ、あ、は、はい。こちらこそ」

「.............」

 変わらず笑顔だが、敵意に満ちたオーラに当てられて、高瀬はおろおろ視線を彷徨わせていた。
 
 店の話は、それ以上でない。

 もともと、透子を狙っての誘いだったのか。
 香夜の怒気を感じ取り、やめておいたのか。
 賢明だ。
 この話は消えたと判断して、早々に立ち去る。

「...では、そろそろ時間ですので。エプロン、わざわざありがとうございました。これ、僕がプレゼントしたもので。妻も気に入っていたので、助かります」

「....そう、ですか。では」

「ああ、もし今後、妻をお誘い頂けるのであれば、何であれ先に僕にお話し願えますか。男性と二人きりは許容できないし、したくもありませんので」

「.....はい」

 念の為、釘を刺しておいた。
 これ以上、大切な透子に変な虫がつきそうな状況は耐えられない。

 高瀬は、眉を下げて頷いた。
 きっともう誘ってこないだろう。

「あ...すみません、高瀬さん。では」

 透子は、二人のやりとりにあたふたしながら何もできず。背を向けた香夜の手に引かれて、帰宅の途についた。
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