悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第9部】無人島サバイバル編  ~悪役令嬢、無人島に漂着す。大自然が相手なら、島ごと「整地」させていただきますわ~

第076話 無人島漂着:まずはログハウスを素手で建てます。サバイバルとは「整地」することですわ

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 ――漂着、1時間後。

 ザザァン……。

 波の音と、顔にかかる砂の感触で目が覚めた。
 体を起こすと、そこは白い砂浜だった。
 見上げれば、南国特有の濃い緑のジャングルと、どこまでも青い空。
 嵐は嘘のように去り、太陽がジリジリと肌を焼いている。

「……生きているわね」

 わたしは濡れたドレスを絞りながら立ち上がった。
 隣ではアリスとミリアが、打ち上げられたマグロのように伸びている。

「うぅ……酔った……人間の出すスピードじゃなかったよぉ……」
 アリスが目を回して呻いている。

「りゅ、リュック……中身のミソ樽とショーユ瓶は……無事です……!」
 ミリアは意識が朦朧としながらも、リュックの無事を確認して親指を立てた。さすがだわ、この子本当にたくましいわね。

 二人の無事を確認し、わたしは周囲の気配を探った。
 そして、すぐに異変に気づく。

(……魔力が、練れない?)

 体内には魔力がある。だが、それを体外に放出しようとすると、大気中の乱気流のようなものにかき消されてしまうのだ。
 まるで、島全体が巨大な魔力妨害装置の中にあるような感覚。

 アリスが青ざめた顔で杖を振る。

「う、嘘……魔法が出ない! 水も出せないし、服も乾かせないよぉ!」

 わたしも足元の影に手を伸ばしてみた。
 ……開かない。
 影の亜空間「暗闇の間アイテムボックス」へのアクセスが遮断されている。
 つまり、最強の鈍器「漆黒の玉座オリジン」も、中に備蓄していた大量の食料や素材や、なんなら着替えなんかも、取り出せないということだ。

「なるほど。『魔封じの島』というわけね」

 わたしは状況を整理した。
 現在地、不明。
 所持品、着の身着のままの半壊したドレス、ミリアのリュック(調味料メイン)、アリスの杖(ただの棒)。
 魔法、使用不可。
 頼れるもの、己の筋肉フィジカルのみ。

「さて、ここがどこなのかもわからない上に、なにがあるかもわからない……まずは服を『サバイバル仕様』にしないとね」

 わたしは二人の姿を眺める。
 濡れて重くなった服は動きにくいし、乾きにくい。それに、この熱帯のジャングルを歩くには、フリルや長い裾は邪魔でしかない。

「衣服の調整が必要ね。……動きやすさと足元の保護が第一よ」

 わたしは自分のドレスの裾を両手で掴み、一気に引き裂いた。

 ビリィッ!!

 重いレースのスカートが取り払われ、太ももがあらわになる。
 さらに袖を引きちぎり、背中が大きく開いたノースリーブ状態に。

「今着ている服の余分な生地を割いて、ゲートルにして巻きましょう。足を保護して歩行時の危険を少しでも避ける! 腕も同じように保護よ! これぞハニマル流サバイバル術の基本!」

 わたしは裂いた布を足首からふくらはぎにかけてきつく巻きつけ、即席のブーツ代わりにした。腕にも巻き付け、草木や虫から肌を守る。

「さあ、あなたたちもやりなさい。恥じらっている場合じゃなくてよ?」

「えええ……」

 アリスが涙目で、自分のポンチョとローブに手をかける。
 ミリアも「もったいないですが……」と旅装束の裾を破き始めた。

 数分後。
 そこには、極限まで露出度の高まった三人の姿があった。

 わたしは、鍛え上げられた背中と太ももを大胆に晒した、ボンテージ風の戦闘ドレス。
 アリスは、ポンチョを腰巻きにし、上はキャミソール一枚のような軽装。透き通るような白い肌が眩しい。
 そしてミリアは……。

 ボヨン。

「……ッ!?」

 わたしとアリスの視線が、一点に釘付けになった。
 これまで巨大なリュックのベルトや厚手の服に隠されていて意識していなかったが……この子、着痩せするタイプだったのか。
 布面積の減った服から、暴力的なまでの質量が主張している。

