悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきます

第101話 脚本家 VS アドリブの女王。運命(シナリオ)なんて、筋肉と「玉座」でへし折りますわ!

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 アリスのサンバとわたしの物理で城門を突破したわたしたちは、雪崩れ込むように城内へ侵入した。
 中は異形の怪物と化した兵士たちで溢れかえっていたが、今や官軍となったノブナガ軍の精鋭達と、黒鉄隊の農具アタックより、道が切り開かれていく。

「海からはもう撃つもんがなくなったき、直接手伝いに来たぜよ! 姐さん! ここはわしらに任せて先へ!」

 リョウマが二丁拳銃を乱射しながら叫ぶ。

「頼んだわ!」

 わたしは仲間たちに後を託し、天守閣の最上階を目指して駆け上がった。
 階段を飛ばし、天井を突き破り、最短ルートで敵の本丸へ。

 バァンッ!

 最上階の大広間の襖を蹴り飛ばすと、そこには一人の男が座っていた。
 将軍、アシカガ・ムネノリ。
 だが、その瞳は虚ろで、手には禍々しい紫色の光を放つ妖刀『魂喰たまくらい』が握られている。

「……お待ちしておりましたよ。異界の『イレギュラー』さん。いや、私の可愛い『失敗作』たちの天敵さん、と言うべきかな?」

 ムネノリの口から、彼のものではない声が響く。
 冷たく、嘲るような響き。
 こいつが、いやムネノリに取り憑いているものが『脚本家スペクテイター』なのだろう。

「……失敗作?」

 わたしは眉をひそめた。

「ああ。ラノリアの『管理者』、帝都の『ケビン』……覚えておいででしょう? ククク……あれらは私の書いた『習作』に過ぎません」

 男は妖刀を愛おしげに撫でながら、嘲るように続けた。

「『管理者』は融通が利かないシステムで、物語を作るには退屈すぎました。『ケビン』は欲望だけの小僧で、美学がなさすぎました。……だから私は、このトヨノクニを選んだのです! 忠義、武士道、滅びの美学……ここには最高の悲劇を演じる役者が揃っていますからねぇ!」

「……なんですって?」

 つまり、これまでの旅でわたしがへし折ってきた理不尽は、すべてコイツの手のひらの上での出来事だったとでもいうのか。

「……まるでわたしが歩んできた旅路を知っているかのような口ぶりね?」

 わたしは玉座を肩に担ぎ、部屋の中央へ進み出た。

「いかにも。……私は数多の世界の物語を観測し、演出する者ですからね」

 男の口元が歪む。

「ふふ、美しいと思いませんか? この国は。……飢えに苦しみながらも忠義を尽くして死ぬ侍。子を売って涙する母親。滅びゆく国と共に散る将軍……。ああ、なんと甘美な悲劇トラジェディ!」

 男は恍惚とした表情で、妖刀を撫でた。

「このトヨノクニは、最高の舞台なのです。極限の欠乏状態こそが、人の魂を最も美しく輝かせる。……それを貴女が、無粋な『食欲』と『暴力』で台無しにしてしまった」

 男の目が、冷徹な憎悪で見開かれた。

「満腹になれば、人は惰弱になる。平和になれば、物語は退屈になる。……貴女のやっていることは、芸術への冒涜ですよ」

 ――プツン。

 わたしの内側で、何かが決定的に切れた。

 芸術? 美しい?
 人が死ぬことを。子供が飢えることを。
 安全な場所から見下ろして、それを「美」だと抜かしたか。

 脳裏に浮かぶのは、あの小さな少年の顔だ。
 弱く、儚く、けれど誰よりも強くあろうとし、最期まで運命と戦い抜いて逝った、わたしの魂の弟ブラザー、ノア。

 彼の死は、悲劇だったかもしれない。
 けれど、それは彼が懸命に生きた証だ。アンタのような三流が、安全圏から消費していい「エンタメ」なんかじゃない!

