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【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきます
第084話 納豆と絶望:命の味がする「ネバネバ」を粗末にする奴は、将軍だろうと許しません
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リョウマに案内されて足を踏み入れた城下町は、わたしの予想を超えて荒廃していた。
建物は古びて傾き、通りにはゴミが散乱している。壁には手配書や、「贅沢は敵」といった高圧的な布告がベタベタと貼られている。
行き交う人々は皆、痩せこけ、死んだような目をしていた。
活気がない。色がない。
帝国のスラム街よりも酷い、重く淀んだ絶望の気配が街全体を覆っている。
「……ひどい」
アリスが絶句し、ポンチョを強く握りしめる。
「お米の匂いが……しません。代わりに、腐ったような臭いが……」
ミリアが鼻を覆い、悲しげに眉を寄せる。商人としての勘が、この街の経済が死んでいることを敏感に感じ取っているようだ。
「これが今のトヨノクニの姿じゃ」
リョウマが、被った笠の縁を下げながら低い声で言った。
「都だけじゃない。国中がこうじゃ。……『米狩り』と『刀狩り』。公儀の政策によって、民は食い物を奪われ、侍は魂を奪われ、ただ生かされているだけの家畜に成り下がっちまった」
「……兵糧攻め、か。自分の国民を相手に?」
わたしは不快感を隠さずに吐き捨てた。
権力維持のために民を犠牲にする。古今東西、腐った支配者のやり口は変わらない。だが、ここまで徹底して「生産力そのもの」を破壊するやり方は、狂気の沙汰だ。
未来を食いつぶして、今の延命を図る。それは統治ではなく、ただの略奪だ。
そんな陰鬱な空気の中、リョウマが一軒の古びた定食屋の前で足を止めた。
暖簾はボロボロで、看板も半分落ちかけている。
「ここじゃき。……ここの親父は頑固でのう。公儀の目を盗んで、こっそりと『まともな飯』を出しゆう数少ない店じゃ」
リョウマが目配せをして、暖簾をくぐる。わたしたちも後に続いた。
狭い店内には数人の客がいたが、皆押し黙って食事をしていた。まるで、食べること自体が罪であるかのように、背中を丸め、器を隠すようにして。
厨房には、無愛想な老人が一人、黙々と鍋を振っている。
「親父! 客人を連れてきたぜよ! とびきりのやつを出してつかぁさい!」
「……リョウマか。また厄介事を持ち込みおって」
老人はわたしを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。その目は、希望を捨てきれていない者の、頑固な光を宿していた。
彼は何も言わず、奥からお盆を運んできた。
置かれたのは、三つの丼と、小鉢。
丼の中には、白く輝く――いや、少し黄色味がかっているが、紛れもない「お米」。
そして小鉢には、糸を引く茶色い豆の発酵食品。
「……!」
わたしの目が釘付けになる。
ミリアが息を呑む。
「こ、これは……まさか……!?」
そこから漂ってくるのは、強烈な、しかし魂を揺さぶる芳香。
腐敗臭ではない。発酵の極み。独特のアンモニア臭にも似た、生命の匂い。
「納豆……!」
わたしは震える手で箸を取った。
前世の記憶が鮮烈に蘇る。
朝の食卓。湯気を立てる温かいご飯。そして、ネバネバとしたその豆。
まだ体が動いていた頃の、ありふれた日常の象徴。
そして、病室の天井を見つめながら、二度と食べられないと絶望した、夢にまで見た味。
「い、いただきます……!」
箸で納豆をかき混ぜる。糸を引く。その粘り気さえも愛おしい。
ご飯の上に乗せ、一口、口に運ぶ。
広がる独特の風味。粘り気。そして、噛み締めるほどに溢れる大豆の旨味。
決して上等な品ではない。ご飯も古米だろう。納豆も、藁の匂いが強くついている。
だが、今のわたしにとって、これ以上の御馳走はこの世に存在しない。
「……んんっ!」
思わず声が漏れる。
目頭が熱くなる。これは、ただの食事ではない。失われた「生」を取り戻す儀式だ。
ミリアに至っては、「ああっ……! 納豆の妖精が見えます……! 発酵の神様が降臨されました!」と謎の幻覚を見て涙を流している。
アリスは「くっさ! わぁ~昔もそんなに食べなかったけど、藁で作った本格的なのはすごいねぇ~」と恐る恐る食べているが、その手は止まらない。
「合格よ。……臭いけど、最高に美味いわ」
わたしが完食し、満足げに息をついた、その時だった。
バンッ!!
入り口の戸が乱暴に蹴り開けられた。
「おい! 誰かいるのか! 『米狩り』だ! 隠している米を出しやがれ!」
土足で踏み込んできたのは、立派な着物を着た役人と、数人の手下たちだった。
この飢饉の中で、彼らだけが不自然なほど丸々と太り、肌は脂ぎっている。手には革鞭を持ち、腰には立派な刀を差している。
彼らは店内の客を威嚇し、テーブルの上の食事を無造作にひっくり返し始めた。
ガシャン!