「……今まで気にしたこともなかったけれど。ミリア、あなたのアレは凶器ね」
「え? 包丁のことですか? まだリュックの中ですが……」
「違うよぉ! その、胸の……脂肪の塊のことだよぉ!」

 アリスが涙目で自分の平坦な胸元を押さえ、悲痛な叫びを上げる。

「ううっ……! スレンダーにだって需要はあるもん! 希少価値だもん! ……でも、悔しいぃぃぃ!」
「え? アリスさん、よく育ってらっしゃるじゃないですか。……横に」
「喧嘩売ってるのかなミリアちゃん!?」

 ……どういうわけか全体的に随分布が少なくなったわね。
 だが、これで機動力は確保できた。

「じゃ、わたしはちょっと沿岸沿いを走って見てくるわ」

 わたしは準備運動がてら、屈伸をした。

「その間、二人は絶対に離れずに、適当に休んでいなさい。いいこと? 下手に動くんじゃないわよ?」

「えっ、走ってって……この島、どれくらいの大きさかもわからないのに?」

 アリスの問いかけが終わる前に、わたしは地面を蹴った。

 ドォン!!

 爆発音と共に、砂浜にクレーターができる。
 わたしの体は弾丸のように飛び出し、砂浜を――いや、波打ち際の水面すら蹴って加速し、二人の視界の彼方へと消え去った。

「……行っちゃった」
「速すぎて見えませんでしたね」

 ――数分後。

 ザザァッ!!

 砂煙を上げながら、わたしは猛スピードで帰還した。
 息一つ切らしていない。

「おかえりなさいませレヴィーネ様! 早かったですね!」
「ただいま。……一通り回ってきたわ」

 わたしは額の汗を拭うこともなく、淡々と報告した。

「残念、完全に孤島だったわ。周囲に大陸の影も見えなければ、島影もなし。ここからどこに向かうにせよ、相当な準備が必要ね……」

「そ、そんな……」

 アリスがガックリと膝をつく。
 絶海の孤島。魔法も使えない。助けも来ない。
 それは、遭難者にとって死刑宣告にも等しい状況だ。

 だが。
 わたしは、ニヤリと笑った。

「でも、水はあるし、緑もある。魔獣の気配もビンビンするわ」

「……え?」

 わたしは両手を広げ、この過酷な環境を歓迎するように叫んだ。

「燃えてきたわ! 最高の『野外合宿ブートキャンプ』じゃない!!」

「ひぃぃぃ!? レヴィちゃんが楽しそうだよぉぉぉ!!」
 アリスの絶叫が、無人の空に吸い込まれていった。

「さあ、立つわよ! サバイバルの基本は『衣食住』の確保から!」

 わたしは二人を無理やり立たせ、ジャングルの方角を指差した。

「まずは拠点作りよ。……日暮れまでに、屋根のある寝床を確保するわ」


 ――漂着、2時間後。

 浜辺から少し入った、見晴らしの良い高台。
 そこには、建築資材に利用できそうな巨木が乱立していた。
 よし、ここをキャンプ地とする。

 だが、わたしが「拠点を作る」と宣言した後、アリスが深刻な顔で寄ってきた。

「レ、レヴィちゃん……。サバイバルって甘くないよ? 『3の法則』って知ってる?」

「何かしら?」

「人間は、空気なしで3分、水なしで3日、食料なしで3週間しか生きられないんだよ! 特に『水』と『火』と『体温維持(シェルター)』の確保は一刻を争うの! 魔法が使えない今、これは命がけの作業に……まずは水の確保をなんとかしないとぉ……」

 アリスが悲壮な決意を固めている。
 なるほど、確かに一般論としてはそうだろう。
 だが。

「そんな心配をしていたの? なら、さっさと終わらせましょう」

 わたしは腕まくり(布はないが)をし、近くにあった太いつたのような植物に目をつけた。

「まずは水ね。……この植物、地下水を吸い上げている音がするわ」

 わたしは蔦を引っこ抜くと、雑巾を絞るようにギュウウウウッと捻り上げた。

 ジョボボボボボッ!!!