「……へえ。それがアンタの脚本?」

 わたしは静かに、しかし煮えたぎる怒りを込めて言った。

「三流ね。……いいえ、三流以下よ。紙屑同然だわ。死を美化する? 運命だから諦めろ? ……ふざけるな。あの子ノアが最期に見せた笑顔の重みも知らないくせに、知ったような口をきくんじゃないわよ!!」

「なんだと?」

「腹が減ってたら、美しいもクソもないのよ。人はね、飯を食って、笑って、喧嘩して、泥臭く生きるのが一番『美しい』の」

 わたしは鉄扇を開き、ビシッと男を指差した。

「アンタの趣味の悪いお涙頂戴劇は、ここで打ち切りよ。……わたしが、大団円ハッピーエンドに書き換えてあげる」

「愚かな。……ならば、貴女も私のコレクションに加えましょう。最強の悪役令嬢が、無惨に散る悲劇のヒロインとなる結末も、また一興!」

 ムネノリ(脚本家)が妖刀を振りかざした。
 瞬間、部屋の空気が変わった。
 重力が歪み、視界がねじれる。
 これは剣技ではない。「物語の強制力ナレーション」による概念攻撃だ。

 『ここでレヴィーネは、足を滑らせて隙を晒す』
 『ここでレヴィーネは、古傷が痛んで動けなくなる』

 脳内に、勝手な「ナレーション」が響く。
 それに従うように、わたしの体が石のように重くなる。足が勝手にもつれそうになる。

「くっ……!?」

 ガキンッ!
 迫りくる刃を、咄嗟に玉座で受け止める。
 だが、重い。物理的な重さではない。世界の理そのものが、わたしを「敗北」へと押し流そうとしている。

「無駄ですよ。この領域ステージにおいて、私の脚本は絶対だ。……さあ、美しく死になさい!」

 妖刀が、わたしの喉元へと迫る。
 その時、ムネノリの口が、醜悪に歪んだ。

「まったく、この男ムネノリはつまらん素材でしたよ! 毎日毎日、書類に目を通し、剣を振り、地味な努力ばかり! 華がない、刺激がない、退屈だ!」

 脚本家は、宿主であるムネノリの人生を嘲笑うように叫んだ。

「だから私が『劇的』にしてやったのだ! 狂気! 殺戮! 破滅! これこそが華だろう! 地味な名君として終わるより、国を滅ぼす魔王として散る方が、よほど美しい!」

 ――諦めろ。これが運命だ。美しく散れ。

 脳内に響く声。
 うるさい。黙れ。
 誰が散るか。わたしはまだ、今日の晩御飯を食べていないんだ。

「……運命? 脚本? そんなもの……」

 わたしは歯を食いしばり、足に力を込めた。
 床板がバキバキと割れる。

「筋肉で……ねじ伏せるのが、悪役令嬢の流儀よッ!!」

 ドクンッ!!

 心臓が爆発的に脈打つ。
 その鼓動は、全身に熱い血を送り出す。
 その血には、溶けている。
 ミリアが作った「タカニシキ」の栄養が。アリスの祈りが。ノブナガと食べた赤味噌の活力が。そして、あの村の人々の笑顔が。

 それらが、わたしのコアを燃え上がらせる。

 パリンッ!

 空間に亀裂が入る音がした。
 私を縛り付けていた「強制力」の鎖が、物理的な質量を持ったわたしの魔力によって引きちぎられたのだ。

「な、なにィッ!? 脚本シナリオを……力ずくで破っただと!?」
 脚本家が驚愕に目を見開く。

「悪いけど……わたしはアドリブに強いのよ!」

 ガシィィィッ!!!

 わたしは、迫りくる妖刀の刃を、左手で掴んだ。
 素手ではない。「漆黒の玉座オリジン」の脚を盾にして、刃を挟み込んだのだ。
 「真剣白刃取り」――パイプ椅子バージョン。

「とらえたわよ、三流脚本家!」

「ば、馬鹿な! この刀は概念すら斬る『魂喰』だぞ! ただの鉄塊で防げるはずが……!」

「ただの鉄塊じゃないわ。……これはわたしの『相棒』。そして、わたしの『頑固さ』の結晶よ!」

 わたしは至近距離で、ムネノリの手――妖刀を握りしめているその手を見た。
 そこには、無数のタコがあった。剣ダコだけではない。筆ダコもある。
 それは、彼が「退屈」と言われた日々の中で、積み上げてきた努力の証だ。

「……アンタの手、泣いてるわよ」

 わたしは静かに告げた。

「ムネノリが『剣聖』と呼ばれたのは、才能があったからじゃない。誰よりも素振りをし、基本を疎かにしなかったからよ。……そんな地道な手が、こんな安っぽい魔法剣チートを望んでいたわけがないでしょう!」

 わたしは右手を握りしめ、全身の筋肉を連動させた。
 背中のオーガのような筋肉が隆起する。

「そのふざけたペン、へし折ってやるわ!」

 メキメキメキッ……!!