茶碗が割れ、貴重な白米が泥床に散らばる。
「ひぃッ! お代官様!?」
店主が青ざめる。
役人はわたしたちのテーブルに近づき、空になった丼と、口の端についた納豆を見て、顔を真っ赤にして激昂した。
「貴様ら! 異人の分際で、貴重な白米を食うとは何事か! 百姓ですら雑穀を食っているというのに、贅沢な!」
役人がテーブルを蹴り上げる。
まだ少し残っていた納豆の小鉢が宙を舞い、床に落ちた。ネバネバとした糸が、無惨に床を汚す。
――プツン。
わたしの中で、決定的な音がした。
せっかくの余韻が。故郷の味が。生きるための糧が。
土足で踏みにじられた。
「……拾いなさい」
わたしの声は、地獄の底から響くように低かった。
リョウマが「おっ、始まったか」と楽しげに酒をあおる。
「あ? なんだその目は。……ええい、捕らえろ! 不敬罪だ!」
手下たちが十手を持って襲いかかってくる。
わたしは立ち上がった。
その背後に、ドス黒いオーラが立ち上る。
「食べ物を粗末にする奴は……死ぬよりも辛い目に遭わせるのが、わたしの流儀よ」
パァン! ドゴッ! バキィッ!
一撃必殺。掌底、裏拳、回し蹴り。
わたしは最小限の動きで、襲いかかる手下たちを次々と迎撃した。
手下たちは紙切れのように吹き飛び、店の壁を突き破って外の通りまで転がっていった。
「ひ、ひぃぃッ!?」
腰を抜かした役人の襟首を掴み、わたしは冷酷に告げた。
「誰の命令? なぜ米を奪う?」
「し、将軍様だ! 代々『剣聖』としてこの国を統べる、最強の武人アシカガ・ムネノリ様の『武力・食糧没収令』だ! 米も刀も、すべては将軍様の力となるのだ!」
「剣聖、ねぇ……。民を飢えさせる剣に、何の価値があるのかしら」
「黙れ! 将軍様のお持ちになる『神刀』の錆になりたいか!」
「将軍? 神刀? ……知らないわね」
わたしは役人を店の外へ放り投げた。
彼は手下たちの山の上に落下し、気絶した。
「わたしの食事を邪魔するなら、将軍だろうが神だろうが、城ごと更地にしてあげるわ!」
わたしの宣言が、静まり返った通りに響き渡る。
リョウマが拍手喝采を送る中、わたしは荒い息を吐き、空を見上げた。
トヨノクニ。
どうやらこの国は、わたしが思っていた以上に「病んで」いるらしい。
そして、その病巣を物理的に切除するのが、わたしの仕事になりそうだ。
「……行くわよ、リョウマ。まずはその将軍とやらに、挨拶に行かなくちゃね」
最強の悪役令嬢の、国盗り物語が本格的に始まった。
建物は古びて傾き、通りにはゴミが散乱している。壁には手配書や、「贅沢は敵」といった高圧的な布告がベタベタと貼られている。
行き交う人々は皆、痩せこけ、死んだような目をしていた。
活気がない。色がない。
帝国のスラム街よりも酷い、重く淀んだ絶望の気配が街全体を覆っている。
「……ひどい」
アリスが絶句し、ポンチョを強く握りしめる。
「お米の匂いが……しません。代わりに、腐ったような臭いが……」
ミリアが鼻を覆い、悲しげに眉を寄せる。商人としての勘が、この街の経済が死んでいることを敏感に感じ取っているようだ。
「これが今のトヨノクニの姿じゃ」
リョウマが、被った笠の縁を下げながら低い声で言った。
「都だけじゃない。国中がこうじゃ。……『米狩り』と『刀狩り』。公儀の政策によって、民は食い物を奪われ、侍は魂を奪われ、ただ生かされているだけの家畜に成り下がっちまった」
「……兵糧攻め、か。自分の国民を相手に?」
わたしは不快感を隠さずに吐き捨てた。
権力維持のために民を犠牲にする。古今東西、腐った支配者のやり口は変わらない。だが、ここまで徹底して「生産力そのもの」を破壊するやり方は、狂気の沙汰だ。
未来を食いつぶして、今の延命を図る。それは統治ではなく、ただの略奪だ。
そんな陰鬱な空気の中、リョウマが一軒の古びた定食屋の前で足を止めた。
暖簾はボロボロで、看板も半分落ちかけている。
「ここじゃき。……ここの親父は頑固でのう。公儀の目を盗んで、こっそりと『まともな飯』を出しゆう数少ない店じゃ」
リョウマが目配せをして、暖簾をくぐる。わたしたちも後に続いた。
狭い店内には数人の客がいたが、皆押し黙って食事をしていた。まるで、食べること自体が罪であるかのように、背中を丸め、器を隠すようにして。
厨房には、無愛想な老人が一人、黙々と鍋を振っている。
「親父! 客人を連れてきたぜよ! とびきりのやつを出してつかぁさい!」
「……リョウマか。また厄介事を持ち込みおって」
老人はわたしを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。その目は、希望を捨てきれていない者の、頑固な光を宿していた。