 切断面から水道の蛇口のように水が噴き出し、ミリアが手持ち鍋で受け止める。

「水の問題は解決ね。同じ種類の蔦ならいくらでもあるわ」

 わたしが絞りカスになった繊維質の蔦を捨てようとすると、ミリアが「お待ちください!」と飛びついた。

「捨てないでくださいレヴィーネ様! この繊維、乾燥させれば極上のロープになります!」

 ミリアは絞りカスを受け取ると、驚くべき手際で繊維をほぐし、撚り合わせ始めた。
 シュシュシュッ、と目にも止まらぬ速さで編み込まれていく。

「できました! 頑丈なロープと、採取用の『網ザック』です!」

「……早いわね。あなた、本当にただの農家の娘?」
「農閑期には内職で籠や縄を編んでいましたから!」

 ミリアが胸を張る。この子の生活力(サバイバル能力)は底知れない。

「次は火ね」

 わたしは乾燥した木の枝と、木の皮を集めた。いわゆる「きりもみ式」の発火法だ。

「これ、大変なんだよね……。手が豆だらけになるまで回しても、煙すら出ないことがあるって前世に動画で……」

 アリスが心配そうに見守る中、わたしは木の枝を両手のひらで挟んだ。

「要は『摩擦熱』でしょう? ……発火点を超えるまで、回せばいいだけよ」

 シュバババババババババババッ!!!

 わたしの両手が残像と化す。超高速回転により、木と木が擦れ合う音が「キィィィン!」という高周波音に変わる。

 ボォンッ!!!

 数秒もせず、煙が出る過程すら省略し、爆発的に炎が燃え上がった。

「ついたわ」
「早いよ!? 魔導ライターより早いよ!?」
「摩擦係数と回転数の勝利ね」


「さて、ようやく拠点(シェルター)ね。この辺りがいいわ」

 わたしはあらためてキャンプ地の地面を見据え、深く息を吸い込んだ。

「まずは整地からね」

 右足に力を込め、大地を踏みしめる。

「――『地均しグランド・スイーパー』ッ!!」

 ズバァァァァァンッ!!!

 わたしが放った下段回し蹴りの風圧(衝撃波)が扇状に広がり、目の前の藪や細い木々を根こそぎ薙ぎ払った。一瞬にして、平らで清潔な更地が出来上がる。
 さらに、わたしは大きく足を開き、腰を落とした。

「どすこいッ!!」

 ズシンッ!!

 四股を踏む。ただそれだけの動作だが、わたしの体重と筋力が一点に集中し、地面に強烈な圧力をかけた。
 地面が悲鳴を上げ、砂利と土が圧縮される。これを数度も繰り返せば基礎の完成だ。

「そんな~、レヴィちゃんの『どすこい!』がどんなに凄くたって……固っ!? 砂地なのにコンクリみたいになってるよ!?」

 アリスが地面を触って驚愕する。
 物理的な圧力による地盤改良。これで基礎は完璧だ。

「次は建材の確保ね」

 わたしは手頃な巨木(直径10メートル級)の前に立った。
 身体強化は使えない。だが、そんなものは言い訳にならない。「獣の穴」で培った、純粋な筋肉と技術がある。

 わたしは呼吸を整え、腰を落とし、正拳突きを一閃した。

「せいッ!」

 ドパゴォォォンッ!!!

 幹の中心に綺麗な風穴が空き、衝撃波のあとがヒビのように幹全体に広がる。
 ――ビキビキキィッ……ミシッミシッ……。

「倒すわよ、もう少し離れなさい」

 わたしが足先を幹に押し当てれば、ズゥン……と音を立てて、巨木が倒れる。

「案外脆いのね。気をつけないと建材として使えなくなるわ。相当手加減しないと……」
「うーん、どう見ても古代樹レベルの太さなんだけどね……」

 アリスのツッコミをよそに、わたしは倒れた木にまたがり、手刀で枝を払い、ローキックで長さを揃えていく。
 バキッ、ボコッ、ズドン。
 ドパゴォォォン!! ビキビキキィッ!! ズゥン。
 リズミカルな破壊音が森に響く。

「ふう、製材完了。アリス! ぼーっとしてないで設計図を引きなさい! 前に前世で『無人島開拓動画』とか見てたんでしょう?」

「は、はいッ! 見てました! ログハウスの組み方ならなんとなくわかる!」

 アリスが木の枝で地面に設計図を描き始める。
 ミリアはジャングルの蔦を集め、手際よくロープを編んでいく。

「え~と、ここの荷重がこうかかって……強度が足りない? 三角構造トラスを入れれば……いや、それだと重心が……あ、そもそも釘がないんだよね……じゃあホゾ組みにしないとか……」

