悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第12部】トヨノクニ大博覧会 ~富は天下の回りもの、ならば筋肉で回しますわ~

第128話 大一番(前編):空を舞う星、地を這う蛇。達人たちの技術博覧会(物理)に、観客の目が追いつきません

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 歓迎レセプションの興奮も冷めやらぬ初日の夜。
 オワリの人工島「安土パビリオン」の中央にそびえる巨大ドーム「天下一大闘技場」は、収容人数五万人を飲み込み、爆発寸前の熱気に包まれていた。
 今宵は、博覧会のメインイベント「大一番(オオイチバン)」の初日興行。
 世界中から集まった猛者たちが、己の誇りと、国家の威信と、そして何より「莫大な賞金と利権」を賭けて激突する。

 リングサイドのVIP席(特設コタツ席)では、わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンが、キンキンに冷えた「トヨ・ドライ発泡日本酒」を片手に、満足げにリングを見下ろしていた。

「……いい熱気ね。これぞわたしが求めていた『平和な戦争』よ」

 隣では、ノブナガがポップコーンを頬張り、ギルベルト王が筋肉の見取り稽古に余念がない。
 さあ、ゴングの音と共に、伝説の夜が始まる。

 ◆第1試合:若き翼と重厚な鎖◆

『第1試合! サン・ルーチャの空を舞う若鷲、“エル・イホ・デル・アギラ”レオ!!』
『対するは、ゴールド・ベガス仕込みの“鋼鉄の錠前”、ジェイク・“ザ・ロック”・スミス!!』

 オープニングマッチは、ルチャ・リブレ対キャッチ・アズ・キャッチ・キャン。
 華麗な空中殺法を繰り出すレオと、それを重厚なレスリング技術で捕獲しようとするジェイク。
 スタイルは違えど、互いに師匠(マテオとゲイル)から受け継いだ技術をぶつけ合う、次世代のエース対決だ。

 カーン!

 試合開始直後から、ジェイクが執拗に距離を詰める。
 彼の狙いは明確だ。「飛ばせない」こと。レオの足首、手首、首根っこ……掴める場所ならどこでも掴み、グラウンド(寝技)の地獄へ引きずり込もうとする。

「捕まえたぜ、小鳥ちゃん! ……アンクル・ロック!」

 ジェイクの太い腕がレオの足首を捉え、万力のように締め上げる。
 だが、レオは焦らない。
 彼は捕まった足を軸にして、コマのように身体を回転させた。

「重いよ、アミーゴ! ……ルチャの回転は止まらないッ!」

 遠心力を利用した高速の「丸め込みラ・マヒストラル」。
 関節を極めようと力を込めたジェイクのベクトルを逆利用し、一瞬で背中をマットにつけさせる。

「ぬおっ!?」
「ワン、ツー!」

 あわや3カウント。ジェイクが慌てて跳ね起きるが、その時にはもう、レオはコーナーポストの頂点に立っていた。

「見せてやる! サン・ルーチャの空を!」

 レオが空中に身を躍らせる。
 ミサイルキック、ウラカン・ラナ、そして場外へのトペ・コンヒーロ。
 重力を無視したような四次元の猛攻に、ジェイクのスタミナが削り取られていく。
 そして、フィナーレ。

「トォッ! ――『流星プレス(シューティング・スター・プレス)』ッッ!!」

 空中で後方宙返りしながらボディプレスを見舞う、最高難度の空中殺法。
 美しい放物線を描いたレオの身体が、ジェイクの上に降り注ぐ。
 ズドンッ!!
 完璧な着地。審判の手がマットを叩く。

「ワン! ツー! スリー!!」

 カンカンカン!!
 会場が割れんばかりの歓声に包まれる。
 二人が握手を交わすと、観客からは惜しみない拍手が送られた。清々しいスポーツマンシップ。これぞ大一番の華だ。

 ◆第2試合:未知の技術ジャベと隻腕の聖職者◆

 続く第2試合。
 リングに上がったのは、ベガスから来たもう一人の若手、ビル。筋骨隆々の肉体を誇示し、自信満々の笑みを浮かべている。
 対するは、僧衣を腰で結んだ隻腕の老紳士、マテオ神父だ。

 試合前、花道の袖で、ゲイルがビルに檄を飛ばしていたのが聞こえた。

「おいビル。相手が隻腕のロートルに見えるだろうが、ナメんじゃねえぞ。……ありゃあとんでもねえ殺し屋テクニシャンだ。お前が知らねえ『技術キャッチ』とは違う戦い方を、授業料払って勉強させてもらってこい」
「へいへい、分かってますよボス。……ま、極めっこなら負けませんよ」

 ビルは軽口を叩いてリングインした。その目は、明らかに相手を侮っている。
 片腕がない老人相手に、五体満足の俺が負けるはずがない、と。

 カーン!

 ゴングと同時に、ビルがタックルを仕掛けた。
 マテオ神父に残された左腕を取り、一気に関節技へ移行しようとする。

「もらった! 腕ひしぎ……って、あれ!?」

 ビルが腕を極めようとした瞬間、マテオ神父の身体が、水のように滑らかに動いた。
 引く力に合わせて回り込み、押す力に合わせて沈み込む。
 気づけば、ビルの腕が複雑な形に絡め取られていた。

「な、なんだこれ!? 抜けねぇ!?」
「ふふ。力任せはいけませんね。……これは複合関節技ジャベという名の、知恵の輪ですよ」

 マテオ神父は、たった一本の腕と、自身の両足、そして首を使って、ビルの四肢を複雑怪奇な結び目ノットのように固定していく。
 ルチャ・リブレの深奥にある、殺し・封じるための技術体系。
 若手のビルにとって、それは見たこともない「未知」の魔法だった。

「ぐ、うわああああッ!! 動けねぇぇぇッ!!」

 ビルが藻掻けば藻掻くほど、結び目はきつく締まる。
 最後は、両手両足を封じられたまま、マテオ神父にのしかかられる形で完全に動きを封じられた。
 ギブアップする手すら叩けない。
 彼は口頭で悲鳴のような「参った!」を叫んだ。

 カンカンカン!!