彼は何も言わず、奥からお盆を運んできた。
置かれたのは、三つの丼と、小鉢。
丼の中には、白く輝く――いや、少し黄色味がかっているが、紛れもない「お米」。
そして小鉢には、糸を引く茶色い豆の発酵食品。
「……!」
わたしの目が釘付けになる。
ミリアが息を呑む。
「こ、これは……まさか……!?」
そこから漂ってくるのは、強烈な、しかし魂を揺さぶる芳香。
腐敗臭ではない。発酵の極み。独特のアンモニア臭にも似た、生命の匂い。
「納豆……!」
わたしは震える手で箸を取った。
前世の記憶が鮮烈に蘇る。
朝の食卓。湯気を立てる温かいご飯。そして、ネバネバとしたその豆。
まだ体が動いていた頃の、ありふれた日常の象徴。
そして、病室の天井を見つめながら、二度と食べられないと絶望した、夢にまで見た味。
「い、いただきます……!」
箸で納豆をかき混ぜる。糸を引く。その粘り気さえも愛おしい。
ご飯の上に乗せ、一口、口に運ぶ。
広がる独特の風味。粘り気。そして、噛み締めるほどに溢れる大豆の旨味。
決して上等な品ではない。ご飯も古米だろう。納豆も、藁の匂いが強くついている。
だが、今のわたしにとって、これ以上の御馳走はこの世に存在しない。
「……んんっ!」
思わず声が漏れる。
目頭が熱くなる。これは、ただの食事ではない。失われた「生」を取り戻す儀式だ。
ミリアに至っては、「ああっ……! 納豆の妖精が見えます……! 発酵の神様が降臨されました!」と謎の幻覚を見て涙を流している。
アリスは「くっさ! わぁ~昔もそんなに食べなかったけど、藁で作った本格的なのはすごいねぇ~」と恐る恐る食べているが、その手は止まらない。
「合格よ。……臭いけど、最高に美味いわ」
わたしが完食し、満足げに息をついた、その時だった。
バンッ!!
入り口の戸が乱暴に蹴り開けられた。
「おい! 誰かいるのか! 『米狩り』だ! 隠している米を出しやがれ!」
土足で踏み込んできたのは、立派な着物を着た役人と、数人の手下たちだった。
この飢饉の中で、彼らだけが不自然なほど丸々と太り、肌は脂ぎっている。手には革鞭を持ち、腰には立派な刀を差している。
彼らは店内の客を威嚇し、テーブルの上の食事を無造作にひっくり返し始めた。
ガシャン!
茶碗が割れ、貴重な白米が泥床に散らばる。
「ひぃッ! お代官様!?」
店主が青ざめる。
役人はわたしたちのテーブルに近づき、空になった丼と、口の端についた納豆を見て、顔を真っ赤にして激昂した。
「貴様ら! 異人の分際で、貴重な白米を食うとは何事か! 百姓ですら雑穀を食っているというのに、贅沢な!」
役人がテーブルを蹴り上げる。
まだ少し残っていた納豆の小鉢が宙を舞い、床に落ちた。ネバネバとした糸が、無惨に床を汚す。
――プツン。
わたしの中で、決定的な音がした。
せっかくの余韻が。故郷の味が。生きるための糧が。
土足で踏みにじられた。
「……拾いなさい」
わたしの声は、地獄の底から響くように低かった。
リョウマが「おっ、始まったか」と楽しげに酒をあおる。
「あ? なんだその目は。……ええい、捕らえろ! 不敬罪だ!」
手下たちが十手を持って襲いかかってくる。
わたしは立ち上がった。
その背後に、ドス黒いオーラが立ち上る。
「食べ物を粗末にする奴は……死ぬよりも辛い目に遭わせるのが、わたしの流儀よ」
パァン! ドゴッ! バキィッ!
一撃必殺。掌底、裏拳、回し蹴り。
わたしは最小限の動きで、襲いかかる手下たちを次々と迎撃した。
手下たちは紙切れのように吹き飛び、店の壁を突き破って外の通りまで転がっていった。
「ひ、ひぃぃッ!?」
腰を抜かした役人の襟首を掴み、わたしは冷酷に告げた。
「誰の命令? なぜ米を奪う?」
「し、将軍様だ! 代々『剣聖』としてこの国を統べる、最強の武人アシカガ・ムネノリ様の『武力・食糧没収令』だ! 米も刀も、すべては将軍様の力となるのだ!」
「剣聖、ねぇ……。民を飢えさせる剣に、何の価値があるのかしら」
「黙れ! 将軍様のお持ちになる『神刀』の錆になりたいか!」
「将軍? 神刀? ……知らないわね」
わたしは役人を店の外へ放り投げた。
彼は手下たちの山の上に落下し、気絶した。
「わたしの食事を邪魔するなら、将軍だろうが神だろうが、城ごと更地にしてあげるわ!」
わたしの宣言が、静まり返った通りに響き渡る。
リョウマが拍手喝采を送る中、わたしは荒い息を吐き、空を見上げた。
トヨノクニ。
どうやらこの国は、わたしが思っていた以上に「病んで」いるらしい。
そして、その病巣を物理的に切除するのが、わたしの仕事になりそうだ。
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