 わたしは玉座を捻った。
 悲鳴を上げる妖刀。
 刀身にヒビが入り、そこから紫色の瘴気が漏れ出す。

「や、やめろ! 折れる! 私の物語が……!」

「終わりよ。……ハッピーエンドの時間だわ!」

 バキィィィィンッ!!!

 金属音が天守閣に響き渡った。
 砕け散る刃。絶望の象徴が、物理の前に敗れ去った。

 その瞬間、将軍ムネノリの口から、そして背後に噴き出した黒い影から、呪詛のような絶叫がほとばしった。

『おのれぇぇぇッ!! 貴様、貴様ァッ!! 何も分かっていない!!』

 影が膨れ上がり、部屋中をどす黒い怨念が駆け巡る。その闇の中に、かつて彼が滅ぼしてきた数多の国や人々の幻影が浮かび上がった。

『私は芸術家だ! この星の歴史を彩る、数々の悲劇を演出してきたのだぞ!』

 影が形を変え、歴史の裂け目から覗く亡霊のように語りかける。

『弟子に裏切られ、磔にされた聖人も! 双子の子どもを自ら手にかけ、国を乗っ取った帝妃も! 愛に破れ、自ら毒蛇に胸を咬ませて命を絶った砂漠の女王も!』

 影の声が、次第に金切り声へと変わっていく。

『全ての悲劇は私の作品なのだ! 恐怖! 怨嗟! 絶望!! それこそが美しい!!! この国も、そうした美しさの一つとして、歴史に刻まれる寸前だったというのに!!』

 彼は私を――いや、私の背後にある「日常」を睨みつけた。

『それを……何が筋肉だ!! 何が食こそ人生だ!! そんなくだらないアドリブものに……私の美学がぁあぁぁッッ!!』

 私は呆れ果ててため息をつき、砕けた妖刀の破片を足で踏みつけた。

「……随分と湿っぽい趣味ね」

 私は彼を見下ろし、言い放つ。

「アンタの言う『美学』なんて、ただの悪趣味なコレクションよ。……生きて、食べて、笑う。それ以上の『傑作』がこの世にあると思って?」

 私は将軍と影の襟首を掴んだ。

「さあ、批評の時間はおしまい。……退場なさい、三流脚本家ッ!!」

◆◆◆

 妖刀「魂喰」がへし折れた瞬間、将軍ムネノリの身体からドス黒い影のようなものが噴き出した。
 それは不定形の靄であり、同時に無数の文字の羅列のようにも見えた。この国を縛り付けていた「脚本家スペクテイター」の本体だ。

『バ、バカな……! 私の脚本が……! 悲劇の結末が……!!』

 影が耳障りな金切り声を上げる。
 ムネノリの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちそうになるのを、わたしは片手で抱きとめた。

「脚本? ……そんなもの、最初から破綻していたのよ」

「……そうだわ。退場の前に、ステージを整えてあげなくてはね」

 わたしはニヤリと笑い、空いた片手を天井へと掲げた。
 ヒールたるもの、フィニッシュ・ホールドには最高のお膳立てが必要だ。ただの床に沈めるなんて、芸がない。

「――出なさい、『贋作のパイプ椅子フェイク』。ありったけ!」

 シュババババババババッ!!!
 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャッ!!!

 わたしの魔力に呼応し、虚空から無数のパイプ椅子が出現した。
 十、百、いや千か。
 それらは雨あられと降り注ぎ、天守閣の床に積み重なっていく。
 あっという間に、そこには黒い金属で出来た、無慈悲で凶悪な「剣山」ならぬ「椅子山」が築き上げられた。

「痛そうでしょう? でも、観客はこういうのが大好きなのよ」

 わたしは満足げに頷くと、ムネノリ(と、それにまとわりつく影)の襟首と、股下をガシッと掴んだ。
 プロレス技のセットアップ。ツームストン・パイルドライバーの体勢だ。

『な、何をする気だ!? 離せ! 私は脚本家だぞ! 物語の神だぞ!!』

「神? ……笑わせないで」

 わたしは鼻で笑い、膝を深く曲げた。
 身体強化フルパワー。全身のバネを極限まで収縮させる。

「アンタはただの、退屈な『観客』よ。……舞台の上で汗を流す役者わたしたちの熱量を、安全圏から嘲笑うだけのね!」

 わたしは叫び、床を蹴った。

「舞台から降りなさいッ!!!」

 ドォォォォンッ!!!

