悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきます

第085話 街道の掃除:公儀隠密(ニンジャ)? ……悪いけど、あなたたちの動きは「止まって」見えますのよ

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 港町ナガサキでの騒動(奉行の空の旅)を終え、わたしたちはリョウマの案内で、トヨノクニの中央、オワリ領を目指して街道を進んでいた。
 移動手段は、リョウマが手配した早馬だ。魔導駆動ではない、生きている馬に乗るのは久しぶりだが、適度な揺れが心地よい。

 だが、窓の外――といっても馬の背だが――を流れる景色は、決して心地よいものではなかった。

「……ひどい有様ね」

 街道の両脇に広がるのは、かつては水田だったであろう場所だ。
 しかし今は、水が枯れ、地面は亀の甲羅のようにひび割れている。あぜ道には雑草が生い茂り、放置された農具が赤錆を晒していた。
 行き交う人々は皆、継ぎ接ぎだらけの着物をまとい、土気色の顔をしてうつむいて歩いている。その背中からは、生きる気力そのものが削ぎ落とされているように見えた。

「数年前までは、ここも黄金色の稲穂が波打つ豊かな土地じゃった」

 並走するリョウマが、悔しげに手綱を握りしめる。

「……許せないわね」

 わたしの体から、隠しきれない魔力の余波が漏れ出し、たてがみが逆立つ。

「生きるために食べる。食べるために働く。……そんな当たり前の『人間』としての営みを踏みにじるなんて」

 わたしは手綱を握りしめた。革が軋む音がする。

「その将軍様とやらに、教えてあげなくてはいけないわね。……この世には、権力なんかよりずっと重くて、硬くて、痛い『現実フィジカル』があるってことを」

 そんな殺気立った行軍を続けていた、その時だった。
 前方の峠道から、不穏な土煙が上がっているのが見えた。

「……ん? あれは……」

 目を凝らすと、一人の小柄な影が、必死に走って逃げてくるのが見えた。
 黒い装束に身を包んだ少女――「くノ一」だ。
 彼女は片足を引きずり、肩からは血を流している。相当な深手だ。

 そして、その背後から、数人の男たちが追いかけてくる。
 編み笠を目深に被り、黒装束を纏った男たち。その手には、妖しく光る忍刀が握られている。
 ただの追手ではない。殺気と、禍々しい瘴気を帯びた「公儀隠密」だ。

「逃がすな! 謀反人の密偵だ! 斬り捨てろ!」

 男の一人が、手裏剣を投げる。
 少女はよろめきながらもそれを弾いたが、足がもつれて地面に転がり込んだ。

「くっ……! ここまで、か……!」

 少女が顔を上げ、絶望の表情で追手を見上げる。
 追手たちが刀を振り上げ、トドメを刺そうとした――その瞬間。

 ヒュンッ!!

 わたしは馬の鞍を蹴り、空高く跳躍した。

「――そこまでよ、野暮天ども!」

 わたしは空中で鉄扇を抜き放ち、回転の勢いを乗せて投げつけた。

 カァァァンッ!!

 投擲された鉄扇が、振り下ろされた忍刀を真横から弾き飛ばす。
 金属音が響き、刀が空中でへし折れて地面に突き刺さる。

「な、何奴!?」

 追手たちが驚愕し、動きを止める。
 わたしは少女と追手たちの間に着地し、ブーメランのように戻ってきた鉄扇を優雅にキャッチした。
 黒いドレスの裾が、ふわりと舞う。

「通りすがりの、悪役令嬢よ」

 わたしは鉄扇を開き、口元を隠して冷ややかに見据えた。

「多勢に無勢。しかも怪我をした女の子を寄ってたかって……。随分と『小さな』男たちね」

「貴様……! 公儀の邪魔をするか! 命が惜しくないようだな!」

 隠密たちが殺気を漲らせ、一斉にわたしに向かってくる。
 速い。普通の人間なら目にも止まらぬ速さだ。身体強化と、何か薬物のようなブーストがかかっている。

 だが。

「……遅いわよ」

 わたしにとっては、止まって見える。
 わたしは一歩も動かず、足元の影に意識を向けた。

「出てきなさい、相棒。……少し、『掃除』をするわよ」

 ズヌゥッ……!

 わたしの影から、漆黒の鉄塊がせり上がる。
 ドワーフの秘法で鍛え上げられた、物理最強の鈍器――『漆黒の玉座』。

 ガシャン!

 わたしは展開したパイプ椅子を片手で掴み、襲いかかる隠密の刀を真正面から受け止めた。

 ガギィィィンッ!!!

「なっ、椅子!? 刀を受け止めた!?」

「受けるだけじゃないわ。……返すのよッ!」

 わたしは腕に力を込め、椅子を振り抜いた。
 ただの横薙ぎ。だが、そこには数百キロの質量と、わたしの剛力が乗っている。

 ドゴォォォォンッ!!!

 刀ごと、隠密の体が吹き飛んだ。
 彼は枯れ木のように回転しながら森の奥へと消え、木々をなぎ倒す音が響く。

「ひぃッ!?」
「ば、化け物……!」

 残りの隠密たちが怯む。
 わたしは椅子を肩に担ぎ、ニヤリと笑った。

「教育的指導の時間よ。……その腐った性根、物理で叩き直してあげるわ」

 そこからは、一方的な蹂躙だった。
 忍術? 分身?
 そんな小細工は、広範囲を薙ぎ払う質量攻撃の前では無意味だ。
 わたしは椅子を振るうたびに、一人、また一人と空の星に変えていく。

 数分後。
 街道には静寂が戻り、地面には綺麗に埋まった隠密たちの頭部だけが並んでいた。

「……ふぅ。良い準備運動になったわ」

 わたしは椅子を影に戻し、へたり込んでいる少女の方へ向き直った。

「大丈夫? 怪我は?」

 少女は、信じられないものを見る目でわたしを見上げていた。
 震える唇が、言葉を紡ぐ。

「……つ、強い……。鬼神の如き強さ……」

 彼女は、痛みを堪えて立ち上がり、その場に片膝をついた。
 忍びとしての最上級の礼。

それがしはカエデ。……オワリのオダ家に仕える忍びでござる」

 カエデは顔を上げ、真っ直ぐな瞳でわたしを見た。

「貴女様のその御力……もしや、異国の神の使いでしょうか?」

「いいえ、ただの旅行者よ。……レヴィーネと呼びなさい」

「レヴィーネ様……。かたじけない。この御恩、一生忘れませぬ」

 カエデの瞳に、崇拝にも似た光が宿る。
 どうやら、また一人、厄介な(そして頼もしい)信者を増やしてしまったようだ。

 そこへ、馬から降りたリョウマたちが駆け寄ってくる。

「おいおい姐さん、派手にやったのう!!」
「視界に害虫が入ったから払っただけよ……それに、どうやら目的地は同じようよ」

 わたしはカエデを助け起こしながら、彼女がオダ家の忍であることをリョウマに伝えた。
 アリスがすぐに治癒魔法をかけ、傷を癒やす。
 彼女が持っていた密書――将軍家の恐るべき計画書――が、この国の運命を、そしてわたしたちの旅路を大きく動かすことになるのだが、それはまだ少し先の話。

「さあ、行きましょう。オワリへ。……美味しいご飯と、面白い『うつけ者』が待っているわ」

 わたしたちはカエデを加え、再び街道を進み始めた。
 その背中には、確かな変革の風が吹き始めていた。
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