 一方、アリスは地面に木の枝で数式を書き殴りながら、頭を抱えていた。

 彼女の目の前には、複雑怪奇な建築図面と計算式が並んでいる。
 アリスは涙目で天を仰いだ。

「あぁもう!! なぁんで私は『前世』に、物理演算タイプのサンドボックスゲームをやりこんでこなかったかなぁ!」

「……何よそれ?」

「あるんだよぉ! ブロックを組み合わせてお城とか兵器とか作るゲームが! 私はRPG系ばっかりやってたから、建築センスと構造計算の知識が足りないのぉぉ!」

 アリスが地面をバンバン叩いて悔しがる。
 どうやら前世の知識があっても、経験がなければ活かせないらしい。

「……見ていられないわね。どきなさい」

 わたしはアリスが描いた図面(の完成予想図だけ)を一瞥し、切り倒した巨木(直径1メートル級)の前に立った。

「ふむ……要は、凹凸を合わせて組めばいいんでしょう? アリス、概算でいいわ、このくらいの材木なら、あと何本くらい必要?」

「えっ、えーと……ログハウスにするなら、あと最低でも20本は……」

「了解」

 わたしは伐採済みの巨木の前に立ち、呼吸を整えた。

「ノミもカンナもないよ? どうするの?」

 そう問うアリスに、わたしは不敵に笑い、両手の指をワキワキと動かした。

「いらないわ――わたしの指先が『工具』で、手足が『重機』よ」

 わたしは丸太の端に指を突き立てた。
 ズブッ。
 まるで粘土のように指が木材にめり込む。そのまま指先に力を込め、高速でスライドさせる。

 ガガガガガガッ!!

 木屑が雪のように舞い散る。
 わたしの指は、電動カンナも真っ青な精度と速度で、丸太の表面を削り、必要な溝(ホゾ)を掘っていく。

「……『手刀製材ハンド・ソー』」

 さらに、切断が必要な箇所には、鋭いローキックを一閃。
 スパァン!
 断面が鏡のように滑らかな状態で、丸太が切断される。

「……『脚断レッグ・カッター』」

 アリスが「なんだろう……レヴィちゃんとやる箱庭ゲーって絶対楽しくないよ……」と引きつった声を上げる。
 わたしは首を傾げた。

「よくわからないけれど、なんか失礼なこと言われていることはわかるわね」

 わたしは加工した木材を次々と放り投げ、ミリアがそれを受け取って組み上げていく。
「釘打ち!」
 デコピン(パチンッ!)
「杭打ち!」
 踵落とし(ドゴォォン!)


 ――着工、3時間後。


「――なんということでしょう」

 アリスがどこかで聞いたことがあるようなナレーション風の声で呟いた。

「ただのジャングルだった荒れ地に、レヴィちゃんの暴力的なまでの施工によって、堅牢な高床式ログハウスが出現しました」

 そこには、風通しの良いテラス付き、屋根はヤシの葉を幾重にも重ねた防水仕様の立派な家が建っていた。
 もはやサバイバルの拠点ではない。別荘だ。

「ふぅ。……玉座がないなら、岩を削ればいいじゃない」

 わたしは手頃な大岩を指先で削り出して作った即席のソファに腰掛け、満足げに頷いた。

「どう? なかなかの出来でしょう? 名付けて『ヴィータヴェン城(仮)』よ」

「……早すぎるよ!!」
 アリスが食い気味にツッコんだ。

「なんで半日で『家』が建つの!? サバイバルって、もっとこう、洞窟とかで身を寄せ合って『寒いね……』とかやるものじゃないの!?」

「あら。悪役ヒールたるもの、野宿なんて肌が荒れるわ」

 わたしは岩のソファで足を組んだ。そのスリットから覗く太ももに、アリスがなぜか赤面して視線を逸らす。

「環境に文句を言う前に、環境を自分好みに変える。それが支配者の流儀よ」


 水、火、拠点。
 これで、最低限の生存環境は整った。


 ――漂着、7時間後。

 拠点が完成し、一息ついた頃。
 アリスが内股になりながら、顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。