 試合後、解放されたビルは、マットに正座して震えていた。
 恐怖ではない。未知の技術に触れた、純粋な感動で。

「……す、すげぇ……! あんた、いや、師匠! 俺にその技を教えてくれ!」

 ビルが土下座せんばかりの勢いで懇願する。
 マテオ神父は困ったように微笑み、リング下のゲイルに視線を送った。
 ゲイルは「やれやれ」と肩をすくめながらも、ニヤリと笑って親指を立てた。

「……いいでしょう。トヨノクニにいる間だけですが、共に汗を流しましょうか」

 マテオ神父がビルの肩を叩く。
 会場中が、老練なる達人の技に酔いしれた。

 ◆セミファイナル:鉄と影の女帝対決◆

 そして、会場の空気が一変する。
 セミファイナル。リング上で対峙するのは、異色すぎる組み合わせだった。

『赤コーナー! 裏社会の生き字引、“不沈艦”ゲイル・バートン!!』
『青コーナー! 帝国の影を統べる謎の美女、“鉄の淑女”オルガ・ヴァローナ!!』

 身長二メートル近い巨漢のゲイルに対し、オルガは細身のシルエットをフード付きのマントで隠している。
 どう見ても体重差がありすぎる。観客席からは「おいおい、大丈夫か?」「女性だぞ?」という不安の声が漏れる。

 だが。
 オルガがリング中央でマントを脱ぎ捨てた瞬間、その不安は熱狂へと変わった。

 バサァッ!

 現れたのは、ボンテージ風の戦闘服に身を包んだ、年齢不詳の妖艶な美女。
 その全身から放たれるのは、色気以上に濃密な「死」の気配。
 観客席の男性陣が「おおおおおッ!」「美魔女だ!」「踏んでくれーッ!」と歓声を上げる。

「……やれやれ。相変わらず……というかなんというか、本当にいくつなんだよ、あんた」

 ゲイルが苦笑交じりにぼやく。
 オルガは冷ややかに、しかし楽しげに口角を上げた。

「女性に年齢を聞くのはマナー違反よ、坊やボーイ。……さあ、始めましょうか」

 カーン!

 ゴングと同時に、二つの影が交錯した。
 オルガに魔法の使用は禁じられている。だが、彼女にとって魔法など「便利な道具」の一つに過ぎない。
 彼女の真骨頂は、人体構造を知り尽くした物理的な破壊術だ。

 ヒュンッ!
 オルガの鋭い蹴りが、ゲイルの膝関節を内側から抉るように襲う。
 さらに、流れるような動作で足払いを仕掛け、体勢を崩したゲイルの足の甲を、ヒールで的確に踏み抜きにかかる。

ゥッ!! ……相変わらずエゲツねぇ!」

 ゲイルは顔をしかめるが、引かない。
 むしろ、踏まれた足を餌にして、オルガの足首を掴みにかかる。

「捕まえたッ!」
「あら」

 ゲイルの剛腕がオルガを捕らえ、ねじ切らんと力を込める。
 だが、次の瞬間、オルガの身体は軟体動物のようにスルリと抜け出していた。
 関節の可動域を意図的に外し、力のベクトルをずらす。
 彼女はゲイルの腕を駆け上がり、その耳を掴んで顔面への膝蹴りを叩き込んだ。

 ドガッ!!

「ぐぉッ!?」

 鼻血を出しながらも、ゲイルはその膝を抱え込み、強引にバックドロップへ移行する。
 数百キロの衝撃がマットを揺らす――はずだった。

 トンッ。

 空中で身体を捻ったオルガは、猫のように四肢で着地し、受け身の音すら立てなかった。

「……化け物め」
「貴方こそ、今の膝で気絶しないなんて、どういう頭蓋骨をしているのかしら?」

 息が詰まるような攻防。
 指を捕っての関節技、延髄や耳下への針のような打撃。
 それらをゲイルは持ち前のタフネスで敢えて受け、その瞬間に生まれる隙を突いて極めようとする。
 一方は「触れさせずに壊す」暗殺術。
 一方は「肉を切らせて骨を断つ」喧嘩殺法。

 カンカンカンカン!!

 規定の十五分が過ぎ、終了のゴングが鳴る。
 結果は時間切れ引き分け。
 だが、リング上の二人は、息ひとつ切らしていなかった。

「……ふう。円熟味が増しましたわね、ゲイル」
「へッ。魔法なしなのに極められないんじゃダメだ」

 ゲイルが鼻血を拭いながら笑う。
 オルガもまた、乱れた髪を直しながら微笑んだ。

「魔法ありにしたらしたで、他の決め手があるのでしょう?」
「まぁ、な。……ただ、そんなのはお互い、こんな明るい場所で見せるようなもんじゃないだろ?」
「ええ。同感ね」

 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
 それは、修羅場を潜り抜けてきた者同士にしか分からない、共犯者の笑みだった。
 
 ゲイルが慇懃無礼に、騎士のように深く頭を下げる。
 それに対し、オルガはスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーで返礼した。

 ワァァァァァァッ!!

 会場中から、今日一番の拍手喝采が送られる。
 勝敗を超えた、極上のエンターテインメント。
 だが、観客たちはまだ知らない。
 この後に続く試合が、この「技術の応酬」を全て吹き飛ばすほどの、「狂気」と「混沌」に満ちた泥仕合になることを。
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