 天守閣の床が抜け、天井が弾け飛ぶ。
 わたしは将軍を逆さまに担いだまま、ロケットのように垂直に飛び上がった。
 瓦礫を突き破り、夜空へ。
 高く、高く。雲を突き抜け、成層圏に届くかというほどの高さまで。

 眼下には、豆粒のようなエド城と、燃えるような松明の列が見える。
 そして、東の空が白み始めていた。

『や、やめろぉぉぉ! 私を消せば、この世界の物語は……!』

「終わらないわよ。……ここからが、私たちの『自由な物語』の始まりだもの!」

 最高到達点。無重力の一瞬。
 わたしは空中で体を反らし、きりもみ回転を加えた。

「まだよ……これだけじゃ『重み』が足りないわ!」

 わたしは影の奥底に眠る、魂の半身を呼び覚ました。

「来なさい、相棒ッ! わたしごと押し潰すつもりで!!」

 ズヌゥッ……!!

 空中に、巨大な『漆黒の玉座オリジン』が顕現した。
 わたしは逆さまに抱えたムネノリの足を、玉座の座面に引っ掛けるようにしてロックする。
 数百キロの鉄塊である玉座が、わたしの背中に覆いかぶさるように合体する。

 わたしの体重+ムネノリの体重+超重量の玉座。
 それら全てが一体となった、回避不能の質量爆撃。

 狙うは、エド城天守閣。そして、その地下深くに根を張る「呪いの源泉」。
 そこには、先ほど用意した「椅子の山」が、口を開けて待っている。

「この国を開く、夜明けの一撃! ――『開国オープン・ザ・カントリー・パイルドライバー』ッッ!!!」

 ヒュゴオオオオオオオオオオッ!!!

 大気圏突入の如き摩擦熱を纏い、わたし達は流星となって落下した。
 脚本家の断末魔が、風切り音にかき消される。

 ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 エド城が、光に包まれた。
 天守閣の中心に築かれた「椅子の山」に、脳天から垂直に突き刺さる。
 数千のパイプ椅子が衝撃でひしゃげ、弾け飛び、その金属音が破壊のファンファーレとなって轟いた。

 さらにその衝撃波は止まらず、城の礎石を砕き、地下の岩盤までを貫通する。
 城全体が内側から弾け飛び、蓄積されていた瘴気が一気に吹き飛ばされていく。

 物理的な破壊が、概念的な呪いを粉砕する。
 地面が波打ち、空気が震え、そして――静寂が訪れた。

 土煙が晴れていく。
 瓦礫の山と化した、かつての本丸。
 その中央に、わたしは立っていた。
 ドレスはボロボロ、ヒールは折れているが、その背筋はピンと伸びている。

 足元には、目を回して気絶している将軍ムネノリ。
 死んではいない。アリスの不殺結界とわたしの技術の賜物だ。
 だが、贋作のパイプ椅子フェイクの山に頭から突き刺したことで彼に取り憑いていた黒い影――『脚本家スペクテイター』は霧散して完全に消滅していた。

「……勝負あり、ね」

 わたしは折れた鉄扇を放り投げ、空を見上げた。
 東の空から、眩い朝日が昇ってくる。
 赤黒かった雲は消え去り、澄み渡るような青空が広がっていた。

「レヴィーネ様ーッ!!」
「レヴィちゃーん!」

 瓦礫を乗り越えて、ミリアとアリス、ノブナガ、リョウマ、そして黒鉄隊の面々が駆け寄ってくる。
 彼らの顔は泥と煤で汚れているが、その表情は晴れやかだった。

 彼らの笑顔を見た瞬間、わたしのお腹が盛大に鳴った。

 グゥゥゥゥ~~~。

「……あら」

 わたしは赤面し、そして笑った。

「お腹が空いたわ。……朝ごはん、食べましょうか」

 最強の悪役令嬢、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
 彼女の拳(と筋肉)によって、トヨノクニの長い夜は明け、美味しい朝がやってきたのだった。
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