「……あ、あの、レヴィちゃん……」
「なに? お腹が空いたのなら、あとで取りに行くわよ」
「ち、違うの! その……『お花摘み』に行きたいんだけど……」

 アリスが消え入りそうな声で訴える。
 トイレだ。
 前世の記憶を持つ現代っ子のアリスにとって、これは食料確保以上に切実な、尊厳に関わる大問題らしい。

「ああ、そんなこと。……その辺の茂みで済ませなさいな」

 わたしは顎でジャングルをしゃくった。
 「獣の穴」の雪山修行では、トイレなど選んでいられなかった。風下を選び、素早く済ませ、雪で隠す。それが常識だ。

「む、無理だよぉ! 虫がいるし! お尻刺されたらどうするの!?」
 アリスが悲鳴を上げる。

 すると、焚き火の準備をしていたミリアが、キラリと目を光らせて立ち上がった。
 彼女は片手にスコップ(木の皮と枝で作った即席)を持ち、満面の笑みでアリスに歩み寄る。

「ご安心ください、アリスさん! 私にお任せを!」

「えっ? ミリアちゃん、何かいい方法が?」

「はい! あちらの裏手に、深さ1メートルの穴を掘っておきました! 溜まったら土と枯れ葉を被せて発酵させれば、数ヶ月後には素晴らしい『堆肥』になります! さあ、私の畑(予定地)のために、遠慮なく『資源』を提供してください!」

「イヤァァァァァッ!! 私を肥料生成機みたいに見ないでぇぇぇッ!!」

 アリスが涙目で絶叫し、わたしの背中に隠れる。
 元・現代人としてのプライドと、元・聖女としての羞恥心が、野外排泄&堆肥化を全力で拒絶しているようだ。

「……やれやれ。贅沢な聖女様ね」

 わたしはため息をつき、手頃な大きさの岩を見繕うと、庭先に運んだ。
 そして、呼吸を整え、手刀と貫き手ぬきての構えを取る。

「そういえば『獣の穴』には、巨岩を素手で打ち削って球体にする修行があったわね……ふふ、懐かしいわ」

 わたしは楽しかった修行の日々(地獄)を思い出しながら、鼻歌交じりに岩に指を突き立てた。

 フフ~ン♪(ズボッ!)
 フフフ~ン♪(ガリガリガリガリッ!!)
 フンフフ~ン♪(キュィイィィンッ!! ジュリッ! ジュリリリリリリ!!)
 フフ~フンフン♪(パチッ! シュババババッ!! シュババババッ!!)

 岩を削る音が、まるで彫刻刀で石膏を削るような軽快なリズムで響く。
 中央をくり抜き、表面を滑らかに研磨し、座り心地の良いカーブを描く。
 わたしの指紋がヤスリ代わりとなり、岩肌は大理石のようにツルツルに磨き上げられていく。
 ものの数分で、美しい曲線美を持つ「石製・洋式便座」が完成した。

「お、おトイレだあぁ!」

 アリスが後光を見るような目で便座を拝む。

「せっかくだから、屋根と壁と扉が必要ね?」

 わたしはヴィータヴェン城の建築で余った端材(伐採しすぎた丸太)に目をつけた。
 手刀を振るう。

 スパパンッ!!

 丸太が縦に、横に、均等な厚さの板材へと製材されていく。
 わたしはそれらを組み合わせ、あえて隙間を活かした格子状のデザインで組み上げた。
 風通しを良くしつつ、外からの視線は遮る。木の温もりを活かした、スタイリッシュな個室。
 それはまるで、木材を多用する某・有名建築家が建てたような、無駄にオシャレな「モダン建築トイレ」だった。

「はい、完成」

「……す、すごい」

 アリスは完成したトイレを見上げ、引きつった笑みを浮かべた。

「とってもありがたいんだけど、無人島のジャングルにこのおトイレは違和感がすごいね……。ここだけ表参道みたい……」

「それより貴女、まだ我慢していて大丈夫なの?」

「んっ!!」

 アリスはハッとしてお尻を押さえ、モダンな個室へと猛ダッシュで駆け込んだ。

 バタン!

 勢いよく扉が閉じられたあと、中から「あぁぁ~……文明の座り心地ぃ……」という安堵の声が漏れてくる。

 わたしは満足げに頷き、残念そうにスコップを下ろすミリアに声をかけた。

「諦めなさいミリア。……中身は溜まったら、あなたが回収すればいいわ」
「はいッ! 熟成を楽しみに待ちます!」

 無人島の夜に、アリスの尊厳は(ギリギリで)守られたのだった。
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