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第四章 文化祭でのできごと
しおりを挟む木村君に振られて、ノアに核心を突かれた一連の出来事を機に、由香は、学校で思ったことを少しずつ言うようになった。
例えば、一緒に日直をする子が黒板消しを手伝わなかった場合、これまでのユカなら我慢して一人で消すところを、手伝ってほしいと本人に言えるようになった。
10個ある内のほんの1、2個本音を伝えること。
相手の反応によっては、3、4個やそれ以上本音を伝えても大丈夫だと知った。
敬意があれば、きちんと相手に受け取ってもらえるのだった。
少しずつ、学校で本音で接することができるようになり
二学期になると、由香は文化祭で看板やポスター制作を担当することになった。
もともとポスターやチラシのデザインを考えるのは好きだったため、係自体は自ら選んでなったものの、くじ引きで取りまとめ役を任されることになった。
同学年の、他クラスの子と協力していかなくてはいけなくなってしまったことに、気が重くなり、ため息をついてばかりいた。
案の定、初めての顔合わせMTGから、人によるモチベーションの違いを感じ、ギクシャクした。
自分の意見を通したい子、仕方なしに担当している子、そんな子たちを束ねるなんて無理だと思い、由香は影を潜めた。
挙句の果てに「私は別にどうだっていいもん、適当にやっといてよ、帰る」と言う子たちが現れ、その子たちはそれ以降のMTGに来なくなった。由香はショックだった。
初めは「魅力あるポスターを作ろう!」と意気込んでいた由香も、目に見えて減っていく協力者と、自分の意見を通したい子に主導権を握られてしまい、その子の言いなりのようになってしまった。
このままじゃよくない、そう思いながらも係の時間が訪れる度に憂鬱になった。
この憂鬱な気持ちを晴らそうと、再び喫茶店を訪ねた。
喫茶店は今日も多くの人でにぎわっていた。
おじさんにいつものベーコンチーズサンドをオーダーした後、由香は「は~~~~」と大きなため息をついた。
気付くとノアが不満そうな顔で、頬杖をついて横に座っていた。
「ねぇユカ、また自分の意見が言えてないんじゃない?もっと自分の本心を大事にしてほしい」とノアは由香をじっと見つめ、大きな口調ではっきりと告げた。
ブカブカの、チャームポイントですらあったマスクも、もうしていない。
「あれ…ノア…話せたんだね…」
「もう黙ってる場合じゃないと思ってさ。ユカ、きっとまた木村君の時と同じ失敗してるよ」
「分かってるよ」
「分かってるなら、自分の意見を伝えたらいいじゃない」
「伝えて、嫌われたらどうしよう」
「もう高校生なんだよ。相手を傷つけるために伝えるんじゃない。自分のことを分かって欲しいと思って伝えるんだよ」
「うーん、分かってもらえるだろうか」
「とりあえず、ちゃんと、今モヤモヤしてる相手に伝えてきて。じゃないと、今度から由香と口をきかないかもしんないよ」
とノアは拗ねたように言った。今日初めて口をきいたばっかりじゃん、と由香は思った。
しかし、ノアとの会話が心にずっと引っかかり、とうとう由香は、ポスター制作において自分の意見を伝えた。
言うか言わないか散々迷ったが、意外にも意見は採用されるようになった。
どうやら相手も「仕切る人がいないから自分が仕切らなきゃ」と思い込んで、気負いしていたらしい。
ホッとした。伝えてみないと分からないことや、分かり合えないことも多いんだなと感じた。
あの日の下校のタイミングで、係を投げ出した子達に会った。
由香は話しかけるか知らないふりをするか迷ったが、勇気を振り絞って「あの、文化祭まであと二週間切ってて、大型看板の塗りが終わってないから、手伝ってくれないかな。方針は決まっていて、いくつかの色を選んで塗るだけだから…」震える声でそう言った。
すると相手もバツが悪いと思ったのか「それくらいなら手伝えるし」と目を見ずに言った。由香は嬉しくなった。
序盤はギクシャクしていた雰囲気だったものの、最終的にはそれぞれに笑顔や談笑も増え、無事に1組から5組の係の子全員で、協力して看板を作り上げることができた。
文化祭本番でも、看板やポスターは評判が高く、先生や同級生からも褒められ、由香はとても嬉しく思った。
デザインを決めるのも楽しかったが、自分の本音を伝えたことで事態が好転したことを一番嬉しく思った。
文化祭の翌日、うまくいったことを報告しようと喫茶店に立ち寄ると、ノアが一目散に笑顔で抱き着いてきた。
あったかい気持ちになった。
おじさんも「今日はベーコンレタスバーガーをサービスするよ」と不慣れなウインクをした。
ついにバーガーまで始めたのか。
ホカホカのバーガーをいただきつつ、由香の心の中には「デザインする仕事に就きたい」という気持ちがふつふつと芽生えてきていた。
その後、学校生活では、由香は自分が何をしたいのかを大切にするようになった。
辛いときも、心の中で本心を大切にしてほしいと言うノアを感じて寄り添い、喫茶店のにぎやかな様子を思い浮かべて乗り越えるようになった。
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