思い出の喫茶店

りな

文字の大きさ
4 / 6

第四章 文化祭でのできごと

しおりを挟む

木村君に振られて、ノアに核心を突かれた一連の出来事を機に、由香は、学校で思ったことを少しずつ言うようになった。

例えば、一緒に日直をする子が黒板消しを手伝わなかった場合、これまでのユカなら我慢して一人で消すところを、手伝ってほしいと本人に言えるようになった。

10個ある内のほんの1、2個本音を伝えること。
相手の反応によっては、3、4個やそれ以上本音を伝えても大丈夫だと知った。
敬意があれば、きちんと相手に受け取ってもらえるのだった。
 
少しずつ、学校で本音で接することができるようになり
二学期になると、由香は文化祭で看板やポスター制作を担当することになった。


もともとポスターやチラシのデザインを考えるのは好きだったため、係自体は自ら選んでなったものの、くじ引きで取りまとめ役を任されることになった。
同学年の、他クラスの子と協力していかなくてはいけなくなってしまったことに、気が重くなり、ため息をついてばかりいた。

案の定、初めての顔合わせMTGから、人によるモチベーションの違いを感じ、ギクシャクした。
自分の意見を通したい子、仕方なしに担当している子、そんな子たちを束ねるなんて無理だと思い、由香は影を潜めた。
挙句の果てに「私は別にどうだっていいもん、適当にやっといてよ、帰る」と言う子たちが現れ、その子たちはそれ以降のMTGに来なくなった。由香はショックだった。

初めは「魅力あるポスターを作ろう!」と意気込んでいた由香も、目に見えて減っていく協力者と、自分の意見を通したい子に主導権を握られてしまい、その子の言いなりのようになってしまった。

このままじゃよくない、そう思いながらも係の時間が訪れる度に憂鬱になった。

この憂鬱な気持ちを晴らそうと、再び喫茶店を訪ねた。
喫茶店は今日も多くの人でにぎわっていた。

おじさんにいつものベーコンチーズサンドをオーダーした後、由香は「は~~~~」と大きなため息をついた。
気付くとノアが不満そうな顔で、頬杖をついて横に座っていた。


「ねぇユカ、また自分の意見が言えてないんじゃない?もっと自分の本心を大事にしてほしい」とノアは由香をじっと見つめ、大きな口調ではっきりと告げた。
ブカブカの、チャームポイントですらあったマスクも、もうしていない。


「あれ…ノア…話せたんだね…」

「もう黙ってる場合じゃないと思ってさ。ユカ、きっとまた木村君の時と同じ失敗してるよ」

「分かってるよ」

「分かってるなら、自分の意見を伝えたらいいじゃない」

「伝えて、嫌われたらどうしよう」

「もう高校生なんだよ。相手を傷つけるために伝えるんじゃない。自分のことを分かって欲しいと思って伝えるんだよ」

「うーん、分かってもらえるだろうか」

「とりあえず、ちゃんと、今モヤモヤしてる相手に伝えてきて。じゃないと、今度から由香と口をきかないかもしんないよ」

とノアは拗ねたように言った。今日初めて口をきいたばっかりじゃん、と由香は思った。
 
しかし、ノアとの会話が心にずっと引っかかり、とうとう由香は、ポスター制作において自分の意見を伝えた。
言うか言わないか散々迷ったが、意外にも意見は採用されるようになった。

どうやら相手も「仕切る人がいないから自分が仕切らなきゃ」と思い込んで、気負いしていたらしい。
ホッとした。伝えてみないと分からないことや、分かり合えないことも多いんだなと感じた。


あの日の下校のタイミングで、係を投げ出した子達に会った。

由香は話しかけるか知らないふりをするか迷ったが、勇気を振り絞って「あの、文化祭まであと二週間切ってて、大型看板の塗りが終わってないから、手伝ってくれないかな。方針は決まっていて、いくつかの色を選んで塗るだけだから…」震える声でそう言った。

すると相手もバツが悪いと思ったのか「それくらいなら手伝えるし」と目を見ずに言った。由香は嬉しくなった。


序盤はギクシャクしていた雰囲気だったものの、最終的にはそれぞれに笑顔や談笑も増え、無事に1組から5組の係の子全員で、協力して看板を作り上げることができた。

文化祭本番でも、看板やポスターは評判が高く、先生や同級生からも褒められ、由香はとても嬉しく思った。

デザインを決めるのも楽しかったが、自分の本音を伝えたことで事態が好転したことを一番嬉しく思った。

文化祭の翌日、うまくいったことを報告しようと喫茶店に立ち寄ると、ノアが一目散に笑顔で抱き着いてきた。
あったかい気持ちになった。
おじさんも「今日はベーコンレタスバーガーをサービスするよ」と不慣れなウインクをした。

ついにバーガーまで始めたのか。
ホカホカのバーガーをいただきつつ、由香の心の中には「デザインする仕事に就きたい」という気持ちがふつふつと芽生えてきていた。


その後、学校生活では、由香は自分が何をしたいのかを大切にするようになった。

辛いときも、心の中で本心を大切にしてほしいと言うノアを感じて寄り添い、喫茶店のにぎやかな様子を思い浮かべて乗り越えるようになった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...